魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-21 ダンジョン1階での出来事

 ──光莉のCMが流れていた。

 

 だが、それに触れようとは思わなかった。

 いろはの心が、まだそれに耐えられるとは思えなかったからだ。

 だから、あえて何も言わず、ただ声をかける。

 

「……行くぞ」

 

 その問いに、彼女は顔を上げて、小さく返した。

 

「……はい、誠司様」

 

 いろはの声は、少しだけ揺れていたが、それでもちゃんとこちらを見ていた。

 ダンジョンの入り口──重厚な金属製ゲートの前。

 二人はカードを提示し、カシャンという電子音と共にロックが外れる。

 

 扉がゆっくりと開くと、そこには──かつて駅だったであろう構造を残した、

広く、冷たい無機質の空間が広がっていた。

 数十名はいるだろうハンターたちが、荷物の最終確認に追われている。

 彼らもまた、これからダンジョンに挑むつもりらしい。

 

「……40層まではワープゲートで一気に移動する。荷物に不備はないか?」

 

 いろはに問いかけながら、自分も装備と荷物を再確認する。

 

『水鉄砲』よし、『腕時計』よし、『腕輪』よし、『ホルスターバック』よし。

『バックパック』と、ついでにCランク相当の普通の長剣もよし。

 

 誠司の確認が終わるとすぐにいろはが声をかけてくる。

 

「はい……問題ありません、誠司様」

 

 いろはは左手を見せた。

 

 そこには、彼女専用の防御魔法具【ソウルガーディリア】が装着されている。

 

 肩には少し大きめのショルダーバッグ。

 

 そして、彼女の右手には──ぬいぐるみのような何か。名を【モルヴ=ミュー】。

 

 首と胴のつなぎ目を無造作に掴み、ぶら下げるように持ち歩いている。

 

 それはもう、“手荷物”というより、“雑品”のような扱いで──

 

 正直、ちょっと可哀そうだ。

 

「……いろは。細かいことかもしれないがな、そのモルヴの持ち方

……女の子らしくないというか。せめて、抱いてやれ、一応、ぬいぐるみの扱いだし。

 あと、そのままだとモルヴも動けんだろ」

 

 冗談めかしてそう告げると、いろはの手の中で、モルヴ=ミューがコクン、と頭を縦に振った。

 

「…………はい」

 

 返事はしたものの、その声は少し間延びしていた。

 まるで、「どうでもいい」と思っていたことを指摘されて、返答に困ったかのように。

 そして、いろはは、少しだけ不器用な手つきでモルヴを持ち替える。

 

 ぎこちなく、ぬいぐるみを胸に抱き直した姿は──なんだか、少しだけ愛情が芽生えたようにも見えた。

 ……しかし、彼女の中で、モルヴはあくまで「武器」のひとつ。

 実際のところは感情の対象として扱っていないことは、明らかだった。

 

 ……まあ、それでも。

 

(おざなりだった手付きが、少しはマシになったか)

 

 そう思って、誠司はモルヴの表情を盗み見た。

 ぬいぐるみの青い目が、どこかキラリと光った──気がした。

 

 

 

 いろはがモルヴを抱えなおしたのを確認して、誠司も最後の荷物チェックを終える。

 周囲のざわめきと視線。中にはあまり気分のよくない目線もあったが、今は気にするつもり

もなかった。

 

「よし、準備万端だな。じゃあ──行くか」

 

「はい」

 

 いろはは小さく頷きながら、そっと誠司の左手を握ってきた。

 

 ここ1階はまだモンスターの出現しない階層──だから、誠司も何も言わず、

そのまま手を繋いでやる。

 二人は中央に並ぶ15基あるワープゲートを避け、先日、使用した3基のサブゲートへと向かう。

 

 

 だが、その途中──

 

 

(……また、来たか)

 

 先ほども感じた、嫌な視線が近づいてくる。

 誠司はわずかに身構える。

 歩を進めると、案の定──

 

「はぁ、なぁ、兄さんがた。ちょっと悪いけど、道あけてもらえるか?」

 

 茶髪と金髪を混ぜたようなチャラ男三人組が、目の前に立ちふさがってきた。

 軽薄な笑みを浮かべながらも、その目は獲物を値踏みするような光を宿している。

 

 ──やはり、協会三階で見かけた奴らか。

 

「ナァナァ、そこのピンクの可愛い嬢ちゃん。そんな冴えない男より、オレたちのほうがダンジョンの歩き方、イチから教えてやれるゼ?」

 

 日焼けした茶髪の男が歯を光らせながら、いろはの前に回り込む。

 

「そーそー、俺たち超親切系男子だし? 可愛い子はチームに入れてあげたい性分なんだよね~」

 

 金髪ロン毛がニヤけた顔で舌を出す。

 

「っていうかさ、お嬢ちゃん。そんな陰キャと一緒でいいの? 俺ら、けっこう有名なんだぜ?」

 

 チャラ顔の茶髪が軽い調子で笑いながら、いろはの肩へと手を伸ばそうとした──

 

