伊地知虹夏はやり直す   作:BB

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初バイトと歌詞制作

「虹夏、ずっと練り歩いてるけどどうしたの?」

 

「いや、今日からぼっちちゃんバイトでしょ? ただほら、うちって一応接客業な訳じゃん? あの子そう言うの苦手そうだし……バックれたりしないか心配で」

 

 前回聞いた話だ。ぼっちちゃんはバイト初日、嫌すぎて氷風呂に浸かってその後下着姿で扇風機を前にギターを爪弾いていたらしい。

 それに今回は喜多ちゃんがバックれてない。そこで歴史の強制力とかよくわからない力が働いてぼっちちゃんが逃げたギターにならないか心配なのだ。

 

「流石にばっくれないと思う、郁代じゃあるまいし」

 

「名前で呼ぶの辞めてください!? あと私ばっくれてませんよ!? でもリョウ先輩が言うなら今からバックれます!」

 

「冗談だからやめて」

 

「あはは、まあ心配しすぎだよね……」

 

 前もしっかり来たんだ。今回だってきっと来てくれる。

 

「あ、お、おはようございます……」

 

「お、ぼっちちゃんおは……えっ!?」

 

 ぼっちちゃんはちゃんと来てくれた。どうやらこの世界に逃げたギターは存在しないらしい。

 問題は彼女の服装にある。今日彼女が着てきたのは初めてぼっちちゃんの家に行った時に着てもらった服だった。

 そのあまりの可愛さに皆言葉が出ずフリーズしてしまっていた。最も、お姉ちゃんはなんか連写モードで写真撮ってるし、リョウは何かよからぬことを考えてそうだけど。

 

「あ、似合ってませんよね……い、イキってすみません……!」

 

「そんなことな――」

 

「きゃーっ!! 後藤さん素敵ー! こっち向いてー!」

 

 流石は後のSNS大臣。一時はフリーズしてたもののすぐに立て直し、無事自撮りでツーショットまで獲得していた。このスピード感には写真嫌いなぼっちちゃんはなにもできずツーショットを許していた。恐るべしイソスタ狂い。

 

「ビジュアル路線で売り出すのもありか……」

 

「山田ァ!」

 

 

「それじゃ、私は先に帰るね」

 

「分かった、お疲れ〜」

 

 そう言って上に登るリョウを見送り、私はお店の後片付けを手伝う。ちなみにぼっちちゃんと喜多ちゃんはバイト終わりでさっさと帰ってしまった。まあぼっちちゃんは家が遠いから仕方ないかな。……あれ? そういえばリョウのやつ帰るって言ってどこ行った……? 上行ったよね!?

 

「お姉ちゃん! 先上がるね!」

 

「ここでは店長と呼べ!」

 

「ごめん! それじゃ!」

 

 憤慨するお姉ちゃんを尻目に、私は急いで二階に向かう。あいつを部屋に一人にすると何するか分からないからね!

 

「山田ァ! なにし――ってそこ私のベッド!」

 

「大丈夫。虹夏のベッドってことは私のベッドってことだから」

 

「どこのジャイアンだよ! それで、なんの用事?」

 

「別に、特に用があった訳じゃない。ただ虹夏には個人的にお礼を言いたかっただけ」

 

「お礼? 私何かしたっけ?」

 

「バンドに誘ってもらったこともだけど、何よりぼっちを見つけてきたこと」

 

「ぼっちちゃん?」

 

 リョウの意図するところがまるでわからず、私は思わず首を傾げる。前もぼっちちゃんを連れてきたのは私だけど、その時はお礼とか言われなかったし……

 

「あのレベルのギタリストが誰とも組んでなくて、その辺で見つけて連れてきたのはもはや奇跡だと思う。1番道路でいきなりア○セウスが出てきて、たまたまマス○ーボール持ってたようなもの」

 

 確かに少し合わせただけでもぼっちちゃんの上手さは特に際立っていた。私だって何年もバンド経験があるはずだったのにそれでもぼっちちゃんほどにはできないと思う。なんかちょっと悔しいな……

 そんな内心落ち込んでる私のことには気が付かず、リョウは続ける。

 

「前のバンドを辞めた時さ、正直もう誰かと組んで音楽やってくのは無理だと思ったんだ。でも虹夏が私を誘って、ぼっちを誘って、郁代が戻ってきて、ちゃんとバンドとして演奏できた。そしてこれからもやっていける。正直嬉しかったんだ、だから、ありがとう」

 

「リョウ……」

 

 らしくないリョウの独白は、私にとっては心を揺さぶられるような衝撃で、思わず目尻には涙を溜める。

 

「後今日ご飯ないからちょうだい」

 

「それが本音かお前!!」

 

 私の感涙を返して欲しいものだ。ただまあ、私は知ってる。リョウのこれは照れ隠しだって。ほら、少し頬を赤らめてるし、きっとあれは間違いなく本心だったのだろう。

 ……それにしてもぼっちちゃんなんであんな合わせるの上手かったんだろう……もしかして……?

