数は、5。
その内4は、先の時に事を構えた相手。
グラングと呼ばれていた[
単純な確認作業のようなものだった。
これから屠る存在の数を数える、それだけの事。
久しく、忘れ去っていた感覚。
主の剣となり、敵を屠り続けていた時のモノ。
……ただ、剣を振るう意思が異なる誰かの物か、己の物か。
現状の差異など、それ以外には存在しなかった。
「……」
ゆらり、と。
[獣]の身体が正面に倒れ込むようにして動く。
見据えるのは目の前、アズサに組み付かれているサオリなどと呼ばれていた敵。
右手に握り締めた朽ちた大剣の感触を確かめる。
……瞬間、それは凄まじい脚力をもって地面を踏みしめた。
斬
真紅の軌跡が駆け抜ける。
急加速した[獣]が勢いそのままに袈裟に振るった大剣が、
サオリがいた地点目掛けて叩きつけられたのだ。
先まで使用していた短剣と比べ、明らかに質量が増大しているにも拘わらず片手のみで、凄まじい威力を持って。
破砕音と共に床の破片が、黄金の燐光が辺りに飛び散る。
振るわれた黒の大剣は今、砕けた刀身を覆い隠さん程の赤い炎に捲かれていた。
先程まで、ソラが行使した力と同じ。
けれど、その一撃は回避された。
直感か何かでも働いたのか、相手は自らに組み付いたまま硬直しているアズサの鳩尾に膝蹴り叩き込んで拘束を振りほどくと、即座に後方へと飛び退っていた。
やはり、反応速度はそれなりにあるようだ。
「くっ、!」
後退した相手が舌打ちしながらも、床に落としたままになっていた自分のアサルトライフルを拾い上げると、こちら目がけて引き金を引いてきた。
破裂音と共に放たれる、無数の弾丸。
先程までなら、その掃射で怯むか、辺りどころが悪ければ昏倒していたかもしれない。
しかしそれは、迫る弾幕を前に、ただソラを身体の影に隠しながら吶喊する。
……結果として、ほとんど間を置かずに弾着の感触が伝わってくる。
が、
「なぁっ!?」
相手の口から、今度こそ明確な驚愕が零れた。
明らかな直撃を喰らったというのに、[獣]の動きは全く停止する様子を見せない。
ただ体勢を低く保ったままに、敵の胴体を両断せんと勢い良く剣を振り上げ……
側面方向からの銃声
「!!」
目の前の敵を逆袈裟に両断しようとしたところで、
側面から響いた銃声に[獣]は反応を示すと、
瞬く間に行動を変え、剣身で背負っているソラを庇った。
攻撃者は姫。
[獣]の動きを一時的にでも留めようとしているのか、攻撃の手を緩めようとしない。
……多少なりとも、煩わしい。
そのことに、[獣]が僅かに目を細めた。その時、
「総員、一時後退するぞ!」
サオリの声だ。
その言葉に弾かれるようにして、
敵が一斉に部屋の外へと、暗闇の中へと姿を消してゆく。
狭所、かつ暗所での奇襲を主軸とした戦闘の方が分があると判断したのか。
……別に、それ自体は大した障害にならない。
だが、敵を逃すかもしれない。
その可能性だけが、不快だった。
「……死よ」
低く研ぎ澄まされた声。
それと同時、大剣を取り巻く炎の勢いが一際激しくなる。
地面に撃ち込まれた切っ先が、眩い閃光に包まれる。
姫が弾倉を使い切り後退を始め、そのカバーの為か殿のサオリが動き出す。
その間の、射撃の切れ目。
その僅かな隙をつくと、[獣]は剣を勢い良く抜き放つ。
そして、片足を軸に身を捻りながら大剣を振り上げ……ようとしたところで、眼前目がけて何かが放られたことに気が付く。
敵が放った円筒形の物体、おそらく爆薬かその類。
