現在スランプに陥っており、中々投稿出来ない状況にあります。
何カ月も執筆活動から離れていた事が原因だと思います。
多分かなりスローかも知れませんが、出来る限り頑張る所存です……。
今、何の為に自分はここにいるのだろうか。全ては愛する幼馴染みの為であり、その愛する幼馴染みの娘を酷すぎる苦痛から救う為だった筈だ。
身体はこの身に寄生した忌々し蟲達に食い尽くされボロボロ。今まで自分を支えていた気力さえも既に尽きてしまった。
薄暗い路地裏に横たえた身体には一切の力が入る事なく、ただぼんやりと無意識に涎をたらして虚空を見詰める。
こんな事になってしまったのは、つい数時間前電気街で見ただった一つのニュースが原因。
間桐雁夜を今の今まで支えていた根本である少女、今は間桐桜と名乗るその少女が姿を消したと言う報せだった。
「……なんで」
雁夜には何故こんな事になってしまったのか理由が分からなかった。
自分は確かにあの化け物と契約を交わし、聖杯を手に入れる事で桜を解放すると約束をした筈だった。
なのに、何故聖杯戦争二日目にして化け物の家がニュースになっているのだ。
「事故……だって……?」
ニュースによれば、あの化け物の家は爆発事故により炎上して焼けカスしか残ってないと言われている。
雁夜にとってはあの家は忌々し記憶の溜まり場であり、寧ろ聖杯戦争に参加する前ならば喜びすらした事であろう。
それ程までに、雁夜にとってあの家は最低の物であったのだ。
しかし、今回ばかり事情が違った。
「兄貴……だけ……」
そう、ニュースでは自らの兄である鶴野しか生存報告が上がらなかったのだ。
あの化け物である蟲爺と、救うと決めた桜の名前は報道される事なく。
「ぁぁぁ……ッ!」
喉から溢れ出る絶叫には恐ろしいくらい呪詛が込められ、誰を恨めば良いのかも分からない雁夜は自らの精神が削られている事を自覚しつつもそれを止める事は出来ないでいた。
憎い。何が憎いのかも最早思考する事も出来ないが、とにかく憎くて憎くて堪らなかった。
助ける相手のいなくなった自分の存在意義は、もうないのではないだろうか。
そんな考えが頭を過ぎ去り、今度こそ雁夜は考える気力さえも失ってしまった。
時間の感覚もなくなり、薄暗い路地裏で雁夜は世界にただ一人取り残されたような錯覚を感じた。
もう、抗う事を止めてここで自らの人生に終止符を打つのも良いかもしれないなと、最後に残った気力で考え自虐的な笑みを浮かべる。
雁夜は自分の死に場所をそこに決めた。
「……」
何秒も、何分も、何時間も微動だにせずに、雁夜は自分の寿命が終わるのを待つ事にした。
だが、雁夜にはそれすら許される事はなかった。
いや、正確には外道が許す事はなかったのだ。
「……?」
ふと気付いた時、雁夜の耳に酷く懐かしい無機質なコール音が入り込んで来る。この街に戻って来てからは決して鳴ることのなかった携帯電話が、雁夜のポケットからその懐かしい音を溢れさせていたのだ。
「電話……」
一体誰から掛かって来たのだろうか。雁夜は今の自分に電話を掛けて来る人物に心当たりがなく、どうせイタズラ電話だろうと思い込む事で意識を泥沼へと落として行く。
しかし、どう言う事だろう。電話は十コールを過ぎても切れる事がなく、いつまでも鳴らされ続ける。
「クソッ……!」
雁夜はそんな相手に苛立ちを募らせ、自らのポケットから携帯をひったくるように取り出す。
責めて死ぬ前くらいは何もせずいたかったと怒りを高めつつも、元来の性格か通話ボタンを押した雁夜の返答に怒りを垣間見る事は出来なかった。
「は、はい……」
少々気だるげに応答した雁夜の内心は二つの感情へと別れる。
一つは、こんな応答をしてしまった良心の呵責による罪悪感。いくら苛立ちを募らせているとは言え、相手は自らの事情とは関係がないと言うのに。
そしてもう一つは、これくらい当然の対応だと思う冷徹な感情。死ぬ直前なのだから、この程度許されると言う自分本意な考え。
雁夜の心は既に壊れ掛けていた。自分でも分からな数種類の感情の波が押し寄せ、思考が分裂し剥離して行く。
このまま後一時間でも過ぎていれば、恐らく雁夜は本当の意味で壊れていた事だろう。
