魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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推敲しましたが、今後改定する可能性が高いです。まだ納得いかない藍紫です。


1-28 夢か、記憶か、君の声か

 淡い陽光が、カーテン越しに差し込んでいた。医療室の窓際に置かれた一台のベッド。その傍らで、誠司は静かに椅子に腰掛け、少女の手を握っていた。

 

 その手には、いろはの手がある。小さく、冷たく、それでも確かに“生きている”ぬくもりが、そこにあった。

 

(……本当に、生きていてくれた)

 

 魔力暴走の中心で、彼女の名前を何度も呼んだ。そのたびに白が広がり、意識すら消し飛ばされそうだった。だが──ようやく届いた。確かに、彼女の瞳が揺れて、水色を取り戻した瞬間を、誠司は今も忘れていない。

 

(俺は、彼女を救えたのか……それとも……)

 

 そう考えるたび、胸の奥に残る“違和感”が疼く。

 

 ダンジョン協会への報告は、今朝、最低限の内容だけを済ませた。あくまで四十五層ボス攻略において、ボスの討伐と橘いろはのスキル過剰使用による疲労気絶。灰仮面として戦闘といろはの暴走については佐々木さん経由で月城会長への報告は後日あげると話したのみ。

 

 報告書に書けない真実が多い。

 

(俺は、あの子を……“止められなかった)

 

 誠司──灰仮面の特殊スキル【魔装融合】は、あくまで“創る者”として世界的に高い評価を受けている。だが、それは“未来への投資”にすぎない。今回の戦闘で誠司は、灰仮面としてのSランク魔法具である【八葉変化】を駆使し、いろはを傷つけないように配慮して戦ったとはいえ、なお、いろはの空想具現魔法には圧倒されてしまった。

 

(俺は……実力でいえば、他のトップランカーと比べるには程遠い。あれは……あれは、世界の否定だ)

 

 空想の産物が現実を侵食する。それがいろはの力だ。暴走時、誠司の魔導銃も、防御壁も、一撃で消し飛ばされた。辛うじて彼女に“触れた”のは、戦いではなく、最後の一歩だった。仮面を脱ぎ、傷だらけのまま手を伸ばし、ただの人間として抱きしめただけ。

 

(……戦いじゃ、勝てなかった)

 

 誠司は、ふと目を伏せる。机の上には、昨日、佐々木さんが持ってきた果物とメモがある。夜勤明けにまた来ると書いてあった。

 

(佐々木さん……詩織は、いろはを心配してた……でも、あのときの目……ほんの少しだけ、違って見えた)

 

 彼女もまた、いろはが“このまま戻らなかったら”という最悪の未来を覚悟していた。けれど、いろはは戻ってきた。今こうして、ここにいる。

 

 ──そのはずだった。

 

 だが、今も彼女は目を閉じたまま、何も語らない。医療魔術によれば、肉体の損傷は最小限。精神への負荷が深刻で、回復には“時間”が必要とのことだった。

 

(でも……時間が、彼女に残されているのか?)

 

 いろはの空想具現魔法は、代償を持つ。暴走すればするほど、精神に反動がくる。そして、その魔法がまた暴走すれば──。

 

「……もう、こんなこと……繰り返せない」

 

 誠司は、無意識にいろはの手を握る力を強めた。彼女の手は、小さく、あまりにも頼りなくて。触れていなければ、また“あの白”に消えてしまうような錯覚に陥る。

 

(いろは。お前は……どこまで俺に、寄りかかってくるつもりなんだ)

 

 その問いには、答えがない。ただ、静かな呼吸があるだけだ。

 

「……本当は、もっと……強くならなきゃいけなかったんだ」

 

 誠司の声が、微かに震えた。自分が“特別”だと思っていた。けれど、実際は、あの空想具現の前では、何もできなかった。ただ、魔装の力で、ほんの一瞬だけ“繋いだ”だけ。

 

(俺は……守れなかった。あの子を、抱きしめることしか、できなかった)

 

 それでも、それだけで十分だった──と、思いたい。思おうとしている。

 

 ──カーテンの外、病室の時計が一つ、短く鳴った。

 

 窓の外の陽は、すでに午後の角度だった。いろはは、まだ目を覚まさない。

 

(……目を覚ましたとき、俺は何を言えばいい?)

