魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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タグを追加しました。ストーリーが続くことにタグが少しずつ変わります。
1-35あたりで確定する予定です。
ぜひお楽しみください。


1-11 静かな土曜日の回想

 

 4月28日。

 

 世間はゴールデンウィークという習慣に浮かれているが、ハンターにとってはあまり関係のない時期だ。

 学生たちは暦通りの休みを喜ぶ一方で、社会人もハンターも、社会がありダンジョンがある限り、休んでなどいられない。

 むしろ、普段は別の職を持ちながら副業としてハンター活動をしている連中が、この時期に一斉にダンジョンへ潜りにくる。

 その影響で、討伐対象となるモンスターの数が減り、結果として稼ぎも落ちやすくなる。

 

 とはいえ、俺にとっては悪いことばかりでもなかった。

 この期間は、いろはの強化訓練にあてる絶好の機会でもある。

 彼女のような【特殊スキル】持ちにとっては、学園の形式的な授業よりも、実戦を通じた調整と制御の方が、何倍も価値がある。

 

 しかも、連休により公的に学校を休みのこのタイミングで、集中的に訓練できる。

 それならば、この期間を使って45層のボス討伐を狙いに行くのが最適解だった。

 今日は十五時にハンター学院へ行き、来月から始まる特別クラスの現地教官としての顔合わせが予定されている。

 明日から行う、いろはとのダンジョン攻略に向けた準備は、ほぼ全て整えた。

 

 日曜日までに、いろはが携帯すべき食料品、回復薬、魔法具の準備とチェックは

 すべて済ませた。

 

 訓練に必要なものはそろっている。問題があるとすれば、ただひとつ

 ──彼女の精神状態だった。

 

 そして、それを明確に感じたのは、土曜日の朝からのことだ。

 明らかに、いろはの『俺に対する依存』は、以前よりも濃く、深くなっていた。

 表情も口調はいつもと変わらない。淡々と、抑揚の無いその声も変わっていない。

 

 けれど、ほんのわずか。

 距離の取り方が、まるで見えない糸が絡んだように、近すぎると感じる瞬間がでてきた。

 

 二年も共に暮らしてきたはずなのに、いろはのことは、まだ手探りのままだ。

 この違和感は単なる杞憂なのかもしれない。

 でもこれだけは間違いではないだろうと感じている自分がいる。

 

 このまま俺だけの世界に閉じ込めておけば、きっと、いろはは壊れないと思うし、全力で守ることになるだろう。

 

 でも、それは本当の意味で『生きる』とは違う。

 彼女がこの先、自分の足で立ち、誰かと関わり、道を歩いていくためには、外の世界と少しずつ繋げてやらなければならない。

 

 そう思っていた矢先だった。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 

 ──土曜日のことだった。

 

 誠司は朝、目を覚ます。左手に若干のしびれを感じつつ左側を覗く。

 

 ──すぐ隣には、いろはがいる。

 

 声をかける前から、彼女は俺の目をまっすぐに見ていた。

 気配は静かすぎるほど静かで、言葉がないぶん、その視線だけが胸に刺さるようだった。

 まるで俺がここにいるということを、確かめているようだ。

 

「……おはよう、いろは」

 

「……おはようございます、誠司様」

 

 変わらぬ挨拶。

 

 声はいつものように抑揚がなく、表情にも変化は見られなかった。

 ──だが、確かに。そこには微かににじむ安堵の気配があった。

 

 二人で、ベッドから起き上がり、俺の部屋を出て洗面台に向かい、洗面をする。

 

 その後、朝食の準備に取りかかる。

 そのついでに、夕食分までを用意し、タッパーに分けて冷蔵庫へ入れておく。

 夜には温めるだけで済む。

 

 いろははと言えば、その間、ずっとキッチンの方を見ていた。

 何も言わず、何もせず。

 ただ俺の動作を追いかけるように、目を離さずにいた。

 まるでそこに俺がいるということを、ひたすら確認しているような視線だった。

 

 

 

 朝食を終えた俺は、自室に戻ってスマホを手に取る。

 

 連絡先を辿りながら、一本の電話をかけた。

 生活習慣が几帳面なやつだから、この時間帯なら迷惑にはならないはずだ。

 

『……九条だ。久しぶりだな、誠司』

 

 数ヶ月ぶりに聞く声。

 その響きは、どこか少し疲れているようにも感じた。

 

「あぁ、久しぶりだな、武義。昨日のメッセ、どうしたんだ?」

 

 ──九条武義(たけよし)。

 俺の数少ない友人と呼べる相手のひとり。そして、戦友。

 

 日本人型の端正な顔立ちに加え、180㎝台の身長、武の名家である九条家の現当主。

 Sランクチームである『黎明の五剣』……いや今は『黎明の護剣』のリーダー。

 世界が認める最強の一角、世界ランク7位のSランクハンター。

 そして、美人で気立ての良い奥さんを持つ二児の父親。

 

 俺なんかと並ぶと、まるで光と影のようにコントラストが際立つのはご愛嬌だ。

 特に美人の奥さんは大和撫子を体現したかのような女性で羨ましいことこの上ない。

 

 そんなくだらないことを考えていると武義から話が来た。

『あぁ、実はゴールデンウィーク明けから、2週間ほど東京に行くことになってな。どこかのタイミングで屋敷に来てほしいのだ』

 

「ん? まぁ、予定はお前に合わせるけど……この時期にこっちにか? 今は清水寺でチームの育成中だったろ?」

 

 数ヶ月前の会話を思い出す。

 

 たしか京都にあるA級ダンジョン《清水伽藍》で、100層攻略に向けたチームメンバとバックアップを担うハンターの育成を兼ねた攻略を行っていたはずだ。

 とはいえ、99層の解除ギミックが謎のままだから、その探索も兼ねているのだろうが。

 

