魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵―― 作:藍紫
14時前、新宿からダンジョン鉄道に揺られて約10分。誠司は渋谷駅に降り立った。
かつては若者文化の発信地として栄えたこの街も、今では〈ダンジョン災害〉によってその姿を大きく変えていた。降り立った渋谷駅もかつての場所から200mほど離れた場所らしい。
駅前には、かつて音楽レンタルや大型複合ビルが並んでいた一角があったという。
今はその跡地に、黒鉄の監視塔と簡易バリケードが組まれ、モンスターの飛び出しを警戒する仮設施設が広がっている。歩いて行くと中央に鎮座するビルのエントランスが見えてくる。
その中央に立つビルは、「日本ダンジョン協会・渋谷ダンジョン支部」。
モンスターの侵食で旧ビルは破壊され、代わりに再建されたダンジョン対策専用の拠点施設だ。
この近辺で唯一の新築のように真新しい4階建てに広がるビル。
渋谷ダンジョンの影響で地価が極端に低く、今では俺たち冒険者関係しかいない場所になってしまったのだ。
誠司はその重厚な自動扉をくぐる。
──人、人、人。
昼を過ぎた段階でも、中はまるで繁忙期の役所のような混雑だった。
安価な防具に身を包んだD級やC級の冒険者たちが受付前で列をなし、怒号と苛立ちが飛び交っている。
「うーん……相変わらずの込み具合だな」
誠司は慣れた足取りで、1階奥のエスカレーターへと向かった。
このビルの構造は単純だ。
1階:D級以下のハンターの受付と依頼者窓口、物資補給関係、倉庫
2階:C級ハンターの受付と情報資料室
3階:B級ハンターおよび特別認定者の受付と特別依頼者窓口のフロア
4階:A級・S級ハンターの受付と職員関係・支部長専用のフロア
誠司(灰仮面)の表の顔は3階までの通行権を持っている。
スカレーターで3階まで昇り、受付カウンターを見渡す。
いつもはそこにいる顔馴染み──涼やかな目元の佐々木さんを求めていたが、今日は見当たらなかった。
「……いないか。仕方がない」
仕方ないため、空いていた別のカウンターに向かう。
そこにいたのは、若い受付嬢。薄茶色のボブカットで、まだ研修が終わったばかりという雰囲気が漂っていた。
誠司は受付カウンターへと歩み寄った。
このフロアはBランク以上の冒険者専用の空間。Cランク以下は立ち入りを許されない場所だ。
だが誠司は迷いなくカウンターに立つ。
(このカードで新人の受付だと説明が必要になるだろうなぁ)
彼の右手には、一枚のカードが握られていた。
「C+」と小さく印字された、そのハンターカード。
正式なランク表記ではCランクの一種に見えるが、実際は日本ダンジョン協会が特別認定した少数の冒険者にのみ発行される特例カードだった。
現在、国内の所持者は誠司を含めて3人程度しかいないらしい。
「……まあ、見た目はただのCランクだしな。新人っぽい受付嬢には分からんかもしれないな」
カードの見た目はCランクとほぼ同一。違いは、「C+」の小さな印字と端末にかざしたときに現れる特別認証マークだけ。
見た目新人の受付嬢に一目で分かれというのは酷な話だった。
誠司はため息混じりにカードを差し出し、無言で受付嬢に渡す。
「25階まで潜る。登録、頼む」
受付嬢は笑顔でカードを受け取る。
──だが、笑顔は一瞬で曇る。
「……あの、申し訳ありません」
「……ん?」
誠司は軽く眉をひそめる。
「こちら……Cランクカードですよね? ここはBランク以上専用のフロアなので──」
──来たか。
誠司は小さくため息をつき、カードを指で弾いた。
「ちょっと特殊なんだよ、それ。C“プラス”。見た目はCだけど、協会の“特別認定枠”。上位扱いだ」
「……Cプラス……?」
日向は訝しげに眉を寄せ、カードを見返した。
「ランク区分としてはC相当だけど、扱いはBランク以上。……まあ、国内でもこれ、3枚しか出てないらしい」
「えっ……!?」
日向の目が丸くなった。明らかに動揺の色が見て取れる。
誠司は端末を指差す。
「端末に通せば、“特別認証”のマークが出るはずだ。協会内での処理はそっち基準になる」
日向は慌てて端末にカードを差し込んだ。