だが、それはせき止められた。
『桜ちゃんは預かった。時限爆弾を外して返して欲しいなら、今から言われた場所に来い。
分かってるとは思うが、時限爆弾は手動でも発動するからな?』
そんな、開口一番の脅迫によって。
「お、お前はだれだぁ!」
思考の停止した雁夜がそう叫んだのは、条件反射に近い物だろう。
今の雁夜に取って、『桜』と言う名前は良い意味でも悪い意味でも劇薬であったのだ。
だからこそ、壊れ掛けていた雁夜の心は刺激され、停滞していた思考が吹き飛び一回りして正常となった。
『おっと、死に掛けにしては随分と元気なオッサンだな。元気があれば何でも出来るってか? 例えば、“全身蟲に這いまわられたり”? うぇ、気持ち悪りぃ』
「お、お前っ……」
しかし、その正常となった思考も相手の言葉によりグラグラと揺さぶられてしまった。
雁夜は怒りのままに怒鳴りつけたい衝動へと駆られるが、それを何とか堪え問い掛ける。下手に相手を刺激しないよう、下手な態度で。
「す、すいません、気が動転していて……」
『おいおい、人質を取られてる人間の対応がそれかよ。気が動転していようが狂っていようが構わないが、今の対応はマイナス評価だ。証拠を見せよう』
「しょ、証拠……?」
『ああ、そうだ。桜が無事かどうか確認出来るんだから良いだろう? なに、ちょっと心が抉れる程度さ』
その言葉を聞いた雁夜は嫌な予感が過ぎり、全身の血の気が引いた。
まさか、そんな事をする筈がない。あんな幼い少女にそんな事をする筈が。
雁夜は現実を否定するかのように頭を左右に振りながら、制止の声を上げようとした。
「ま、待っ――」
直後、携帯電話から音が割れる程の大音量が響く。
『あーぁ、可哀想に』
耳から聞こえて来る男の声が上手く分からない。一体何が可哀想だと言うのだろうか。
雁夜は心の底では理解していたそれを、必死に首を振り否定する。
だが、男の声が止まる事はなかった。
『う? 貫通してないな。引き抜くのも面倒だし、このまま止血するか。まあ、二度と片足使えなくなる程度だろ。障害って事で国の援助も降りるから安心しな』
「ま、待て……待ってくれ……」
『はい、減点』
そして、また音が割れた。
「――うぁぁああぁあ!? お願いします止めて下さい! どんな事でも聞きます! だから、どうかぁぁあ!」
雁夜の目からは、いつの間にか涙が溢れていた。大声を上げ、相手が目の前いないと分かりつつも地面へと額を擦りつける。
相手の差し出した劇薬により持ち直した心が、再び相手の差し出した劇薬により壊れかける。
だが、ギリギリの所で雁夜の心が壊れないのは桜の存在があるからであった。
『おぉ、少しはマシな態度になったな。俺は素直な奴は嫌いじゃない。だから、ちょっとしたご褒美をやるよ』
「あ、ありがとうございます……」
『うむ、良きに計らえ』
どこまでも雁夜の感情を煽って来る男の声。ご褒美と言う物が何なのかは分からないが、雁夜は一安心と行かないまでも心の余裕を取り戻す事が出来た。
『フヒヒヒヒッ……余裕は与えん……』
スピーカーから響く笑い声は不気味な事この上ない。
余裕を与えない。その言葉に雁夜は疑問を感じる事となったが、直後に意味を悟る事となる。
『――痛いよ……助けて……叔父さん……』
「ぁぁぁ……ざぐあぢゃん!?」
雁夜は枯れきった喉で大声を上げた。
聞き間違える筈がない。弱々しい少女の声。電話越しで少し変質しているが、間違いなくそれは桜の声だったのだから。
先程男が呟いた通り、雁夜に余裕が訪れる事はなかった。
『おっとここまでだ。それ以上の発言をすれば三発目が火を噴くぜ?』
「――ッッ!?」
叫びそうになった雁夜であったが、下唇を噛み切る事で何とか堪える事が出来た。
電話の男もそれに満足したのか、機嫌良さそうに声を上げる。
『よしよし、GOOD。それじゃあ、一方的な交渉へようこそ。決して発言せず、俺の要求にはハイかYesで答えろ。良いな?』
「……ぁぁ……ッ」
だが、その言葉によって雁夜は泣きそうになる。
決して発言せず、一体どうやってハイやYesで答えろと言うのか。