ソラには自分の身が盾になると判断した[獣]は、そのまま大剣を仰け反りながら横薙ぎに振るった。
金属音
円筒が、閃光手榴弾が紙を裂くかのように両断される。
一拍遅れて信管が起動、特殊な炸薬を燃焼させ、強烈な閃光と音圧を周囲一帯に振り撒く。
しかし、直前に両断されたそれは十全な効果を発揮できない。
……敵の大まかな位置はわかっている。
ならば、それで十分だ。
消えゆく閃光の中、[獣]の握り締めた黒き剣が真紅の軌跡を描く。
その切っ先が、黄金の輝きを帯びる。
[獣]はそれを、一切の躊躇なく誰もいない虚空……その床面目掛けて、勢いよく突き立てた。
「八裂け」
閃光が、弾けた。
真紅が舞う、漆黒が舞う、黄金が舞う
黒き剣から放たれた死の力が、前方広範囲に鎌鼬となって吹き荒れる。
その細かな斬撃の群れはコンクリートの壁面を、効果範囲にあった天井、上階すら粉微塵に斬り飛ばすと、
[死]の炎が燃え移った瓦礫と共に、壁の向こう側に存在するもの全てに濁流となって襲いかかった。
「!?やめろミサキ、構うなっ!!」
連続する破砕音、崩落の音。
その中に、誰かの絶叫が、悲鳴が混じる。
けれど、だからといって[獣]が止まることはない。
「……次」
ただそうと、ぽつりとつぶやくと、収まりつつある粉塵と燻る真紅の炎の奥に目を凝らした。
視認できる浮かび上がるヘイローの数は、先と変わらず5つ。けれど、そのうちの一つは今にも砕けそうなほど激しく明滅している。
……本来の目標であったサオリは、今まさに死にかけている人物に庇われでもしたのか、五体満足なようだ。
その事に少しばかり不服を零しつつも、[獣]はヘイローの無事な者達に標的を定めると、ゆるりと剣を引き抜いた。
「っ、姫!」
その姿をあちらも見とったのだろう、サオリの声が聞こえてる。
それは極短い言葉であったはずにもかかわらず、それが言い終わるよりも早く、[獣]の背後に突如として死の香りが膨れ上がった。
「……!」
反射的に[獣]は振り返る。
その視界に飛び込んできたのは、青白い幽霊の群れ。その銃口がピタリと向けられるのは、こちら側……正確には、その背に背負われ、未だ意識を失ったままのソラ。
……先の時、ソラを抱えている時には襲撃を受け、そうでない時は見向きもされなかった事を疑問に思っていたが……
[獣]はユスティナ信徒の狙いを、漸く察した。
それと同時、僅かな唸り声と共にその表情が不快そうに歪められた。
「死よ」
黒き剣が纏う死の炎が、再び激しく燃え上がる。
[獣]はその白い髪と尾を靡かせながら急激に反転すると、その勢いのまま跳躍しながら剣を振り抜いた。
瞬間、斬撃が、翔んだ。
大剣が振り抜かれた三日月の軌跡を模った光波が、展開していたユスティナ信徒を一息に薙ぎ払う。
青白い人影はあっという間に炎に包まれ、散らばる燐光諸共灼け落ちた。
けれど[獣]はそれを見届けることなく、聞こえてくる驚愕の声も置き去りにして空中で身体を大きく捻ると、
先程の鎌鼬により形成された天井の風穴へと身を躍らせる。
……その姿に、照準。
「く、空中にいるならっ……!!」
背中に相変わらずリュックサックを背負っているヒヨリ。
それが構えた対物ライフルのスコープに、燻る死の炎の輝きが反射する。
直感
[獣]は反射的に空中で大剣を大きく振るうと、己の体勢を大きく反るように捻じ曲げた。
トリガ
マズルフラッシュの光が瞬くと同時、対物ライフルから放たれる音速を突き破った衝撃波が、周囲一帯を凪ぐ。
その大口径の弾丸は、照準の向けられた先へ一直線に突き進み……
