戦火の心臓 作:Navi
日の傾きが大きくなってくる時間となり、海へ続いていた道を辿って2人はスチードへ戻ってきた。
まだ異国の街並みの中をキョロキョロと周囲を見渡しながら歩くスティラに合わせて、猟犬もスチードに入ったところで歩く速度を緩めた。
まだ人の姿がいたるところで見られたが、スチードの軍服とは違う格好をした少女と嫌でも目立つ巨大な兵器を背負う猟犬は周りから視線を集めていた。
そんな向けられる視線に耐えられなくなったのか、スティラは申し訳なさそうに歩き続ける猟犬に向かって声をかけた。
「や、やはりコルディセスの人間がこうして歩いているのは不思議ですよね…?!すみません…!こうしてハリスさんにも注目を集めることになってしまって…」
「問題ない。それにこの向けられている視線はスティラよりもこちらの方が多い…やはり必要以上に視線を集めている原因はこちらにあるな?」
「そ、そうでしょうか?こんな格好をしている人間に対して自然と目がいくと思っていましたが…」
猟犬が「原因は自分にある」と言ったことに疑問が浮かんだスティラは改めて周りの人々の様子を伺い始めたが、確かにその視線には物珍しいものを見たというよりも畏怖の感情に近いものを目にしているといったものであった。
視線から感じられるものが明確に普通のものとは違うことを察したスティラは改めて少し前を歩く猟犬に再度目を向けるが、一言猟犬からポツリと小さく言葉が返ってきた。
「…やはり昨夜、血を被ったままスチードに戻ってきたのが仇になったな…済まない。こちらの不手際でここまで視線を集めることになってしまった…やはり少佐の言っていることはいつも正しいな?」
「えっ?……??ち、血を被って…?」
「…ああ、戻ってきたか。猟犬、スティラ。」
「…!はっ!?しょ、少佐…!」
淡々と告げられた物騒な猟犬の言葉にぽかんとした様子のスティラであったが、そんな2人の前にひと足先にスチードへ戻って来ていた少佐がばったり鉢合わせる形で現れた。
目の前に現れた少佐を見てすぐにスティラは姿勢を正して緊張が感じられる表情のまま猟犬の隣に立つ。
その様子を一目見て、少佐は嫌な予感を感じ取ったのか自身の背丈ほどの兵器を背負ってじっと立っている猟犬に視線を送った。
「(…ハリスにも特に何も言ってなかったはずだが…)…お前からここに戻って来る前にスティラがこんな様子になるようなことを言ったのか?」
「い、いえいえ…!私はハリ…猟犬からは特に何も聞かされておりませんよ…?!はい!本当です…!」
露骨に焦ったスティラの様子を見て少佐は隣に立つ猟犬に視線を移すと、猟犬は少佐から向けられた視線とは僅かに逆方向に外した。
2人の様子を見て、少佐は察した嫌な予感が当たってしまったことを理解して一度ため息を吐き、かぶっていた軍事帽のつばに手を置いた。
「なるほどな…どうやら直球にスティラに対してこっちの考えてたことを話したみたいだな?お前に対しても自分の口からは何も出してなかったんだがな…?」
「……!?」
「…露骨に顔に出ていたからな?しかし少佐、こちらからそのことについて話しておきたいことがある。」
「…ああ。もうこうなったら変に隠す必要もなくなったな…内容はスティラの今後についてだろ?はぁ…人の目線から考えを読み取れるようになるためにお前に色々と訓練を積ませたが、こっちのあんまり読み取って欲しくないものまで察せられるようになったな?」
「(え、えーっと…どう会話に入れば…)」
「了解した。何か不都合なことがあると察した場合は、今後は少佐の思考を読み取らないようにする。」
「これからは不用意に口に出さなければそれでいい。…その様子を見る限りはまたアトマの所に行く途中だったのか?今度はスティラのその兵器が気になったのか?」
「(…!ハリスさんが言っていた人はアトマさんと言うのですか…)…はい、そうです!ハ…猟犬から紹介したいと言われたため同行していました…」