それが単純に相手の言い間違いならば良い。だが、もしも本気で発言していた場合。
『返事しないの……?』
「は、ハイッ!?」
最早考える時間はなかった。男から要求があったのだ。発言したとしても問題はないはず。
殆ど反射的であったとは言え、雁夜は最善の選択をしたと言えるだろう。
そう、それが“非常識な誘拐犯”であったのならば。
『あーぁ、発言しちゃった。フハハッ……減点』
だが残念な事に、そいつは“常識的な愉快犯”だった。
酷く楽しそうにケタケタ笑う声を聞いて、雁夜は自分が分からなくなって行く。
「ぁ、ぁぁ、ぁぁぁあああぁぁ!? 止めて下ぁあさい!?」
『おっと、もしかしてまた喋った? 俺の聞き間違えかな?』
「――ッッ……!」
『ク、ククク……返事がない、どうやら減点のようだ』
「ぁぁ……ッあああぁぁ」
遊ばれている。そんな事は雁夜も理解していた。
例え自分がどうなろうと助けると誓った少女がこれ以上傷付く事だけは許容出来ない。だが、かと言って相手は狂った愉快犯だ。発言すれば何が起こるか分からない。
だから、雁夜は耐えるしかなかった。
しかし、その耐える行為すら桜の苦痛になってしまうかも知れない。
しかし、発言は危険。
思考がまとまらなくなり、雁夜は電話に出る前よりも自分が狂って行く事を自覚した。
『と、良い感じおかしくなって来た所でそろそろ本題だ。あぁ、後さっきの『決して発言せず、ハイかYesで答えろ』っては冗談だから安心しろ』
「……はいっ」
電話からの声。それが壊れかけた雁夜の心を何とか繋ぎ止めた。
そして、とうとう男からの要求が始まる。
『じゃあ、要求を始める』
「はい」
『ん、まあ難しい事じゃない。これから今日一日の間、お前は指定する場所である一つの言葉のみ口にしろ。例え子供が話し掛けてこようと、美人のお姉さんが話し掛けてこようと、猫だって犬だってアメンボだってだ。良いな?』
「はい」
雁夜はそんな良く分からない要求に素直に答えた。
今の雁夜ならば、本当に猫や犬にも言われた通りの発言をするだろう。
それが分かっているのか、電話の男はケタケタ笑いながらさらに要求を続けた。
『ククッ……おっと、すまん。それで、発言の内容だが、『この子は俺が助けた』だ。それ以外の発言は移動した場合のみ許可する。因みに、場所は冬木大橋だ。暫くしたらそこで落ち合おう』
「はい」
その言葉で、雁夜に希望の光が見えた。
酷く人目に付きやすい場所ではあるが、雁夜の中の優先順位は桜が一番である。
相手が聖杯戦争参加者だろうと、本当にただの愉快犯であろうと、直接会う事が出来ればバーサーカーを使えるのだ。
出会った時が唯一のチャンス。例えルール違反であったとしても、桜さえ助ける事が出来れば。
雁夜の中には、その時一筋の光明が差していた。
『よろしい。それじゃあ走れ』
「は――」
『――おっと、忘れてた』
男の言葉へと返答しボロボロの身体を走らせようとした雁夜であったが、それは男自身の言葉によって止められる。
一体どうしたと言うのか。
訝しげに顔を顰めた雁夜だったが、後に後悔する事となる。
何故、聞こえないフリをしなかったのか。
『俺は確か言ったよな? 『決して発言せず、ハイかYesで答えろ』ってのは冗談だと。……だけど、減点は冗談じゃなかったりして』
「……えっ?」
音が、割れた。
『ハイかYesって言ったよな? 減点』
再び、音が割れる。
『よし、それじゃあお前はその辺の地面で頭をかち割って指定場所へと向かえ。じゃあな』
「……ぁぁ」
一切の返答を許す事なく切られた通話。
目の前が真っ暗になって行く雁夜の取った行動は、やはり従う事だけであった。
「ぁぁぁあああぁぁ!」
路地裏へと、何か肉質的な物がぶつかる気味の悪い音が響く。
グチャグチャと言う嫌悪感を引き出すその音は、十回二十回と響き、いつしか雁夜の呻き声だけが木霊していた。
「――ご、ごろじでやるっ……!」
雁夜は立ち上がり、フラフラと覚束ない足取りで歩み始める。
「ごろじでぇ……!」
そして、一般人が見れば間違いなく悲鳴を上げる血塗れの形相で駆け出した。
「……ごろズゥウううッ!」
そんな、心の悲鳴を言葉にして。
