魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-25 いろはと45層ボス討伐戦……

 

 

 四十五層のボス部屋──その扉は、静かに、しかし確かに閉ざされていた。

 一昨日のハンター救出を皮切りに、誠司といろはは二日間かけて、

第四十二層から第四十四層を踏破。

 

 昨夜は、四十四層の安全地帯で一夜を明かし、ついにこの場所へとたどり着いた。

 扉が閉じているということは、今月、まだ誰もこのボスを討伐していない。

 つまり──四十五層のボスは、“今も生きている”。

 

(……運がいい)

 

「よし、いろは。四十五層のボス、攻略するぞ。敵の情報は覚えてるな?」

 

「はい、誠司様」

 

 いろはは感情をほとんど感じさせない抑揚の無い声で続けた。

 

「公開された協会情報によりますと、45層ボス名は《嘆キノ能面・ユウギ》。白装束をまとい、

能面をかぶり、帯刀しています。能面伝承と首長女をモチーフにしたと思しきモンスターです」

 

 そこで、少しだけ間を置き、さらに淡々と続ける。

 

「初期出現時には、大型の《人面犬》が四体随伴しているのが通例です。戦闘パターンは群攻と

斬撃に加え、死に際に精神攻撃を放つとの報告あり……ですが、それだけでは説明がつかない

全滅例が多発しています」

 

「たとえば?」

 

「……Bランク以上の構成チームも過去数度、全滅しています。練度不足では説明がつかない。

ゆえに、協会では未発見の能力──たとえば、“未知の精神干渉”や“飽和型モンスターの強制

召喚”、あるいは“死に際の再強化”などがあるのではないかと……」

 

 そこで再び少しだけ視線を下げると、戦術を語る声色に切り替わった。

 

「今回の戦術ですが──突入後、まずは敵の布陣確認。私が《ホロウ・ブランク》で人面犬を

牽制・消滅させます。その間、誠司様は、《モルヴ》と共にユウギの討伐をお願いします。

人面犬を片付け次第、私も合流し、《ホロウ》でユウギを包み、消滅させます」

 

 それは、教科書を読み上げるような、感情の起伏のない説明だった。

 

 だが、これが彼女の“素”だ。余計な言葉を使わず、要点だけを正確に伝える。無口ではない。

だが必要以上には語らない。……そのギャップを、俺は少しだけ、可愛いと思っている。

 

 苦笑を噛み殺しながら、誠司は短く答えた。

 

「ああ、理解した。俺も昔、こいつを倒したときには特別な異常は見られなかったが

……なにせダンジョンってやつは、意味がわからないことばっかりだからな。油断はしない」

 

「はい、誠司様」

 

 呼吸を整え、誠司は《水鉄砲》の確認と、モルヴの再装備を終えた。

 

「よし。じゃあ入るぞ。何が起きても、俺が何とかする。だが、基本はお前が主体で進めろ。

《モルヴ》と《ホロウ》の連携、準備はできてるな?」

 

「はい、誠司様」

 

 静かに応じたいろはの手元では、黒猫・モルヴの瞳が青く揺れていた。

 

 

 

 誠司が扉を開き歩を踏み出す。

 

 それにぴたりと続くように、いろはが後ろからついてくる──

 

 だが、次の瞬間。

 

 ──ガンッ!

 

 二人が入ったすぐに背後で扉が閉じる硬質音が響き、空間が歪んだ。

 

「えっ──」

 

 いろはの視界が揺れる。重力がひっくり返るような奇妙な浮遊感。目の前の世界が

墨で塗り潰されていくようだった。防御魔法具(ソウルガーディリア)が発動せず、

いろはの身体は、“暗黒の球体”に吞み込まれ消えた。

 

「いろは──!!」

 

 誠司の叫びが空間に響いたが、その声は彼女に届かなかった。

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 ──無音。

 

 気づけば、いろはは“そこ”に立っていた。

 漆黒の空間。天も床もない、無の世界。

 だが、その沈黙は──突如として変質する。

 

 ぼっ。

 

 音もなく、一本の巨大な蝋燭が、いろはの背後に灯った。

 それを皮切りに、次々と人の背丈を超える蝋燭が出現する。

 儀式のように輪を描き、ゆっくりと彼女を囲んでいく。

 

 赤黒く揺れる炎が、微かに空間を照らす。

 その明滅のなか、何かが潜んでいる気配。

 

 ──視られている。

 

 その確信は、すぐさま現実となった。

 蝋燭の根元、炎の奥に無数の能面が浮かんでいた。

 能面。表情を持たぬはずの仮面たち。

 

 だが、それぞれが──嘲笑、怒り、悲しみ、狂気。

 異なる感情の気配をまとい、いろはを見下ろしていた。

 

 そして──現れる。

 

 白装束をまとった、首のない女。

《嘆キノ能面・ユウギ》が、いろはの正面に、音もなく現出する。

 顔に貼り付けられた能面が、真っ直ぐ、いろはを見つめた。

 

