魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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※2025/06/06 誤字修正をかけました。


1-16 試験内容打ち合わせ3

 いろはたち三名以外の特別クラスの人員の報告が終わると、須藤が一つ咳払いし、視線を全体に巡らせた。

 

「さて、次は一ヶ月にわたるダンジョン実習の運営について、各自の役割を確認しておこうか」

 

 プロジェクターに新たなスライドが表示される。そこには“試験運営体制”と記された資料が映し出されていた。

 

「今回の実習では、特別クラス15名が参加予定。申請された三つのチームと、ソロが二名。それぞれの班に一名ずつ教官を配置する形になる。計五名の監督役が現地での監督にあたる。なお、月城はクラスメイト達とチームを、九条と橘はソロで申請している」

 

 米谷がタブレットを操作しながら説明を続ける。

 

「実習の目的は、25層入口までの単独またはチーム攻略および“選抜育成強化制度”の試験的導入。原則として、生徒の自主性を重んじ、戦闘や行動の判断は本人たちに委ねます。教官の介入は、極めて限定的にとなります」

 

 誠司がページをめくる手を止める。

 

「……学院側の介入する線引きはどこからだ?」

 

「はい。介入が許されるのは、他のハンターとの殺し合いの危険が生じたとき、あるいはモンスターハザードなどの緊急事態が発生した場合に限られます。通常の戦闘で生徒が重傷を負ったとしても、それが想定内であれば原則として介入は禁止です」

 

 静かな空気が流れる中、須藤が口を開く。

 

「今回、相馬には橘いろはの担当として同行してもらう」

 その言葉に、米谷教官の眉がわずかに跳ねた。

 

「理解はできますが一教官として意見させていただきます。身内が生徒に付き添うことで、試験に対して不公平感が生じる恐れがあります。推奨はできません」

 

(……結局は、そこだよな)

 誠司は内心でそう呟く。

 

 須藤は軽くうなずいた。

「確かに米谷教官の懸念はもっともだ。本来、あってはならない配慮だ。ただ……相馬、橘は今、どこまで到達している?」

 

 誠司は一瞬だけ目を伏せ、少し息を整えてから答える。

「条件付きではありますが、単独で40層の小ボス討伐までの攻略は完了しています」

 

 応接室がわずかにざわついた。米谷も驚きを隠せず、須藤はわずかに目を細める。

 

「……そこまでか。ということは、25層も討伐済みか?」

 

「いいえ。あえて討伐させていません」

 

「なぜですか?」

 米谷の声が鋭くなる。

 

 誠司の代わりに、須藤教官が唸るように言う。

「……なるほど。チーム戦や連携の経験を積ませたいのか」

 

「そのとおりです」

 

 誠司が頷いた。

 

「正直、いろはの実力があれば、25層の中ボスも単独で問題なく倒せると思います。ただ、それでは意味がない。25層の中ボス戦で本当に求められるのは、連携です」

 

「そのとおりだな」

 

 須藤が相づちを打つ。

 

「小ボスにせよ中ボスにせよ、基本的にはチームやクランでの連携が前提だ。どれだけの実力者でも、連携無しでは安定して討伐できない」

 

 須藤は冗談めかして言った。

 

「──まあ、問題は今回、橘はソロ申請であること、そして、目の前にいるその担当が今はソロ専の変わり者、ということだがな」

 

「それはグサッときますね、須藤教官さん」

 

 誠司が苦笑を浮かべる。

 

「でも俺だって、チーム戦ができないわけじゃないんですよ? 知っているでしょう?」

 

「知っている。納得はしてないがな」

 須藤は肩をすくめる。

 

 佐々木は目を細めながら静かにその会話を見守り、米谷教官は眉をひそめたまま首を傾げている。

 

 そして島田教頭が、場を引き締めるように口を開いた。

「話を戻せ。問題は、橘いろはが保護者の監督のもとでダンジョン実習に参加するという前例のない体制だ」

 

 佐々木さんが静かに口を開く。

「この件に関しては、『ダンジョン協会およびハンター学院理事会の監督下における“特殊スキル保持者”の安全運用試験として、協会推薦の監視官を臨時教官として採用する』形で進めています」

 

 島田教頭がうなずきながら続ける。

「理事長からもそのようなことを聞いている。実際、彼女の制御が可能な人間は、相馬を除けば“月城”の名を持つ者に限られるという話だ。だが、理事長を動かすわけにはいかないし、月城紗夜も受験生のひとり。……順当な措置だが、外部には“身内”であることは伏せておいたほうが良いだろう」

 

 佐々木さんが頷く。

「はい。その件については、月城会長より黙認という形で対応するよう指示を受けております。もっとも、いろはさんの性格上、周囲の生徒からも特別な存在として自然に扱われるでしょう。いずれ理事長からも、皆様に正式な通達があると思われます」

