魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-24 いろはとダンジョン探索3

 

 ──パチン。

 

 小さな音がして、誠司は飛び起きた。

 

「っ! ……はぁ……はぁ、はぁ」

 

 胸の奥が、燃えるように熱く、冷たい。

 額を汗が流れ落ちる。隣には小さな温もり。

 ──いろはが、両手で誠司の腕をつかみ、不安そうに見ていた。

 

「誠司様……?」

 

 その声は優しかったが、今の誠司には──届かない。

 あの光景が、瞼の裏に焼き付き、離れなかった。

 

 ──守れなかった。

 

 いろはの温もりが隣にあっても、心はあの炎の中にいた。

 

「……すまない、朝比奈」

 

 それは、独り言だった。

 

 

 

 昨夜はダンジョン内で安全地帯を生成する魔法具《セーフティーオーブ》を複数展開しての

野営。先にいろはを休ませ、深夜の3時に起こして交代して睡眠をとっていた。

 

 いろはに加えてモルヴが警戒しているとはいえ、ここは“ダンジョン内”だ。

 本来ここまで気を緩めるのはあり得ない。

 しかし、昨日の最後に討伐した人面犬、──その顔が俺には致命的だった。

 

(……いろはには平常心でいろとか言ってた俺が、この程度で……)

 

 誠司の脳裏に“あの光景”がまたよみがえる。

 血と肉の焦げる匂い、爆ぜる魔力の残響。

 英雄の最後──日本最強の炎使い、朝比奈 燎。

 百層ボス・獄炎龍の炎にも耐え抜いた男。

 

 皆が信じていた。だが、それでも。

 “あの化け物”には通じなかった。

 焼け爛れた肌。骨が露出し、杖代わりの魔法具に支えられて立っていた姿。

 仲間を逃がすため、“最後のスキル”を使い、英雄として散った。

 

(……人面犬のせいか、気が緩みすぎた)

 

 あの時と同じ過ちを、また繰り返そうとしていた。

 そう思って顔を上げると、いろはが黙って袖を握っていた。

 

「……いろは。驚かせて済まない。もう、大丈夫だよ」

 

 穏やかな声に、いろはは誠司の頬へ手を添え、静かに──決然と告げる。

 

「誠司様には……わたしがいます。……わたしには……誠司様がいます」

 

 その言葉は、夜の静けさよりも深く、誠司の胸に響いた。

 

(……そうだな)

 

 この子にとって、俺は“すべて”なのかもしれない。

 依存であっても、それが彼女の支柱なら。

 ならばせめて、自分の足で笑って歩けるようになるまで──

 

 ……いや、それすら叶わないかもしれない。

 期限が来るのは、俺か、いろはか。

 それでも、今は。

 

(……自分より、いろはを優先すべきなんだ。だけど──)

 

 胸に交錯する二つの想い。

 いろはを“普通”に戻すこと。

 

 そして、あの過去に──決着をつけること。

 逃げてはいけない。けれど、今だけは。

 

 

 

 時計を確認する。5時37分。眠ったのは約2時間半。しかし、眠気はなくなった。

 

「……いろは、俺は目が覚めた。交代しよう。……2時間ぐらい、仮眠しておけ」

 

 そう告げると、いろはは小さく頷き──誠司の体に背を預け、目を閉じる。

 

「おい、いろは。寝づらい体勢だろ。ちゃんと寝袋で寝ろ」

 

 誠司の言葉に、いろははほんのわずかに微笑んで囁く。

 

「……ここが、いい。落ち着くんです」

 

 その言葉に、誠司はひとつため息を吐いて、苦笑した。

 

「……仕方がない。驚かせてしまったんだから、諦めるか」

 

 そうして彼女の小さな背を支える。

 

 ──短くても、束の間でも、今だけは。

 

 この静寂と温もりを、抱きしめておこう。

 

 

§  §  §

 

 

 

 二日目、午前六時過ぎ。

 

 いろはが二時間の仮眠から目を覚ました頃、誠司は拡張収納バッグから朝食を取り出し、すでに温められたそれを二人分に分けていた。

 

 野外用魔法保温器で軽く蒸気を通した料理は、昨晩のうちに自宅で仕込んでおいた手作りのものだ。米は柔らかめ、味噌汁は塩分控えめ、どちらもいろはの好みに合わせた構成だった。

