実はですね、テストの期間が被ったり、4分の3ほど書いていた下書きを間違えて消してしまったりして……。
お待ちいただいてくれていた方々には、本当に申し訳ありません!
お詫びと言っては何ですが、いつもの2倍強の文章量でお読みください。
それでは、どうぞ!
12話 悪夢に見初められたスライム
シズという名の女の物語に幕が降りた。
ああ、実に人間らしい引き際だったよ。
呪いを託し、想いを託し、最後はスライムの温かい胃袋の中で眠りにつく。
終幕としては悪くない。むしろ、美しい部類だ。
『……安心して眠るといい。君が出会ったあのスライムは、少なくとも退屈はしなさそうだ』
私は一人、誰もいない広場で、彼女が遺したあの時間の悪臭が染み付いた仮面を弄りながら独りごちた。
リムルは今、簡易テントに引きこもっている。
「誰も入るなよ! 絶対だからな!」
……だそうだ。
中でお楽しみのところ悪いけれど、私には壁なんて意味をなさない。
さあ、覗いてみようじゃないか。
新しい「器」を手に入れた、異世界の迷い子の混乱を。
*
テントの中では、リムルが怪しげな笑い声をあげていた。
「ふふふ、ふはは、ふはははは! へ〜ん、しん!」
『……リムル。今の三段活用、自分ではイケてると思ってたんだろうけど、外から聞いてるとただの不審者だぞ?』
空間を透過して私が姿を現すと、そこにはいつものスライム……ではなく、なにやら未完成の肉体が転がっていた。
「ちょ、ビル?!だから入るなって――」
抗議の声は途中で止まった。
そこにいたのは、スライムでも人間でもない、奇妙な肉塊だった。
いつもなら黒い霧を吹き出して怪獣映画みたいに変身するのに、今回は霧が出ない。
代わりに、視点が少しずつ高くなり、ムクムクとピンク色の棒……いや、手足が生えてきた。
薄青色の粘液が、血の通った肌色へと塗り替えられていく。
『おやおやおや、素晴らしいじゃないか!単細胞生物の進化観察キットか?』
「……っていうか、これ、どうなってんだ?鏡、鏡はないのか?」
手足を確認し、自分の体をベタベタと触りまくっている。
だが、次の瞬間。
彼の動きがピタリと止まった。
顔色が青ざめる。……いや、肌色になったから、正確には「真っ白」になったというべきだろうか?
彼は自分の股間のあたりを、戦慄の表情で確認していた。
「……無い」
『ん?』
「俺の息子……二世の姿が、無い……ッ!」
『HAHAHAHAHA! 傑作だ! 消えたな、リムル! 跡形もなくツルツルだ!』
私は空中で転げ回って笑った。
ああ、どうして三次元のオスという生き物は、股間のシンボルにアイデンティティを預けているんだろう?
「笑い事じゃねーよ!な、なんでだ……なんで何も無いんだよ?!」
『いいかい、リムル。君はもう魔物なんだ。排泄も、生殖も必要ない。君は今、完璧に中性的で、完璧に無害な、美しい「置物」になったんだ!』
「誰が置物だ!」
絶望に打ちひしがれるリムル。
だが。
リムルはふと頭を触り、髪があることを確認すると、露骨に安堵した。
毛がなければ宇宙人。毛があれば人間。
三次元の境界線なんて、その程度の事で決まるものなのか?実に滑稽だ。
「うーん、自分の姿が確認できないのが痛いな……そうだ!『分身体』を使えばいいんだ!」
リムルはナイスアイデアと言わんばかりに、自分の分身体を作り始めた。
黒い霧が渦巻き、一瞬でそれが完成する。
その瞬間、テントの空気が凍りついた。
『……おっと』
「……うわぁ」
そこに立っていたのは、銀髪をたなびかせた、神々しいほどに美しい子供だった。
シズの面影を色濃く残しながらも、どこか浮世離れした透明感。
瞳は金色に輝き、肌は真珠のように滑らかだ。
……ただし、一点だけ問題がある。
何も着てないのだ。
「静江さん、GJ! ってそうじゃなくて、着るもの着るもの……」