――――――――――
俺は現在、それは酷く機嫌が良かった。
それは、思った通りの反応を間桐雁夜が返してくれたからだ。
そんな俺の様子が分かったのだろう。アサシンは俺とは対称的な憂鬱顏で問い掛けて来る。
「マスター……アレだけであれば態々下水道まで行かなくても良かったのではないですか? それに、悪趣味過ぎますよ……」
「おいおい、交渉事にブラフってのは付き物だ。それが例え、人質の安否であったとしても」
そう言って俺は視線を下げると、トコトコと付いて来る桜の頭へと手を伸ばした。
そう、俺は桜に一切手を上げていなかったのだ。
普通に考えれば分かる。大事な切り札を態々傷付ける訳がない。
「それに、下水道を選んだのはちゃんと理由があるぞ? なんたって、あそこ音が反響するからな」
「音が……ですか?」
「ここまで言って分からないのは最早才能だな。流石アサシン、ばかわいいぞ?」
「……こふっ!?」
いつものように吐血するアサシンを視界から外した俺は、いつもならば掛ける追い打ちを止めて説明してやる事にした。
「いいか、俺があそこで行ったのは大きな音を立てる事だ。家であんな音を立てれば不審だろ? あの場所は音漏れを塞いでくれる上に、反響する事で相手の精神を上手い具合に煽ってくれる。まるで、“鉄砲”でも発砲したみたいにな」
「……なるほど、そう言う事でしたか」
俺の説明を聞いたアサシンは納得したように呟くが、『それでも今回は酷すぎます』と俺に意見を述べて来た。
いつもであれば反論に屁理屈を重ね吐血させてやる所であるが、あまりの機嫌の良さにそれを敢えて無視する。運が良かったな。
「まあ、今回のこれは計画の起点となる物だ。多少外道な所はあったかも知れないが、慈悲に満ち溢れた行動と言えるだろう」
「多少……? 慈悲……?」
「アサシン、今日の夕飯はデザートをつけてやる。ハバネロと言う果物があってだな、凄く美味しいそうだ。高いから一個しか買えないが、特別だぞ?」
やはり今回もお仕置きである。
とにかく、今回は相手の精神に余裕を与える隙をなくす事で操る事に成功した。
間桐雁夜は桜が生きている以上決して壊れる事が出来ない。精神的に追い詰め、上下関係を押し付け、潜在意識的に隷属化させる。
それが、今回の目的であった。
「今回も上手く行ったが、問題はこの後だな」
間桐雁夜へと仕掛けた賭け。俺には全く被害がない為大丈夫だが、失敗すればプラン変更もやむを得ないだろう。
故に、それは賭けと言えた。
そんな風に俺が今後の計画へと想いを馳せていた時だ。アサシンがふと疑問に思ったように俺へと問い掛けて来る。
「そう言えば、いつ向かうんですか?」
「う? 向かうってどこに?」
「えっ?」
問い掛けられた疑問は、俺に取って訳の分からない事であった。
しかし、それはアサシンも同じであったのかポケッとした表情で疑問の声を上げる。
アサシンはそんな俺の反応が予想外だったのか、慌てたように言葉を重ねた?
「いえ、ですから例の人物の所にですよ!」
「ああ、そう言う事ね」
「もぅ、そうですよ。マスターもおっちょこちょいな所があるんですね」
そう言ってアサシンは安堵の息を吐いた。
だが、何を言っているのだろうコイツは。そんな物は、態々言わなくとも分かるだろうに。
「馬鹿だなアサシンは」
「何故罵倒されたんですか私!?」
そんな物は当然、考えなくとも察せる事を聞いて来たからに他ならない。
俺はヤレヤレとばかりに額を抑えると、出来る限りの笑顔で答えたのであった。
――――――――――
「……この子は俺が助けた」
「フシャァー!」
間桐雁夜は待っていた。一時間も、二時間も。
目の前へと現れた三匹目の猫へとそう告げると、猫は血だらけの雁夜へと驚いたのか威嚇の声を上げて去って行く。
そう、間桐雁夜は待っていた。電話の来た午前中から、既に夕日の沈みそうな冬木大橋で。
三時間も、四時間も。
「……この子は俺が助けた」
「グルルルルッ!」
今も、目の前を横切った野良犬にそう呟きながら。
――――――――――
「当然、ドタキャンに決まってる」
沈み行く夕日は、今日もいつも通りであった。