 その瞬間、いろはは誠司の左手をぎゅっと握り、ぴたりと彼の背後に隠れた。

 

「……すまないが、俺たちは二人で潜る。誘いには乗れない」

 

 誠司が静かに告げると、三人の表情が一斉に曇った。

 

「ハァ? なにカッコつけてんノ、オッサン?」

 

「ダンジョンで女守れる自信あんの? ひとりで逝かせたくねぇなら、譲ってくれてもよくね?」

 

「なあ、空気読めよ? チーム構成ってのは、ほら……“さいかいてき”があるんだよ。

“最解適”がな」

 

(……“最適解”と言いたかったんだろうな)

 

 誠司は内心でだけツッコミを入れつつ、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 言葉は返さず、やんわりと身を引こうとした──その瞬間だった。

 茶髪の男が舌打ちしながら顔を歪めた。

 

 左手首は誠司に掴まれたまま──振りほどこうと、抵抗するも腕は動かない。

 

「……クソが。舐めてんじゃねぇぞ、テメェ……!」

 

 空いている右手が、腰の柄へと伸びる。

 

 鞘ごと微かに動いた刀に、指が絡み、ギリリと力がこもる。

 

「はぁ、しかたがない」

 

 誠司がため息を付いた。その瞬間──

 

「……っ!?」

 

 二人の男が、一斉に身を引き、後方へと跳ねる。

 茶髪の男の腕を放すとその場から過ぎに後退した。

 足が勝手に逃げたのだ。視界に映るのは微動だにしない男。

 だが、背筋に鋭利な氷刃を突き立てられたような──殺気。

 

「ッ、ハァ、ハァ……っ! なんだよ今の……ヤラれるかと思った……」

 

「っつーか、足が……震えてんだけど……俺……」

 

「はぁ、っ、はぁ、はぁ、……ふざけんなよ……」

 

 心臓の音が耳の内側で響く。呼吸すら浅くなる。汗が冷や汗に変わる。

 

「これ以上、関わるつもりなら──容赦はしない」

 

 低く、静かに誠司は告げた。

 

 

 

 騒動を目にしていた周囲のハンターたちが、ざわつきを抑えるように視線を交わしていた。

 基本的に、ダンジョン内でのトラブルは自己責任──それが、この世界の常識だ。

 

 だが、例外もある。

 

 腕章をつけた《ダンジョン協会職員》のハンターによる“現行確認”は、明確な証拠とされる。

 ここはA級以上の大型ダンジョン──その1階のエントリーポイント。

 数多の挑戦者が行き交い、緊急帰還者や搬送者の応急処置、通信支援を行う重要地点である。

 

 この場の協会職員たちは、かつての実力者や負傷引退者を中心に、人格と信頼を重視して選抜されていた。

 たとえ最前線に立たずとも、彼らの言葉は“判断材料”として十分な力を持つ。

 

「おい、そこの三人。何をしている」

 

 鋭い声が響いた。

 協会の腕章をつけた中年の男が、素早い足取りでチャラ男たちに詰め寄っていく。

 

「ちっ……」

 

「おい、逃げるぞ」

 

「てめぇ、あとで覚えてろよ……っ」

 

 捨て台詞を吐き、三人組はワープゲートの方へと足早に姿を消した。

 背中を見せて逃げていく姿は、先ほどの態度と見事なまでに釣り合っていない。

 

「おい、貴様ら! ……って、ああ、相馬さんか」

 

 威圧的だった協会職員の表情が、誠司の顔を確認した瞬間、緩んだ。

 

「よ、現場の混乱、悪いな。ちょっと絡まれちまった」

 

 誠司が肩をすくめるように言うと、背後でいろはがそっと、だが強く左手を握ってきた。

 その細く冷たい指先に、まだ残る微かな震えを感じて、誠司は少しだけ表情を和らげる。

 

「はぁ……あの三人な。昔はまともだったんだがな。Bランクに上がってからっていうか、元々なのか……最近、急に素行が悪くなってな」

 

 職員が溜め息をつきながら話す。

 

「そこそこ腕はいいんだ。D級やE級の女の子に声をかける程度なら、

 協会としても警告止まりにしかできなくてな……」

 

「……この渋谷ダンジョンのなかで顔を知られているということは、

 実力は確かにるが、実害がないから、降格もしにくいと」

 

 誠司は少し苦笑しながら応じる。

 

「そういうことだ。現行でやらかせば別だが、そこまでは……な」

 

「面倒だな」

 

 ぽつりと呟いた誠司に、職員は肩をすくめた。

 

「だが、今みたいな対応なら文句は出ない。手は出していないようだしな

 ……流石だよ、相馬さん」

 

「ありがとよ。いろはに手を出そうとしなければ、もう少し穏便に済ませたんだけどな」

 

 そう言って誠司は、彼の左手をまだ離そうとしないいろはを、ちらと見下ろす。

 

 顔は伏せられたままだが、指先が微かに揺れていた。小さな震えが、彼女の内側で渦巻く感情をそっと語っているようだった。

 

 

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