魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-26 幕間ー灰仮面の三大偉業

 渋谷大深層──それは、日本最大級の超深層型ダンジョンの一つであり、日本中のハンターが集う“戦場”でもある。

 

 その入り口付近、渋谷交差点前に立つ《渋谷アーク・リンク・タワー》の超大型モニターでは、現在、特集が放送されていた。

 

 画面に映るのは、灰色の仮面と黒の戦装を身にまとった、

 男の姿──『魔装融合士 灰仮面』と呼ばれるSランクハンター、

 相馬誠司の裏の姿である。

 

 

 

§  §  §

 

 

 

「特集・静かなる英雄──魔装融合士 灰仮面が残した三大偉業とは?」

 

 女性ナレーターの落ち着いた声が、画面越しに響き渡る。

 

「今や世界ランク11位。戦わずして戦場を制する謎の人物──灰仮面。

 海外ではグレイやグレイマスクと呼ばれているこの謎の人物。

 本日は、この方がこの三年間で人類にもたらした三

「まずはこちら。世界中のSランクハンターたちが口を揃えて称賛する、

 

『ダンジョンビーコン』。

 

 灰仮面の特殊スキル《魔装融合》によって作られた、このワープ用ビーコンの登場で、かつては100層を超えるダンジョンの深層移動に、攻略後でも一層ごとに最長一ヶ月かかっていた時間が──たった一瞬で済むようになったのです」

 

 

 

「なにがすごいって! 一階にあるワープゲートから、ビーコンを設置した深層と、一発で行き来できるんだぜ!」

 

 興奮気味に語るのは、アフリカ系の男。テンションの高さが言葉に滲んでいた。

 近くのベンチで缶コーヒーを片手にしていた別の男が、口元を緩めながらつぶやく。

 

「エディ、ウォルター。……僕らも、あのビーコンに救われましたよね」

 

「……あぁ、そうだな、ジョニー」

 

 うなずいたのは、アメリカダンジョン協会所属のウォルター・ハーランド。

 世界ランク10位のSランクハンター。灰仮面より上位ランクのハンターだ。

 その声には、あきらかな敬意と──そして、微かに滲む怒りがあった。

 

「113層、ヴェルド砂層域。奇襲でエディがやられたときの話だ。あれがなきゃ、助けるどころか……遺体すら回収できなかったな。それと、まあ……派手さはねえが、近くの他のビーコンに救難信号を出せるってのも、地味にありがたいな。あれは、仲間の生死を分ける」

 

 ウォルターは短く息を吐く。

 

「まあ、作るのに使う素材がとにかくエグい。高ランクの魔法具に、魔力石だの何だの……量産はまず無理だ。Aランクハンターでさえ、集めるのが容易でないものばかりだからな。

 

 だが、S級ダンジョンを本気で完全攻略するなら、あれは──マジで必須だ」

 

 そう語るウォルターはふと視線をそらし、と、缶を握りしめ、呟くように吐き出した。

 

「……だがな、グレイ。てめぇだけは、どうしても許せねぇ!

 ビーコンには──あぁ、あれには助けられた。命だって拾った。

 

 けどよ……あの女の生贄に、俺を選んだのはテメェだろうが!!

 

 ……そのせいで、俺は彼女と別れることになったんだよ」

 

 吠えるように言い放ちながらも、ウォルターの声にはどこか割り切れない響きがあった。

 怒りと、悔しさと、そして──何より、自分自身への苛立ちが滲んでいた。

 すかさず、エディとジョニーが声を揃える。

 

「「あれはテメー(ウォルター)が悪いんだよ!」」

 

 突っ込みは完全にハモっていた。

 

 二人の爆笑が、その場の空気を一気に和ませていく中、ウォルターだけが納得いかねぇとばかりに、しかめっ面で缶を握り直していた。

 

 

 

 番組は第二の偉業へと進む。

 

「続いてはこちら──“高ランク魔法具を特殊スキル《魔装融合》による強化”」

 

 画面には、灰仮面を含め、3人の人物が並んでいる映像が映し出される。

 

 アメリカの英雄にして世界ランク1位──世界最強

『スペースブレイカー』ダリウス・J・スレイド

 

 イギリスの聖騎士にして世界ランク3位

『ホーリーブレイド・オブ・アルビオン』アーサー・ブランフォード

 

 そして、世界ランク11位

『灰仮面(グレイマスク)』灰色の仮面と鎧をまとう謎の人物

 

 これは約3年前、ダリウスと灰仮面がブランフォード子爵の主要武器であるSランク魔法具を魔装融合によって強化するためにイギリスを訪れた際の国際ニュース映像である。

 

 ナレーターが補足するように、穏やかな声で続けた。

 

「もともと魔法具とは、ダンジョンからのドロップ品か、魔法具製作スキル等によって得られるものであり──基本的に“追加強化は不可能”というのが世界の常識でした。

 

 一度完成した魔法具の性能は固定され、たとえどれほど資源を注ぎ込もうとも、構造的に強化できないのが通例だったのです。そして、人類はSランク魔法具を製作した事例がまだありません」

 

 その前提を覆したのが、灰仮面の持つ特殊スキル《魔装融合》だった。

 

「この強化は、公表されている数少ない映像の一つであり、当時、日本円にしておよそ100億円相当の高額取引とのことでした。

 

 この技術を用いて、灰仮面は当時、世界各国のSランクハンターたちと数多くの取引を行っていたとされます。

 

 “金の亡者”などとも揶揄されましたが、月日が経過した今、かの聖騎士アーサー・ブランフォード卿の発言が、多くのSランクハンターの支持を得て、世界的に広まりました」

 

