魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

2 / 36
オリジナル小説への挑戦となります。よろしくお願いします。
※2025/5/29:冒頭に加筆しました。いろはの感情や関係性の始まりを、より読者に感じていただけるようにしています。


第1章 黒き少女たちとの邂逅 ―依存という名の始発点―
1-1 30年目の街、そして歪んだ声


 

 ──目を覚ますと、すぐ隣に彼女がいた。

 

 布団の端に、少女が静かに身を寄せている。

 誠司が目を覚ましたとき、布団の中でいろはが誠司と同じ姿勢で横たわっていた。

 足の角度、手の位置、寝息の間隔すら、まるでなぞるように一致していた。

 

(……まただ。まるで、俺の呼吸にあわせているみたいだ)

 

「……誠司様……起きましたか……?」

 

 囁くような声。朝の光に透ける桃色の髪。息をひそめるような表情。

 その瞳には、眠っていたという気配はまるでなかった。

 

(……まただ。俺よりも早く目覚めて、横でずっと……)

 

 恐怖ではない。嫌悪でもない。

 ただ、心の奥に静かに沈殿していく、不安と──罪悪感。

 彼女の声が、耳の奥に残っていた。

 

 

「……せいじさま……は……わたしの……なの……」

 

 

 あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。

 曖昧な記憶の狭間に、その声だけが、不気味なほどはっきりと焼きついていた。

 寝言だったのかもしれない。あるいは、言葉にならなかった想いの欠片──

 

 

 ──その言葉が、すべての始まりだった。

 

 

 そして、俺がすべてを失うきっかけでもあった。 

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 4月下旬の昼過ぎ。家を出るために部屋の扉を開けると、同居人である橘いろは

(たちばないろは)が玄関の脇に立っていた。

 

「……いってらっしゃい、誠司様」

 

 感情の温度が欠けたような声だった。けれど、その水色の透き通った瞳だけは、微かに笑っているようにも見える。

 制服姿のまま、じっと動かず、こちらを見つめてくる。誠司は、ほんの一瞬だけ足を止めた。

 

(……朝、学校行ったよな。……なんで、もう帰ってきてるんだよ)

 

「おう、行ってくる。……ちゃんと休んでいろよ。それと、今日はちょっと、帰りが遅くなるかもしれないわ」

 

 靴を履きながらそう声をかけると、桃色の髪が少し揺れ、いろははゆっくりと、小さく頷いた。

 

「……帰ってきてくれるなら……私はそれでいいです」

 

 それだけ言って、彼女はもう一歩も動かず、誠司だけを静かに見つめ続けていた。

 

(……まったく、この子は)

 

 小さくため息をつきながら、誠司はドアノブを握る。

 

 ──カチャリ、と鍵の閉まる音が、いつもより少しだけ重く響いた。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

『世界ダンジョン災害発生から、あと7ヶ月で30年』

 

 その報せが、昼下がりの新宿の空に、まるで警鐘のように鳴り響いていた。

 午後1時。快晴。しかし、ビルの谷間を抜ける風は妙に乾いている。

 人の流れは多くも少なくもなく、ただ日常を生きる群れの中に、ひとりの男の姿があった。

 

 名前は──相馬誠司(そうませいじ)。

 20代後半。すこし日焼けの残る肌。

 使い込まれたジャケット。

 どこにでもいそうで、どこにもいないような日本人の顔つき。

 

 彼は額の汗を拭いながら、やや憮然とした顔で新宿駅へと歩を進めていた。

 まだ5月手前だというのに、昼の日差しがやけに熱い。

 空気も乾いていて、不快だった。

 

 駅前の巨大ビジョンが、報道番組の特集を流している。

 誠司は無意識に足を止め、映像に視線を向けた。

 

「今年12月25日で、世界ダンジョン災害から三十年の節目を迎えます──」

 

 燃え盛るロンドン。

 崩壊したニューヨーク。

 瓦礫に埋もれた、かつての渋谷。

 

 画面に映し出されたのは、2025年、世界各地に突如現れた〈深淵〉の爪痕だった。

 

「2025年、人類は突如として現れた“ダンジョン”によって、世界の姿を一変させられました。各国の都市に出現したダンジョンからは、異形のモンスターがあふれ出し、街を襲い、秩序を崩壊へと導いたのです」

 

「現在では、“灰仮面”の登場を契機とした三年前の『三偉革』以降、各国のダンジョン攻略と管理体制は見直され、秩序と希望を取り戻しつつあります。

 深淵を前に立ちすくんでいた我々人類は、ようやく──その先へ手を伸ばそうとしているのです」 

 

 そのナレーションの直後、画面が切り替わる。

 

 ──5人の男女が映った。

 

 刀を腰に携えた精悍な青年、杖を持つ赤髪の男性、内気そうな茶髪の美女、

 眼鏡の快活そうな女性──そして、灰色のローブと青色バイザーの灰色仮面で身を包む人物。

 