「ああ。この兵器も軽量化が行えれば戦闘を優位に進められると考える。それにスティラにもアトマのことを知っていてもらいたいからな?アトマは凄い人間なんだ。こちらの兵器に対する質問は大体答えてくれるからな?」
会話の中に昨夜再会した人物の名前が出てきたことで、少佐はその視線をソワソワしながら猟犬の隣に立っているスティラに向けた。
しかし、同時にすでに覚悟を決めているような表情をスティラが作っていたこともあり、それ見て少し気まずそうにしながら少佐は表情を困ったように崩した。
「…ついさっきまで大佐との話し合いをしてきた。どういう結論になったかはアトマの所に向かいながら話をする…それでいいか?」
「ああ。こちらは問題ない。スティラもそれで構わないか?」
「…!は、はい、もちろん大丈夫です…!何を告げられようとも…受け入れる覚悟はできています…!」
「…正直そんな気を張って欲しくはないんだがな?思っているようなほどのことじゃないから安心してくれよ?」
「……へっ?」
ため息混じりの少佐の言葉を聞いたスティラは拍子抜けしたように声を漏れ出させた。
スティラの返答を聞き受けて少佐も加わってこうして昨日の繰り返しのように今度は3人でアトマの元へと進み出した。
*******
「さて…結論から言えば、スティラには予定通りハインドレートの防衛を任せてもらうことになった。」
「…!ほ、本当ですか…!?ありがとうございます…!はぁぁ…良かったです…!」
人気のない木々に挟まれた道に差し掛かった頃合いを見計らって、2人の前を歩く少佐は口を開いた。
それを聞いたスティラは張っていた緊張が解けたように深く息を吐いて猟犬に向かってにこやかな笑顔を向けた。
しかし告げられた内容は猟犬にとって不思議なことであったため、すぐに湧き上がってきた質問をストレートに少佐にぶつけた。
「…了解した。そう結論付けられたのならこちらはそれに従うが、少佐はあまりスティラに対していい目を向けていなかったはずだ。大佐とはどういったことを話してその結論になったんだ?」
「…!あのなぁ…本人がいるこの状況ならもう少しマイルドに包んでくれよな!?ったく…まあ、確かにスティラに対しては精神面から考えて心配な点があったのは事実だ。」
「うっ…」
想定外の疑問をぶつけられて少佐は焦ったように猟犬に怒気混じりの声を上げる。
その後すぐに冷静に様子を取り戻した少佐は自身が感じていた不安点をキッパリとスティラに言い放った。
自身も気にしていたことを言葉として伝えられ、少し落ち込んだ様子のスティラであったが、少佐は腕を組み直して続きの言葉を口にする。
「…だが、それを補うほどの純粋な能力と意思があることを大佐から聞かされた。…スティラ、あの場所でしかお前のことを見ていなかったのにも関わらず、悪く見ていた事を謝る。」
「い、いえ…!少佐が謝る必要は全くありませんよ…!?それは私も自分の欠点として感じていた事ですので…!むしろそれがあるのにも関わらず、こうしてそれ以外の点でも私のことを見て評価してもらえて嬉しいです…!あっ、本当ですよ…!?」
少佐が後ろを振り返り、頭を下げて謝罪しようとしたタイミングで慌ててスティラはその行動を止めて笑顔で感謝の言葉を向けた。
そんな顔を向けられてこのまま頭を下げることが逆に申し訳ないことをすることになると察した少佐は少しぎこちなくしながら頭を上げた。
「そうか…これは大佐から話を聞かされたからこそのこの結論だ…改めて、よろしく頼む。」
「了解です!承知しました!」
「…それに、よく考えなくても単純にハリス1人をスチードに残してで
前に向き直って再び歩き始めた少佐からポツリと告げられたのは今後の動向についての内容であった。
そしてその言葉にすぐに反応を示したのは猟犬であった。
「…ということは、少佐はコルディセスに戻ることになるのか?」
「…ん?ああ、そうなるな?それもコルディセスの整備はまだ万全とは程遠い状況だからな…今日中、遅くても明日の早朝には自分はコルディセスに戻ることになるだろう。」
