魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-22 いろはとダンジョン探索1

 いろはと共に、三基あるサブゲートのうち一つに足を踏み入れる。

 

 誠司は無言で正面の壁へと進み、手のひらを静かに触れさせた。

すると、壁面に青白い光の数字が浮かび上がる。そこから『40』の数字を選び、指先で押し込む。

 

 ゲートの扉が閉まり、正面の壁がふわりと青く染まった。

 

 ──そして、次の瞬間には。

 

 開かれた扉の向こうに、見慣れた景色が広がっていた。

 ダンジョン40層、小ボス戦を終えた後の転送部屋。その無機質な静けさが、二人を迎え入れる。

 

「さて、いろは。三月にここまで来たときに40層の小ボスは倒している。

 今日からは──本格的な訓練開始だ」

 

 誠司は振り返り、いろはの視線をまっすぐに受け止めた。

 

「Cランクハンターの上位が活動するこの40層クラスで、

 いろはの特殊スキルの制御訓練とダンジョン攻略訓練を同時に行う。……準備はいいか?」

 

「はい……誠司様」

 

 抑揚のない、いつもの声。

 

 さっきまでの騒動がなかったかのような静けさ──だが、それが誠司にとっては、

なによりも救いだった。

 

「……うん、いつも通りだな」

 

 少しだけ笑って、誠司は言葉を続ける。

 

「何度も言ってるが、ダンジョン内で“いつもと違う”心境で動くのは危険だ。

 焦りも慢心も判断力を鈍らせる。冷静すぎても駄目だ。意識すべきは、

 “平常”を保つこと……いいな?」

 

「……はい、誠司様」

 

 誠司は頷くと、肩越しにひとつ指示を投げる。

 

「よし、モルヴが動けるようにしておけ」

 

 その言葉を受けて、いろはは両手で抱いていた黒いぬいぐるみのようなものを無造作に放った。

 

 まるでゴミでも捨てるかのように。

 

 ──が、落ちる前に。

 

【モルヴ=ミュー】は空中で軽やかに一回転し、ふわりと着地した。

 

 ぬいぐるみとは思えぬ精妙な動作で姿勢を正し、いろはをじっと見上げる。

表情のないその顔から、それでもなぜか“抗議”めいた雰囲気が伝わってくる。

 

 いろはも無言でそれを見返している。

 

 静かで、冷たい視線のぶつかり合い。

 

 そして──

 

 モルヴは頭をぺこりと下げ、踵を返すと、すぐ近くにある41階への降下階段の方

へと向きを変えた。

 

「……準備できました、誠司様」

 

 いろはは何事もなかったかのように告げる。

 

 その様子を見て、誠司は思わず小さくため息をついた。

 

「ま、いいか。OK、じゃあ──行こう」

 

 そう言って歩き出すと、いろはもその背中を静かに追う。

 

 三人──いや、二人と一体は、無言のまま、41階層への階段へと向かっていく。

 

 

 しかし、30㎝程度の大きさしかないモルヴの歩幅は遅く、

結局、また、いろはに軽く抱きかかえらて持ち運ばれた。

 

 

 

§  §  §

 

 

 

 階段を下りて41層にたどり着く。

 

 ダンジョン──と一口に言っても、その構造や構成は場所によってまるで異なる。

 

 とくにこの『渋谷大深層』の第四十一層以降は、いろはの特訓場所としては最適で──同時に、危険すぎる領域でもある。

 

 誠司は視界を巡らせながら、そっと息を吐いた。

 

 この階層から七十四層までの空間は、古いハンターたちの言葉を借りるなら、「1990年代以前の渋谷を模した街並み」だという。

 

 広さは半径一キロほど。だがそこに広がっているのは、地上の再現とは似て非なる、“深層ならではの異空間”。

 

 空はなく、天井も見えない。けれども完全な闇ではない。夕暮れのような、いや、日が沈みかけた直後のような──ぼんやりとした薄暗さが、常にあたりを覆っていた。

 

 そして。

 

 この第四十一層から第四十五層までは、“ホラー系”と分類されるゾーンだ。

 

 空間の街並みそのものは静かで、人影ひとつ見えない。

 

 だが、そこには「人面犬」や「口裂け女」といった、都市伝説を模したようなモンスターが徘徊している。

 

 ──どこから、なぜ、こんなものが生まれたのか。

 

 真相はまだ誰にもわからない。だがこのゾーンに現れるモンスターたちは、物理よりも魔力、そして精神に干渉してくる存在が多い。

 

 ゆえに、いろはの《特殊スキル制御訓練》にはうってつけというわけだった。

 

「……いろは。この40層のモンスター傾向について、答えられるか?」

 

 横を歩く少女に、誠司は問いかけた。

 

 すぐに返ってきたのは、抑揚のない、けれど迷いのない声だった。

 

「はい、誠司様。……この階層では、“人面犬”、“口裂け女”といった都市伝説系のモンスターが

出現します。どちらも物理攻撃主体ですので、対処は可能です」

 

 少し間を置いて、いろはは続ける。

 