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……とりあえず歌詞できました」

 

「うむ、拝読いたす」

 

 喜多ちゃんが入るなら曲も作ろう! ということで作曲は当然リョウに頼むことにした。作詞はぼっちちゃんがいいんだけど……どうやって頼もうか迷ってたらぼっちちゃんが自分から名乗り出てくれた。

 

「あ、あの……私が書きます……虹夏ちゃんや喜多ちゃんが書いたら青春コンプレックスが刺激されそうなので……」

 

 私はともかく喜多ちゃんが書くとすると確実にそうなるよね……まあとりあえず都合がいい、というわけでぼっちちゃんを作詞担当大臣に任命したのが昨日。……早すぎない? 最初はリョウがダメ出ししたって聞いたけどどんな詩を書いてきたんだろう……気になる。

 

「私にも見せてー! ……こ、これ、ほんとにぼっちちゃんが書いたの……?」

 

 これは……なんて言えばいいんだろう、喜多ちゃんに合わせたんだろうけど、ぼっちちゃんらしくないとしか言えない。「心折れそうな君に贈るエール」とか「夢は必ず叶うよ」とか君絶対そんなこと言わないでしょ! なんて思わず突っ込みそうになった。

 

「やっぱり虹夏もそう思う?」

 

 どうやらリョウも同じ思いだったらしく、覗き込んでる私の顔を見て問いかけてきた。

 

「ねえ、ぼっち。無理したりしてない……?」

 

「あ、や、やっぱり没ですかね……うへへ」

 

 おそらく没にされるであろう状態なのにも関わらず、ぼっちちゃんは何故か嬉しそうに笑っていた。

 

「うん、書き直して欲しい。ぼっち、郁代や虹夏に合わせて無理に明るくしようとしたでしょ? それに演奏もそう……正直ぼっちだけレベルが違いすぎる。私たちに合わせるのも大変だったりしない? 私たちはもちろんぼっちと一緒にやっていきたいけどもしぼっちか嫌だっていうなら――」

 

「リョウ!」

 

 言ってしまったら取り返しのつかないことになりそうで、私は思わずリョウを怒鳴りつけ言葉を止める。

 咄嗟だったものだから声量の制御なんてもちろんできず、リョウもぼっちちゃんもびっくりして固まってた。

 

「あ、ごめん……」

 

「い、いえ……と、とりあえず歌詞の方は書き直してきます……」

 

 ぼっちちゃんが帰った後、私とリョウだけになったその空間は、シンと静まり帰っていた。

 

「リョウ、あんなこと言ってもしほんとにぼっちちゃんがやめちゃったらどうするの!?」

 

「それは……嫌だけどしょうがない。この間の演奏で思ったんだよ、きっとぼっちの本気はあんなものじゃない。本気のぼっちは多分ソロでデビューしても全然やっていけるレベル。……虹夏も急に上手くなってたけど、それでもぼっちとは比べられないと思う」

 

「それは……」

 

「ぼっちはきっと辞めるとかそういうのは自分から言い出せない、無理してでも合わせようとするだろうから……もし嫌だっていうならぼっちを送り出さないといけない。少なくとも私たちに止める権利はない」

 

 ぼっちちゃんが最初から上手い分、本来遥か先で起こることが今起きてるのかな……私が体験した結束バンドの未来、私達の解散理由も似たようなものだった。ひとりだけレベルが違うから、ついて行けないから。それを言ったときのぼっちちゃんの顔はよく覚えてる。絶望したような、何かを諦めたようなそんな悲しい顔だった。

 今回は意地でもついていく、そう決めたんだ。もうぼっちちゃんにあんな顔はさせたくない……!

 

「それでも……それでもさ、私は今の結束バンドでやっていきたいよ。一人だけ頭一つ抜けてるのはわかってる……でも着いて行こうよ、ぼっちちゃんが嫌だって言っても食らいつこうよ……! それに今のリョウはなんからしくないよ……」

 

「……ごめん、ぼっちの演奏を聞いて少し自信無くなってたのかもしれない。そうだね、止める権利もクソもない、意地でも食らいつこうか。ぼっちには明日謝るよ」

 

「謝れるなんて……あんたほんとにリョウ?」

 

「私をなんだと思ってるの?」

 

 実は影武者だったりしないだろうなこいつ……

 

 

「あ、あの……歌詞、書き直してきたので確認お願いします!」

 

 翌日、ぼっちちゃんはすぐに新しい歌詞を持ってきてくれた。ペース早すぎない……? また後ろから覗いてみると、今度は私も知ってる歌詞、『ギターと孤独と蒼い惑星』だった。それにしても早すぎる……前はリョウの音源の方が先だったのに。

 

「……すごいいいと思う。ぼっちらしい、ちゃんと個性が出てる歌詞だ。インスピレーションがどんどん沸いてくる。……それと、昨日のことだけ――」

 

「あ、あの! 私からバンドを辞める気は全くないので……!」

 

「そっか、あんなこと言ってごめん」

 

「えっ……ほ、ほんとにリョウさんですか……?」

 

「君たちは私をなんだと思ってるの?」

 

 

 

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