「……そうか…」
少佐からの言葉を受け、不意打ちの攻撃をもらったように目を開いた猟犬であったが、前を見て歩き続けている少佐は猟犬のその表情の変化には気づいていなかった。
そしてそのまま少佐は話の内容を移し、今度はスティラへその新たな話題を向けた。
「大佐からコルディセスにいるスティラの妹の存在についても聞かされた。コルディセスに戻り次第自分から必要以上の心配をかけさせないために話をするつもりだったが、スティラはそれで構わないか?」
「は、はい!少佐から直々に話していただけることになるのなら、妹も安心できると思います!私の代わりとして手間をかけさせてしまい申し訳ございません…」
「これくらいは手間だとは思わないから安心しろ。むしろまだ来たばかりで慣れていない状態でこちらも重要地点の防衛を任せることになったんだ。…礼を言うべきなのは本来こっちの方だ。感謝する。」
「…!期待に添えるように全力を持って戦いに臨みます…!…しかし、少佐はこのまま私たちと共にアトマさんのいう方に会いに行って大丈夫なのですか?時間が少ないという状況なら尚更…」
「ああ、こっちの目的を言い忘れてたな?自分がこうしてアトマのところに行くのは、ハリスのことを自分の代わりに頼むという意味合いも込めてのものだ。ハリス。常にこちらと連絡を取れるよう通信機は渡しておくが、万が一の緊急時にはアトマに駆け込むようにしろよ?」
「…ああ。了解した。」
「(…どんな方なのでしょうか?姿については聞かされていないのですごく気になりますね…少佐のような背丈の高い人なのですかね?)」
指を立てて後ろを歩く猟犬に向けて今後の動きについて説明を行っていた少佐であったが、声色に変化はなかったものの猟犬の表情は一瞬だけどこか少しだけ残念そうなものになった。
そんな猟犬の様子をさらに少しだけ後ろから見たスティラは不思議な感覚を覚えていた。
「………」
「(…?なんだかハリスさんの雰囲気が…)えっと…ハリスさ…」
「着いたな…来たぞー、アトマ。…それにしても本当にねむそうだな…寝不足気味か?それならハリスの話に朝方まで付き合ってもらって悪かったな?」
猟犬に視線を向けていたスティラは気さくな少佐の声を聞き取ってここで初めてポツンと木々の中に立っていた小屋の存在に気が付いた。
そしてその小屋の前、日陰となっている木製のテーブルの上で身体が伸びているオレンジ色の髪の人物が寝転んでいた。
「んん〜……最近は昼夜逆転の生活の改善が見えていたのに…振り出しに戻った気分ですよ…ねっむい…です…」
「(もしかして…この方が?しかし想像していたよりも若い…というよりも私と同じくらいの方ですね?)」
その所作や見た目から想像していた人物像とかなり違っていたためかスティラは、まだ目を閉じてぽけっとしているその人物をじっと見たままであった。
隣に立っていた猟犬はチラリと一瞬スティラの方へ目を向けて前を向き直ると、淡々と口を開いた。
「…ああ。想像と違って見えても少佐も仕方ないと言っていたが、あそこで寝転んでいるのがこちらが話していたアトマだ。」
「あ、あれ…!?す、すみません…自然と言葉が出てしまっていましたか…!?」
「いや、目を見て考えを読んだだけでスティラは特に口にしていなかったから安心しろ。アトマは確かにこちらと同じほどの歳だが、比較できないくらい優秀な人間だ。いつもこちらの想像に合わせたワクワクさせてくれる武器を沢山作ってくれるんだ。」
「…だからあんなに楽しそうにアトマさんのことを話していたんですね…?背負っている私の武器をじっと見ていたのもアトマさんの影響を受けているからでしょうか?」
「(…?自覚はしていなかったが、そんなに顔に出ていたのか?)そう…かもな?」
スティラに言われて初めて自分の口元が少しだけ緩んでいたのを自覚した猟犬は意識的に表情をいつものように戻した。
そして夕暮れなのにも関わらず朝を迎えたかのような様子のアトマに近づいていって少佐の隣から声をかけた。