一瞬の処理ののち、画面に“特別認証:C+(上位扱い)”の青いマークが静かに点灯する。
「……っ、本当だ……。す、すご……えっ、すみません、失礼しましたっ!」
立ち上がりかけた日向が、バタバタと頭を下げる。
誠司は肩をすくめて笑った。
「気にするな。むしろこっちが悪いさ。これ、パッと見はどう見てもただのCランクだしな」
そう言いながらも、彼はわざとらしく言葉をつけ加える。
「まあ……“Cランクの皮を被った何か”ってとこだ」
胸元のネームプレートに記載さている苗字から受付嬢は、まだ不安そうな瞳でモニターとカードを交互に見ていた。
けれど、画面の特別認証の表示を確認した後、ようやくホッとしたように安堵の笑みを浮かべた。
「はい……! では改めて、登録手続きを進めますね!」
「頼むわ」
誠司は頷き、少し間を置いてふと首を傾げる。
「それにしても……いつもは佐々木さんに頼んでたんだけど、今日は見かけなかったな。昼休憩って時間でもないだろうし……どこ行ったんだ?」
日向はパタパタとモニター操作の手を止め、顔を上げる。
「──あっ、佐々木先輩ですか? 先輩は現在4階に行っております」
「あぁ……4階か」
誠司は思わず声を漏らした。
「あー……そっか。なら仕方がないな。あの人は優秀だから引く手あまただろうし……」
冗談混じりにため息をつく誠司に、日向は小さく笑った。
「先輩は本当に優秀な方ですからね。えへへっ……でも、今度からは私、日向あかり(ひなた あかり)もこの3階を担当することになりましたので──ぜひ、ご贔屓にお願いしますっ!」
明るい声と一緒に、日向は小さく頭を下げる。
その笑顔に、誠司は自然と視線を向けた。
胸元のネームプレートに「日向」と書かれているのを確認し、目を細める。
「──OK。俺は相馬って名前だ、よろしくな。……下のCランクハンターのフロア、あそこは混みすぎてるからな。やっぱこの階使えるの、助かるぜ」
日向は嬉しそうににっこり笑い、もう一度頷いた。
「はい! お任せください、相馬さん!」
誠司は、その素直な笑顔を見ながら小さく息を吐いた。
──なんだか、久しぶりに普通の会話をした気がする。
心の奥に、わずかなあたたかさが灯るのを感じながら、視線をカードに落とした。
名前 :相馬誠司
ランク:C+(特別認定)
所属 :-
「……ほんと、変なカードだよな」
小さく呟いた声は、誰にも届かない独り言だった。
「……あの、カードに所属がないんですが……今って、どのチームにも所属されてないんですか?」
──不意に聞かれた問い。
誠司はしばし無言になり、少しだけ遠い目をした。
「……ああ。今はどこにも。一人、気ままのソロだな」
受付嬢はその言葉を聞ほんのり哀しげに目を伏せたように見えた。
「……そう、なんですね。でもダンジョン内は危険ですが……」
「まっ、お気になさらずってね」
誠司は軽く笑いながら答えたが、心の奥で小さく苦いものが残った。
──このカードも、俺も、どこにも属せないもの同士ってわけだ。
登録完了の機械音が聞こえる。
それを見て、誠司は深く息を吐いた。
「よし。じゃあ、行くか」
窓の外をみるとそこ離れたビルの外壁には、昔の広告看板の跡がまだ薄っすらと残っていた。
人が生きた証を上書きするように、ダンジョンの痕跡が街を蝕んでいく──そんな印象を誠司は受けた。
誠司は改めて窓外の空を見つめ、深く息を吐いた。
ここで今日、自分の運命が動き出すのかもしれない。
そんな根拠のない予感が、胸の奥で静かにざわめいていた。
§ § §
ダンジョン協会を出た外の空気は、どこか鉄の匂いが混じっていた。
冷たく乾いた風が頬を撫で、誠司の心を引き締め、歩を進めた。
周囲では他の冒険者たちが装備を整え、仲間と笑いあい、あるいは緊張の面持ちでダンジョンの入口へと向かっていく。
そんな彼らを横目に見ながら、誠司はひとり静かに階段を降りる。
孤独という名の影が、背中にぴたりと寄り添っている気がした。
だが、それは決して嫌な感覚ではなかった。
『……これが、今の俺の戦い方だな』。
渋谷ダンジョンの入り口前、カードを提示する。機械音と共にロックが解除される音が響き、金属の扉がゆっくりと開く。