『この聖剣に、彼のスキルが宿らなければ──私は、すでに“過去の英雄”だったろう』

 

 

 

 最後に、三つ目の偉業が語られる。

 

「そして第三──“安全珠台 セーフティーオーブの発明と普及”」

 

 画面に映し出されたのは、ダンジョン内部にぽっかりと浮かぶ、光の結界のような空間。

 

 その中で安らぎのひとときを得るハンターたちと、結界の外を徘徊するモンスターの姿が、鮮やかな対比として映し出されていた。

 

「この魔装融合によって発見されたとされる魔法具は、三大偉業の中でも、最も多くのハンターに恩恵をもたらしたとされています。

 

 この魔法具に使用されるのは、ダンジョン内で採取可能な魔力石のみ。

 

 魔力石の等級に応じて、出力と効果時間が変動する仕組みとなっており、最大半径15メートルの結界範囲内において、同格以下のモンスターの侵入を完全に遮断します。

 

 とりわけ深層攻略においては、ハンターの年間死亡率を35%から5%未満にまで引き下げたと記録されています」

 

「さらに特筆すべきは、この魔法具を彼自身が一般スキル:魔法具製作を用いて製作できる方法を公表した点にあります。

 

 この技術が確立されたことで、世界中での量産と普及が実現したのです」

 

 ──映像が切り替わる。

 

「……ああ、ウチの妹は優秀なんで、Aランク攻略クランで回復術士やってんだよ」

 

 無精髭のハンターが、ぽつりとつぶやいた。

 

「“あれがなかったら、五回は死んでた”ってさ。冗談抜きで」

 

「わかるわ」

 

 隣にいた短髪の男が、くしゃっと笑う。

 

「地獄に持ってくもんって言ったら、武器じゃねえ。あのオーブだよな。冗談抜きで、命綱ってやつだ」

 

 二人の間に、しばし静寂が流れる。

 

 やがて、画面が再び切り替わり、番組は総括へと入る。

 

「世界の深層攻略が停滞していた三年前──

 その行き詰まりを根本から覆したのが、灰仮面による“魔装融合”の三大偉業でした」

 

「中でも特筆すべきは、彼が“自ら戦わずして戦場を変えた”という点です。

 彼のスキルは、誰かを殺すためのものではなく──誰かを生かすために使われているのです」

 ──そして、番組は静かに締めくくられた。

 

「灰の守人──灰仮面。

 英雄がこの世界に遺したものは、“勝利”ではなく、“生存”という名の未来だったのです」

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 ダンジョン協会本部、2階の女性職員用休憩スペース。昼下がり、ブレイクタイムの静かな空気に、壁掛けテレビからの声が柔らかく流れていた。

 

「そして第三──“安全珠台 セーフティーオーブの発明と普及”」

 

 受付嬢の一人が紙コップにコーヒーを注ぎながら、テレビに目を向ける。

 

「また灰仮面の特集かあ。最近ほんと多いよね」

 

「当たり前でしょ。あの人、今じゃ英雄扱いだもん。命の恩人って言ってるハンター山ほどいるって」

 

 その輪に座っていた一人、日向が椅子をくるりと回し、目を輝かせる。

 

「わたし、灰仮面の本出たら絶対買います!

 

 あの人の語録まとめた本とか、絶対バカ売れするって!」

 

「顔すら知られてないのに、そこまで言うの? それにインタビュー応答どころか発言さえほとんどしない方なんでしょう?」

 

 制服の胸元に名札をつけた年配事務員が笑いながら応じる。

 

「だから逆にロマンあるんですよ! あのダークヒーロー感──正義面でないくせに、誰より世界を救ってるとか、ズルいじゃないですか、もう。仮面の奥が何考えてるか分からないのに、気づいたら人類の希望になってるの……反則ですって!」

 

「あとあの映像、やばいですよね! 世界ランク1位と3位と並んで、あの仮面の人が真ん中に立ってるの……なんかもう伝説って感じ。

 

 ヒーロー系のダリウス様、聖騎士のブランフォード卿、で、正体不明のダークな仮面でしょ? ジャンル違いの三人が並んでるのに、一番浮かないのが灰仮面って逆にスゴいですよね!!

 

 あれが世界ランク11位って、逆に一番怖い気もするけど……」

 

「ふふ……そうね」

 

 ソファに腰を下ろしていた詩織が、カップを揺らしながら小さく笑った。

 

「そういうの、確かに人気出そう」

 

「えっ、詩織さんは興味ないの? あんなにすごい人なのに?」

 

「どうだろ……現場じゃ顔出さないし、ちょっと怖くもあるかも」

 

 涼しい顔で、詩織は窓の外に目をやる。

 

(……仮面の下の脆さを知るのは、今は私だけ。永遠じゃないとしても、それでいい)

 

「でもさ、マジであのオーブ、便利らしいよ。ウチの弟、Cランクなんだけど、“あれなかったら死んでた”って言ってた」

 

「それをあの仮面の人が発明したってのがすごいですよね……ほんと、どんな方なんでしょう」

 

 日向は画面を見上げ、少し茶化すように笑った。

 

「私、あの方のこと、ずっと気になってて……なんでも知りたいんです。

 もし何かわかったら、皆さん、内緒で教えてくださいね?」

 

 日向は画面を見上げ、憧れ混じりに呟いた。

 

 仮面の男が立ち尽くす映像が映っている。ただ静かに、そこに“在る”だけの姿だった。

 

 

 

 

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