『大丈夫だ、リムル。君には隠すべきものなんか、上にも下にも付いてないんだから。堂々としてればいいじゃないか』
「そういう問題ちゃうわ!」
大慌てで毛皮を分身に着せ、自分も毛皮を纏うリムル。
だが、驚くべきはその見た目だけじゃなかった。
彼の分身は、イフリートが使っていた劣化コピーとはワケが違う。
演算能力も、反応速度も、魔素の伝達も、本体と完全にリンクしている。
『へえ、面白い。黒霧を介さない「直接変身」。君の細胞の特性とうまく噛み合ってるじゃないか』
さらにリムルは実験を続ける。
分身体に魔素を送り込み、子供の姿から美青年の姿へ。次は女性へ。
さらにはゴツゴツしたマッチョな壮年、ヨボヨボの老人まで。
「これなら。状況に合わせて姿を変えれるな。戦い方の幅が広がりそうだ」
銀髪を揺らしながら、自分の新しい「手」を握ったり開いたりするリムル。
その姿は、シズのようでもあり、全く別の怪物のようでもある。
『おめでとう、リムル。これで君はこの世界の住民としてのパスポートを手に入れた。……でも、忘れないことだ。その美しい顔の裏側には、全てを食い尽くすドロドロの粘液があるということを』
「……分かってるよ。この姿は、シズさんから預かったものだ。大切に使うさ」
『ああ、大切に、大切にね!壊れるまで使い倒して、最後にはどんな顔になっているのか……私は特等席で見守らせてもらうよ』
テントの外では、リグルド達が主の帰りを待ちわびている。
彼らが、この「美しき怪物」を見てどんな顔をするのか。
考えただけで、三角形の単眼が笑いで歪むのを止められなかった。
『そうそう、それとその服に少し魔法をかけてあげた』
「……何の魔法だ?」
『時々、君の恥ずかしい思い出を叫ぶ魔法だ』
「は? 何を言って……」
「小学生の頃、大の方を――」
「あーーあーー!!!ふっざけんなよお前ぇぇ!!」
『HAHAHAHAHAHAHA!』
*
私は丸太小屋の梁の上で逆さまにぶら下りながら、スライムを眺めていた。
リムルは今、ドワーフの長男ガルムの前で自分を少しでも大きく見せようと虚勢を張っている。
「ふふふ。ふはは、はあーーーっはっはっは! 舐めるなよ!いつまでも、何も着れないままの俺だと思うな!はぁーーーー!!!」
気合いと共に人間に変身して見せたスライムを前にして、ガルムは「……子供か?」と至極真っ当なツッコミを入れた。
おやおやおや、期待してたほどの驚きが得られなくて、残念だったね、リムル。
その後はゴブリナ——確かハルナとか言ったかな?——に採寸をしてもらい、服の方はまた後日受け取ることとなった。
リムルはその足で、洞窟へ向かうらしい。
新しく得た能力の確認。
つまり――実験タイムだ。
『新しい力を手に入れた生物が、調子に乗って暴走する瞬間ほど面白いものはない』
「お前、絶対ロクでもない未来想像してるだろ」
『もちろん!』
………
……
…
『さて、リムル。君が新しく手に入れたオモチャの性能……見せてもらおうじゃないか』
ここは、かつて彼が暴風竜と出会った場所。湿った岩肌と、濃密な魔素。
三次元の檻としては、少々趣味が悪い。
暴風竜と話したことはないが……今度リムルの胃袋にお邪魔することにしよう。それに、あのファイヤボーイもいるだろうし。
洞窟の広大な空間に到着すると、リムルは本格的にスキルの検証を始めた。
彼が試そうとしているのは、イフリートから奪った力と、新しく獲得したユニークスキル『変質者』だ。
リムルはそこで二日間、延々と能力実験を繰り返した。
『結界』、『炎化』、『分子操作』、『黒炎』、『黒雷』……
実に楽しそうに。
途中、ゴブタがアホな発言をして蹴り飛ばされていたが、あれはもはや才能だろう。
そして二日後。
実験を終えたリムルは、ぷるぷるした青いスライム姿へ戻っていた。
