魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵―― 作:藍紫
ダンジョン協会渋谷支部をあとにし、誠司といろはは人の波に飲まれながらも、
渋谷ダンジョン方面へと歩を進めていた。昼過ぎの大通りは、まるで祭りのような混雑。
人波、喧騒、そして熱気が、ビルの谷間に渦巻いている。
「離れるなよ」
誠司は自然にいろはの手を取る。はぐれないように、彼女の手を握りしめる。
大通りへと進み出ると、奇妙な光景があった。誠司の後ろ側が、ちょうど2人分ぐらいの
スペースがぽっかりと空いているのだ。誰もその隙間に入り込もうとしない。
いや、無意識に避けていた。どこか異質な、空間が歪んでいるかのような圧がそこにある
──それが、橘いろはという少女の「存在感」だった。
彼女は、ただ誠司の背に隠れるように歩いていた。
そんなときだった。
視界の端に巨大モニターの明滅が映り込む。渋谷ダンジョン近くの統合型多層連結戦略複合ビル──《渋谷アーク・リンク・タワー》の壁面。そこに、鮮烈な稲妻が走った。
渋谷アーク・リンク・タワーが完成したのは、ほんの一年前のこと。
四年前に黎明の五剣』がによる100層攻略作戦が成功し、以降、渋谷ダンジョン周辺のモンスターがダンジョン外に一斉蜂起する『モンスターハザード』の発生確率が著しく低下したとされていた。
これは、世界共通の現状認識である――すなわち、ダンジョン内のモンスターを放置したままにすれば、いずれ『モンスターハザード』が発生する。
しかしそれは、隔層のボス、あるいは100層の深層部ボスを討伐することで防げるというのが、ハンター社会の常識となっている。
実際、日本で唯一完全攻略されたA級ダンジョン『八戸基地大地下壕』では、20年前に多大な犠牲を払って、100層ボスを討伐して以来、現在に至るまでモンスターハザードは一度も発生していない。
それを受けて、とある大手デベロッパーがハンターや観光客向けの複合施設として開発したのがこの三十階建ての複合ビル《渋谷アーク・リンク・タワー》である。
上層には協会公認の宿泊施設、中下層には武具店、訓練施設、モニター広告やショップが集まる巨大商業空間が広がっていた。
一方で、日本ダンジョン協会渋谷支部そのものは、26年前から現在の場所に設置され改装を重ねられている。
渋谷ダンジョンまでは同じくらいの距離だが、防衛線と籠城性を重視して造られた小規模の要塞的建築だ。
いまだにモンスターハザードの発生のリスクが完全に否定されたわけではないことから、完全移転は見送られている。
とはいえ、近年は安全性も高まり、受付や窓口業務のみ、タワーの下層フロアに移す案が水面下で検討されているらしい。
だが、今、目を奪うのはそこに映し出された映像だった。
「《征伐執行者、天瀬光莉》」
その名が雷のように響く。
天瀬光莉(あませ・ひかり)。
世界Sランクハンターランク第9位。
日本唯一のSランクチーム――かつての『黎明の五剣』、現在の『黎明の護剣』の創設メンバーのひとり。
国内ランキングでは、日本最強とされる九条武義に次ぐ第2位に位置し、
さらに世界最強女性ハンターランキングでは、第2位という圧倒的な実績を誇る。
その実力と過去のある事件解決から《征伐執行者》の異名を持ち、黎明の護剣の中でも最も
メディアへの露出が多く、一般層からは《日本のヒカリ》と称えられるカリスマ的存在だった。
大型モニターに映された映像は、曇天の荒野。地にひざをついた光莉が、立ち上がる。
「征伐執行──はぁー! 、雷鳴斬!!」
彼女が叫んだ瞬間、雷光がその身を包む。
肩までの黒髪は短くも風に舞い、戦闘服は稲妻に焼かれるように翻った。
眼鏡の奥で光を宿した瞳が獲物を射抜いた刹那、空気そのものが痺れるような、
緊張に満たされる。
標的は三つ。距離は百メートル先。
一体目──雷閃の刃が、首元を水平に切断。風の後に斬撃が届く。
二体目──空中で斜めに飛び込んだ雷脚が、胸部を貫通し、光の残像だけを残して消える。
三体目──振り返りざまに跳躍し、背後から敵に雷閃の刃が通過。瞬間、雷で両断するかのように一直線の閃光が走り、3体の標的の身体が真っ二つに裂ける。
動きのすべてがハイスピードカメラでも追えない速さだった。映像の下部に「※フレーム解析中」と注意書きが出るほどである。
その直後、雷撃が止み、光莉がぴたりと動きを止める。
「お腹がすきました」
荒野の静寂に、彼女の言葉がやけに浮いて響いた。
ポケットから、手慣れた様子で取り出したのは、ラーメンエネルギーバー。
包装を破ると、ほんのり湯気が上がるような演出。
「やっぱこれこれ」
一口かじる。ほっとしたように目を閉じて、少し微笑んで──
「やっぱり戦いの後はこのラーメンエネルギーバー! 魅惑の豚骨味っ!」
背後には、王道の醤油味、癒しの塩味とともに三種のバーが踊るように映し出される。
《食べて良し! お湯でラーメンにして良し! これでみんな仲良し!》
軽快なジングルとともに、光莉のウィンクとピースが映し出され、CMは幕を閉じた。
数秒の沈黙のあと──周囲が爆発するようにざわついた。
「やっぱいいよな、天瀬さんは」
「彼女こそ、日本のヒカリだよ」
「流石、ラーメン特攻隊長!」
「かわいいよなぁ、あのメガネ。知的で愛嬌もあってさぁ」
「というか、なにあの見えない速度! Sランクハンターって、マジで人間かよ……!?」
「豚骨味かぁ……次買ってみようかな」
「俺、あのCM、絶対に録画する」
「っていうか、かわいくね? あんな雷の斬撃の後に急に『お腹がすきました』はずるい」
それだけではない。通行人のスマホが一斉に鳴り始め、SNSにはハッシュタグ《#天瀬光莉》《#日本のヒカリ》《#雷鳴斬》《#ラーメンバー》《#ラーメン特攻隊長》が急上昇ワードとして表示されていた。
《目が追い付けない戦闘で殺意満点なのに、締めで飯テロ。好き》
《天瀬光莉ちゃん、やっぱ神》
《流石、ラーメン特攻隊長!》
《エネルギーバーのくせに食欲そそるのやめて!?》
《豚骨味が! 豚骨味が! 食べたくなったじゃんか!!》
《なお、光莉ちゃんのCM収益全額が孤児院に寄付されてる模様……えぐ……尊い……》
スマホを操作する若者たち、画面に目を奪われたまま立ち止まったり、写真を撮ろうとポーズを決める若いハンターたち──その中心に、彼女は確かに“存在”していた。
そこにいないはずなのに。
誠司はモニターに映る天瀬光莉の姿に一瞥を送り、すぐに群衆の中──後ろ隣にいる少女へと視線を戻した。
いろはは、顔を伏せたままだった。
目を上げられない。
違いすぎるのだ。
才能も、人望も、評価も、過去も、今も──何もかもが。
誠司は黙って、彼女の手をそっと強く握った。
そのわずかな力が、確かに彼女へと届いた。
「……!」
いろはの肩がわずかに震え、ゆっくりと顔を上げる。
そして、誠司の横顔を見つめ、小さな手が──微かに、だが確かに──握り返してきた。