魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

15 / 36
1-14 試験内容打ち合わせ1

 

「失礼します。米谷です。協会の方をお連れしました」

 

 扉の前で米谷教官が声をかけると、すぐに落ち着いた返事が返ってきた。

 

「あぁ、入ってくれ」

 

 米谷が扉を開け、佐々木さんが一歩、静かに足を踏み入れる。俺もそれに続いて、軽く頭を下げた。

 

「失礼します」

 

 室内には、長テーブルを挟んで六脚の椅子。すでにそのうち二脚には人が座っていた。そしてその顔を見た瞬間、俺は言葉には出さなかったが、思わず息をのんだ。

 

 一人は──予想していた顔。けれど、もう一人は……まったく予想外だった。

 

 けれど、まずは礼を尽くすのが筋だ。

 

「ご無沙汰しております。島田教官。覚えていらっしゃらないかもしれませんが……七年前に卒業した相馬です。今回は、協会経由での依頼でお伺いしております」

 

 言い終えた瞬間、島田教官の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。

 

「おう、相馬。久しぶりだな。もちろん、忘れるわけがない。……あれだけ俺が戦闘訓練で鍛えてやったんだ。卒業してから一度も顔出さなかったのは少々寂しかったがな」

 

 どこか憎まれ口のようで、それでいて懐かしさと優しさを孕んだ声音だった。

 

 全身を覆うような筋肉、鋭い目つき。年は五十代半ば、白髪がこめかみに混じり始めてはいたが、全く衰えを感じさせない雰囲気は、昔と変わっていなかった。

 

 島田教官──元・自衛隊出身で、ダンジョン協会に転属し、現場を経て、学院で近接戦闘を教えていた鬼教官。

 

「……。深くは聞かん。生きて会えただけ、上々だ」

 

 短く、それだけ。けれどその言葉が、妙に胸に響いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 深く頭を下げたあと、今度はもう一人に目を向ける。

 

 こちらは、驚きを隠せない再会だった。

 

「……お久しぶりです、須藤さん。ここで再会することになるとは、思いませんでした」

 

 静かに名を呼ぶと、男は椅子に座ったまま、わずかに目を細めてこちらを見た。

 

 30代前半。誠司よりわずかに年上といった雰囲気。だが、その眼差しには、かつて“トップクラス”と称されたハンター特有の緊張感と、修羅場を潜ってきた者にしか出せない落ち着きがあった。

 

「……よく来たな、……相馬」

 

 短く、それだけ。

 

 須藤直哉(すどうなおや)。元・Aランクチーム《セブン・グローリー》のリーダー。

4年前に《黎明の五剣》がSランクチームに昇格以降、Aランクチームのトップリーダーと称されていた存在。

 

 だが、セブン・グローリーは2年前の125層攻略作戦敗走を最後に解散。

以後、表舞台から姿を消していたはずだ。

 

(国内でも知らぬ者のいない元トップチームのリーダー……まさか、ここで再会するとは)

 

 言葉にできない感情が、静かに胸に広がる。喜びでも、驚きでも、恐れでもない。

ただ──因縁という名の、何か。

 

 そしてその沈黙を破ったのは、佐々木さんだった。

 

「さて、お揃いになりましたね。今回の件、正式な打ち合わせに入りましょうか」

 

 そう言って佐々木さんが米谷に顔を向け米谷はタブレットを各員に渡し始めると、須藤がほんのわずか、俺の方に視線を向けた。

 

「相馬。……お前が来るって聞いたとき、正直驚いたよ」

 

「俺も、まさかここで須藤さんと再会するとは思っていませんでした」

 

「……協会の人選には何も言わない。ただし、“あの時”のままじゃ、許さんぞ」

 

「……ええ。俺も、“あの時”のままじゃないつもりですから」

 

 交わされた言葉は、ただの挨拶ではなかった。

 

 交錯する視線の奥に、それぞれの“過去”がわずかに滲んでいた。

 

(あの敗走から、今なお生き残っている俺たちが……ここで、また出会うことになるとはな)

 

 まるで運命に試されているような気がして、俺は無意識に拳を握りしめていた。

 

 

 

「──現在、特別クラス全員、十五層までは踏破済み。訓練ではあるが、全体の底上げは順調といっていい状況です」

 

 渡されたタブレットとプロジェクターに表示された資料より、米谷が誇らしげに口を開いた。

 

「ふむ……まあ、少なくとも“試験としては”な」

 

 須藤が腕を組みながら無造作に応じる。それに応じるように誠司に厳しい目線が灯る。

 

「今期の課題は“二十五層の中ボスに至る入口”まで。

 

 約1ヶ月かけて到達する計画……それ、本気でやるつもりか?」

 

「……えぇ。理事長判断により、今年は行程全体の『期間短縮』が決定された。協会にも正式な通達が来ているわ」

 

 佐々木が涼やかな笑顔を浮かべながら答える。

 指先でタブレットをめくる手は落ち着いていたが、その内容は決して軽くない。

 

 誠司はそのやりとりを黙って聞きながら、手元の資料に目を落とした。

 

「……通常であれば2ヶ月の行程。それを1ヶ月で詰め込むのは、並大抵の負荷じゃないな」

 