[獣]の背後、一階層上の天井へと突き刺さった。
「ふぇっ!?」
回避には、成功した。
その事を知覚した[獣]は、空中で無理矢理重心を移動した事によりあらぬ方向に移動しようとしている身体を立て直すべく、先程の切断の嵐により露出した柱の一つに、黒き剣の切っ先を差し向けた。
破砕音
コンクリートの表面に切断痕を刻みながら、飛跳の慣性が一気に殺される。不安定ながら柱へと張り付くような体勢となった[獣]は、すぐに地上へと視線を向けた。
姫とサオリは必死にこちら目がけて射撃をしているが、有効打を与えられる威力はない。
亡霊は死の力に当てられすぎたのか、燐光が辺りに揺らめくばかりで反応が鈍い。
直下にいる対物ライフル装備は慌てて照準を向け直しているが……遅い。
獣は柱から、黒き剣を引き抜いた。
「……死よ」
逆手に持った大剣の切っ先が、幾度目かの黄金の輝きを帯びる。
それと同時、支えを失った[獣]の身体が、重力に引かれるままに急落する。
別方向飛来する弾幕がその身体を打ち据える。けれどそれは、[獣]の動作を止めるには至らない。
対物ライフルの射撃は、予想通り間に合う様子はない。
「ひゃああぁぁああっ!?」
そのことを理解したのだろう。
相手は咄嗟にライフルから手を放すと、側面へと身を投げた。
ガアンッ!!
着地の瞬間、落下の加速度を載せた刺突で貫くことができたのはその銃身と、背負いもの。
敵を直接刺し貫くことは叶わなかった。
けれど敵は身を投げた拍子に腰を抜かしてしまったのか、うまく起き上がれずにいる。
……それで十分だ。
一刻も早く起き上がり[獣]から距離を取るべく、手をついた相手。
それが触れる床面に、黒き剣を中心にクモの巣状に張り巡らされた亀裂。
その隙間から、真紅の光が零れ出す。
「……れ?」
以上に気が付いたときには、すべてが手遅れだった。
「爆ぜよ」
炸裂
瞬間、死の炎が弾けた。
吹き出した真紅が、漆黒が、黄金の燐光が、それを纏った瓦礫の群れが、人影を焼いた。
__________________________________________
「ヒヨ、リ」
弾ける死の炎。
仲間の姿が焼かれてゆく。辛うじて見えるヘイローが、激しく揺らめく。
その光景を、サオリと姫はただ茫然と見つめることしか出来なかった。
声を荒げ、怒りに身を任せて吶喊しようという短絡的な感情すら浮かび上がらない。
それ程までに圧倒的な、原理不明の力。
部屋から後退した直後発生した鎌鼬に、サオリを庇ったミサキが巻き込まれた。
ユスティナ信徒は囮程度の意味しかなさず、続く二撃目によりヒヨリが炎に呑まれた。
他にあと一人、サオリの部隊以外のアリウス所属の隊員がいたはずだが、その姿はどこにもない。
援軍を呼びに行ったのか、逃げ出したのか。或いは……
そのいずれにせよ、目の前の存在の前では無意味。そもそも援軍如きで対抗しきれるのだろうか?
「……」
真紅の中で、大剣を握り締めた人影がゆらりと立ち上がる。
起爆の中心にいたというのに、周囲を真紅の残り火が取り巻いているというのに。その姿は、全くの無傷。
精々、背負ったままの少女が火の粉をかぶらぬよう、気を使っている程度のもの。
炎の中の横顔に映る瞳、色褪せていた筈の黄金。
それは今、何者かからの祝福を受けているかのように、爛々と輝いている。
「ばけ、もの」
気がつけば、そんな言葉が溢れていた。
そう、化け物だ。
人の身で狩れるはずもない、相対することそのものが死を意味する最悪の
逃げなければ。
どうやって?
仲間を見捨てて?
