魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵―― 作:藍紫
──光莉のCMが流れていた。
だが、それに触れようとは思わなかった。
いろはの心が、まだそれに耐えられるとは思えなかったからだ。
だから、あえて何も言わず、ただ声をかける。
「……行くぞ」
その問いに、彼女は顔を上げて、小さく返した。
「……はい、誠司様」
いろはの声は、少しだけ揺れていたが、それでもちゃんとこちらを見ていた。
ダンジョンの入り口──重厚な金属製ゲートの前。
二人はカードを提示し、カシャンという電子音と共にロックが外れる。
扉がゆっくりと開くと、そこには──かつて駅だったであろう構造を残した、
広く、冷たい無機質の空間が広がっていた。
数十名はいるだろうハンターたちが、荷物の最終確認に追われている。
彼らもまた、これからダンジョンに挑むつもりらしい。
「……40層まではワープゲートで一気に移動する。荷物に不備はないか?」
いろはに問いかけながら、自分も装備と荷物を再確認する。
『水鉄砲』よし、『腕時計』よし、『腕輪』よし、『ホルスターバック』よし。
『バックパック』と、ついでにCランク相当の普通の長剣もよし。
誠司の確認が終わるとすぐにいろはが声をかけてくる。
「はい……問題ありません、誠司様」
いろはは左手を見せた。
そこには、彼女専用の防御魔法具【ソウルガーディリア】が装着されている。
肩には少し大きめのショルダーバッグ。
そして、彼女の右手には──ぬいぐるみのような何か。名を【モルヴ=ミュー】。
首と胴のつなぎ目を無造作に掴み、ぶら下げるように持ち歩いている。
それはもう、“手荷物”というより、“雑品”のような扱いで──
正直、ちょっと可哀そうだ。
「……いろは。細かいことかもしれないがな、そのモルヴの持ち方
……女の子らしくないというか。せめて、抱いてやれ、一応、ぬいぐるみの扱いだし。
あと、そのままだとモルヴも動けんだろ」
冗談めかしてそう告げると、いろはの手の中で、モルヴ=ミューがコクン、と頭を縦に振った。
「…………はい」
返事はしたものの、その声は少し間延びしていた。
まるで、「どうでもいい」と思っていたことを指摘されて、返答に困ったかのように。
そして、いろはは、少しだけ不器用な手つきでモルヴを持ち替える。
ぎこちなく、ぬいぐるみを胸に抱き直した姿は──なんだか、少しだけ愛情が芽生えたようにも見えた。
……しかし、彼女の中で、モルヴはあくまで「武器」のひとつ。
実際のところは感情の対象として扱っていないことは、明らかだった。
……まあ、それでも。
(おざなりだった手付きが、少しはマシになったか)
そう思って、誠司はモルヴの表情を盗み見た。
ぬいぐるみの青い目が、どこかキラリと光った──気がした。
いろはがモルヴを抱えなおしたのを確認して、誠司も最後の荷物チェックを終える。
周囲のざわめきと視線。中にはあまり気分のよくない目線もあったが、今は気にするつもり
もなかった。
「よし、準備万端だな。じゃあ──行くか」
「はい」
いろはは小さく頷きながら、そっと誠司の左手を握ってきた。
ここ1階はまだモンスターの出現しない階層──だから、誠司も何も言わず、
そのまま手を繋いでやる。
二人は中央に並ぶ15基あるワープゲートを避け、先日、使用した3基のサブゲートへと向かう。
だが、その途中──
(……また、来たか)
先ほども感じた、嫌な視線が近づいてくる。
誠司はわずかに身構える。
歩を進めると、案の定──
「はぁ、なぁ、兄さんがた。ちょっと悪いけど、道あけてもらえるか?」
茶髪と金髪を混ぜたようなチャラ男三人組が、目の前に立ちふさがってきた。
軽薄な笑みを浮かべながらも、その目は獲物を値踏みするような光を宿している。
──やはり、協会三階で見かけた奴らか。
「ナァナァ、そこのピンクの可愛い嬢ちゃん。そんな冴えない男より、オレたちのほうがダンジョンの歩き方、イチから教えてやれるゼ?」
日焼けした茶髪の男が歯を光らせながら、いろはの前に回り込む。
「そーそー、俺たち超親切系男子だし? 可愛い子はチームに入れてあげたい性分なんだよね~」
金髪ロン毛がニヤけた顔で舌を出す。
「っていうかさ、お嬢ちゃん。そんな陰キャと一緒でいいの? 俺ら、けっこう有名なんだぜ?」