「承知の上だ。しかし、──導入する方針自体が、これまでとは異なるのだ」

 

 須藤がそう言うと、米谷が資料の一部をプロジェクターに投影する。

 すると、佐々木が補足するように静かに口を開き説明した。

 

「……今回の“期間短縮”は、協会も関与しており、いわば“選抜育成強化制度”の試験的導入です。明言されているわけではありませんが、その背景には複数の要因が絡んでいます。

 

 一つは、『黎明の護剣』に所属するSランクハンターにして世界ランク11位『灰仮面』の登場以降、彼が生み出した魔法具による攻略支援により、世界中のダンジョン踏破速度が加速度的に上昇していること。特にA級ダンジョンの完全攻略数は、彼の技術が普及する前の7カ所から、わずか3年で37カ所へと跳ね上がりました。

 

 二つ目は、それに応じた国際的な育成競争の激化。各国が若年層の才能あるハンターを早期に見極め、特別訓練課程へ投入する流れが本格化し、日本もその波に追随する動きを始めています。

 

 こちらは2年前に公表された史上最年少15歳のSランクハンターの影響も大きい状況です。

 

 そして三つ目に、2年前の125層攻略作戦の失敗が日本国内に残した“進捗遅れ”の影響。世界的な進展に対し、日本だけが一歩引いた位置にあるという危機感が、制度改革の後押しとなっています。現状、九条様、天瀬さん、甲斐谷さん、灰仮面と名だたるSランクハンターはおりますが、いまだに125層の件が尾を引いていると言ってもよいでしょう。」

 

 

 誠司や須藤を筆頭に室内の空気が、静かに引き締まった。

 

 続いて、須藤が米谷に目でサインを送り、投影される資料が切り替わる。

 

「今回、制度導入における主対象として、三名──月城紗夜(つきしろさよ)、九条綾音(くじょうあやね)、そして橘いろは(たちばないろは)──を特別枠で選抜したのは、単に成績や評価だけではない。彼女たちは全員、既に“学院内の評価基準では測れない”レベルに到達しているためだ。

 

 月城紗夜は月城財閥の直系であり、理事長の姪という立場にある一方で、技術面でも飛び抜けた戦術理解と統率力を有している。九条綾音は九条家の傍流ながら、実戦経験と瞬間火力において既にBランク相当の実力を認められている。そして──」

 

 須藤がわずかに言葉を切り、スクリーンの中央に映る名前を見つめた。

 

「……橘いろは。この生徒に関しては、戦闘技術、身体能力、魔力量、すべてにおいて異常値を示している。加えて──彼女については、現段階で通常の教育カリキュラムでは対処しきれないと判断された」

 

 その言葉に、誠司は資料から顔を上げた。表情は変えないが、視線にわずかな硬さが宿る。

 

「……そういう対応になるのも、理解はできる。だが、いろはの件はともかく、“早期育成”は諸刃の剣だ。あまりに急ぐと、かえって潰すことにもなりかねないぞ」

 

 米谷が肩をすくめて苦笑を浮かべる。

 

「それは我々も百も承知です。ただ、こういった“飛び抜けた例外”が一番扱いづらいのも事実なんですよ。あなたには理解できるかどうか……」

 

「例外というのは往々にして対応が難しいことは理解しておりますが、ハンターの強化は必須であり、試験導入するこの制度の意図を読んでいただければと思います。また、協会としても、いろはさんに関しては、特別な配慮が必要だと判断して、今回は彼女の保護責任者である相馬ハンターに、臨時の現地教官として赴任していただく予定です」

 

 佐々木が補足するように言葉を継ぐ。

 

「今回の三名はいずれも、もはや“学生の枠”では語れない実力を有しております。今回の期間短縮における主目的は、彼女たちを無理に鍛えることではなく、環境に即した正確な評価と、実戦の枠における適性を見極めることです」

 

「現場としては、できる限りのサポートをするだけです」

 

 須藤の声は冷静だった。しかし、“いろは”という名が口にされたその瞬間だけ、ごくわずかに言葉の温度が揺らいだ。

 

 その微細な変化を、誠司は見逃さなかった。

 

(……なるほど。あんたも、何かを感じ取ってるってわけか)

 

 けれど、それでも彼は感情を挟まない。ただ、事実だけを述べるように口を開いた。

 

「……いろはの件についてですが、俺はあくまで協会から派遣された立場です。指導や介入の度合いについては、学院側の方針に従います」

 

 少しだけ言葉を選ぶように、ひと呼吸置いてから続ける。

 

「ただ──現時点では、教官というよりも、“個別対応の補佐役”として彼女に接するのが最も適切だと考えています。協会側の立場としては、そういう距離感が望ましい」

 

 須藤が小さく笑みを浮かべ、軽く頷いた。

 

「個性の強い生徒には、個性のある教官が合う……ってことですね」

 

 米谷は渋い顔を浮かべたまま、ようやく重たい口を開いた。

 

「……まあ、管理しやすい生徒ばかりじゃないのは事実です。だからこそ、こちらとしても準備を怠るわけにはいきません」

 

 誠司は黙って頷き、再び手元の資料に視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。