サオリの脳裏を、どうしようもない言葉の数々がぐるぐると駆け巡る。
……そんな、泥沼にどっぷりと浸かったような時間感覚の中。
[獣]の視線が、恐ろしい殺気のこもった視線が、ゆっくりと、彼女らへと……
顕現
瞬間、[獣]の全方位を取り囲むように、ユスティナ信徒が出現する。けれど、その姿は不安定。所々に壊れかけの液晶のようなノイズが混じっている。
それでも尚、与えられた使命の通りにソラへと銃口を向けようとするそれらを[獣]は一瞥すると、不快そうに唸った。
「死に生きる者の類……その、根源」
大剣の切っ先が引き抜かれる。
しかし、再び動かされた[獣]の瞳の中に青白い幽霊は既に映っていない。それの瞳が捉えるは、ただ一点。
「貴様、か」
……姫
ユスティナの召喚の依代となっている少女、それだけ。
斬
続けざまに放たれた回転斬り、辛うじて顕現したユスティナ信徒は、しかしその手に持った銃を一度も射撃することなく、死の炎にその身を散らす。
凄まじい速度で距離を詰めてくる獣。
それに対し、姫が次に取った行動は至極単純だった。
すぐ隣にいたサオリへと両の手を向ける。
そして、トン、と。
「……なぁっ!?」
その身体を、突き飛ばす。
そしてサオリが何か言うよりも早く、彼女を突き飛ばしたのとは反対の方向へと、比較的幅の狭い廊下部分へと一目散に駆け出した。
その背目掛けて追随する黒き剣の刀身と、その持ち主。
……それらの意味がわからぬサオリではない。
「姫ダメだ、そんなっ!」
このままでは、皆殺しにされる。
故に姫は、せめて1人だけでも無事に逃げることのできるよう、囮になることを選んだのだ。
姫はアリウスの中でも特に身のこなしが軽い。それでも、あの理外の力を持つ剣技を前に、いつ迄持ちこたえることができるか。
そして、回避し損ねれば最後……
……そんな事は、認められない。断固として。
サオリはアサルトライフルを握りしめると、姫を追うべく立ち上がる。けれどその背後に、迫る足音。
「うぁあぁああぁあああっ!!!」
「!?アズサかっ!」
サオリは、ライフルの銃身を盾にしながら振り向く。
続け様に襲ってきた衝撃の先にいたのは、予想していた通りの人物だった。
拘束の際に取り上げられ、使い物にならないように銃弾を余さず抜かれた彼女のアサルトライフル。その銃床を振りかざし、サオリへと迫る。
その涙が浮かぶ表情はいつにも増して余裕がない。
今は敵であっても、親しかった人達が死の炎に呑み込まれて。
それでも冷静でいられるだけの心持ちを、彼女は持ち合わせていなかったのだろう。けれど、それでも、エデン条約襲撃という混乱に終止符を打つべく、その根源に襲いかかる。
「このっ、お前にかまっている暇は……!」
サオリは焦る。
感情に任せて殴り掛かってくるアズサを制圧するのは容易い。しかし時間は取られる。
そうしている合間にも背後から聞こえてくる、破砕音の連続。
それが彼女の精神を擦り減らす。
未だに打開策すら思いついていないというのに。
……その時
「?」
サオリの視界に、それが映り込む。
アズサの背後、丁度地面に形成された鎌鼬の傷跡の影に隠れた白いもの。
それは、腹の辺りが半ば裂けた、アズサの持っていた人形だった。その断面から、人形に詰まっているにしては異質な、黒っぽい硬質なものが覗く。
赤い文字の液晶、剥き出しのコード……
……ヘイロー、破壊爆弾
「……それだっ!!」
「がはっ!?」
それに気がついた瞬間、殆ど反射的に、サオリの身体は動いていた。目の前で鍔迫り合いを演じていたアズサを蹴り飛ばすと、その腹に銃撃を叩き込む。
意識を消失させるには至らない。
けれど、ヘイロー破壊爆弾を回収するだけの隙を作るには十分だった。