 

 朝食を終えると、誠司は金属マグに注がれた緑茶を口にしながら、今日の行動計画を告げる。

 

「今日と明日はいろはのペースで進んでいい。探索範囲は自由だ。ただし、下層の階段を見つけても、四十五層には踏み込まないように。その場合は四十四層の安全地帯で一夜を明かす。そこまでは行けそうなら進んで構わない」

 

 いろはは、手の中のカップをそっと置くと、小さく頷いた。

 

「……はい、誠司様」

 

 声に抑揚はなかったが、その瞳にはわずかな期待の色が宿っていた。モルヴもぴくりと耳を動かし、うん、と首を縦に振る。

 

「ただし、これは君の訓練でもある。本当に危険な場合を除き、援護はCランク相当の範囲内で行う。自衛を徹底すること」

 

「……はい、誠司様」

 

 先ほどとは対照的に、今度の頷きにはわずかな陰りが見えた。

 そしてモルヴまでもが、しょんぼりと肩を落とすような仕草を見せる。

 

 誠司は苦笑しながら、指で額をこすった。

 

「はぁ……でも逆に言えば、本当に危ないときは俺が守る。そこは信じていい」

 

「! はい……誠司様」

 

 たった一言で、いろはの反応が変わる。声は変わらないのに、どこか嬉しそうな“雰囲気”が空気に溶け込む。

 

(……いや、そこ喜ぶところじゃないんだけどな)

 

 心の中で肩をすくめながらも、誠司はその変化を少しだけ喜ばしく感じていた。

 ふと横を見ると、モルヴが一度だけ、こくりと首を縦に振っていた。

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

「アタシ、チョベリグ?」

 

 甲高い声とともに、突如現れたのは──化粧崩れ気味のコギャル。

 いや、厳密にはその姿をしたモンスター。《口裂け女》。

 髪をくくったルーズソックスのような脚、盛られすぎたチーク、そして異様に口の裂けた笑顔。

 

「……悪いが、ギャルには興味なくてね」

 

 誠司は剣を構えたままぼそりと呟き、その口の中に飛び込んでくる白い牙と刃をぶつけた。

 キィン、と金属の火花が散る。と、同時に。

 

「ウチのマンバ盛れヤバすぎ!?」

 

 もう一体、今度はヤマンバギャル風の口裂け女が、盛りまくった金髪を揺らして突進してきた。

 突っ込みどころしかない。が、考えている暇はない。

 

「文化適合型モンスター、ね……。時代考証がめちゃくちゃすぎる」

 

 誠司は剣を振るう一方、突進してきた“マンバ”の腹に、容赦なく前蹴りを叩き込んだ。

 

「マジで何言ってんのかわかんねーんだよ! 話せるなら普通に日本語喋れ!」

 

 乾いた音とともに、モンスターが二メートルほど吹き飛び、地面を転がる。

 

「いろは!」

 

「……はい。──『ホロウ・ブランク』」

 

 いろはが静かに言葉を紡ぐと、彼女の右手に白亜の空洞が走った。

 

 その力が“マンバ口裂け女”の腹部に突き刺さる。ぐにゃりと歪んだその身体は、空間ごと真っ二つに断ち切られ、消滅した。

 

 同時に、誠司がコギャル風を押し返しながら叫ぶ。

 

「次、モルヴ!」

 

 モンスターは「ウチのネイル、マジヤバくない!?」などと意味不明な奇声を上げながら、再び牙のような爪をむいて誠司を裂こうとしてくる。

 

 だが、それを迎え撃つように──誠司の剣が連続で振るわれた。

 

 口裂け女は斜め上からの一閃で右肩を裂き、返す刃で腹部を浅く斬る。さらに短く踏み込み、三撃目で太腿に深い一撃を叩き込む。3連撃により口裂け女が後ろにひるんだ。

 

「モルブ!」

 

 誠司が叫ぶと、分かっていたとばかりに、黒い影が跳びかかる。

 

 モルヴ=ミューの戦闘モードで金属質の鉤爪が淡く光を帯び、ひるんだ《口裂け女》の首筋を一閃。

 霧のような黒煙を残して、モンスターは跡形もなく消えた。

 

