魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-23 いろはとダンジョン探索2

 

 戦闘は、わずか十秒と掛からなかった。

 モルヴ=ミューの鉤爪が《人面犬》の首筋を切り裂いた瞬間、戦いは終わっていた。

 倒れた獣の死骸が消滅するのを見届けてから、誠司は静かに息を吐く。

 

 その視線は、いろはの背中へと向けられていた。

 

 少女は表情を変えず、淡々とモルヴを回収していた。ぬいぐるみ形状に戻ったそれを、ひょいと胸元へ抱き、何もなかったかのように振り返る。

 

 ──強い。だが、同時に危うい。

 

 誠司は心の奥でそう呟く。

 

 いろはの特殊スキル《空想具現魔法》は、非常に強力だ。本人の感情やイメージから、存在しないはずの“物質”を具現化する異能。フィクションすら現実に変える力。制限なき創造。

 

 そして──《モルヴ=ミュー》も、その“空想具現物”の一つである。

 

 いろはを保護した当初、彼女が大切そうに抱えていた一冊の本。そこに載っていたフィクションの黒猫から、イメージを膨らませて具現したのが、この黒いぬいぐるみだった。

 

 最初はただの“形”に過ぎなかったものが、いろはの中で何度も補強され、強化され、やがては戦闘用の支援兵装として完成された。

 

 その結果──今のモルヴは、基礎能力こそBランク級だが、いろはが魔力を注ぎ込めばAランクハンターとも互角以上に渡り合える、完成度の高い“固定型空想具現”となった。

 

 だが、その強さの裏には、あまりにも大きなリスクが存在している。

 

 空想具現物は、術者自身の魔力だけではなく──この“ダンジョン発生以降の世界”に存在する魔力までも吸収して成り立っている。

 

 つまり、現代において具現された創造物は、その“空想”が強ければ強いほど、圧倒的な魔力密度を持つ。

 

 小さなモルヴ一体でさえ、Aランク級の魔力量を秘めているのは、そのためだ。

 

(……空想の“反転”。制御不能時の《空想爆発》。過去には二回、爆発を確認。幸い十数メートルが消滅しただけで済んだが……)

 

 もし、モルヴ以外の“固定されていない具現物”が暴走したらどうなるか。

 もし、いろはの精神が崩れかけたその瞬間に、未確定の空想が具現されたら──。

 

(……そのときは、俺が殺すしかない)

 

 誠司の手が、無意識に腰の柄へと触れていた。

 

 それでも、すぐに指を離す。そんな事態を、起こさせてはならない。

 そう強く思いながら、ふと視線を戻す。

 

 ……いろはが、こちらを見ていた。

 

 その瞳には、何の色もない。ただ、じっと──まるで、確認するように誠司を見つめていた。

 お互い、何も言葉を交わさない時間が流れる。

 

 静かだが、張りつめた一瞬。

 

 その空気を破ったのは、誠司の方だった。

 

「……あぁ、40層でもモルヴの戦闘能力は問題なさそうだな。いろは、精神の摩耗はどうだ?」

 

「……あの程度のなら、問題ありません。複数体や他のモンスターとの交戦で、調整を行っていきます」

 

 その声には、確かに自信があった。だが、誠司はわずかに目を細める。

 “問題ありません”という言葉を、彼女はこれまで幾度となく使ってきた。

 その裏に、何があるのか。いまの彼には、完全には読めない。

 

「……分かった。まずはこの階層で、40層クラスのモンスターの強さを身体に叩き込め。制御は“慣れ”も必要だ」

 

「……はい、誠司様」

 

 いろはの返事は、変わらず抑揚がなかった。

 

 だが──その手に抱かれたモルヴの青い瞳が、ふっと光を灯したように見えたのは、誠司の気のせいだったのだろうか。

 

 

 

§  §  §

 

 

 

 誠司の腕時計は、18時を指していた。

 

 だが、ダンジョン内の明るさは、変わらない。常に曖昧で、常に薄暗い──夕暮れと夜の狭間のような、渋谷大深層・第四十一層の空。

 

 誠司は目元にかかる眼鏡を押し上げ、周囲を一度見回す。ちらりと、すれ違うハンターの4人チームがこちらを窺っていたが、すぐに興味を失ったように歩き去っていった。

 

 いろはは、無言のままタブレットを操作しながら歩を進めている。

 足取りは軽い。華奢な体つきに似合わず、探索行動における持久性は高い方だった。

 

 数時間前の《人面犬》、その後に現れた《口裂け女》や複数に《人面犬》──

 すべて、モルヴの一撃で片が付いていた。

 

 戦闘回数はそこそこにあったが、いろはは消耗の色すら見せない。彼女自身は《空想具現魔法》の不安定さを抱えていながらも、基礎的な魔力制御には優れている。

 

