魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-17 銀の少女との邂逅

 

 現れたのは、白銀の髪と透き通るような水色の瞳を持つ少女だった。

 その色彩だけで、日本人離れした印象を与える。

 涼やかで整った美貌と相まって、その存在感は圧倒的だった。

 

 誠司は、咄嗟にその少女へ意識を向けるが、内心では違和感が広がっていた。

(……いまの俺は、魔法具を殆ど身に着けていない。それでも、この少女の気配を探知できなかった……なんて、そこまで、落ちぶれたつもりはないぞ。マークスマンとして気配を絶つ訓練は受けているだろうが、それだけじゃ説明がつかない。これは──)

 

 そのとき、傍らの若手教官が肩をすくめるように言った。

「……月城さん、いきなり気配を消して声をかけないように。皆さん驚かれるでしょう」

 

 しかし、少女──月城紗夜(つきしろさよ)は、やんわりとした微笑みを浮かべて返す。

 

「失礼致しました。でも、残念ですわ。驚いてくださったのは──どうやら、お一人だけだったようでしてよ?」

 

 その一言に、教官は伏し目がちに沈黙する。

 実際、誠司もいろはも無反応だった。

 唯一、詩織だけが一瞬だけ肩を揺らしたが、顔色は変えず、すぐに静かな表情を保ったままだった。

 

(あぁ、マウントを取りに行ったな……)

 

 誠司は心の中でため息をついた。

 

 佐々木さんがその場を和ませるように銀髪の少女に声をかける。

 

「ふふ、お久しぶりね、紗夜さん。今日は学院がお休みでしょう? どうしたの?」

 

「ええ、詩織さん。明日から家の予定が立て込んでいますので、今日は資料室で静かに読書をしておりましたの」

 

「そうなのね。少しでも有意義な時間を過ごせたのなら、何よりだわ」

 

 会話をひとしきり交わすと、紗夜はゆっくりと視線を動かす。

 まるで、最初から状況の全てを把握していたかのような目だった。

 

「ですが、詩織さんが学院にいらっしゃるのは少々珍しいですね。いろはさんと……そちらの方と、何かございましたの? 雰囲気からしてハンターの方のようですが。……いろはさんの様子を見て、察しましたわ」

 

 そう言って、彼女は小指を上品に立てながら、にこやかにいろはの方を見やった。

 

「おいおい、いろはをあまりからかわないでくれ。お嬢さん」

 

 誠司が苦笑混じりに声をかけると、紗夜はくすりと笑う。

 

「まあ、コミュニケーションの一環ですわ。──それと、はじめまして。

 私は月城猛の孫、月城紗夜と申します。あなたが……相馬誠司さんですね?」

 

「これはどうも、初めまして。相馬誠司と申します。

 お会いしたことはありませんが、よくわかりましたね」

 

(……月城の名と、いろはの様子から判断したのだろうな)

 

「ええ。おじい様や伯父様が、よく話しておられましたの」

 

「それはまた……あまり恥ずかしい話を耳にしていないとよいのですが」

 

「ふふ、そんなことはありませんわ。あなたの雄姿は、よく聞き及んでおります」

 

「いやー、雄姿なんて照れますね……むしろその話は忘れていただいても構いませんよ」

 

 冗談めかした誠司の言葉に、紗夜は小首を傾げて、柔らかに微笑んだ。

 

「それは困りますわ。あと、あなたは月城の名を呼ぶ機会が多いでしょうし、

 私のことは“紗夜”とお呼びください。私も、“誠司さん”とお呼びさせていただきたいのです」

 

「いやいや、月城嬢。会長も理事も役職名で呼んでますし、急に若い女性を名前で呼ぶのは、

 誤解を招きかねませんから」

 

「遠慮なさらなくて結構ですわよ。私とあなたの関係を考えれば──当然の距離感ですもの」

 

 紗夜はそう言って、胸元でそっと両手を組んだ。優雅な仕草に、ふっと柔らかく微笑む。

 

「いや……それでも、せいぜい“お嬢さんの身内に多少縁がある”くらいの関係じゃないですか?」

 

 誠司は視線を逸らしつつも、彼女の両手に目をやる。その目線に気づいたのか、紗夜の笑みがわずかに深まった。

 

 そのやり取りを見ていた佐々木さんは静かに目を閉じ、米谷は明らかに困惑した表情を浮かべていた。

 

 そして、何か得体の知れない空気──黒い渦のようなものが、誠司と紗夜の周囲に、ゆっくりと立ち上り始めていた。

 

 

 紗夜が微笑を浮かべたまま、優雅に言葉を紡ぐ間──

 いろはの細い指が、誠司の袖をぎゅっと握り続けていた。

 その力はわずかに強く、だが確かに──“拒絶”を伝えてくる。

 

「……いろは、大丈夫だ」

 

 誠司が低く声をかける。反応はない。

 だがその瞬間、紗夜の瞳がすっと彼へ向いた。

 

「まあ……心配なさるのはあなたなのですね」

 