 日本初、S級ダンジョン『渋谷大深層』を100層まで攻略した伝説のチーム、『黎明の五剣』の勇姿だった。

 

「……そして、4年前。『黎明の五剣』が、日本で初めてS級ダンジョンの100層攻略を達成し、さらなる深層へ足を踏み入れたことが、多くの人々に希望を与えました」

 

 画面右上にテロップが浮かぶ。

《九条の剣聖》《紅の爆導者》《癒しの撫子》《征伐執行者》《灰仮面》

 

 なぜ、彼らの快挙が“希望”と呼ばれたのか。

 それは──日本において、あまりにも異例の偉業だったからだ。

 

 ダンジョン発生から三十年。

 日本はその大半を、ダンジョンから突如としてモンスターがあふれ出し、市街地や拠点に甚大な

 被害を与える災害──『モンスターハザード』への対応に費やしてきた。

 この終わらない災害を封じるには、ダンジョンそのものを完全攻略するしかない。

 そうして始まった国家規模の深層攻略作戦は、しかし──ことごとく失敗に終わっている。

 十五年前の京都ダンジョン攻略作戦では、当時日本最高の実力者を含む48名が全滅。

 十年前の再挑戦では600名が投入され、多くの死傷者を出しながらも、99層の階層ギミックを突破できず、三ヶ月で作戦は断念された。

 五年前の渋谷ダンジョン攻略作戦では、精鋭200名が参加し、死者18名。

 死亡率が五%を超える寸前で、作戦中止を余儀なくされた。

 

 指揮系統の硬直。

 装備の平均化。

 強力な魔法具の不足。

 

 優秀な自衛官たちは、高報酬と裁量の広いハンターへと転向し、

 国家の戦力は平均に押し込まれたまま、通用しない現実が続いていた。

 

 そして、ハンターたちもまた、力量の限界を悟るたびに安定を求め、誰も深層へ挑もうとはしなくなっていった。

 

 勢いよく語るナレーターに続き、冷静なコメンテーターが画面に映る。

 

「……我が家でもこの映像を見て、家内と手を取り合って喜んだものです。

 まさか、日本でもS級ダンジョンの100層を……本当に踏破できるとは思ってもいませんでした。

 二十年前、自衛隊基地がA級ダンジョン化し、国家の威信をかけて行われた攻略作戦。

 死者392名、重軽症者3000名超という甚大な犠牲を払った末の『辛勝』──

 それが、日本で唯一の『完全攻略』とされる実績でした。

 

 しかし、その代償の大きさが当時、政権崩壊を招き、

 以後の国内ダンジョン政策は、長く停滞を余儀なくされたのです。

 

 だからこそ……『黎明の五剣』が、わずか五人でS級百層を突破したその日──

 私たちはようやく、前に進めたのだと感じたのです」

 

 しかし、その笑顔はすぐに陰る。

 

「……ただ、二年前に行われた125階層の攻略作戦では──」

 

「──ボロボロの結果だったな……あの時、俺は‥‥‥何もできなかった」

 

 誠司は、小さく毒を吐いた。

 ポケットに手を入れ、人波を抜けるように歩き出す。

 

「ハンターなんて、結局は捨て駒ってことだ。学院を卒業して七年──つくづく、そう思うよ」

 

 誠司はポケットに手を入れたまま、街の雑踏を抜けて歩き出した。

 ビジョンに映るコメンテーターの表情は、先ほどの影を含んだ語りが嘘だったかのように、気楽なものに変わっていた。

 

「……あの攻略戦は、結果として大敗走という形で幕を閉じることとなりました。

《紅の爆導者》──高火力魔法と部隊全体指揮を担っていたSランクハンター、朝比奈燎

《あさひな りょう》氏を含め、日本の上位ハンターの約25%が亡くなったそうです。

 その損失の大きさを受け、『黎明の五剣』は再編され、『黎明の護剣』として新体制で再始動しています。

 今の日本にとって最も重要なのは、次の護剣となる新たな才能の発掘でしょう。

 若きハンターたちの育成と支援が、国家規模での最優先課題として位置づけられているのです」

 

 そう語る声の向こうで、Sランクハンターたちの笑顔が映される。英雄たちの成功だけがクローズアップされるその映像に、誠司は静かに吐き捨てる。

 

(……誰かがどうにかしてくれると思ってる奴が多すぎる。そんな他人任せじゃ、変わるものも変わらない)

 

 立ち止まっていた時間はわずかだったが、体の奥にわずかに沈殿していた不快感が、ぬるく沸き上がってくる。

 

 誠司は今日、18時からダンジョン協会に呼び出されている。内容は不明だが、心当たりが全くないわけではない。あってほしくない件ほど、思い当たる。

 

(……ま、行って確かめるしかない)