「……ふぅ。お疲れさん、いろは、モルヴ。──いろは、少し連携が良くなったな。

 

『ホロウ』も以前より可視化されていたし。モルヴも、ナイスな一撃だった」

 

「はい……誠司様」

 

 いろはの返答はいつものように抑揚のない声だったが、その表情にはわずかな満足の気配がにじんでいた。

 

 そして、その胸元でぬいぐるみに戻ったモルヴ=ミューが、ちょこん、と耳を動かす。

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

「……相変わらずだな、文化適合型ってやつは、ほんと意味がわからん」

 

 誠司は剣の鞘を軽く叩きながら呟く。

 ダンジョンモンスターの中でも地域文化に順応し、姿を変える異形種。それが“文化適合型”。

 昔は白いコートの女だったものが、今ではコギャルやヤマンバ。渋谷系モンスターへと進化していた。

 

「……変わったモンスター」

 

 いろはが無表情で呟く。

 

「まあ、な」

 

 “変わっている”と言うあたり、いろはの目にもやはり“異質”に映ったようだ。

 そんなやり取りをして誠司が苦笑していると右前方から、突如として叫び声が響いた。

 

「……いろは」

 

「……状況確認を行い……その後、行動内容を判断します」

 

「あぁ、それでいい。救う気持ちは大切だが、まずは全体を把握して、

 何をすべきかを冷静に選べ。……じゃ、行くか」

 

「はい、誠司様。……モルヴ」

 

 いろはは《モルヴ=ミュー》を抱えて走り、誠司も続く。

 

 目の前に広がるのは、ストリートに群がるモンスターの群れ。《人面犬》二十体以上、

《口裂け女》数体、そして精神干渉型の《くねくね》。

 

「ぐぅっ……!」「くそ犬が!」「まだいける、諦めんな!」

 

「囲まれてるな。3、4人か」

 

 誠司が呟く。

 

「さて……いろは。どう判断する?」

 

「……状況は確認しました。誠司様がCランク相当の戦闘力で挑んだ場合、危険が及ぶと判断します。よって──撤退します」

 

 冷静ないろはの分析に、誠司は頷いた。

 

「たしかに、今の強さのままでは、いろはにも危険が及ぶ……じゃあ、前提を変えたら? 俺が“もう少し強く”出るとしたら?」

 

 問いを投げかける。その意図を、いろははすぐに理解した。

 

「……はい。誠司様がBランク相当で戦闘を行えば、私の《ホロウ》と誠司様の《水鉄砲》による外周制圧が可能です。その後、敵の注意を惹きつけつつ、殲滅可能と判断します」

 

「OK。じゃあ、《くねくね》はどうする?」

 

 白い紙のような異形──精神干渉系のモンスター。いろはにとっては、訓練対象でもある。

 

「……時間が限られるため、先手で撃破します。失敗した場合は、モルヴに処理させます」

 

「了解。俺が前に出て囲みに声をかける。その隙に《ホロウ》を用意しておけ。モルヴは君の護衛兼前衛だ」

 

「はい……誠司様」

 

 いろはの声は、いつものように静かだった。だがその瞳には、微かに“熱”が宿っていた。

 戦闘の空気が、じわじわと迫る。

 誠司の右手が、腰の《水鉄砲》を持ち、外周から声を放つ。

 

「──モンスターにモテてるな! 援護は必要か?」

 

「味方か!? 頼む!」

 

「外周を削る。お前らは内を守れ!」

 

 誠司が踏み出すと、モンスターの視線が集中した。

 

「やるぞ、いろは」

 

「……《ホロウ・ブランク》」

 

 いろはが淡々と術式を詠唱し、誠司は腰に吊るした《水鉄砲》に魔力を注ぎ込む。銃口から白銀の光が迸り、引き金が静かに引かれた。

 

 直後、戦場に“クロス”するような二本の軌跡が走る。

 

 一方の軌跡──それは誠司の放った高圧水魔弾。命中した《人面犬》は骨ごと砕け、肉片を撒き散らしながら黒い霧となって消滅する。

 