 その声音は穏やかで礼儀正しい。

 けれど、その奥には、明らかに何かを測るような響きがあった。

 いろはがふっと誠司の背後に隠れる。瞳の奥に、普段は見せない色が宿る。

 

 それを見て、紗夜が一歩だけ踏み出した。

 けれど、その動きはまるで舞うように優雅で──対峙する者を侮らせない。

 

 交わされたのは視線でも、挑発でもない。

 それは、まだ名もない感情──だが、確かに存在する何かだった。

 静かに、そして確実に、二人の間に見えない何かが交錯していた。

 

 

 

 佐々木さんがぱん、と軽く手を叩きながら場を整えた。

 

「はい、今日はここまでにしましょう。紗夜さん、迎えが来ているようですよ」

 

 促されるように一同がエントランスの外に目をやると、黒塗りの高級車がぴたりと停車し、傍には無表情な運転手が待機していた。

 

「あら、本当ですわね。……では、せっかくですし皆さんも最寄り駅までお送りしましょうか。あっ、もしよろしければ伯父様もお呼びして、夕食をご一緒にいかがかしら?」

 

 紗夜は優雅に微笑む。

 どこか挑発めいた響きを含ませて。

 その言葉に佐々木さんが一瞬だけ視線を泳がせた。

 

 断れない雰囲気に、内心で苦笑いを浮かべかけたその時──

 

「お気遣いありがとうございます、月城嬢」

 

 先に口を開いたのは誠司だった。柔らかな口調のまま、ほんのわずかに声を引き締める。

 

「ですが、我々はこのあと予定が入っておりまして。ご厚意に感謝しつつも、今回は遠慮させていただきます。それに……理事長とも今日はお会いしておりません。必要があれば、向こうから正式なお呼びがかかるでしょうから」

 

 一歩も引かぬ、穏やかな拒絶。

 

「まあ、そうでしたわね。確かに三人でお食事のご予定があるとおっしゃっておりましたわね。部外者の私が割り込むのは無粋というものですわ。

 ……ではまた、誠司さん、次の機会に、お誘いさせていただきますわね?」

 

 にこやかなまま、告げる紗夜。

 

「ええ。その機会があれば、ぜひお願いします」

 

 誠司は柔らかく返した。だがその目は笑っていなかった。

 

(──いや、できればその機会は来ないでほしい)

 

 そんな本音を口には出さず、受け流す。

 

 表面上は丁寧なやり取りの横で、いろはは誠司の袖をそっと掴んだまま、無言のまま──そのやり取りを見つめていた。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

「それでは皆さま、ごきげんよう」

 

 そう言って、紗夜は優雅に高級車に乗り込む。運転手が一礼し、ドアを閉めると、静かに車は学院の外へと走り去っていった。

 

「……ふぅ、あれが月城のお嬢さんか」

 

「ええ、紗夜さん。誠司、よく容姿を褒めなかったわね。少し感心したわ」

 

「いろはと同じだよ。いろはは可愛い系、あのお嬢さんは美人系。違いはあるけど、共通点もある。初対面であの容姿には触れないのが正解ってもんだ」

 

「……まあ、つまり……誠司は、いろはさんのことを“可愛い”と思ってるのね? ……ロリコンの気はあるのかしら?」

 

「おい詩織! それは冗談でも笑えないぞ。……いろはが可愛いのは事実だがな」

 

 そのとき、誠司の袖がくいっと引かれた。

 

「……」

 

 いろはが無表情のまま、じっと誠司を見つめている。

 

「あら、いろはさんが嬉しそう」

 

「……」

 

 無表情なのに、どこか誇らしげな空気が伝わってくるのはなぜだろうか。

 

「……この話は、忘れよう」

 

 誠司はそっと溜息をついて話題を切った。

 

「さて、佐々木さん、いろは。飯でも行きますか」

 

「ええ、ちょうどお腹も空いてきたところよ。それでは、本日はこれにて失礼いたします」

 

 しばらく黙っていた若手教官が、急に慌てて口を開いた。

 

「えっ、ええ、お疲れ様でした、佐々木さん」

 

 ──そのやり取りにどこか哀愁が漂っていた。

 

「いろはちゃん、今日は何が食べたい? 誠司のおごりだから、何でもいいのよ」

 

「……誠司様と同じもの」

 

「ふふ、それなら一緒の料理にしましょうか。お寿司? ハンバーグ? オムライスとかどう?」

 

「……オムライス」

 

「あら、いいわね。じゃあ、おいしいお店知っているから、そこに行きましょうか?」

 

「……はい」

 

 いろはの声が、ほんの少しだけ、温度を帯びて聞こえた気がした。

 

 佐々木さんが穏やかにいろはと会話を交わす。 その様子を後ろから見守りながら、誠司はふと思った。

 

(……月城紗夜……あの気配の無さ……恐らくは‥‥‥)

 

 

 

 

 

 三人はゆっくりと学院の門をあとにした。

 そして、その背中を、校舎の上階の窓から── ふたつの影が、静かに見下ろしていた。

 

 

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