 

 だがその前に、ひと仕事。小銭稼ぎだ。今の立場だと、渋谷ダンジョンの25〜26階層あたりなら、ソロで回れる。準備時間を入れても、2〜3時間もあれば十分。

 呼び出し前のウォーミングアップにはちょうどいい。

 

 

 新宿駅の構内に入る直前、誠司はふと立ち止まり、スマホを取り出した。画面に表示された名前を確認してから、発信ボタンを押す。

 数回の呼び出し音の後、電話が繋がる。

 

「……誠司様……どうしたの」

 

 くぐもった、感情の輪郭が曖昧な少女の声。抑揚がなく、それでいて妙に耳に残る。沈んだ水面から浮かび上がったような音の響き。

 誠司は、その声に一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに日常の調子を取り戻して答えた。

 

「ああ、いろは。さっきも言ったが、やっぱり、今日は少し帰りが遅くなるかもしれない。だからもう一度連絡しておこうと思ってな」

 

「……また……あの人のところ?」

 

 わずかに震えた声。でも、それは怒りではない。悲しみでも、拗ねでもない。ただ──どこか、歪んでいた。

 

「……やっぱり……私より……あの人のところが……いいの?」

 

 いろはは、心の奥底から何かが零れ落ちるように、静かにそう呟いた。決して大きな声ではない。でも、その一言に、重く暗い何かが詰まっていた。

 

「違う。ダンジョン協会からの呼び出しだよ、いろは。仕事だ。お前に隠し事なんてしてない」

 

 誠司は、事実だけを淡々と告げる。それが、この二年で彼なりに学んだ“彼女との距離感”だった。

 

「……お気になさらず……ごゆっくり……お過ごしください……誠司様」

 

 抑揚のない、けれどどこか棘を含んだ声音。

 誠司は思わず、乾いた笑いを漏らした。

 

「そんなこと言ってると、本当にゆっくりして、今日は帰んないぞ?」

 

 軽い冗談。いつもなら流せるやり取り。だが、その直後──

 

「……え……そんな……ごめんなさい、ごめんなさい……」 

 

 まるで、何かを取り戻すかのように、連続する謝罪。

 機械のように繰り返される言葉に、誠司は目を細めた。

 

(……冗談も通じねぇか)

 

「冗談だよ。ちゃんと帰る。いろははいい子にして待ってろ。もし俺が19時までに戻らなかったら、冷蔵庫に昨日の残りがあるから、レンチンして食べとけ」

 

 少しだけ明るく、優しい声で。落ち着かせるための手順のように。

 

「……はい。……ちゃんと待ってます。いい子にしています。だから……」

 

「ああ、わかった、ちゃんと帰るから。じゃあ、またあとでな」

 

「……はい。……ずっと……お待ちしています」

 

 

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 通話が切れる。

 ──その瞬間、いろはは画面の光が消えたスマホを、そっと胸元に抱きしめた。

 閉じた瞳をそのままに、微動だにせず、ひとつ吐息を落とす。

 

(……だめ。あと一歩で、『誠司様』を引き出せたのに)

 

 その内心の声には、焦りも感情もない。

 ただ記録者のように、静かに観測された事実として刻まれていく。

 彼女のまなざしは、画面に焼きついた誠司の声の余熱に、ずっと耳を澄ませていた。 

 

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 

 駅構内の騒音が戻ってきたが、それでも、誠司の耳にはいろはの声が微かに残っていた。

 

(はぁ……また、やっちまったな)

 

 いろはの声は、普通の少女のものじゃない。誠司の目には、あれは壊れかけた幼子のように聞こえていた。

 まるで、見捨てられたくないと必死で縋る、愛を求める子どものような。

 

「……いろはのケア、帰ってからちゃんとしないと」

 

 右手のカードを改札にかざし、誠司は足を進めた。

 彼女を支えるためには、まず稼がなければならない。

 

 ──それが、この現実の中で、俺にできる最低限の責任だ。

 

 駅のホームに向かう途中、ふと手元のスマホに視線を落とす。ロック画面に映るのは、いろはと並んで写ったツーショット。2年前、保護施設を出た日に、撮った一枚だった。

 笑おうとして失敗したような、感情の乗らない不器用な表情。

 2年前、あの少女を“保護”したあの日、誠司は気づいてしまった。

 

 ──無理して笑おうとした顔は、笑ってないよりもずっと痛々しかった。

 

 だからこそ、誓った。

 

 ──いつか、本当の笑顔を教えてやる、と。

 

 それが、戦い続ける理由の一つ。いや、たった一つなのかもしれない。

 新宿から渋谷へ向かう電車の中、誠司は窓の外を見つめていた。

 どこまでも高く、どこまでも青い空。けれど、その向こうには──誰も知らない深淵が口を開けている。

 

 

 

 それが、彼らが生きるこの時代の現実だった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。