結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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123話 JGPファイナル その1

―――JGPファイナル移動日、スターフォックス

 

 移動日、いのりは亜子の髪を見て驚いた。

「亜子ちゃん!? その髪……」

 亜子はトレードマークのパステルカラーの髪を真っ黒に染めて来ていた。

「うん。衣装に合わせて染めたの」

 亜子の衣装は弔問のテーマに合わせた黒を基調としており、このJGPファイナルに向けての新衣装もいのりたちは見ているが、前日になって髪まで染めてくるとはびっくりだった。

 

「その手があったか……でも、白鳥の湖だからって白く染めるのはなぁ」

 自分の髪をつまみつつそんな事をもらすいのりに、亜子は笑いながらスマホを取り出して言った。

「あはは。白鳥の湖で言うと第3幕の黒鳥オディール役の方なら黒く染めればいいよね。

 実はこの髪の色染め、昔のライリー先生が黒鳥役のプログラムで染めてたの見て思いついたの。コレその映像」

「え!? ほんと!? 見せて見せて! わ! ほんとだ!」

 

 いのりが亜子のスマホに飛びつくのを見て、ライリーも苦笑する。

「よくそんな映像見つけて来たわね……ジュニアの頃よね、懐かしい。それ、色戻すの大変だったのよね。すごく髪も傷んじゃって」

「……」

 ライリーの述懐にいのりが亜子の髪を見なおして難しい顔になる。前のパステルカラーは言わば亜子のトレードマークであったが、一度黒く染めてしまえば元の色に戻すのは難しいだろう。それだけ亜子は覚悟を決めているということでもある。

 

 司もその映像を覗き込んで思索顔になった。

「なるほど。黒鳥オディールを演じる際に黒髪に染める事で、衣装の色との接合のみならず、役の謎めいたイメージにも沿った雰囲気を出しているのか……ライリー先生、黒髪だとまた違った魅力が出ますね」

「……ちょっと、何言ってるんですか。とっととバスに乗って下さい。行きますよ」

 司がスケート的な魅力の事を言っているとわかっていても、ついつい顔を赤らめてしまうライリーであった。

 

―――羽田空港ラウンジ

 

 今回のファイナルが行われるポーランドのクラクフへの移動では、日本の選手は羽田空港からまとまっていく事となっていた。

 

 そんな中、蓮華茶の柄後久翔は他クラブとの合流待ちのラウンジで、亜子に話しかけるシミュレーションをしていた。

 実は柄後久翔は亜子のファンでありながら、本人を前にすると緊張してなかなか話しかけられずにいた。JGPシリーズ戦では、第2戦、第4戦と同じ大会の出場だったにも関わらず、である。

 

 ファイナルが3回目のチャンスとなる。

 「3度目の正直……今度こそ」と考えた柄後久翔は計画を立て、まずはこの空港ラウンジでの待ち時間に話しかけることにした。

 

 話しかける内容も決めていた。まずは、ファイナルに出られなかったお互いのクラブメイトを気遣う内容から声をかけ、そこから「ガラどうする?」と切り出すつもりだった。

 補欠繰り上がり選手だとガラ=エキジビジョンの準備を何もしていないこともよくあるもの。あわよくば「用意してないの? 一昨年のショパンの『バラード1番』まだ滑れる? 僕と一緒にやらへん?」と持ちかけるつもりだ。鵯朱蒴から、亜子も先週の段階では何も準備していないようだったと聞いている。

 元々は『バラード1番』は、すずと組んで滑る予定だったが、すずの出場辞退で一人で滑ることになってしまっていた。しかし、それで代役をお願いする体で競演に誘う口実ができた。

 

「もうすぐだな……」

 スターフォックスが空港に来るタイミングも、朱蒴を使って掌握済み。久翔は鏡で自分の顔や身なり等再確認すると、亜子が来るのを待ち構えた。

 

