魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵―― 作:藍紫
9時──。
朝食を済ませ、留守にする1週間の間に家を空けるため、片付け整理を終行った誠司といろはは、新宿駅を経由して日本ダンジョン協会・渋谷支部へと向かった。
10時前に支部のエントランスを抜け、エスカレーターで3階へと上がる。
1階と2階は連休の影響か、人の波でごった返していた。
3階に上がると、やや空気が変わった。
受付フロアのそこかしこに、見慣れない顔ぶれのハンターやチームが散見される。
(見たことがない……遠征組か?)
誠司は一瞥しただけで、なんとなく状況を察した。
だが、すぐに自分たちに向けられる別の視線が気になった。
それは誠司ではなく、彼の隣にいる──いろはに向けられたものだった。
周囲の喧騒が、ふと、止まったような気がした。
柔らかな桃色の髪が風に揺れ、鮮やかな水色の瞳が静かにきらめく。
赤と紺を基調とした可憐な装いに、深紅のリボン、そして背でなびく真っ白なケープ
──その姿は、
──まるで、舞台に紛れ込んだガラス細工の人形。
周囲の視線が集まるのに時間はかからなかった。ざわつき、ざわめき、囁き声が連鎖していく。
(……そりゃ目立つわな)
連れているのが、普通すぎる見た目の20代後半男性──つまり誠司であることもあって、周囲のハンターたちの視線とヒソヒソ話が絶えなかった。
「おいおい、あんな可愛い子見たことないぞ。Bランクなのか?」
「いやいや、隣のフツメンと釣り合わなすぎだろ」
「あの子、連れてこられたんじゃないか?」
そして極めつけは、いろはが誠司の左手をぎゅっと握ったまま、無言でぴったりとついて歩いていることだった。
誠司は気づいて、そっと手を放そうとする。
「……いろは」
だが、いろはは視線をまっすぐ誠司に向けたまま、手を放そうとしない。
それどころか、もう片方の手で誠司の左腕にしがみついてくる。
表情は変わらない。
言葉も発しない。
ただ、その行動すべてが──「絶対に離れない」という強い意思を示していた。
一部のハンターはそのいろはの様子に少し引き、眉をひそめたが、大半は別の方向でざわつき始めた。
「ちくしょー、あいつ、ロリコンか?」
「なんであんな男にあの可愛い子が懐いてんだよ」
「いや、絶対どこかの金持ちに雇われた護衛だろ」
コソコソ話のつもりだろうが、意外と声は通っていた。
誠司はため息をひとつついた。
その瞬間、フロアの奥──事務所のガラス窓越しに姿が見えたのは、佐々木詩織だった。
彼女は受付カウンター横に立ち、新人受付嬢・日向の隣で、まるで“おいでおいで”と手招きをしている。
(……助かった)
誠司はいろはに小声で言った。
「行くぞ」
いろはは無言で頷き、腕を離さぬまま歩き出す。
佐々木の前に着くと、彼女は椅子に腰掛け、目の前のプレートを手でくるりと裏返す。
『受付中』の文字が表示された瞬間、誠司たちの後ろに二組のハンターたちが素早く並んだ。
結果、日向の受付列は今対応している一人だけに。
佐々木の列に並ぼうとした何人かのハンターは、プレートの文字を確認して足を止めた。
『受付中』の表示を見てすぐに列に並び直そうとしたが、すでに後ろには数組が並んでいたため、諦めて日向や他の受付の列に戻っていった。
誠司は日向に会釈をしてみてが、日向は少しだけ苦笑いのような表情で会釈を返してきた。
その間も、いろはは腕を離さなかった。
静かに──誠司の左腕に寄り添っていた。
§ § §
「おはよう、佐々木さん」
俺が先に声をかけると、それに倣うように隣のいろはも口を開く。
「……おはよう……しおり」
いつもの淡々とした声音。けれど、それが“いろはなりの挨拶”だと、佐々木さんは
ちゃんと分かっている。
「ふふ、おはよう、いろはさん。ついでに誠司も」 さらりと笑みを浮かべながら、
佐々木さんはいつものように事務的な口調で声をかけた。……少なくとも、言葉の表面上は。だが、視線の奥に潜む光は、それが完全な職務でないことを雄弁に物語っていた。
「今日も可愛いわね、いろはちゃん。赤のリボンとシャツに、濃紺のスカート……そしてその白いケープが映えること。うん、今日のコーディネートも文句なしに完璧ね!」
いや、これ明らかに仕事モードじゃないよな。 (気にしたら負けだ……) そう判断した俺は、本題に入る。
「40層までゲートを使って、そこから潜る。予定はおおよそ4日から6日間だ」
「ふふ、了解。では、チームメンバー分のカードを提出してちょうだい」
俺といろははそれぞれ、違う色のカードを取り出し、受付台に差し出した。
……案の定、背後から刺さるような視線が飛んでくる。
視線の主たち──つまり、後ろに並んでいる他のハンターたちは、明らかに俺たちに害意かとまどいを持っていた。
カードの色は、ハンターのランクと強さ、そしてダンジョンの到達点を物語る。
Aランク──金色に煌き輝くそのカードは一流ハンターの証。
Bランク──銀色に磨かれたそのカードはベテランハンターの証。
Cランク──銅色の素朴なそのカードは一人前ハンターの証。
Dランク──黒色のそのカードは独り立ちしたハンターの証。
Eランク──白色のそのカードは初心者ハンターやハンター学院生の証。
なお、Sランクのハンターカードは世間一般に見ることがない。
世界にわずか数十枚しかないのだから、当然の話だが……。
ちなみに、今の俺が持つC+カードは、日本のローカールランクカードで、月城会長が公認した者のみが登録されたランクのため、Sランクハンターカードよりレアだ。
まぁ、世界各国でローカルランクは存在するし、C+は会長公認の訳ありランクだから、自慢できる話ではない。
見た目は赤銅色でCランクカードと見た目の差は微妙だ。
そして今、受付の台に並ぶのは──いろはの白色、俺の赤銅色。
(……まぁ、周囲から見りゃ、場違いに見えるわな)
Bランク以上のハンターが集うこのフロア。
彼らが持つカードのほとんどがシルバー製。
そんな中、目の前で受付を済ませようとする俺たちの存在は、確かに浮いている。
それでも、佐々木さんは涼しい顔で端末操作を終え、カードを返却してきた。
「登録完了。気をつけて行ってらっしゃい」
渡されたカードを受け取りながら、俺は周囲の視線を受け流すように、静かにいろはとともにその場を離れた。
背後から聞こえてくるヒソヒソ声が、風に紛れて消えていく。
(……気にするなよ。俺たちは、俺たちのやるべきことをやるだけだ)
誠司はいろはを連れて、後ろから見ているハンターたちの視線を無視して
3階から降りて行った。