 だが──次の瞬間。

 

 ユウギの胴体から、ぬるりと首が生えた。

 節のない白い肉の首が、滑るように空中へと伸びていく。

 蛇のように、空中を這う首が、いろはの周囲を旋回する。

 左から右へ。背後へ、頭上へ──

 

 一周。二周。三周目。

 

 能面が視界の隅を通るたび、肌に鋭い冷気が突き刺さる。

 何かが、音もなく、確実に心の奥へと忍び込んでくる。

 

 そして──

 

 三度目の旋回ののち、首が空中で緩やかに湾曲し、

 能面の顔が、いろはの真正面に迫り出される。

 面と目が、合った。

 

 ──視られている。

 

 心を。魂を。存在の核を。

 

 その瞬間、いろはの左手首の【ソウルガーディリア】が、紫の宝珠を閃かせた。

 抗うように──その輝きは、脈打ちながら明滅し続ける。

 

 防御魔法具【ソウルガーディリア】。

 

 紫の宝珠による精神干渉に対する防衛機構が、自動で起動する。

 いろはと能面は、向かい合ったまま、微動だにしない。

 

 それが一秒か、一時間か──時間の感覚は曖昧に揺らいでいく。

 やがて、紫の宝珠の光がちらつきはじめ──

 次の瞬間、ふっと光が消えた。

 

 高密度に編まれていた精神防御の魔力が、

 潮が引くように──音もなく霧散していく。

【ソウルガーディリア】の防衛は、破られた。

 

 その機能は完全に沈黙する。

 

 ──その瞬間。

 

 ユウギの能面が放つ精神干渉が、

 いろはの内側へと、容赦なく流れ込んだ。

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 いろはの周囲が──突然、街になった。

 

「……え?」

 

 いろはが立っていた場所は、いつの間にか変わっていた。

 ビル群。人混み。騒がしさ。空は澄み渡り、風が頬を撫でる。

 ──そこは、現実の渋谷に酷似した偽の街並みだった。

 

 そして、そこに──いた。

 

「……誠司、様?」

 

 いろはの声が震える。

 向こう側の歩道。誠司が、笑っていた。

 

 だが、その笑顔は、いろはには向けられていなかった。

 隣には、艶やかな黒髪の天瀬光莉。誇らしげな仕草で、誠司の腕に寄り添っている。

 

 そして反対側には、黒と水色のツートーンヘアの少女。

 見たこともないが、いろはが通う学院の制服を着ていた。

 

 二人の少女に腕を取られ、誠司は、幸せそうに笑っていた。

 

「……せいじ、さま……?」

 

 いろはが声をかける。だが誠司は、振り向かない。

 まるで、彼女がそこにいないかのように。

 

 近づこうとした瞬間、誠司の声が、冷たく突き刺さった。

 

「不安定で、いつ壊れるかわからない〈いろは〉は、もういらないな」

 

 いろはの心臓が、ひとつ、鼓動を止めた。呼吸ができない。

 

「今の俺には、光莉も、彼女もいる。頼れるし、足手まといじゃない。……君とは違う」

 

 振り返った誠司の顔には、冷ややかな憐憫の色が浮かんでいた。

 

「……一緒にいた時間は楽しかったよ。でも、あれは錯覚だった。

 俺に必要なのは、君じゃなかったんだ」

 

 崩れるような衝撃が、全身を襲った。膝が震える、

 

「ちがう……私は……私は、誠司様の……」

 

 足が動かない。喉が渇ききり、声が詰まる。

 ただ、誠司が他の誰かと笑っている光景だけが、何度も何度も脳裏に焼き付いていく。

 

 ──目の前の誠司が、どんどん遠ざかっていく。

 

 距離はないのに、手が届かない。声も届かない。

 

 〈……どうして、届かないの? 〉

 

 〈なんで、私じゃダメなの……? 〉

 

 その疑問が、自分の内側を静かに崩していく。

 視界の端がぼやける。呼吸が浅くなる。

 胸の奥で、何かが揺らぎ始める──“魔力”だ。

 

「……誠司様……行かないで……」

 

 擦れた声。

 だがもう、そこに立っていたはずの誠司の影さえ、見えなくなっていた。

 

 〈いなくならないで〉

 〈私を、捨てないで〉

 

 訴えは言葉にならず、内側で何度もこだまする。

 心の壁が崩れ、底からあふれ出すように、魔力が漏れ出していく。

 

 そして──

 

「誠司様を……返して!」

 

 いろはの叫び声が二重音声のように歪んで響く。 

 その一言と共に、空間が破裂した。

 

 暴走する魔力の奔流が爆音を上げ、いろはが現実世界に“戻る”。

 

 彼女の手元で、黒猫・モルヴが空想具現される。

 

 だが、即座に異変が起きた。

 体が膨張し、構造がねじれ、魔力が過剰に注がれる。

 モルヴはひび割れた、軋みながら跳ね、いびつな四肢でよろよろと立ち上がる。

 

