魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-13 ハンター学院

 4月28日 午後二時前。

 

 学院での約束は三時だ。予定よりやや早いが、俺はいろはと共に玄関を出た。

 

「じゃ、行くか、いろは」

 

「……はい、誠司様」

 

 今日もいろはは、学生服の上に白いケープを羽織っていた。去年の秋頃、俺が選んでやったやつだ。気に入ったのか、それ以来、外出時には必ず羽織っている。これもランクの低い魔法具ではあるが、俺のスキルで多少は強化した代物だ。

 

 ……問題は、夏場もそれを着続ける可能性があることだ。自分では服を選ばない奴だからな、そろそろ別の薄手のやつを考えないと。

 

 俺自身は、今日は念のためスーツを選んだ。学院側との顔合わせだし、アウトローな雰囲気よりもしっかりと。準備は抜かりなく、だ。

 

 もっとも、このスーツも、ただの衣装じゃない。

 

 魔法具製作スキルで仕立てられた特注のスーツ型のBランク魔法具──見た目は普通のフォーマルウェアだが、強化素材を織り込んでいて、防御機能を持たせてある。

 日本ではこういうタイプの防具需要が高くて、“魔法具スーツ製作”専門の仕立て屋や会社があるくらいだ。

 

 一応、収納魔法具には《アクアバレット》や近接用の剣、魔力石、回復薬なども収納してある。もし突然「今ここで実力を見せろ」や「ダンジョン行くぞ」なんて話になっても、即応できる。

 

 

 

 最寄りの駅から電車に乗り、新宿駅で降りる。

 

 駅から徒歩十五分。

 

 旧・新宿御苑の跡地にそびえ立つ、ガラスと強化鋼で構成された大型の超高層ビル──全三十階建て。

 

 それが、“国家認定・ダンジョンハンター育成高等学院”、通称《ハンター学院》である。

 

 立地は、活性化が続く渋谷ダンジョンの影響圏内。

 そのため、建物自体は文教施設であると同時に、代々木公園跡地に築かれた自衛隊前線基地と連携し、有事には籠城・迎撃の要塞ともなりうる。

 

 厳重な警戒区域に囲まれながらも、最先端の教育設備と戦闘訓練施設を備えた、日本屈指の“戦う学び舎”だ。

 

 だが何より目を引くのは、その中央構造──

 

 20階付近に張り出すように設置された、かつての渋谷ダンジョン100層ボス《獄炎龍》の巨大な頭部レプリカである。

 

 赤き鱗と黒き角、そして牙を剥いた咆哮の表情をそのまま再現したその姿は、まさに恐怖と威厳の象徴。

 

 もとは破壊の象徴だったドラゴンを、あえて学院の象徴に据えることで、「恐怖に学び、力とせよ」という理念を体現している。

 

 昼夜問わず赤くライトアップされるその獄炎龍の顔は、ビルの外観と相まって、

 まるで“ダンジョンの心臓”が街に根を下ろしているかのような圧倒的存在感を放っている。

 いろはが通うのは、そんな異形と隣り合わせの学び舎だった。

 

 

 

 

 午後二時四十一分。予定より早く学院の玄関へとたどり着いた。

 

 そしてそこで、つい先日あったばかりの、見覚えのある姿を目にする。

 

「……お疲れ様、佐々木さん」

 

「ふふ、お疲れ様、誠司。いろはちゃんも、こんにちは」

 

 佐々木さんの柔らかな声に、隣にいたいろはがぴくりと肩を震わせた。

 

 スカートの裾をぎゅっと握りしめ、俺の背中にそっと身を寄せるように一歩後ろへ。

 

「……こんにちは……しおり」

 

 小さくかすれた声。その響きに、ほんのわずかな緊張と──微かな安心が滲んでいた。

 

「こらっ、いろは。“詩織さん”だろ?」

 

 軽く注意はするが、正直あまり意味はない。いろはは俺以外の名前をまともに呼ばない。

 というか、名前そのものに興味が薄いらしい。

 

 それでも、佐々木さんのことは“しおり”と呼ぶ。

 数少ない、“名前を呼ぶ相手”のひとりだ。

 

「いいのよ、誠司。私といろはちゃんの仲だもの」

 

 佐々木さんはそう笑って、少しだけしゃがみ込み、いろはの目線に視線を合わせる。

 

「ね? いろはちゃん」

 

「……………はい」

 

 長い沈黙のあと、ようやく絞り出したような声。それだけで、彼女の中の佐々木さんへの“特別さ”が伝わってくる。興味のない人間には言葉さえ、発しない彼女なのだから。

 

 この二人のやり取りは、俺以外と会話を成立させられる──ほんのわずかな例外。

 

 だからこそ、佐々木詩織の存在は、俺にとっても心強い。

 

佐々木さんはいろはの返事にさらに笑顔になりつつも、こちらを向いた時には『仕事モード』の顔つきに変わった。

「それじゃ、中に入りましょう。いろはさんが来るのは想定済みだから、別室を用意してもらってるわ」

 