 それが、彼女の“異物性”を、なおさら際立たせていた。

 

「……いろは。今日の探索はここまでにする。これから休息地点への移動と、安全地帯の確保を行うぞ」

 

「……はい。誠司様」

 

 いろははタブレットを切り替え、静かに頷いた。

 

 本来であれば、第四十二層へ進み、探索しても良かった。だが、付近で比較的安全に休息を取れる地点は、四十一層の旧渋谷交番跡地か、四十四層の商業施設跡、そして最奥に近い四十五層の階段付近のみ。

 

 初日である今日は、無理は禁物だ。

 

 誠司といろはは、四十一層の休息ポイントである“旧渋谷交番跡地”へ向かう。

 

 だが──

 

(……気配)

 

「いろは! 後方!!」

 

 叫ぶよりも先に、誠司は体を回転させ、右足を引いて後方を睨んだ。

 

 不意に現れた影。

 

 ぬるりと地を這うように、しかし四足で走るその怪物は──《人面犬》。

 

 ──それは地を滑るように、一直線にこちらへ突っ込んでくる異形の獣。

 

 黒光りする獣毛。四足歩行の巨体。だが、顔だけが──人間だった。

 

《人面犬》。その中でも、危険とされるタイプ──突進型。

 

 一直線に襲撃し、人の横をすれすれで通過しながら急停止、顔だけを反転させ──そのまま、巨大な口で喉を噛みちぎる異常な捕食スタイル。

 

 誠司はその動きに、見覚えがある。

 

 だから、対処も──いつも通りのはずだった。

 

 だが。

 

「……えっ、あさ……ひな……?」

 

 顔が、違っていた。

 

 その《人面犬》の顔は──誠司の、かつての友人。

 陽気で、自分たちの隣で笑っていた人間の顔。

 

 その顔が、いま。

 

 歪んだ表情で。無理やり引き裂いた口から、ぶくぶくと黒い泡を噴き、牙のようなものをむき出しにしながら──誠司の首筋を狙って迫っていた。

 

「モルヴ、迎撃!」

 

 いろはが即座に命じる。モルヴは鉤爪を閃かせ、犬型モンスターの肩を切り裂こうとした。

 

 だが、それよりも早く。

 

 誠司は、腰から引き抜いた銀の魔法具──Bランクの水属性銃型魔法具、『水鉄砲』を構えた。

 冷たい光が、銃口から放たれる。

 

 撃ち出された水流は、単なる水ではない。魔力を圧縮し、一点集中させた浸透波だ。

 それが、“友の顔”をした《人面犬》の口内へ吸い込まれるように飛び込んだ。

 

 次の瞬間。

 

 顔面が、弾けた。

 犬型の身体がのけぞり、ぐしゃりと音を立てて倒れ、黒い霧となって空気に溶けていった。

 

 ……静寂。

 

 誠司は、構えたまま動かない。

 その顔に、驚きも、怒りも、悲しみも、なかった。

 

 ただ──無。

 

 空虚なまま、銃を下ろす。

 

「誠司様……」

 

 いろはの声は、柔らかくもなければ、冷たくもなかった。ただ、そこにあった。

 彼女は、じっと見つめていた。

 人面犬を撃った誠司を──ではなく、“撃った後に、何も感じなかった”誠司を。

 

 その手は、どこか──震えていた。

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 ──赤い。

 

 世界が、赤に染まっていた。

 

 炎。爆ぜる音。焦げる匂い。

 

 多くの黒い塊たち、鉄と血と、焼けた肉の匂いが、喉の奥をえぐる。

 

「****……」

 

 俺の声は、震えていた。

 

 視界の奥、黒い影が揺れている。

 

 そこにいたのは、誠司たちの友である男だった。

 

 ──だが、その姿は、もう“人”ではなかった。

 

 全身が、真っ黒に焦げていた。

 

 皮膚は剥がれ、筋肉は焼け爛れ、骨の白ささえ煤で覆われていた。

 

 それでも、彼は自身の魔法具を杖にして立っていた。

 

 炎の中で、両足もボロボロでさえ──、なおも。

 

「せ……いじ……」

 

 微かに、声が聞こえた。

 

 耳を疑うほど、かすれた声だった。

 

 燃え尽きた喉から、なおも絞り出された声。

 

「……こ……こは……もう……だめだ」

 

 その言葉が、俺の心を突き刺した。

 

「****──逃げ──」

 

「行けぇぇぇっ……!」

 

 叫びと同時に、彼の胸が光った。

 

 ──光が、爆発する。

 

「っ……!」

 

 轟音。

 

 炎がさらに吹き上がり、黒い影が光の中に溶けていく。

 

 その瞬間、彼の口元が、微かに笑った気がした。

 

「……悪……いな……お前……で……死なせ……ら……」

 

 その声を最後に、世界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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