彼女は地面に落ちた人形を走りながら掠めるようにして回収すると、その裂け目から爆弾を引き摺り出す。
ごちゃごちゃとした装置が付いているが、この爆弾の扱い自体は手榴弾同じ時限式。そしてその信管は……
「……作動、していない」
振り返る。
鈍痛に嘔吐くアズサ。
ゆるゆると持ち上げられたその顔の表情が、サオリの手の中にあるものを見て瞬く間に青ざめる。
これがあれば、[獣]を殺せる。
それだけの手段を、彼女は今……
「そこ、だ」
破砕音
その時、彼女らの視界の端に写っていた壁面が、粉微塵に砕け散った。それと同時、死の炎に取り巻かれた塊が、瓦礫と粉塵の中から飛び出し、床を幾度が跳ねて止まった。
ほとんど無意識のうちに、その物体へと視線が吸い付けられる。
「な、ぁ……?」
口元から、虚脱が発せられた。
それは、人だった。
砕けたガスマスク、大きく脇腹が裂けた白いコート。
その下に着込んだ防刃防弾装備すら貫通して、血の滲む肌が覗く。
姫が、そこに。力無く横たわっていた。
「ぁ、あぁっ……!」
喉の奥から、嗚咽が零れる。
その光景を前に頭の中が漂白されてゆく。
けれど事態は、それを静観などしてくれない。
「………次」
粉塵の向こうから、それが姿を現す。
死の炎を纏う大剣を握りしめた、[獣]が。
その黄金に切り捨てたものの姿は既に映っていない。
最後の敵を排除すべく、それはゆるりと大剣を構えた。
____________________________
死に生きる者の呼び水は排除した。
余程大切な存在だったのか、幾重にも防護が施されていた為
殺しきることはできなかったが、それでも先の2人とは違い、死を直撃はさせた。
斬り伏せた全員、放っておけば遠からず死ぬ。
「………」
晴れつつある粉塵の向こう、残る敵目がけて黒き剣を構える。
呼び水と違い、特別な防護が施されているようにも見えない。
一撃加えれば、それで終わりだ。
……と、
「きえ、ろぉっ!!!」
表情を激情に歪めた相手が、手に握り締めていた四角い物体を投擲した。
爆薬か、何かだろうか?
……
[獣]は先程までと同じく、爆風の勢いを殺しつつ、自分がソラの盾になればいいと判断した。
放物線を描いて迫るそれを両断すべく、狙いを定める。
……その時、
「グラング、ヘイロー破壊爆弾がっ!!」
側面から声。
アズサだ。
その言葉、[ヘイロー破壊]爆弾。
不吉な予感が、背筋を駆け抜ける。
一瞬、瞬きにも満たない時間の硬直。
放物線を描く爆弾、効果圏内から逃げられるだけの猶予は残されていない。爆弾を両断したとて、概念を司る兵器に如何程の効果があろうか。
……[獣]は、決断を下す。
背負っていたソラの身体を左腕で抱えるや否や、
その身体を目にも止まらぬ速度でアズサに向けて放り投げたのだ。
未だ眠りについたままの小柄な身体が宙を舞い、しかし確かに、[獣]の腕から離れてゆく。
喪失感
けれど、それを確かに覚える間もなく、入れ違いになるようにして長方形の爆薬が飛来する。
回避などする間もなく、その身体を爆炎が包み込んだ。
…………………
…………
…………
……
……
_____________________________
……辺りは、静寂に満ちていた。
先程、周囲を駆け抜けた爆発音。
その音源付近は今、黒煙に包まれて様相は伺えない。
「やった、のか?」
その光景を前に、サオリはポツリと呟く。
ヘイロー破壊爆弾は読んで字のごとく、
通常の兵器では破壊困難な
……[獣]が使っていた死の力と似たようなものだ。
至近距離で、何の防護もなしに爆風を食らって耐えられるようなものではない。