『あぁ、その件があってな。月城会長と会合がある。それに東京の九条武道館で門下生の少し調練を行う予定だ。東京のことは光莉に任せっぱなしだったからな』

 

「なるほどな。あいつに任せてると、流派もへったくれもない実戦主義に変わっちまうからな」

 

『大げさすぎるが、おおむねはそれに近いな。ほとんどの門下生は流派を守ってくれているようだが、一人、癖をつけ始めた子がいるらしくてな。その子の様子を見に行く意味もある』

 

「へぇ、天下の九条家当主さまが直々に指導かよ。そいつは恵まれた子だな」

 

『からかうな。……その子は俺の従妹だ。そして、剣の才能は卓越している』

 

「……武義がそこまで言うなら、相当だな」

 

『あぁ。お前にも一度見てもらいたい。旧交を温めるついでに、少し指導してやってくれ』

 

「……勘弁してくれ。俺はいろはだけで手一杯なんだ。教育者じゃねぇしな」

 

『それでもだ。俺の直感が言っている。あの子にも……お前にも、価値のある出会いになると……。それと、場合によっては従妹と立ち合いをするから誠司に立会人をして欲しい』

 

「はぁ……了解だよ。まったく、お前も月城会長も、俺に身内の面倒を見させすぎじゃないか」

 

『ふむ……会長もか。……となると、紗夜さんか』

 

「お前、知ってるのか? なんか、訳ありっぽかったけど」

 

『ふむ……まぁ、淑女だよ……』

 

「おいおい、その間は何だ? 言い方がもう訳ありって言ってるようなもんじゃねぇか」

 

『だが、知らぬ人柄は人からではなく、自ら判断したほうがいいだろう』

 

「……まったく、その通りだな」

 

『ふむ、それなら俺からは多くは語らん。うちの従妹と同様に、会って判断してくれ』

 

「あぁ、了解。ご忠告どうも。他に連絡事項は? なければ切るぞ」

 

『あぁ。近くなったら、あらためて連絡する。橘にもよろしく伝えてくれ』

 

「了解した。……とはいえ、いろはが武義に対して反応するかは知らんけどな」

 

『ふむ、それも当然だろう。では、また連絡する』

 

 そう言って、武義は電話を切った。

 通話終了の画面を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。

 いろはといい、月城のお嬢さんといい、また一癖ある少女と関わる予感が──静かに、じわじわと現実味を帯びていくのだった。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 電話を終えた俺は、リビングのソファに腰を下ろし、タブレットの電源を入れた。

 画面に映るのは、日々更新される情報の数々。

 渋谷ダンジョンの最新動向に、周囲の事件記録、世界各国のダンジョン進行状況、

 そして魔法具の研究進展──。

 

 これらは俺にとって日課である。

 そして、当然のように──その隣に、いろはが座ってくる。

 

 何の前触れも、声かけもない。ただ静かに、当たり前のように。

 ぴたりと寄り添う距離。腕が触れそうで、触れない絶妙な距離感。

 

 でも、彼女にとってはこれが普通なのだろう。

 まるで空気のように、そこに在る。

 小柄な身体は、決して目立つ存在ではない。

 

 だが、彼女が傍にいると、胸のどこかにぽっかりと空いていた穴が、ゆっくりと埋まっていくような気がする。

 

「……武義と電話してな。いろはが元気でやってるか、心配してたぞ」

 

 タブレットを操作しながら、何気なく口にする。

 彼女は俺の顔をちらりと見て──そのまま、淡々とした表情で答えた。

 

「……そうですか」

 

「あぁ。みんな、いろはを気にかけてるんだからな」

 

「……はい」

 

 短く、静かな返事。

 感情の起伏はほとんどない。

 だが、どこかで何かが届いている──そんな気がした。

 

 ふと、彼女が一冊の文庫本を取り出す。

 その手元に、自然と目を向ける。

 

 ──読書。

 それが、いろはの数少ない“趣味”だった。

 

 誰に教えられたわけでもなく、彼女が自分で選んだ時間の使い方。

 定期的に図書館へ通っては、本を借りてくる。

 そんな日々を、静かに繰り返している。

 この日、彼女が手にしていたのは、一冊の小説だった。

 

 タイトルは──『灰の花に、灯を』。

 

 ちらりと表紙が目に入った。

 

 ページをめくる彼女の指先は、細く、白く、静かだった。

 その手元を、俺は視線の端でただ静かに見守る。

 内容は知らない。

 けれど、そのタイトルには、どこか物悲しくて、優しい響きがあった。

 

 苦痛と孤独を生きてきた少女が、今──その物語をどんな気持ちで読んでいるのか。

 俺には知る由もない。

 

 ただ、彼女の過去を知っているからこそ、その静かな読書姿に、無意識のうちに意味を探してしまう自分がいた。

 まるで、花が咲くことを信じて火を灯すように──いろはは今、何を感じているのだろう。

 

(……いろはは、今の暮らしを“幸せ”だと思ってくれてるのか?)

 

 問いに答えはない。

 ただ、隣にいる少女の穏やかな横顔があるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 

 ページをめくるかすかな音が、静かに部屋に溶けていく。

 息を潜めるようにして、椅子に座っていた。

 

 ──すぐ隣に彼の気配と体温を感じる。

 

 タブレット端末を片手に言葉を語らない静かなひと時。

 ただ、そこにいてくれればいい。

 ただ、今、自分のすぐ横に彼がいることが──それだけで、安心できた。

 

 今日も、ここにいる。ずっと、ここにいる。

 

 いつか──それが、崩れるとしても‥‥‥ずっと──彼のそばにいられますように。

 

 

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