「申し訳ない、アトマ。明らかに眠そうにしていたのにも関わらず、無理してこちらに合わせて長い時間起こしてしまっていた。昼夜の睡眠時間の改善の邪魔をしたことを謝罪する。」
「おお?本当に前に言ってたこと、オレとハリスがスチードにいない間にしっかり実行してたんだな?てっきりまた三日坊主で終わると思ってたんだがな?」
ニヤついた笑みをアトマに向けながら少佐はそう口にすると、寝起きの影響もあってかアトマはむすっと不機嫌そうな顔を作り、少佐を細い目のまま睨んだ。
「…それはちょっと僕をみくびり過ぎですよ…!?それに昼夜逆転しても、頭を回すには睡眠を取るのは本当に大切なんですからね…!?ふわぁ…んん〜…しかし暖かい日差しは睡魔を増幅させるのでやっぱり危険です…ね……んえ!?ま、また少佐が受け持つ人が1人増えたんですか?!」
「おっ、やっと気づいたんだな?」
気怠そうなまま目を擦り、起き上がったアトマは少佐と猟犬の後ろに立っていたスティラを見つけたのと同時に驚いた様子になってバネのような飛び起きてテーブルの上から降り立った。
アトマから自身に向けられたその言葉に反応してスティラもすぐに背筋をピッシリと伸ばして自身に関することをあたふたとアトマに対して話し始める。
「あれ…?そ、それってもしかして私のことでしょうか…?!はぁ〜…初めまして…!コルディセスからハインドレートの防衛を任されてやって来ました、スティラです…よろしくよろしくお願いします…!」
「(んえっ…!?つ、ついにコルディセスからの増員が…!)え、えと…僕の名前はアトマです…主にスチードの個人的ですが、兵器類の管理や開発とかを行っていて…あとは…その…」
コルディセスからやって来た人物であるという言葉を聞いてアトマも嬉しさと焦りが混じった表情のまま自己紹介を始めた。
しかし、こうして向き合って話しても依然として2人の間にはぎこちない空気が生じていた。
そんな初対面同士で互いに動きや言葉が固くなって2人の様子を見て、少佐は呆れの混じった顔で2人の間に割って入った。
「…まずは落ち着け、2人とも。スティラについてだが、コルディセスから大佐が見繕った人間で能力はかなりのものがある。急な話になるが、これからはハリスだけでなくスティラもお前の手を借りることになる個の戦力になる。」
「そ、そうでしたか…りょ、了解です…!」
「はい…改めてスティラと申します…!ハリスさんからアトマさんは武器に関することなら全てお手のものの物凄い方だという話を聞いています…これからよろしくお願いします!」
「(ちょっとハリス…!?なんか大袈裟に僕のこと伝えてないかな…!?)そ、そこまで凄い人間ってわけじゃないですよ!?で、ですが…お願いします…ね…?」
スティラの距離の詰め方と猟犬による自分への想像以上の評価の高さをされていた事実を同時に受け、アトマの口の動きはさらに固くなった。
そんなたどたどしいその様子を面白そうにしながら見ていた少佐は続けてスティラに対してアトマについの説明を始めた。
「次はアトマについてだな?アトマは2人のように戦場に立つことはないが、ハリスが言っていたように兵器に関する技術や知識が1人で
「い、1日でですか…?私はこの兵器に関する知識が全くないので、不備が起きないようなるべく丁寧に扱うようにして来ましたが…大きな心配をする必要がないと言うことですかね…?」
「いや、それは逆に高く見積もり過ぎですって…!まだハリスが昨日持って来た兵器の解析も完全には終わってないのにこれ以上来られるとさすがにキャパオーバーです…!」
「…そうか。スティラのこの兵器についても話を聞こうと思ったが、さすがに別の日にした方がいいな……残念だが仕方がない。」
アトマの返答を聞き入れて猟犬は残念そうに視線をいつの間にか手の中で担いでいたスティラの兵器に目を向けた。
それを見せられたアトマはしばらく悩んでいたのち、目線を下げていた猟犬に対してハッキリと言葉を告げた。
「うう……じゃあ明後日…!
