ミスターシービーの語り口はどこか寺山修司の風を感じさせます。
そんな彼女は自由に拘ります、拘った結果トレーナーと別れてしまうのか、拘った上でそれでもトレーナーを自らに縛り付けるのでしょうか。
そのどちらが彼女らしいのかは分かりません、そんな詩です。

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風に、ふたつの影

見えぬもの 追いかけながら 振り向けば

 キミの靴音 もう夢の奥

 

 

走りながら、アタシはどこかでキミと別れていたのかもしれない。

それとも、まだ、出会ってさえいないのかもしれない。

 

 

芝生を蹴る音が、過去を起こす。

 

アタシはあの日、走り抜けて、

そしてどこかで、キミと――

 

鳥が空を知らなくても飛ぶように、

アタシは脚でしか考えられなかった。

 

風がどこへ向かうかなんて、

知る必要はなかった。

ただ、芝を裂く音だけが、

アタシをアタシにしていた。

 

ひとつの勝利が、

世界の余白をぬりつぶしていく。

 

アタシはそこで、

「ありがとう」と言えばいいのか、

「さようなら」と言えばよかったのか、

わからなかった。

 

キミは黙っていた。

それが祝福だったのか、

拒絶だったのか、

それすら、

脚の感覚でしかわからなかった。

 

アタシはキミの胸に頬を寄せ、

「走るのが怖い」と呟いた。

それはウソだった。

 

本当は、

走ることで、

キミが遠ざかるのが怖かったんだ。

 

キミは笑って、

アタシを縛った。

手ではなく、

言葉でもなく、

あの沈黙で。

 

部屋のカーテンが揺れるたびに、

アタシは夢を見た。

夢のなかでは、

アタシはまだ走っていて、

キミはまだ、

アタシの名を呼んでいた。

 

愛は、

誰にも見られない瞬間にだけ、

本物になる。

 

だからアタシは、

勝利の夜に、

誰もいない部屋で

声もなく泣いた。

 

愛は、

声に出した瞬間、

手に入ってしまうものだ。

 

だからアタシは、

笑いながら、

「離さないでよ」と

甘えてみせた。

 

キミは真顔で言った。

「キミが死ぬまで、絶対に」

 

 

窓辺に並んだふたつの影。

どちらもアタシだった気がするし、

どちらもアタシじゃなかった気もする。

 

 

時間とは、

舞台の書き割りみたいなものだ。

進むフリをして、

同じ場所でぐるぐると

演技を繰り返しているだけ。

 

アタシは今も、走ってる。

この幕の内側で。

 

キミがいようといまいと、

風は吹く。

 

でも、

できれば――

 

できれば、

次に風が吹くときは、

キミの匂いを連れてきてほしい。

 

 

彼女の脚音が遠ざかるたび、

僕の胸はひそやかに沈んだ。

あの日、咄嗟に手を伸ばせなかった僕をシービーは知らないだろう。

スタンドの喧騒も、歓声も、

この狭い更衣室の静寂には及ばない。

けれど僕は、芝を駆け抜けた彼女の背中をずっと追いかけている。

見えなくなっても、その残響がある限り、

ここに立ち続けるだろう。

 

夜風に乗って、わずかに香るパティの焦げ跡やベーコンのスモークが、シービーの記憶と絡み合う。

僕はその情景を思い描き、今も胸の奥で彼女を愛し続けている。

 

 

記憶とは、足音だ。

その音を確かめるたびに、アタシは、誰かの夢に戻ってゆく。

ただ走るだけの、誰でもないアタシに。

 

 

忘れゆく 走る影こそ 愛おしき

 名を呼ばぬ日に 君は駆けたり


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