 もう一方の軌跡──それは《ホロウ・ブランク》。

 いろはの虚無が形を成し、頭部だけを順に削り取るように消していく。まるで最初から「そこに頭などなかった」かのように。

 唯一残るのは、白亜に揺れる魔力の残響だけ──それが、術の痕跡であることを示していた。

 

 この一撃で、《くねくね》を含む十数体のモンスターが同時に消滅した。

 

 

 

 だが戦いは続く。 

 誠司はすぐさま《水鉄砲》を左手に持ち替え、右手で剣を抜き放つ。即座に接近戦へと移行する。

 

《口裂け女》二体がテンション高く突撃。左からは《人面犬》が這ってくる。

 

「まずはお前だ」

 

 誠司は《水鉄砲》を人面犬に向け、短く魔力弾を放つ。

 弾丸は正確に敵の頭部を撃ち抜き、獣のような体がその場で地に伏して崩れ落ちた。

 その隙に、《口裂け女》一体が腕を振りかざし、至近距離まで肉薄してくる。

 誠司は下から剣を振り上げ──まずはその両腕を断ち切る。返す刀で、そのまま首筋へと一閃。

 ギャル風メイクを施したその顔が、虚ろに崩れ、地面へと転がる。

 

 だが、すぐにもう一体が誠司の背後を取ろうと迫る。

 

「……甘い」

 

 誠司は振り返ることもせず、左手の《水鉄砲》を振り向きざまに撃つ。

 魔力弾が《口裂け女》の胴体に直撃し、その体は数メートルほど吹き飛び、廃ビルの壁に激突して消滅した。

 

 

 

 魔力の余韻が残る中、誠司はいろはに歩み寄る。

 

「……大丈夫か?」

 

「はい……誠司様」

 

 いつもとおりの抑揚の無い声は変わらず、見たところ外傷はない。

 誠司はいろはに頷くとハンターたちの安否確認に向かった。

 

 若いハンター四人、うち一人は出血中。

 

「助かりました。白いやつと目が合った瞬間、一人がうずくまって……この層は初めてで」

 

「なるほど……“くねくね”の精神干渉にやられたな」

 

 リーダーが頷きかけたとき、うずくまっていた男が呟いた。

 

「……なんで姉さんがここに……」

 

「口裂け女の顔、変化したか?」

 

「はい。彼の姉は以前このダンジョンで……。おそらく、加えて幻覚も喰らったのかと」

 

 誠司は静かに言う。

 

「……そうか。なら、一度戻れ。今の状態じゃ、また出くわせば同じことになる。41層なら、まだ多くても2,3体ですむ」

 

「そのつもりです。……あの、ドロップの件を……」

 

 その時、男がいろはに叫んだ。

 

「なんで姉さんを殺した!!」

 

 仲間の二人が男を抑える中、いろはは静かに答える。

 

「……? ……わたしが倒したのは、モンスターです」

 

 その瞳は、人間味のない淡色の光──男は恐れを滲ませた。

 

「イカれてんだろ……姉さんの顔をっ!」

 

 誠司が溜息まじりに口を開く。

 

「一度冷静にな……俺も昨日、死んだ友人の顔した《人面犬》と戦った」

 

 一拍置いて続ける。

 

「だが、あいつらは所詮、モンスターだ。“顔”なんかで手が止めれば、仲間が死ぬぞ」

 

 誠司は努めて、理性的に男に諭すと、男は膝をつき、呻いた。

 

「……そんなの、分かってるよ……」

 

 誠司はそれ以上追及せず、リーダーのほうへ戻る。

 

「ドロップは7:3で構わん」

 

「よろしいんですか? こちら何も……」

 

「外でも中でも、これ以上いろはに突っかかる奴は敵だ」

 

 その静かな一言に、リーダーは深く頷いた。

 

 かき集められたドロップ品ははCランク魔力石9個と、牙・爪が22個。この40層クラスのドロップ品は正直質が良くなく、魔力石とたまに出るレアドロップ品以外はDランク以下のアイテムだ。

 

 

 

 ドロップ品を大枠7:3に分け、取り分7を受け取ると誠司は一瞥して告げる。

 

「ここはドロップ狙いじゃない。精神耐性を鍛える階層だ。下に進みたいなら強くなれ。収益を求めるなら、30層クラスへ戻ることだな」

 

 

 

 

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