 意思を持つかのように、黒い獣が視線を前方に向けた。

 

 その先──ダンジョンの45層ボス。

 

 崩れた瞳が、その敵を見据える。

 触手のように変質した脚が、ボスに絡みついた。まるで、取りすがるように。

 

「……やめろ──!」

 

 誠司の叫びが響いた、その刹那。

 モルヴが、爆ぜた。

 

 空想具現魔法の失敗による魔力反転。黒い触手から漏れ出す歪な白い光が炸裂し、ボスの体が空間ごと捻じ切られて消し飛ぶ。

 

 ──完全消滅。

 

 だが、それで終わらなかった。

 

「……誠司様を、取らないで……誠司様は、私の……誠司様」

 

 いろはの瞳は焦点を失い、言葉の奥底に狂気が滲む。

 

 足元から渦巻く魔力。崩れゆく空間。

 

 それは──〈依存〉という名の深淵。

 

 いろはは、もはや誰かではなかった。

 ただ、〈誠司を取り戻す〉ためだけの存在へと変貌していた。

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

「いろは! 俺だ、誠司だ! 俺を見ろ!!」

 

 必死の叫びも虚空に吸い込まれたかのように届かない。

 いろはは、魔力を暴走させたまま、虚ろな瞳で立ち尽くしていた。

 

 45層ボスの討伐部屋──だが、今やそこは〈ダンジョン〉という現実の枠組みを

逸脱し始めていた。

 

 ギギ……ギギィィ……ッ。

 

 世界が軋むような音を立て、景色がゆっくりと〈白〉に塗り潰されていく。

 

 壁も、床も、空気すらも。存在の輪郭が薄れ、色彩が剥がれ、ただ純白だけが浸食していく。

 

「──っ……!」

 

 45層の中ボス、その巨躯の犬面獣すらも、この〈白〉に触れた瞬間、溶けるように霧散した。

 

 ──【空想具現魔法:反転】。

 

 いろはの魔力が、空想が暴走した結果、世界そのものが〈彼女の幻想に溶けていく〉。

 

 その現象が──〈白〉。

 

「ちっ……今の装備じゃ、触れた瞬間、俺も消える……!」

 

 〈白〉は魔力ではない。あれは概念だ。誠司の対魔装防御でも、抗えない。

 

 だが──

 

(……問題ない。もう、二度止めてる)

 

 誠司は右手首の銀の腕輪に指を添えた。

 七つの魔力石が埋め込まれたそれは、彼のすべての装備を内包する戦場への鍵だ。

 

 その中の一つ、【Ⅰ】と刻まれた魔力石に触れ、魔力を注ぎ込む。

 

「『七つの倉庫腕輪』──【Ⅰ】の門、解放」

 

 重々しく空間が裂け、誠司の背後に二メートルを超える鋼鉄の観音扉が現れる。

 

『七つの倉庫腕輪』──名前の通り、誠司の腕輪には七つの倉庫が存在する。

 

【Ⅱ】~【Ⅶ】は、戦場で必要な装備や物資を収納する汎用空間。

 

 だが、【Ⅰ】の門だけは異なる。

 

 それは──〈戦う〉ための倉庫。

 

【Ⅰ】──この第一倉庫だけは特別だ。

 

 これは〈誠司が最強と並ぶため〉に作り上げた、誓いの魔装融合装備。

 

 現れたのは──灰色の鎧。

 

 中世の騎士を思わせる重厚さ。

 SFヒーローのような機能性。

 アメコミのダークヒーローを彷彿とさせる威圧感。

 

 だが、どれにも当てはまらない。あまりに異質で、独創的な〈魔装〉。

 

 誠司は、その名を口にした。

 

「……【魔装融合甲冑:灰機装】」

 

 機構音と共に、灰機装が分解され、誠司の肉体へと自動装着されていく。

 脚部、腕部、胴体──順に嵌まり込み、蒼く細いバイザーが付いた灰色の仮面が顔を覆う。

 

「【魔装融合複合兵装:八葉変化】」

 

 次いで、後方から伸びるように出現するもう一つ。

 蒼く煌めく、複雑な構造の武装が誠司の手元に飛来する。

 

 大剣を模した複合兵装が、重く、手の中に現れる。

 

 装着完了。

 

 まさに、“灰仮面”の姿。

 

「いろは──お前を、傷つけるつもりはない」

 

 白に染まりゆく空間の中で、誠司は呟くように言った。

 

「……でもな。俺は弱い。だからこそ──魔装融合で、戦う術を手に入れた。

 ……俺の弱さを許してくれ」

 

 彼の瞳に宿るのは、決意でも怒りでもない。

 ただ、〈助けたい〉という、まっすぐな想いだった。

 

 そして、宣言する。

 

 

「──《灰仮面》、出撃する」

 

 

 Sランクハンターにして、世界ランク11位、灰の戦士が、純白の暴走世界へと踏み込んだ。

 

 

 

 

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