洞窟を歩くその姿は、先ほどまでの破壊の権化とは思えないほど無害で、ぷるぷると弾力に富んでいる。
「よし、大体把握できたな。ビル、お前のせいで集中が乱されまくったが……不思議と限界まで魔素を回せた気がするよ」
『おゆおやおや?感謝の言葉かい?珍しいこともあるもんだ。私のおかげで君の脳内に新しい神経回路ができたかな?』
「皮肉じゃなくて、本音だ。……お前は、この世界を『壊せる』って言ったよな?」
リムルが立ち止まり、私を見上げた。その声はいつになく真剣だった。
『ああ、言ったとも。指を一回だけ鳴らす。それだけで十分だ。この空を割って、
「……なら約束しろよ。もし、俺が道を踏み外して、この世界を本当にメチャクチャにしそうになったら……。お前が俺を止めろ。お前のその力でな」
数秒の沈黙。
洞窟に水滴の落ちる音が響く。
そして。
『……おや』
あのリムルが。
善人ごっこをしながら、どこまでも「普通」でいようとしているあのスライムが。
自分自身を、“災厄になる可能性がある存在”として口にしたのだ。
……面白い。
実に、面白い。
『HAHA……』
笑いそうになるのを、少しだけ堪えた。
今ここで腹を抱えて笑ってしまうのは簡単だ。
だが、それでは勿体ない。
これはもっと丁寧に味わうべき瞬間だった。
『リムル。君、それがどういう意味か分かって言ってるのかい?』
「分かってるつもりだよ」
『違う違う。“つもり”じゃない。君は今、この私に、自分を殺す権利を渡そうとしてるんだ』
リムルは黙る。
否定しない。
つまり、自覚している。
ああ、本当に。
このスライムは時々、びっくりするほど狂っている。
『君は優しいフリが上手い。仲間想いで、平和主義者で、理性的。実に結構。三次元の生物はそういうのが大好きなのだから』
私はくるりと宙返りしながら、彼の周囲を回る。
『でもその実態はどうだ? 君は力を得ることに躊躇がない。敵を喰らうことにも慣れ始めてる。必要なら、自分を怪物に変えることすら恐れていない』
「……」
『そして今、“自分が世界にとって災厄になってしまうかもしれない”と考えた』
私はそこで笑った。
今度は隠さずに。
単眼を細め、歯を剥き出しにして。
『HAHAHAHAHA!最高だ、リムル!君、自分で思ってるよりずっと才能がある!』
「褒められてる気がしないな……」
『もちろん褒めてるのさ!悪夢的な意味で、だが!』
私は彼の目の前まで降りる。
そして、単眼を覗き込ませるように近づいた。
空気が変わる。
洞窟の魔素が、逆流し始める。
水の流れが止まる。
水滴が落ちる。
——―はずだった。
天井から垂れた雫は、地面へ落ちる寸前で静止していた。
波紋も広がらない。
音すら、遅れて聞こえる。
リムルの表情から、僅かに軽さが消えた。
彼も理解したのだろう。
今、自分はとんでもなく危険な存在と、“何か”を交わしかけているのだと。
私は笑う。
静かに。
愉快そうに。
『……いいだろう。ただし――』
その瞬間だった。
ゾクリ、と。
森の奥から、鋭い殺気が走った。
リムルが反射的に顔を上げる。
私も視線を洞窟の外へ向けた。
『……おやおや』
空気が震えている。
激しい怒りと憎悪の感情。
しかも複数。
なかなかに荒れているじゃないか。
「この気配……戦闘か?!」
『……おっと。どうやら続きを話している暇は無さそうだ』
私はステッキを振り回しながら宙へ跳ねた。
『この話はまた今度だ。どうやら君の平穏な焼肉タイムは消滅したらしい!』
「くそ!しょうがない。ビル、行くぞ!」
*
「ぎゃあーーー!痛いっす!し、死ぬ。このままでは、死んでしまうっすよ!!」
戦場に到着した瞬間、そんな情けない悲鳴が森に響いていた。
『HAHA! 元気そうじゃないか』
地面ではゴブタが胸を押さえて転げ回っている。
白髪の老オーガに斬られたらしい。