 ラウンジ入口近くが騒がしい。ついに、スターフォックスの一行が来た。久翔がドリンクバーに行くフリをして立ち上がると、ちょうど亜子がやって来た。

「!? 亜子ちゃん!? その髪!?」

 亜子が髪を黒く染めて来たことに驚いた久翔は、一瞬固まってしまった。

「うん。衣装に合わせて染めてきたの」

 もう何回目の説明かと言いたげな、やや不機嫌そうな様子で返答してきた亜子に、久翔は慌てて褒め言葉を言う。

「すごくキレイだね! 題目への意気込みも感じるよ! いつもの色もいいけど、黒髪だと落ち着いた魅力が出るね!」

 やや興奮気味に話す久翔に、亜子も少し引き気味に礼を言う。

「……どうも」

 久翔はそこで思い切って畳み掛けた。

「今回、うちのすずちゃんもスターフォックスの光ちゃんも欠場しちゃって、びっくりだよね。

 亜子ちゃん、急な出場でガラとか準備大丈夫?」

 これには亜子は自信満々の笑みで答えた。

「うん。結構エモいの用意した」

「……」

 

(なんだよ! 亜子ちゃん、ちゃんとエキジビジョン用意してるじゃん! 朱蒴、調べ甘いじゃん!)

 久翔は心の中で毒づきながらも、気を取り直して共演を持ちかける。

「そ、そう? それは楽しみだ。

 僕なんて、エキジビジョンですずちゃんとショパンのバラードで共演予定だったけど、すずちゃん欠場でこのままだと一人で踊る事になっちゃいそうで……

 亜子ちゃん、おととしバラード1番で演ってたよね? もし良ければ、僕のエキジビジョンにも一緒に……」

 

 亜子はすぐ断った。すずの代役というのも気に入らなかった。

「競技に集中したいから」

「そ、そう……ごめんね。競技前につまらない話して。じゃ、頑張ろうね」

 消沈した久翔のところに両クラブコーチ陣が来た。

「なんや、久翔やっぱエキジビジョンの代役まだ探してるんか? スターフォックスさん、なんか無理言ってすみませんな」

「いえいえ。ウチの亜子も出場に合わせ急遽昔のエキジビジョンネタを引っ張り出してる状況でして……」

 

 お互いにこやかにその場は流した。

 が、胡荒コーチはその後、少し気になって呟いた。

「バラード1番……」

 

―――

 

 寧々子はいのりを見かけると、機嫌良く声をかけた。

「やっほー! いのりちゃん元気?」

「はい! 今年も寧々子先輩と一緒ですね」

 去年はジュニアグランプリファイナルで一緒だったねねよしペアだが、今年からはシニアでグランプリに出場している。シニア初年度ながら善戦し、ファイナルにも勝ち残った。

 

 寧々子は上機嫌のまま、いのりに一枚のジャージを取り出して見せた。

「いのりちゃん。見て見て! これ、ワタシの新しいジャージ!」

 寧々子が取り出したのは、ジャパンジャージではない一枚のジャージだったが……

 いのりはそのジャージに付いたスポンサー表記に驚いた。

「!! TJIとアイチ!? すごい!」

「ふふ、TJI日本のリンさんからはまだ聞いてなかった? 一緒のスポンサーだね。仲良くしようね。

 寧々子『先輩』じゃなくていいよ。契約選手としてはそっちが先輩やしね」

「わわ……もう一つはアイチホールディングス……」

 元名古屋市民としては中京の雄にして世界に名だたるアイチホールディングスの方が気になった。そんないのりを見て、寧々子が得意気に説明する。

「TJIって中国の企業でしょ? そこがスポンサーに立つってコトになったら、連盟が気を使ってアイチグループに手を回してくれたんよ。にひひ」

「なるほど……」

 外国企業がトップ級の選手スポンサーに立つ際は、その選手の活動が国外に取り込まれないよう、連盟等は国内企業を対抗のスポンサーに立てて、独占契約にならないようにする。これを「カッティングイン」という。