 ──さすがだ。抜かりがないにもほどがある。

 

 俺は小さく息をついて、いろはの背中に手を添えながら、学院の自動ドアをくぐった。

 

 

 

 約束の時間に合わせて俺といろはは佐々木さんに連れられ、ハンター学院のエントランスへと足を踏み入れると、そこには、やけに明るい声でこちらに駆け寄ってくる男の姿があった。

 

「お久しぶりです! 佐々木さん! いやー、以前に増してお綺麗で……!」

 

「ふふ、ありがとうございます。米谷さん、こちらこそお久しぶりです」

 

 愛想の良い営業スマイルで応える佐々木さんに対し、男──“米谷”と呼ばれたそいつは、あからさまにテンション高めで返した。

 

「いやぁ、佐々木さんが学院に来るなんて滅多にないから、びっくりですよ。ご足労おかけして申し訳ないっ!」

 

「いえいえ、お仕事ですから。お気になさらず」

 

 そんな会話を交わしていると、米谷の視線が俺の方に向けられた。ざっと見て、俺と同年代。おそらく学院教官の一人だろう。

 

「で、彼が……理事長経由で依頼を受けたっていう、例のハンターですか?」

 

「ええ。協会推薦の相馬誠司さん。今回は特別クラスの現地教官として参加してもらうことになってます」

 

「……どうも、相馬誠司です。ハンターランクはC+です。よろしくお願いします」

 

 俺が一礼すると、米谷は一瞬、目を見開いて口元を歪めた。

 

「Cプラス、ですか? たしか、それって……あの、会長推薦の……“訳あり”枠じゃないですか?」

 

 まるで値踏みするように、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「彼の実力と信用は、協会が保証しています。それと、今回は特別クラス所属の橘いろはさんの保護責任者も兼ねています」

 

 佐々木さんが淡々とフォローを入れたが、米谷の目の色は明らかに驚きに染まった。

 

「試験に……保護者? えっ、いや、それはさすがに……まずいんじゃ?」

 

 その反応を見て、俺は内心で溜息を吐いた。どうやら話が通っていないらしい。

 

 そのときだった。

 

 俺の背に隠れていたいろはが、ふいに姿を現した。

 

 制服の裾を握りしめながら、一歩だけ前に出る。米谷に向けられたその水色の瞳は、まるで何か深淵を覗き込んでいるかのように冷たく静かだった。

 

「うっ……橘か……! いや、その……今日は三者面談じゃないんだがな。来てもらっても……困る、というか」

 

 さすがの米谷も、たじろいでいた。

 

「ふふ。ええ、それは承知しておりますので、一室、お借りしています」

 

 佐々木さんがさらりと肩をすくめる。やれやれ、という顔で米谷がうなずいた。

 

「ああ、そういえば……応接室とは別に一部屋、用意しておけって言われてましたね……はぁ、まあ……とりあえず、佐々木さん、こちらです。応接室にご案内します」

 

 米谷の案内で、俺たちは学院の廊下を歩き始めた。

 

 順番は佐々木さん、俺、そしていろは。俺は歩きながら、ちらりと周囲に視線を巡らせる。

 

 ──懐かしい。

 

 この学院を卒業したのはもう七年前だ。

 

 建物の構造はほとんど変わっていないが、空気には確かな時間の重みが感じられる。

 

(……まったく。死んだ奴らの顔なんて、今さら思い出してどうする)

 

 心にふっと痛みが走るが、それを表に出すわけにはいかない。

 

 そんな俺の左手に、そっと冷たいものが触れた。

 

 ──いろはだった。

 

 彼女は何も言わず、ただ俺の手を取って握る。まるで、自分は“ここにいる”と伝えるように。

 俺が視線だけで応えると、いろははすぐに手を離した。

 

「いろはさん、こちらの部屋になります」

 

 佐々木さんが声をかけた。

 

「私と誠司は隣の応接室で学院の教官方とお話しします。ここで待っていてくださいね」

 

「いろは、そういうことだから、ここにいてくれ。飲み物は持ってるな?」

 

 いろはの頭を軽く撫でながら言うと、彼女はほんの僅かに目を細めて、

 

「……はい……誠司様」

 

 と、静かに返事をした。

 その様子を見た佐々木さんが、少し咳払いをして俺の名を呼ぶ。

 

「こほん……誠司」

 

(……しまった。つい、癖で)

 

 俺は手を離し、いろはの顔を見て頷いた。

 

「じゃあ、いい子に待っててくれよ」

 

 そう言うと、いろはは名残惜しそうに俺を一瞥し、再び視線を伏せ、部屋の中へと入っていった。

 

 扉が閉まる直前──俺の耳に、米谷の小さな呟きが聞こえた。

 

「……“様”付け……マジかよ……」

 

 ──ま、慣れてるさ。

 

 そんな言葉を心の中で返しながら、俺は応接室へと歩を進めた。

 

 

 

 

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