 

 島田教頭が肩をすくめるように言った。

「結局は……そこに落ち着くわけだ」

 

 その時──

 

 島田と須藤のスマホが、同時にわずかに震えた──その音だけが、妙に大きく感じられた。

 

 普段は会議中に開かないはずの端末を、ふたりは無言で確認する。

 

「……はぁ、理事長からですね。正式な辞令は後日とのことですが、今話していた内容と寸分違わぬ文面が届いています」

 須藤教官が疲れたような声で言う。

 

 島田教頭も渋い表情で画面をスクロールさせながら苦笑した。

「まったく……あの人は。3年前から、精度が上がったせいでおちおち密談もできんわ」

 

 米谷は青ざめたように背筋を伸ばし、佐々木と誠司は落ち着いた顔で沈黙を保っていた。

 

 誠司はふと、窓際に目をやりながらつぶやいた。

「……あの人は、相変わらずのようですね」

 

 島田教頭が笑い声を上げた。

「はっはっは。おぬしも、あの御方とは長い付き合いだったな。わしは恐ろしくて、近づきたくもないぞ」

 

(……必要なら容赦なく直訴するような人が、何を言ってるんだか)

 誠司は心の中で静かにツッコミを入れる。

 

 

 打ち合わせが終わりに近づき、米谷教官が口を開いた。

 

「それでは次回は、ゴールデンウィーク明けの5月12日、13時にお越しください。その日の15時の授業にて、生徒へダンジョン実習の説明と、あなたの紹介を行います」

 

「了解しました」

 

 佐々木が丁寧に一礼する。

「それでは本日は、お時間をいただきありがとうございました」

 

「なんの、良い試験にするためには当然のことです」

 島田教頭が笑みを浮かべて答える。

 

 須藤が最後に、やや厳しい声で釘を刺した。

「……相馬、一つだけ言っておく。自分の都合を優先するような真似は許さん」

 

 その言葉には、いつもの冗談めいた雰囲気はなく、まっすぐな眼差しと重みがあった。

 米谷はぎょっとして目を見張り、佐々木はそっと目を伏せる。

 

 誠司は静かに返した。

「……分かっていますよ、須藤教官さん。もう……分かっています」

 

 一瞬の沈黙を、島田教頭が穏やかな声で破った。

「……まあ、過去のわだかまりもあるだろう。だが今は目の前の実習に集中せい。相馬、まずは生徒たちを無事に導け。須藤教官、お前はその結果を見てまずは評価せよ」

 

「……了解」 誠司と須藤教官が同時に返事をした。

 

 打ち合わせは約二時間で終了。

 

 

 

§  §  §

 

 

 

 誠司は別室で待機していたいろはのもとへ向かう。

 

 扉をノックし、中へ入ると、いろはは本を読んでいた。

 

 こちらに視線を向ける。

 

「いろは、終わったよ。帰ろう」

 

「……はい……誠司様」

 

 抑揚のない、いつも通りの声で答える。

 

 帰りも、佐々木と米谷教官が先頭を歩き、誠司といろはは後ろを並んで歩く。

 

 学院のエントランスに着いたところで、佐々木が言う。

 

「それでは本日はお疲れ様でした」

 

「お疲れ様でした。……佐々木さん、もしお時間あれば、このあと食事など……」

 

 米谷教官が声をかけるが、佐々木は柔らかく微笑んで首を横に振る。

 

「ありがとうございます。でも、今日は相馬さんといろはさんと、

既にお食事の予定がありまして」

 

「……あっ、ああ、そうですか。ではまたの機会に……」

 

 米谷教官は空笑いを浮かべながら、見えないところで誠司をにらみつけてくる。

 

(……食事の予定などしていないが、こういうときは乗っておくのが吉か)

 

 誠司が苦笑しながら横を見ると、いろはが袖をぎゅっと握っていた。

 何も言わず、ただその行動だけで彼女の意思が伝わる。

 

 

 そんなときだった。

 

 

「ごきげんよう、詩織さん」

 

 エントランス前の階段上から、澄んだ声が響く。

 

 全員の視線が、その声の主へと向いた。

 

 誠司は、一瞬息を呑んだ。

 気配を──感じ取れなかった。

 

 白銀の髪に、水色の瞳──その色彩だけで、日本人離れした印象を与える。

 涼やかで整った美貌が、それをさらに際立たせていた。

 一目で分かった。

 

 ──月城紗夜。

 

 さきほど、資料で顔写真を見たばかりの少女。

 その紗夜が、視線をすっと向ける。

 見ているのは、誠司ではない。

 

 彼の背に、そっと隠れていた少女だった。

 

「あら、ごきげんよう、いろはさん。あなたもいらしたのね」

 

 その声音は、まるで最初からすべてを知っていたかのように、やさしく響いた。

 

 

 

 

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