「…!…ああ。楽しみにしている。そうだな…少佐のこともあるしこちらもこのくらいにして戻ろう。では後日また来るぞ、アトマ。」
「う、うん…あっ…」
「…もう戻るんですね?確かに明日に備えなければいけないですが……あっ、そういえばハリスさん、私の兵器を…」
自身が何も持っていないことに気がついたイエラは後ろにいるはずの猟犬の方へ視線を向ける。
だが、スティラが振り返った時には猟犬はすでに3人からかなりの距離を空けた位置におり、まるでいつの間にか気配ごとすり抜けていたかのようだった。
「…!?ちょっ…ハリスさん!?それは私の兵器なので持っていかれては困りますよ…!?」
見えなくなりそうなほど遠くにいたハリスを見たスティラは、焦りながら追いかけて行った。
まだ動かずにその場に残っていた2人であったが、嬉しそうにしていた猟犬が口にしていた言葉を聞いたアトマは再びやって来た眠気に抵抗するように目を擦りながら横に首を傾げていた。
ため息を吐きながら2人の後を追いかけるために歩き出そうとしていた少佐であったが、思い出したようにアトマに背を向けたまま口を開く。
「相変わらず変に行動が早い…ああ、そうだ…アトマ。オレは遅くても明日の朝にはコルディセスに戻ることになるから、その間ハリスのことはお前に任せるぞ?」
「…あ、了解です………………ん…?……んえ?!ちょ…少佐ぁ…!?」
朝を迎えたかのように起き上がって早々、様々な情報をぶつけられていたアトマはまだ回り切っていない頭のまま少佐の言葉に二つ返事で返答した。
しばらくは離れていく3人の背を目を細めてぼうっと見ていたが、最後の少佐の言葉を反芻していると自分に対して重大な任務が与えられていたことに気がついて一気に目が冴えた。
少佐を呼び止めるためにその背中に目を向けたが、もうすでにそこに少佐の姿は確認できずアトマは1人、突っ伏すように頭を日に当たって暖かさを感じるテーブルの上に乗せて言葉にならない声で唸り続けていた。
*******
「スティラ、繰り返しになるがハリスが駆り出される戦地は他とは比較できない激しい所だ。自分からは忠告として言っておくが、あまりコイツの戦いの場に踏み込み過ぎないようにした方がいい。…この国の要の一つであるハインドレートの防衛、任せたぞ?」
「…!はい、承知しました…!おこがましいですが私からも…コルディセスのことをどうかよろしくお願いいたします!では、ハリスさんもまた明日にハインドレートでお会いしましょう!」
「ああ。では、また明日。」
木々に挟まれた道を抜けて点々とした建物が目立ち始めたタイミングで3人はその場から解散する形となった。
スティラは猟犬から手渡された兵器の重さにバランスを崩しそうになりながらもそれを持ち上げてスチードの一角に向かって歩いて行った。
スティラが遠ざかり、姿が小さくなっていくのを見送った後、残っていた二人は並んで街の外れへと足を向けていた。
「…ハリスも、オレがここにいない間はこの国のことを頼んだぞ?いつも通り、『殲滅』を意識して動き続けてくれればこっちも言うことはない。」
「…ああ。目的を遂行できるようにこちらもそれに見合った戦闘を行い、
互いに与えられた目的達成のために、少なかったがそれぞれ発破をかけるような言葉を向けた。
そして、この会話の中で少佐はまた何か思い出したかのようにふとハリスへ視線を向けた。
「そうだ。まだ知らせておくことがあったな?スティラにも伝えて欲しいんだが、スチードを離れるにあたって指揮系統は自分の代わりに大佐自らが行ってくれることになっている。」
「大佐自らが?それで問題ないのか?」
「ああ。お前も分かっている通り細かい部隊の編成や動きに注力することになるのは目に見えている。だからこれはいつもの動きに対しては特に影響はないと考えてはいるな?あとは…そうだな…ハリス。『命令』としてスチードの状況の変化は定期的に行うようにしてくれ。これは大きな動きが生じずとも、小さな変化だけでもな?」
「了解。その命令はこちらも忘れることなく遂行しよう。しかし連日の
「…だな?ハインドレートの重要性はコルディセスもよく理解しているからな…当分は海からの侵攻の警戒に注力した方がいいかもな?もちろん、お前を警戒してすぐに
「了解した。」
ある程度の会話が終わり、やるべきことについて把握したことでざわめきのような緊張感が漂い始めていた。
人が駒のように戦場を駆け回り、当たり前のように命を落とす今の世だからこそ、仄暗い影を落とした現実は止まることなく激しく動き続けている。
戦地に身を置くことになる猟犬は、その激動に呑まれないように今この瞬間からでも自身のあり方について考えらようなことをしていた。
