魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵―― 作:藍紫
はじめまして、こんにちは、お久しぶりです。藍紫です。
1-35のあとに、Prologueをあえて投稿しました。
楽しんで頂けましたら幸いです。
灰の仮面をつけたその男は、名前すら知られていない。
ただ、ハンターなら誰もが知っている。
──Sランクハンター。世界ランク11位。《魔装融合士》。
《灰仮面》。
──彼は決して語らない。
──彼は、深層で立ち止まり続けているということだ。
近未来的な濃灰色のフルアーマーに薄灰色のロングマント。
顔を覆うのは、青く細いバイザーを備えた、無機質な濃灰の仮面。
人影も灯りも届かぬ地下124層の闇のなか。
止まり続ける心を抱えたまま、彼は歩いていた。
水すら染み出さない乾いた岩壁。
薄暗く歪む光の粒。
この層において、生者を喚起させるものなど存在しない。
あるのは、魔力の流れと、死の気配だけ──
だが、男は構わないようだった。
この深層の空気を吸い慣れているかのように、抵抗も恐怖も見せず、ただ進む。
その背に、八つの器が静かに漂っていた。
いずれも形状も魔力反応も異なる、武装の形をした魔法具たち。
──魔装融合複合兵装【八葉変化】。
特殊スキル【魔装融合】によって、八つの主武装と数多の魔法具、魔力石、希少素材を融合し──自らの意志と魔力で創り上げた、彼の唯一無二のSランク複合魔法具。
守れなかった過去を背負いながら、それでも彼は今も、この武装を手放さない。
戦闘スキルに乏しい彼にとって──これは、信じきれなかった自分が、唯一縋れる武器だった。
気配が揺れる。
空気が震えた。
壁の奥の岩盤を食い破り、姿を現したのは──
ビル三階ぶんの高さを誇る、半透明の甲殻に覆われた巨大な昆虫型の魔獣。
【虚穿甲虫《クラッギ・ブレイカー》】。
すべてを突き破るためだけに進化した、120層以降に存在する穿撃特化型の深層種。
その牙に貫かれれば、Bランク程度のハンターの身体など、一息で引き裂かれる。
灰仮面は、間合いを保ちながら静かに歩を引いた。
仮面の奥で、視線を滑らせる。
(──初手で突っ込んでくる。距離を取って反応を見る)
背後で浮遊する【八葉変化】のうち、【七式:魔導銃】を前方へ旋回させ、右手へ接続される。
男は銃を構え、無言のまま引き金を引いた。
連続射。火線が走る。
魔力弾が、甲虫の前面装甲を叩く。だが──通らない。
甲殻は金剛石のように硬く、傷一つつけられない。
刹那、魔獣が身を低くする。
次の瞬間、床を裂く勢いで飛来した穿撃── 灰仮面の左肩をかすめ、岩壁へ衝突し、爆音が響いた。
鋼糸のような脚が振るわれる。
回避、射撃、また回避──同じ動きを繰り返すたびに、距離は少しずつ詰まっていく。 男は、一度として決定打を与えられないまま、徐々に追い詰められていた。
そして──
甲虫の脚が、灰仮面へ振り下ろされる。
瞬間、彼の前方に展開される──【四式:大盾】。
魔力で形成された巨大な盾が、衝撃の直撃を受け止めた。
だが、質量差は絶大だった。
全身に伝わる凄まじい衝撃に、男の身体は宙を舞い、岩壁に叩きつけられる。
仮面が軋む音。 呼吸が乱れ、左腕に痺れが走る。感覚が一時的に奪われていた。
(……肩の骨が、きしんでいる。だが、まだ戦える)
敵は思考を持たないはずだ。それでも、このタイミング、この角度。
単純な反応速度では説明できない、深層種の戦闘適応──
男は震える指で、首元の魔具に触れる。
【大天使の首飾り】──誠司が【魔装融合】で創り上げた回復魔法具。
魔力を通すと、仄かな光が喉元から広がり、肉体の損傷が修復されていく。
皮膚が再生し、肺が空気を吸えるようになった。
正面からの攻撃は無効。読み違えれば即死──まさに深層の殺意。
灰仮面は、一瞬だけ目を細める。
「スキル発動──【解析】」
視界に数値と補助映像が浮かび、標的の構造図が再構成されていく。 表示されたのは、腹部関節部──甲殻が交差する軟質部位、そして氷属性による脆弱反応。
(……ここだ)
彼はポーチから、一片の青く脈動する魔鉱石を取り出す。 【蒼撃石《ブルーオリハル》】──氷属性魔力を有するAランク魔鉱石。