チャラ顔の茶髪が軽い調子で笑いながら、いろはの肩へと手を伸ばそうとした──
その瞬間、いろはは誠司の左手をぎゅっと握り、ぴたりと彼の背後に隠れた。
「……すまないが、俺たちは二人で潜る。誘いには乗れない」
誠司が静かに告げると、三人の表情が一斉に曇った。
「ハァ? なにカッコつけてんノ、オッサン?」
「ダンジョンで女守れる自信あんの? ひとりで逝かせたくねぇなら、譲ってくれてもよくね?」
「なあ、空気読めよ? チーム構成ってのは、ほら……“さいかいてき”があるんだよ。
“最解適”がな」
(……“最適解”と言いたかったんだろうな)
誠司は内心でだけツッコミを入れつつ、口元にわずかな笑みを浮かべた。
言葉は返さず、やんわりと身を引こうとした──その瞬間だった。
茶髪の男が舌打ちしながら顔を歪めた。
左手首は誠司に掴まれたまま──振りほどこうと、抵抗するも腕は動かない。
「……クソが。舐めてんじゃねぇぞ、テメェ……!」
空いている右手が、腰の柄へと伸びる。
鞘ごと微かに動いた刀に、指が絡み、ギリリと力がこもる。
「はぁ、しかたがない」
誠司がため息を付いた。その瞬間──
「……っ!?」
二人の男が、一斉に身を引き、後方へと跳ねる。
茶髪の男の腕を放すとその場から過ぎに後退した。
足が勝手に逃げたのだ。視界に映るのは微動だにしない男。
だが、背筋に鋭利な氷刃を突き立てられたような──殺気。
「ッ、ハァ、ハァ……っ! なんだよ今の……ヤラれるかと思った……」
「っつーか、足が……震えてんだけど……俺……」
「はぁ、っ、はぁ、はぁ、……ふざけんなよ……」
心臓の音が耳の内側で響く。呼吸すら浅くなる。汗が冷や汗に変わる。
「これ以上、関わるつもりなら──容赦はしない」
低く、静かに誠司は告げた。
騒動を目にしていた周囲のハンターたちが、ざわつきを抑えるように視線を交わしていた。
基本的に、ダンジョン内でのトラブルは自己責任──それが、この世界の常識だ。
だが、例外もある。
腕章をつけた《ダンジョン協会職員》のハンターによる“現行確認”は、明確な証拠とされる。
ここはA級以上の大型ダンジョン──その1階のエントリーポイント。
数多の挑戦者が行き交い、緊急帰還者や搬送者の応急処置、通信支援を行う重要地点である。
この場の協会職員たちは、かつての実力者や負傷引退者を中心に、人格と信頼を重視して選抜されていた。
たとえ最前線に立たずとも、彼らの言葉は“判断材料”として十分な力を持つ。
「おい、そこの三人。何をしている」
鋭い声が響いた。
協会の腕章をつけた中年の男が、素早い足取りでチャラ男たちに詰め寄っていく。
「ちっ……」
「おい、逃げるぞ」
「てめぇ、あとで覚えてろよ……っ」
捨て台詞を吐き、三人組はワープゲートの方へと足早に姿を消した。
背中を見せて逃げていく姿は、先ほどの態度と見事なまでに釣り合っていない。
「おい、貴様ら! ……って、ああ、相馬さんか」
威圧的だった協会職員の表情が、誠司の顔を確認した瞬間、緩んだ。
「よ、現場の混乱、悪いな。ちょっと絡まれちまった」
誠司が肩をすくめるように言うと、背後でいろはがそっと、だが強く左手を握ってきた。
その細く冷たい指先に、まだ残る微かな震えを感じて、誠司は少しだけ表情を和らげる。
「はぁ……あの三人な。昔はまともだったんだがな。Bランクに上がってからっていうか、元々なのか……最近、急に素行が悪くなってな」
職員が溜め息をつきながら話す。
「そこそこ腕はいいんだ。D級やE級の女の子に声をかける程度なら、
協会としても警告止まりにしかできなくてな……」
「……この渋谷ダンジョンのなかで顔を知られているということは、
実力は確かにるが、実害がないから、降格もしにくいと」
誠司は少し苦笑しながら応じる。
「そういうことだ。現行でやらかせば別だが、そこまでは……な」
「面倒だな」
ぽつりと呟いた誠司に、職員は肩をすくめた。
「だが、今みたいな対応なら文句は出ない。手は出していないようだしな
……流石だよ、相馬さん」
「ありがとよ。いろはに手を出そうとしなければ、もう少し穏便に済ませたんだけどな」
そう言って誠司は、彼の左手をまだ離そうとしないいろはを、ちらと見下ろす。
顔は伏せられたままだが、指先が微かに揺れていた。小さな震えが、彼女の内側で渦巻く感情をそっと語っているようだった。