 同じトップクラスの選手とは言え、ねねよしペアは既にシニア。さらにシングルと比べ、ぺア選手は希少性と育成コストが段違いである。カッティングインもより大きい企業が立つワケだ。

 

「でも、アイチさんがスポンサーだと気遣いも一苦労あるよ。

 ここ来るまでに、車から外の風景撮ってSNSに上げようとしたら『アイチの車じゃないってわからないよう窓枠外して上げな』ってなって……」

「あはは」

 そんな話題で談笑しているとキノがドリンクバーからの通りすがりに口を挟んだ。

「やあ……何、2人でスポンサー自慢してるの?」

「スポンサー自慢してるわけじゃ……おっと」

 寧々子も気がついて黙った。

 

 周りの視線が痛い。

 ジュニアでスポンサー契約取れる亜子やいのりがむしろ例外で、大抵のジュニア選手や少なくないシニア選手は親や親戚等の援助で遠征費を賄っている。連盟からの補助金だけでは足りない。そんな中、スポンサーがいる気苦労の話題は自慢と取られかねない微妙な話題だった。シニア初年度のキノもまだ用具提供のスポンサーのみである。

 

 いのりは話題を変えた。

「そう言えば、いるかちゃんこないだNHK杯すごかったね! 私、全日本で再戦するんだよね……」

「お、やっぱりいのりちゃんはいるかちゃん気になるか。全ジュニでもNHK杯でも、チャレンジャー戦の韓国でも大活躍やったな。いのりちゃんもいるかちゃんいなかったら全ジュニ台乗りやったしな」

 怪我明けシーズンのいるかのグランプリシリーズは1戦派遣のNHK杯のみであったが、そこでもいるかは圧倒的パフォーマンスを見せていた。

 

「むう……全ジュニでは負けましたが、全日本ではリベンジしたいです……」

 そう言って唸るいのりに、寧々子はニヤリと笑っていのりの耳元に口を寄せる。

「ふふふ。いのりちゃんも全ジュニはトラブルあって納得できない内容やったもんな。

 でも、いのりちゃん。忘れたらいかんことが一つあるよ」

「?」

 

 不思議な顔をするいのりに寧々子はささやいた。

「全日本、ウチもシングル出るよ」

「……はい」

 ペアとシングルの2刀流の寧々子は、全日本のシングルでいのりとも対決する。シニア初年度組の中ではいるかやダリア、キノに押されて目立たないが、予選を生き残って全日本への切符をしっかり勝ち取っている。

 

 神妙な顔になったいのりに、寧々子はおどけて言った。

「ははは。まあ、ウチらは先の全日本より、目の前のファイナルやな。いのりちゃんも今回の優勝、狙ってるんやろ?」

 いのりは気を取り直して答える。

「はい! 特に、ミーアちゃんにはしっかりリベンジしたいですね。ちょっとトルコ戦では色々してやられたので……」

「ふふふ。あの3A? 隠し球だって話題になってたけれど……」

「ええ。それもありますが……」

 

 それ以上喋るのを亜子が止めた。

「いのりちゃん。あの事は言わない方がいいよ。リンクの上で勝負つけよ」

「あ、そうだね」

 

 寧々子は何やら因縁ありそうないのりと亜子の様子に首を傾げながらもうなづいた。

「うんうん……ジュニアの子たちも色々と闘志を燃やしているみたいやね」

 

―――

 

 やがて飛行機の時間になり、グランプリファイナル、ジュニアグランプリファイナルに出場の選手達とそのコーチは経由地ヘルシンキに向かう便に乗り込んだ。

 シングル男子シニア3名。シングル女子シニア補欠含み5名。シニアペア2組4名。シングル男子ジュニア2名。シングル女子ジュニア3名。選手総勢17名。

 コーチ、スタッフ、付き添い家族等計30余名も合わせて50名超の大所帯であった。

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