「おーい、朝だよー……」
心地よい春の陽気。平安の才女が”春はあけぼの”と宣ったそうだが実にその通りだと”貴方”は思う。
カーテンの隙間から零れる朝日を眩しく思い、一際強く目を瞑って窓から顔を背けた”貴方”。ふと目を開ければこちらをのぞき込んで来る緑の瞳と目が合う。
「ふふ、おはよう」
”おはよう”と”貴方”が答えれば、目の前の彼女はニッコリと笑う。
「朝ごはんもう出来てるから、起きて一生に食べよう?」
”貴方”が”いただきます”と言う。
「召し上がれ」
そんな”貴方”をニコニコとした笑顔で見ながら、机の向かい側に座る彼女はそう答える。
豊満な体に紫がかった髪、なにより目立つ大きな狐耳と狐の尻尾。もはや見慣れたソレらを視界に入れながら、”貴方”は彼女の作った朝食を口に入れる。
「おいしい? それは良かった」
”貴方”が”おいしい”とつぶやいたのを聞いた彼女――彼誰ろろろは、一安心といった風にふんわりと笑って、自身も朝食に口を付ける。
食卓には、湯気の立つ味噌汁、焼き魚、そしてふっくらと炊きあがった白米。ひとつひとつが丁寧に作られた朝食を目の前にして、自然と顔がほころぶ。実にゴキゲンな朝食だ。
箸を持ち、白米をひと口。ふわりと甘さが広がって、思わず小さく息が漏れた――おいしい、と心の中で呟く。
その様子を見ていた彼女は、ふにゃりとした笑みを浮かべながら、長い尻尾をゆっくりと揺らした。
「今日もちゃんと起きられたね。えらいえらい」
得意げにそう言った彼女の口元には、ご飯粒が一粒、ぺたりと張りついていた。”貴方”はそっと箸を置いて、身を前に乗り出し、指でその粒を取る。
指先が彼女の唇に触れた瞬間、ぴくりと狐耳が跳ねた。眼福だと貴方は思うだろう。
「……ありがと。でも急にそういうことされると、ちょっと……その……」
目を泳がせ、頬を少し赤く染める彼女の姿がやはり可愛らしくて、”貴方”はつい小さく笑ってしまう。
”貴方”の小さな笑い声を大きな耳で捉えたのであろう彼女は、尻尾を畳みにぺしぺしと打ち付けながら、不満そうな表情で口を開く。
「はぁ、私が甘やかそうとしているのに……」
彼女はむくれたように頬を膨らませ、ぷいと視線を逸らす。けれど、その尻尾はまるでじゃれる子犬のように、ふわふわと揺れ続けていた。
”貴方”は箸を置き、思う。どう見ても拗ねている――が、その姿すら、こちらを甘やかそうとする優しさに満ちていて、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
照れ隠しをするように、彼女は頬杖をついてこちらを見つめる。その緑の瞳は、春の若葉のように澄んでいて、まっすぐに”貴方”を捉えていた。
「……じゃあ、罰として、今日もいっぱい甘やかさせてもらうからね?」
言いながら、彼女はふわりと微笑む。冗談めかしたその声に、”貴方”は小さくうなずく。願ったりかなったりだとこんなものを読んでいる”貴方”は思っただろう。
ふと、彼女の手がすっと伸びてきて、”貴方”の頬に触れる。指先は驚くほどやわらかく、温かかった。
「昨日もちょっと夜更かしたでしょ? 目の下、ちょっとだけ赤いよ?」
”貴方”は驚いて瞬きをする。そんなことまで見ていたのか、と。
彼女はくすっと小さく笑って続けた。
「ちゃんと寝ないとダメだからね?」
”貴方”はそっと彼女の手に自分の手を重ねる。あたたかい――まるで陽だまりのようだ。
彼女は目を細めて笑う。長い睫毛がわずかに揺れ、耳がぴくぴくと嬉しそうに動いていた。
「よし、じゃあ……今日はお昼も夜も、全部私に任せて。何もしなくていいから、いっぱい甘えよう?」
その言葉に、”貴方”は小さく息を吐く。まるで何もかも見透かされているような気がする。そして思うのだ。彼女の隣にいるだけで、何もかもが満たされていく気がすると。
「いつまでだって、私に甘えて良いんだからね?」
春の光がカーテン越しに差し込み、朝の空気が甘くゆるやかに漂う中、ふたりの時間が終わることはない。
”貴方”:アナタ。
彼誰ろろろ:長身狐耳お姉さん。胸がデカい。絵が上手い。良いぞマジで(布教)。
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