右手に【七式:魔導銃】を取った彼は、石をスロットへ装填した。
「特殊スキル発動──【魔装融合】」
銃身が軋み、青い閃光が迸る。魔導銃のフォルムがわずかに変化し、銃口が冷気を帯びて膨張する。
次の瞬間、銃口から無機質な音声が響いた。
「[フルチャージ]──魔力充填完了」
〈融合完了:七式魔導銃 × 蒼撃石〉
銃口には冷気が凝縮し、【氷属性・高圧貫通弾】が形成される。
甲虫が脚を振り上げる。灰仮面は、あえて動かない。
タイミングを計る──
刹那、地を滑るように回避。 そして、魔導銃を関節の軟体部に正確に向ける。
「──撃ち抜け!」
引き金が引かれる。
蒼の魔力弾が螺旋状に収束し、甲虫の腹部に直撃。
装甲の隙間を割り、氷塊が体内に流れ込む。
封じられたままの圧力が、組織の奥で逃げ場を失い── 次の瞬間、魔獣の肉体は痙攣し、甲殻が内側から裂けた。
崩れ落ちた身体から、魔素の粒が宙に舞い、静かに男の身体へと吸収されていった。
残心。
立ち上がり、呼吸が整うまで、仮面の男は動かなかった。
ここは、日本の最前線──S級ダンジョン『渋谷大深層』124層。
二年前、『125層攻略作戦』が実施され、大敗を喫した。
それ以来、この境界を再び越えた者はいない。
最深層は今も、誰にも踏み直されることなく、沈黙を保ち続けている。
(……結局、ここに戻ってくる)
ゆっくりと周囲を見渡す。
仲間も、支援もない。
誰からも命じられていない。
誰も求めていない。
なのに、自分はこうして独りで潜っている。
(……わかってる。これは八つ当たりだ)
1人で強くなったところで、何が変わるわけでもない。
けれど、『魔力経験値』を吸収しなければ、二年前と同じところでまた足がすくむ気がして── そうやって、罪滅ぼしのように戦っている。
誰にも言えない後悔がある。
あの時、もっと強ければ──そう何度思ったか。
(……それでも、結局ここ止まりだ)
視界の奥に、黒岩の裂け目が現れる。 その中から浮かび上がるように、螺旋階段が姿を見せる。
『125層』──あの作戦で、あいつや多くの戦友が命を落とした地。
誠司の足が、止まる。
(──ここを越えた先には、あの夜の声が待っている気がした)
(──焼け焦げた喉から、それでも届いたあいつの声が……)
震えてはいない。けれど、進めなかった。
仮面の奥で瞼を伏せる。心の底から湧き上がる、鈍い拒絶感。
(──誰かを救える力があるふりをしてるだけだ)
仮面は、戦いの象徴じゃない。
そうでなければ保てない自分を隠す、ただの盾だ。
脆さ。臆病さ。臆した記憶。
それでも、まだ諦められない。
今のままじゃ、〈あの少女〉を守りきれないという焦りだけが、胸に残っていた。
彼女がいる。待ってくれている。
(……それでも、戻ってしまう)
歩き出す。
まるで逃げるように──それでも、どこか彷徨うように。
灰仮面は、仮面を外すことなく背を向けた。
まだ届かないあの地を背に、静かに歩き去る。
§ § §
ダンジョン深層部を出る直前、ビーコン前で、しばらく手が仮面に触れたまま動かなかった。
……それでも、外した。
陽の届かぬ深層から、光のある場所へ戻るために──
男は戦場の顔を脱ぎ捨てる。
上着のファスナーを静かに引き上げ、人混みを避けるように地下から地上へと歩き出す。
すれ違う誰もが、彼に気づかない。いや、気づけない。
……そして、夜。帰る場所。
玄関のドアが軋む音。
鍵を開け、靴を脱ぐ。
もう仮面はない。
上着も脱いだ。
そこにいたのは、ただの男だった。
目の下に疲れを滲ませ、口数の少ない、ごく平凡な一人の日本人男性──相馬誠司。
「……ただいま」
抑えた声でそう呟いた、その瞬間── 廊下の奥から、足音が静かに近づいてきた。
現れたのは、無表情の少女──橘いろは。
水色の瞳。淡い桃色の髪。
感情の起伏を感じさせない抑揚のない声で、彼女は言った。
「おかえりなさい‥‥‥誠司様」
感情の見えないその声が、運命の歯車を静かに回し始めた。
──これは、黒き少女たちに囲まれながら、
ただ一人の少女に”すべてを奪われていく”男の物語。
1-35まで読んでいただいた後に再度、御読了頂けましたら幸いです。
第2章は7月上旬より投稿予定となります。
それでは引き続き、よろしくお願い致します。