もっとも。
血の流れ方を見る限り、致命傷ではない。
相手は最初から「殺す」より「無力化」を狙っていたのだろう。
「落ち着け。傷は浅い」
「あ、リムル様じゃないっすか。自分が心配になったから、来てくれたんっすね⁈」
「ああ、そうだな。元気そうだし、回復薬はいらないみたいだな」
「ちょ、欲しいっす!冗談言ってすまなかったっすよ!」
『ほらほら、もっと面白く転げ回ってくれ』
「ビル様もひどいっす!」
私がゴブタを揶揄ってる横で、リムルは回復薬を振りかけ、ゴブタの傷を癒した。
周囲には多数のホブゴブリンと嵐牙狼が倒れている。死者はいない様だった。おそらく魔法によって眠らされているんだろう。
離れた場所では、紫髪のオーガとリグルが戦っている。
だが力量差は明白だ。
膂力、技量、戦闘経験。
どれを取っても、オーガ側が上回っている。
すると、私たちに気づきランガが駆け寄ってきた。
「リムル様、申し訳ありません。我がいたにも関わらず、このような無様な——」
「気にするな。相手が悪い」
リムルは短くそう言った。
実際その通りだ。
ジュラの大森林でも上位に位置する種族。
しかも、ただのオーガじゃない。
武装をし、統率が取れている。
しかも高い練度。
戦場慣れしている。
「争うのを止めろ」
リムルがリグル達へ命令する。
対してオーガ達は、警戒を強めた。
私は彼らを見回した。
赤、青、白、紫、黒。
そして――桃色。
『おやおやおや。絵の具箱をぶちまけたみたいな連中だ』
「……楽しそうだなお前」
『当たり前だろう?』
リグルはこちらに気付き、即座に剣を下ろした。
ランガが命じられ、リグルを回収する。
「リ、リムル様……。も、申し訳……」
「安心しろ。後は俺に任せて、ゆっくり休め」
そしてリグルにも回復薬を渡した。
「ランガ、周囲で倒れている者達はどうした?」
「ハッ、それは——」
『睡眠魔法の
「その通りです」
オーガは計6体。
つけている鎧は、日本のサムライが着ていた様な物だった。そして、先ほどの白髪の老オーガが持っていたのは日本刀。
それぞれがBランク相当以上。しかも武装付き。
森の上位種族というのも伊達ではない、ということだろう。
「なんという邪悪な魔物でしょう⁉︎ 皆の者、気をつけるのです!」
ピンク色のオーガがそう叫ぶ。
「おいおい、ちょっと待て。俺が、邪悪な魔物だと?」
「しらばっくれるつもりか?そこの邪悪な者達を使役するなど、普通の人間にできる芸当ではあるまい。見た目を誤魔化し、
「姫様の目は欺けぬぞ。正体を現すがいい!」
「黒幕から出向いてくれるとは、好都合というもの。この少人数ならば、我らにも勝機はある」
それからしばらくリムルが誤解だ!と力説していたが……まあ無駄だった。まるで話が噛み合っていなかったさ。
「もういいだろう。話す気がないというのなら、力ずくで喋らせてやろう。我等同胞を襲った、あの邪悪なる豚共との関係をな!」
「待て待て、話を聞け。豚共ってなんのこと——―」
「黙れ、化け物め!そこの黄金の浮遊物も、貴様の使い魔か。まとめて倒してやろう!」
……。
空気が止まった。
リムルがゆっくりこちらを見る。
私は笑顔のまま固まった。
私の周囲で空間が軋む。
木々がみしみしと音を立てた。
『HAHAHAHA!!』
笑っている。
笑っているのに、
空気だけが冷えていく。
『使い魔だって? リムル、聞いたか? この赤いの、私を君のペット扱いしたよ。……この連中の皮を剥いで、素敵なソファを作ってやろうか?それとも——―』
「ちょ、ビル。落ち着け」
『面白い。赤いの、君、自分より高次の存在を犬扱いしたわけだ』
赤髪が僅かにたじろいだ。
だが、それでも退かない。
誇りや責任、そして怒り……
そういうもので無理矢理立っている。
……嫌いじゃない。
「ビル」
リムルが割って入る。