そんな猟犬の様子を見て少佐は鋭い目を向けながら口元に手を当てて言葉を口にし始めた。
「…ここまで色々と言ってきたが、結局最後まで戦場に立ち続けた人間が有無を言わさずの勝者であり、紛う事なく悪にはならないんだ。戦いの中で迷いが生まれたのなら生き残り、自分の血や返り血で身体を赤く染めても立ち続けることだけを考えろよ?」
「(……これは…)それは少佐がいつも口にしていることだな?了解した…この国にいてもその言葉はこちらも頭の中に留めておこう。」
「やっぱりこれが戦場に立つ人間に1番に求められていることだからな?……だが…」
長い時を戦いに身を投じてきた人物から発せられるその気迫と言葉は猟犬の視線を貼りつけて動かさないようにするほどのものであった。
それは戦争というものの中で求められ、積み重なり続けて作り上げられる望まれた人間の形を端的に表した言葉であったが、猟犬の反応を見た少佐は不敵に口元を緩めて笑った。
「まぁ、これは
「…ある言葉に加えて?こちらはそれを初めて聞いたぞ?少佐はずっとその言葉を何も加えずにこちらに常々その話をしてきてなかったか?」
「そりゃあ自分とお前じゃ望んでいる、望まれている目的がそれぞれ違うからな?…それで、加えてる言葉としては…『朽ちた屍に正しさを聞くな』…だな?」
目を閉じて少佐から吹き抜けた夕暮れの空から吹いた風に乗るように放たれた言葉は、首を傾げさせるものであった。
しかし同時に、猟犬は表情を変えないまでも無表情で全くその意味を分かっていない様子であった。
「…?それが少佐が加えていると言葉なのか?一体どういう意味が込められているんだ?」
「端的に言えば、自分の意思で殺したのにも関わらずそれが本当に正しかったのか迷い、問いかけるようなことをするなってことだな?戦場に立つ以上、自分のしている行いの是非を決めるのは自分だけだ。だからこそ、もう何も返してこない敵や味方の死体に対していつまでも感情を向けずにいろ…という意味が込められている。」
「…なるほど、意味を聞いて理解出来た。」
少佐からの回答を聞いて納得した様子になった猟犬。
そのまま浮かんできた疑問をそのまま今度は自分から少佐にぶつけた。
「それは戦場に立ち続け、そしてその中で少佐が辿り着いた結論のようなものなのか?少佐も戦場に立ち、転がる死体を見ることが多かったはずだ。」
「…ああ。自己暗示…って意味合いもあるが、概ね心持ちとして持つようにしていることだ。まあ………これは…そうだな?あくまでオレの経験から導いたもので…いや、やっぱり別にお前が心持ちとして抱えておかなくてもいいものかもな?」
「…そうか。」
薄い光を放つ星を見上げながら少佐はぼんやりとそう言葉を口にした。
そこからは互いに特に言葉を口にすることなく道を進んでいたが、別々の道に別れて進むタイミングになったところで少佐は懐からいつも口にしている紙筒が入った小さな箱を猟犬の目の前に伸ばしてきた。
「これ、お前に渡しておくぞ?」
「…やはり少佐はこちらにもこれを味わってほしいのか?命令ならそうするが…」
差し出されたそれに変わらず嫌そうな言葉を向けるが、少佐は困ったように苦笑いしながら箱から一本取り出して残りを箱ごと猟犬の着る軍服のポケットに押し込んだ。
取り出した一本に火をつけて吸い込み、白い煙を空に向かって吐き出しながら今の行動の意図を話し始めた。
「…そんなつもりで出したわけじゃないから安心しろ。今までお前とオレで色んな戦場で行動を共にして、明日から別々の場所にその身を置くことになる。それは別にそのまま捨てても、燃やしても、どう扱ってもいいが…まあ、受け取っておいてくれ。」
「…ならこれはどういう意図が?」
「んー…まあ、俗に言う『魔除け』の代わりかもな?身につけておくのすら嫌だったら、何度も言うが好きに扱っていいからな?何なら今吸ってみてもいいしな?」
「拒否する。」
「…だよな?」
煙を猟犬に向けないために逆方向を見ている少佐からはこれを渡して来たその真意を今の猟犬は知ることが出来ない。
しかし、猟犬にとって渡されたそれは不思議と先程までのように不快だとは思わないものであった。
「だが……了解した。ならばこれが、こちらが残す遺品とならないように気をつけておこう。」
「…!ハハハッ!冗談にしては妙にリアルなことを言ったな?それはアトマに教わったことか?」
「…?別に冗談のつもりで言ったつもりはなかったんだが…少佐が笑うというこちらにとっても珍しいものが見れたな?」
こんな何の変哲もない他愛もない中身もほとんどない会話がしばらく続いた後、猟犬と少佐は互いに向き合って一度敬礼を行う。
明日には再び戦地に別れて足を踏み入れることになる2つの影は、紙筒から流れる煙を纏いながらそのまま離れていった。