「……ただし、ごく稀に“くねくね”の類の精神攻撃特化型が出現するため

 ──この系統は、……私のスキルに対しての天敵……かと思われます」

 

「だな」

 

 誠司は頷いた。

 

「正直、“人面犬”も“口裂け女”も、モルヴで十分すぎる相手だ。ただ、油断は禁物だ。奴らはたまに数で来る。見た目が全部同じってのも、地味に気持ち悪いからな。くねくねについては、遭遇したら、まずはいろは自身で対処してみろ。無理ならすぐに言え、俺が処理する」

 

 ふと、少し真面目な口調になって言う。

 

「あと……この階層以降では、俺の指示で単独行動させることもある。だが、それ以外では──勝手に離れるなよ。この階層、ソロは狙われやすい」

 

 すると。

 

 いろはは無言のまま、すっと誠司の袖をつかんだ。

 そして、口元だけをほんの少し動かし、ぽつりと呟く。

 

「……誠司様と、ずっと一緒」

 

 その声は、感情の起伏のなく、抑揚の無い声色だった。

 

 だがその実、どこか甘えるような湿度を帯びていた。

 

「……はぁ」

 

 誠司は内心でため息をつく。

 

「この階層は“訓練”が目的だ。制御ができなきゃ意味がない。“ずっと一緒”ってわけにはいかないぞ。俺がいない時でも使えるようにならないと──」

 

 言いかけたところで、彼の耳に、かすかな呟きが届いた。

 

「……誠司様は、『ずっと一緒』って……言ったのに」

 

「……ん? 今、なんか言ったか?」

 

「……いいえ」

 

 否定の言葉。いろはが誠司に“拒否”を返すのは、実に珍しい。

 

 不思議に思ってもう一度口を開きかけたその時だった。

 

 右手側、ビルの谷間の奥から、わずかな“気配”を感じた。

 

「……長く留まりすぎたな。動くぞ」

 

 誠司は視線を右手の路地裏へと向けた。

 

「この階層では、いろはが主体だ。探索と戦闘、基本はお前がやれ。俺は──直接お前が狙われたときにのみ、お前を守るために動く。それ以外は、モルヴ達を使って対応しろ」

 

「……私を、守る」

 

 表情は変わらない。けれども、その声のトーンがどこか嬉しげに聞こえた。

 

 ──そう、誰よりも、彼女はそれを望んでいた。

 

「ほら、油断するな。気づいてるだろう? 右の路地にいるぞ」

 

「……はい、誠司様」

 

 いろはが応じると同時に、暗がりの奥から、ぬるりと現れた影が一体。

 

 昭和の路地裏──ゴミの散乱するビルとビルの間から現れたそれは、犬のような四足歩行……だが、顔は人間の“それ”。

 

 ──モンスター《人面犬》。

 

 その特徴は二種に大別される。

 一つは、自分の縄張りに入った者を爪や牙で襲う“守備型”。

 もう一つは、時速100キロの突進を仕掛けてくる“高速型”。

 

 さらに稀に、自身の顔を、見た者の“もっとも嫌悪する顔”に変化させ、精神攻撃を仕掛けてくる個体も存在する。

 

 ──40層ともなれば油断すれば、やられる。

 

 だが、いろはにとっては……この程度の“恐怖”など……

 

 その瞳は、すでに戦闘の光を帯びていた。

 

 

 

§  §  §

 

 

 

「モルヴ、展開」

 

 いろはが淡々と命じると、腕に抱えていた黒猫のぬいぐるみ──【モルヴ=ミュー】がぽんっと放り出される。

 

 ぬいぐるみはまた、空中でふわりと宙返りしながら、四肢を開いた。

 

 ぬいぐるみの左目──青く澄んだ涙型の瞳が淡く発光した瞬間、変化は始まった。

 

「──戦闘モード:起動」

 

 関節部が割れ、背中から黒い触手がのたうつように伸びる。ぬいぐるみの手は機械仕掛けの鋭い鉤爪へと変わり、獣型とは思えぬ重心の低い構えを取り《人面犬》へと走る。

 

 目の前の《人面犬》が、地を蹴る。

 

「はい……はい……っ、ぎゃハハ!」

 

 獲物を見つけたとばかりに、狂った笑いを上げながら突進してくる。

爪を振りかざし、牙を剥き──

 

 しかし。

 

「モルヴ、右後脚。第一肢で払って」

 

 いろはの命令が届いたその瞬間、モルヴの一本の触手が鋭く振るわれた。

 

 鋭角にねじれた鞭のような一撃が、《人面犬》の右後脚を打ち砕く。

 

「ッぎゃんッ──!」

 

 バランスを崩し、犬の体が路面を滑る。

 

 その隙にモルヴが跳躍。手の鉤爪が交差し、X字を描いて敵の首筋を裂いた。

 

 ぬいぐるみとは思えぬ鋭さ。獣の悲鳴が、夕暮れのような空間に溶けた。

 

「……排除完了」

 

 いろはの表情に変化はない。だが、ほんの少しだけ、唇の端が持ち上がっていた──

 

 まるで、自分の“武器”を褒めるように。

 

 

 

 

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