「手は出すな」
『分かってるとも』
私は肩――と呼べるかは別として――をすくめた。
ただ、君にプレゼントをしようとしただけなんだがね。
「リムル様、どういたしますか?」
「お前はあの桃髪のオーガを相手しろ。どうも裏がありそうだし。話を聞く必要がある。だから、決して殺すなよ?魔法を使われると厄介だし、邪魔だけしてくれればいいから。残りは俺が倒すよ」
「しかし、リムル様がオーガ5体を相手する事に……」
「問題ない。というか、負ける気がしない」
「――承知!」
『おやおや、リムル。そんなことを言って、もし負けたらどうする? 私はその瞬間を未来永劫、語り草にして笑ってやるぞ』
「イフリートがAランクオーバーだったからな。なら俺も、Aランク以上は確実だろ」
リムルは、ランガに備えて散会した内の一体の黒髪のオーガに向けて素早く接近した。
黒髪のオーガは驚愕しながら身構えるが……遅い。
「お前も休んどけ!」
そう言いながら、左手の手のひらに小さな口が出現する。そして、その口から霧が発生し、黒髪のオーガは地面に倒れた。
『これはまた、面白そうな能力を手に入れたね』
私は倒れたオーガの上に浮きながら、戦場を眺める。
リムルが黒髪を倒した直後、紫髪と青髪のオーガが彼に攻撃を仕掛けてきた。
だが、紫髪は『粘鋼糸』で拘束され、青髪は鱗が生えた右腕によって吹っ飛ばされた。
「俺の実力はわかったろ?話を聞く気になったか?」
「黙れ。ますます確信したぞ、貴様こそが災厄の根源だと。我等の里を滅ぼした邪悪な豚共を操っていたのも、貴様の仲間なのだろう?たかが
『魔人の仲間、だって?君、いつの間にかヴィランの仲間入りをしていたのかい?道理で最近、君の魂が少しだけ美味しそうな「悪の香り」を放っていたわけだ』
「はっ?!ちょ、待てよ、それは誤解――」
リムルが赤髪の勘違いを正そうとした時、今まで沈黙を貫いていた白髪のオーガがリムルの背後へと一瞬で移動していた。
そして、一閃。
リムルは慌てて右腕でそれを受ける。
「――ッ?!」
しかし、ボトっと何かが落ちる音がした。リムルの右腕が切断されたのだ。
「むむ、ワシも耄碌したものよ……。頭を刎ねたと思ったのじゃが……」
私は感心した。
『……おやおや。あの爺さん、スキルとか、魔素量とかそんな安いものを無視して、「経験」という武器を最大限生かしている。君も見習うんだ、リムル』
「んなこと言ってる場合かよ……耄碌とか、笑えないわ」
リムルは切断された腕を回収し、オーガたちとの距離を取る。
「リムル様!?」
「こっちはいいから、油断するな!」
『いい判断だ。ランガではあの爺さんのいい的だったろうからな』
次は外さんぞ、と爺さんが居合の構えを取る。
リムルの意識が爺さんへと集中したのを見計らって、赤髪が斬り付けてきていた。
「ハン!片腕を失ったらもう終わりだろう?確かに貴様は強かったが、一人で俺達を相手しようという傲慢さが、貴様の敗因だ!」
赤髪の怒号が響き、彼らの勝利を確信したような空気が戦場に流れる。
だが、そんな退屈な三次元的勝利宣言を、私が黙って見過ごすはずがないだろう?
私はリムルのそばから離れ、少し離れた場所でランガに相手をしていた桃髪のオーガ――姫と呼ばれていた彼女のすぐ隣に、音もなく姿を現した。
『やあやあ、ピンクのお姫様。君のお兄様が随分と威勢がいいけれど、応援しなくていいのか?ほら、あっちじゃ勝利の宴でも始めそうな勢いだ』
「――ッ?! あなたは、あの魔人の……?」
「ビル様?!」
『安心してくれ。今の私は、君をバラバラにする気分じゃない』
彼女は驚愕に目を見開いたが、即座に身構えることはしなかった。
賢い。私のこの姿を見て、物理的な攻撃が意味をなさないことを本能で察したか。あるいは……私のカリスマに思考を奪われたのか?HAHA!
