伊地知虹夏はやり直す 作:BB
「それじゃあチケットノルマ20枚だから……一人5枚ね!」
無事ライブが決まった、ということで私たちにもチケットノルマが課せられた。合計20枚、つまり一人あたり5枚は捌かないといけないわけだ。懐かしいな、この感じ……前はチケットなんて出そうものなら飛ぶように売れていたというのに、自分から売り込まないといけない、と言うのはなんとも感慨深いものだった。
『無事5枚売れました! お友達も結構来てくれるみたいです!』
『なんか売れた』
『あの……犬と5歳児ってカウントに入りますか……?』
『後藤さん何言ってるの!?』
『ぼっち、ロックだね』
チケットノルマを課した翌日。喜多ちゃんとリョウの二人は早々にチケットを捌き切っていた。無論私も。ただやっぱり心配なのはぼっちちゃんだ。ほら、LINEでもふたりちゃんとジミヘンに売りつけようとしてるし……あれ、前回あの子どうやってチケット捌いたんだっけ……?
『流石に犬と5歳児はカウント出来ないかなあ、もしノルマきつかったら私たちも手伝うよ?』
『なんとかするので……大丈夫です』
『そう? もし無理だったとかなら遠慮なく言ってね!』
まあぼっちちゃんはギター凄腕なわけだし路上ライブでもすれば……そっか、路上ライブしたって前言ってたっけ!? ファン1号さんと2号さん連れてきたのもその時だし! ……ついでに酔っ払いも
これはギターヒーローファンとしては見逃せない……!
◇
見つけた……! かなり薄い記憶を頼りに探してみたけど無事見つかってよかった。ぼっちちゃんにバレないよう麦わら帽子にサングラスをかけた私は無事ぼっちちゃんと酔っぱ……廣井さんを見つけることができた。今ちょうど準備中かな……?
「ちゅうもーく! 今から路上ライブやりまーす!」
廣井さんの掛け声で周りにいた人が何人かそちらを振り向く。
すぐに興味なさげに視線を他所へ向けるのが大体半分、少し興味を持っているのか立ち止まって聞こうとしてる人が半分。
……ところで許可取ってるのかなこれ?
「やるのはこの子のバンド、結束バンドのオリジナル曲でーす」
観客が数人しかいない中、それは始まった。ベースとギターの2ピースで始まる『あのバンド』
ぼっちちゃんの口から紡がれる歌詞と、弾かれるギター。
オーディションの時に聞いたものとは全く違う、ぼっちちゃんは楽しそうに弾いていた。音に色がついているとでも言えばいいのだろうか?
何より……とんでもなく上手い。サビに入る頃には私の周り……と言うより擬似ステージの周りにはたくさんの人が集まっていた。
そしてサビに入り、私含め周りは皆彼女の演奏に圧倒された。上がるボルテージ、勢いを増す声量。あの廣井さんですらついていくのが手いっぱいになってるかのように見えた。今をときめくトップスターにだって引けを取らない、そんなライブを下駄を履いてだらしない服を着ている不審者と可愛らしい服を着ている女の子が演じているのだ。
……と言うかなんでピンクジャージじゃないんだろう? もしかして……ぼっちちゃんついにオシャレに目覚めた!?
それはそれとしてやっぱりおかしい。バンド組んだ当初のぼっちちゃんは人前で演奏するととんでもないデバフがかかって本来の実力を1割も発揮できてなかったはずなのに……今のぼっちちゃんは実力の8割以上は出せているように思う。もし私の考えてる通りなら……次のライブ終わりで確認してみよう。
「ね、ねえひとりちゃん、もう一曲やらない!?」
廣井さんのその声に思考の海に落ちていた私の頭を現実世界へと引き戻す。どうやらもう一曲やってくれるらしい。今度はSICKHACKの曲、『ワタシダケユウレイ』をやるみたいだ。
ぼっちちゃんも困惑しながら無事承諾して、アンコールが決定した。
イントロが流れ出すと、何人かが歓声に湧く。どうやらこの曲知ってる人が何人か居たみたいだ。それにしても……すごい。私がもしぼっちちゃんを知らない状態で、彼女がSICK HACKのメンバーだと言われたら、なんの疑いもなく信じるだろう。
それくらいぼっちちゃんの演奏は『ワタシダケユウレイ』にも馴染んでいた。
◇
「あのー、チケット買ってもいいですか?」
無事路上ライブも終わり、警察に注意されて……あれ、これ無事終わったって言うのかな……
ともかく、ライブ終わりにぼっちちゃんに話しかける浴衣姿の女性が二人いた。1号さんと2号さんだ。
「あ、は、はい! あ、ありがとうございます!」
「ライブ、頑張ってください! 絶対行きます!」
「あ、ありがとうございます……!」
そう言えばこれ、チケットを売るためにやった路上ライブなんだった……演奏が凄すぎてすっかり忘れてた。それに……悔しかった。きっと今の私たちじゃ、今日やったレベルのぼっちちゃんの演奏は引き出せない。
「あの……私も!」
「俺も!」
「え、あ、その……」
……チケット、5枚じゃ足りないみたいだ。ぼっちちゃんの周りには、チケットノルマの倍くらいは人が集まっていた。
「ご、ごめんなさい……! もうチケットなくて……た、ただ、Starryっていうライブハウスで×日にライブやるのでぜ、ぜひ!」
それを聞いた人々は皆残念そうにしていたが、「当日絶対行きます!」なんて言い残して皆一様に去っていった。
「ぼっちちゃん、ライブ、凄かったね」
ぼっちちゃんの周りに人がいなくなったところで、私は彼女に声をかけた。
「あ、に、虹夏ちゃん!? き、来てたんですか……?」
ぼっちちゃんが驚くのも無理はない。何せここはぼっちちゃんの地元。下北からは2時間近くかかるんだから。
「チケットノルマ大丈夫かなと思って……余計な心配だったみたいだね。やっぱりぼっちちゃん上手だね」
「あ、ありがとうございます……」
「あ、もうこんな時間! それじゃ私いくね、本番がんばろ!」
さっき感じた悔しさからか、それとも本当についていけるのかという不安からなのか、なんだか気まずくなった私は、逃げるようにぼっちちゃんから離れた。
「あっ……虹夏ちゃん……」
後ろから呼ぶ声が聞こえたような気がしたけど、それすらも気が付かないふりをして。