 

 もし、彼女が再び同じように暴走したら。自分がそれを止められなかったら。

 

(いや、もう……二度と、あんな顔は見たくない)

 

 淡雪に沈むような空間の中、いろはは誠司のことすら“認識できていなかった”。

 

(俺を、忘れていたんじゃない……俺が、そこにいなかったんだ)

 

 彼女の世界から、誠司という存在が“滑り落ちて”いた。暴走の魔力によって。そして、それは──きっとまた、起きる。

 

(なら、俺は…………俺は……いろはの傍に居続けれ良いのだろうか)

 

 そのときだった。微かに──誠司の手にある、いろはの指が、かすかに動いた。

 

「……いろは?」

 

 誠司が声を発した瞬間、瞼の奥で、細いまつげが震えた。

 

 ゆっくりと──一日ぶりの、光が、差した。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

「……せいじ、さま……?」

 

 か細い声が、空気を震わせる。

 

「──ああ。ここにいる。ずっと、そばにいた」

 

 誠司の声は、限りなくやさしかった。

 

「……わたし、まだ……いきている、んですね……」

 

「勝手に死ぬな。……助けたって言ったろ」

 

「……はい……たしかに、聞こえました……せいじさまのこえ」

 

 会話が続く。ゆっくりと、穏やかに。

 

「ずっと、こわかった。……もう、戻れないかと」

 

「でも、お前は帰ってきた。ちゃんと」

 

「……ごめんなさい。たくさん、ご迷惑を……」

 

「迷惑なんか、かけろ。何度でも。俺が受け止める」

 

「……ふふっ、やっぱり、せいじさまは……やさしいです」

 

 その笑みは、淡雪のように儚く、しかし確かな色を取り戻しつつあった。

 誠司の胸に、ようやく安堵の波が広がる。けれどその奥に、微かに疼くものがあった。

 彼女の魔力は、あの“空想具現”の異常発動を経て、明らかに揺らいでいた。

 その後遺症か、あるいは──もっと、根本的な何かが変わってしまったのではないか。

 その予感が、誠司の中に、静かに根を張っていた。

 そして、ふと──いろはがつぶやく。

 

「……ここ、どこ……?」

 

 その言葉に、誠司の心がざらりと揺れた。

 

「……月城管轄の医療室だよ。四十五層の戦闘の後、連れてきたんだ」

 

「……そう、ですか……」

 

「何か、覚えてるか?」

 

「……ゆめを、みてたんです」

 

 いろはの声は、かすれた風のように弱々しかった。

 

「……せいじさまを、ふたりが……ひきはなして……」

 

「……? ……俺がいろはの傍からいなくなったのか?」

 

「はい。わたしは必要じゃないって……手も声も届かなくて……」

 

 誠司は息をのむ。いろはの言葉には、微かな違和感があった。

 

「だけど、最後は……」

 

 彼女の表情が曇る。

 

「他の誰かが、せいじさまの手を引いて……遠くに連れていってしまったんです」

 

「誰か……って……」

 

「わかりません。顔も、姿も見えないのに、なぜか、女の人だとわかったんです……」

 

 いろはの声が震え始める。

 

「せいじさまが、手を離して……わたしを……おいていくんじゃないかって……こわくて、さみしくて……」

 

 誠司は何も言えなかった。暴走からの回復直後、精神的に不安定になることはある。だが、夢に現れた“誰か”の存在が、いろはの心に棘のように刺さっているのがわかる。

 

「わたし……また、おかしくなってしまうかもしれない……」

 

 ぽつりと、いろはが漏らす。

 

「もう、ひとりはいやなんです……ずっと、そばにいてくれるって……そう言ってくれたのに……」

 

「言った。だから、いる。ここにいる」

 

 誠司は力強く言い、いろはの肩を抱き寄せた。

 

 そして、彼女の髪を優しく撫でる。

 

「俺は、お前を一人になんてしない」

 

「……ほんとうに……?」

 

「俺がいろはに嘘ついたことはあるか?」

 

「……ありません……」

 

 いろはは、誠司の胸元に顔を埋めたまま、表情を動かさない。だが、その瞳には涙が溜まっていた。感情の輪郭が、まだ戻りきっていない。夢と現実の狭間で、まだ自分の足場を探しているようだった。

 

 いろはは、ゆっくりと誠司の胸元から顔を離して告げた。

 

「……あなたが、わたしを迎えに来てくれるあの日。白くて、ひとりぼっちの世界で、あなたが……手を伸ばしてくれた」

 

「あぁ。あの日、俺はお前を外に連れ出した」

 

「……ほんとうに、一緒にいてくれるのですね……?」

 

 その瞳に浮かぶ笑顔は、確かに“いろは”のものだった。

 

 だが──どこか、異質だった。表情の機微、声の抑揚、視線の揺れ。

 

(……この子は、俺の知ってる“いろは”か?)

 

 誠司は、自分の心の中にわき上がる疑念をかき消す。

 

(いいや、そんなことはどうでもいい)

 

 今、彼女が目の前にいて、わずかでも笑っている。それで、充分だ。

 

 だが、それでも。

 

 誠司の心の片隅には、小さな不安が、確かに灯っていた。

 

 それは、やがて来る嵐の前触れであるかのように──。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 やがて、こん、こん──。

 

 静寂を破るように、扉が軽くノックされた。

 二人は同時に顔を上げる。

 再び、現実が動き始める気配がした──。

 

  

 

 

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