「……何を、しに来たのです」
『おっと、勘違いしないでくれ。私はただの観客さ。せっかくの悲劇なんだ、最後まで見届けないと失礼だろう?』
私はステッキをくるりと回しながら、戦場を指した。
白髪の老オーガが、リムルを斬った瞬間。
赤髪のオーガが勝利を確信し、踏み込む。
実に三次元生物らしい、早とちりだ。
『……でも、おかしいと思わないかい?』
「え……?」
『ほら、よーく見てごらん』
彼女は戸惑いながらも、リムルへ視線を向けた。
切断された右腕。
地面に転がる肉片。
だが。
「……血が、出ていない?」
桃髪の彼女は私の言葉に導かれるように、リムルを凝視した。
『正解』
『君たちは今、“人型をしているだけのナニカ”と戦ってる。そこを勘違いしたままだと――』
私はそこで言葉を切った。
次の瞬間。
リムルが左腕に『黒炎』をまとわせた。
空気が焼ける。
周囲の温度が、一瞬で跳ね上がった。
桃髪のオーガの顔色が変わる。
『HAHAHA! いい顔だ! ようやく理解が追いついてきたみたいだね!』
私は愉快そうに笑いながら、ステッキを回す。
『さて。君のお兄様が先に折れるか、それともあのスライムがここら一体ごと消し飛ばすか。私はどっちでも構わないんだが――』
「いいか、本当の炎というのを見せてやろう」
「お、お兄様……あれは、あの炎は……お兄様のような、幻妖術の類ではありませぬ!」
「ふふふふふふ……その通り。だが、炎よりも、もっと面白いものを見せてやろう」
リムルは右手に魔素を集中させ、『黒雷』を発生させた。
そして――
「良く見ておけ、コレが俺の真の力だ!」
そう叫び、近くの大岩へと『黒雷』を解き放った。
一瞬で大岩は蒸発し、消し炭すら残らなかった。
流石にこれほどの力の差を見れば、戦闘継続などしない――
「……凄まじい、な。悲しいが、我等では貴様に遠く及ばぬようだ。だが俺も、力ある種族、オーガの次期頭領として育てられた誇りがある。無念に散った同胞の恨みを晴らさずして、何が頭領か。敵わぬまでも、一矢報いてくれるわ!」
「……若、お供いたしましょうぞ!」
私が思っていたよりも、オーガというのは誇りを大事にするようだ。実に不合理だ。だが、興味深い。
その時だった。
「お待ちください!」という可憐なお姫様の声が、その場に響いた。
「お兄様、冷静になって考えてみてください。これだけの力のある魔人様が、姑息な手段を用いて豚共に我等が里を襲撃させるなど、不自然です。それこそ、お一人で我等全てを皆殺しに出来ましょうから。この方が異質なのは間違いありませんが、おそらく、里を襲った者共とは無関係ではないかと……」
「なんだと?! だが、言われてみれば……」
「だから、最初っから誤解だって言ってるだろうが!少しは人の話を聞く気になったか?」
赤髪は、リムルとお姫様を交互に見てから、リムルに向かって片膝をついた。
「申し訳ない。どうやら追い詰められて、勘違いしてしまったようだ。どうか謝罪を受け入れて欲しい」
「まあ、ここで話すのもなんだし、一先ず村に戻ろうか。お前達も来いよ、飯くらい食わせてやるから」
『おやおやおや、いいところで邪魔が入ったか。もう少しで、君の悪役デビューが成功しそうだったんだが……どうやらお預けのようだ。でも、あのお姫様の目は節穴じゃなかった。三次元の生物にしては、なかなかの審美眼だ』
「……ビル。お前、また余計なこと言っただろ」
リムルが、呆れたように私を見上げる。
『心外だな。 私はただ、迷える子羊に「真実」という名の毒薬を処方してあげただけさ。……さあ、誤解が解けたら、次はお楽しみの情報交換タイムだ』
桃髪の彼女がこちらへ駆け寄ってくる。
彼女の瞳には、私への警戒と、それ以上のリムルに対する興味が宿っていた。
運命とは、大抵の場合、選んだ瞬間ではなく。
「拾った瞬間」に始まる。
オーガ。
牙狼族。
ゴブリン。
そして、シズという女が遺した願い。
リムルはきっと、これからも拾い続けるのだろう。
力を、願いを、呪いを。
――いつか、自分自身が潰れるその日まで。
『HAHAHAHAHA!』
ああ、本当に。
退屈しない玩具を拾ったものだ。
お読みいただきありがとうございました!
最近、怪奇ゾーングラビティフォールズを見直してみたのですが、かなり口調が違っていたりしていたことに今更気づきました。
ですので、次回からは少し話し方が変わるかもしれません。
しっかり原作を見直すって大事ですよねぇ……。
ビルの扱い方ももう少し考えないと……。
それではまた次回、お会いしましょう!