相手がダメージの軽減より、背中の少女の確実な安全を優先したのは何よりの幸運だった。
……しかしながら、ここからアズサを相手にしているだけの余裕は残されていない。
一刻も早く、瀕死の仲間を連れて後退を……
「愚か、な」
声が、聞こえた。
聞こえる筈の、無い声が。
「……な、に?」
そんなわけがない。そんなはずがない。
直撃したはずだ、ヘイロー破壊爆弾が。人を殺す、兵器が。
軋んだ動作で、視線を黒煙の中心に向ける。
幻覚であれ、幻聴であれと願う。
けれどその中心で、それは立っていた。
「死の意味を張り付けた紛い物如きで、我を、討てると?」
浮かび上がるは黄金の瞳。
その身体は、先程以上の傷を確かに負っている。
外装の破片が皮膚を裂いたのか、顔の半分は流れる血で赤く染まっている。
しかし、その頭上に浮かぶヘイローは……全くの、健在。
「誠、愚か」
[獣]は死んでいなかった。
そも、彼女自身。扱う死の力を自ら目掛けて逸らされたとて、
収束仕切ったそれが直撃して漸く、一時的に前後不覚になる程度の物。
紛い物ごときで死にはしない。
そう、確信していた。
……最も、ソラが先程の爆発に巻き込まれれば、どうなるかなど言うまでもない。
だから、それ故に。
「……死ぬが良い」
宣告。
今度こそ敵の止めを刺すべく、[獣]は大剣を振り上げる。
その時
「……?」
僅かな地響き。
それは耐久の限界を迎えた建物の一部が今にも崩れようとしている音である、と[獣]が知覚するのに、然程時間はかからなかった。
崩落する、建物……
ソラは、どこにいる?
「……!!」
悪寒が、全身を駆け巡る。
地響きが大きくなる、一刻の猶予も残されていない。
[獣]は背後へと振り返る。
「何、が」
事態を飲み込み切れていないのか、ソラを抱えたまま茫然と立ち尽くすアズサ。
その天井が、軋みを立ててひび割れて……
「 」
……その時、何と叫んだのか覚えていない。
ただ己の総力をもって、その方向へと跳躍して。
瓦礫が、降り注いだ
____________________________
廃ビルの崩壊、その少し前の刻
夜の闇に包まれたトリニティ市街に聳えるそれを、たった一人、じっと見つめている人影があった。
キヴォトスではあまりにも異質な、古めかしい衣服。
アスファルト上で金属音を立てて擦れる、硬質な足。
頭に被るのは、目元までを覆う有翼の兜。
欠けた右腕の代わりに接続された無垢金の右腕からは、すらりとした長刀が伸びて……
「確認する」
人影が、声を発した。
硬質な色合いを帯びた少女の声。
自分以外の誰も居ぬ中、彼女は言葉を続ける。
「目的は、
万一
[そういうこったぁ!!]
その問いかけに反応するのは、彼女が兜の下に装着したインカムだった。
若干音割れ気味の、威勢ばかりのいい相槌。
それに少し遅れて、また別の声が聞こえてくる。
[許諾を得ないままの作戦介入となってしまいますが……マダムへの事情の説明はこちらで任せてください。
それと、万が一の場合は秤アツコの回収を最優先に]
「心得た」
紳士的な、男性の声。
その声色とは裏腹に、誰かを見捨てるという選択肢をただ淡々と口にする。
それに返答する少女は何処か気乗りしない様子はありこそすれ、それを承諾する。
[くれぐれもお気を付けて。貴女という存在の探求も、まだ済んでいませんので]
「……わかっているとも、雇い主」
その会話を最後として、通信が終了する。
少女は一つだけ息を付くと、改めて正面の廃ビルを見据えた。
……今も断続的に、くぐもった破砕音が聞こえてくる。
最悪の事態が発生してしまったと考えた方が良さそうだ。
「……恐ろしい、ものだ」
ただ一つ、そうとだけ呟くと。
彼女は静かに駆け出した。