魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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25/06/19 再度改定します。誠に失礼致しました。要所要所の文脈誤りを修正。


1-29 黒曜の少女との邂逅

「……どうぞ」

 

 誠司が病室の扉に視線を向けて告げると、扉がゆっくりと開いた。

 そこに立っていたのは、一人の黒髪ポニーテールの少女だった。

 

「いろは! 見舞いに来たよー!」

 

 その声とともに、少女は元気よく部屋へ入ってきた。

 だがその瞬間、ベッドの上にいるいろはの表情が強張る。

 無表情の中に──確かに、驚愕の色が浮かんでいた。

 

「っ、相馬さん昨日はどうも(笑)。これ、お見舞いの果物です! 見舞いにはこういうものを持っていくのが常識と聞きましたので、持参致しましたーっ!」

 

 まるで演技めいた明るさで差し出された果物籠。

 誠司はひとまず「ありがとう」と礼を言いながらも、微笑を返す彼女の“目”に背筋を凍らせた。

 

 その笑顔は、学院の写真で見たときよりも、ずっと──深く、どこか壊れているように思えた。

 

(……この娘、やはり、何かがおかしい)

 

 この少女こそ、渋谷大深層一層でいろはを背負っていた時、誠司の前に突如現れた少女──九条綾音だった。

 

「いろはー、元気になったー? いやーびっくりしたよぉ。ダンジョン帰りに支部に顔出そうとしたら、いろはの匂いがしてね、ついフラッとそっちに向かったら……なんとまあ、いろはが誰かにおんぶされてるじゃない?」

 

 綾音は指を立て、無邪気に語る。その姿は一見愛嬌があるようで、しかしその言葉の端々に、

明確な“狂気”が混じっていた。

 

「声かけても全然反応しないしさー、最初はさ、あー……お持ち帰り案件かなって思って、

咄嗟にその相馬さんに剣を突きつけようとしちゃってねー」

 

「……はい?」

 

 いろはの小さな声が漏れる。

 

「安心して! 戦ってないからっ。いやー、ホントはちょっと戦ってみたかったんだけど、

自己紹介されちゃってさ。あと、家の従兄さんたちのことも話されたし、身分確認もできたし、

ダンジョン協会の人も二人の関係を知ってたりしてねー」

 

「…………はい……」

 

「しかもね? 聞いて驚くなかれ──この相馬さんって、九条家の関係者らしいの。あたし、一度も見たことなかったんだけど……なんか既視感あったのよねー。あ、そういえば、モルヴは今いないの? あの子、いつもいろはの傍にいたのにー」

 

「……いま、魔力が……」

 

「そっかそっか! あの子って魔力で動くから、今はおやすみ中ってわけねー。

なるほどなるほど。いやー、ほんと、いろはって不思議だよねー。可愛いし、不安定だし、

でも一番、面白いんだよねー」

 

 綾音はケタケタと笑いながら、まるで砕けたガラス玉を転がすように、

危うい言葉を並べていく。

 誠司はその様子を見つめながら、複雑な心境に胸を締めつけられていた。

 

(……会話になってる?)

 

 綾音が一方的に話しているようでいて、いろはは時折、ほんの小さく、だが確かに相槌を打っていた。それが「嬉しい」のか「怖い」のか、表情だけでは読み取れない。

 

 ただ一つ言えるのは──いろはが、誰かと会話をしている。それだけは事実だった。

 誠司は、渋谷大深層での出会いを思い出す。

 あの時、突然現れた黒曜の少女──九条綾音。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

「ねぇ、そこのにいさん。にいさんがおんぶしている子は、あたしの友人なんだよね」

 

 夕暮れの光が淡くダンジョン入口の通路を照らしていた頃。誠司は、暴走を終えて気絶した

いろはを背に負い、ワープゲートを通って地上階へ戻っていた。詩織に連絡を入れ、これから

月城系列の医療施設へ向かおうとしていた、そのときだった。

 

 背後から声。艶やかな黒髪をポニーテールにまとめた少女が、殺気をまとうように立っていた。九条綾音──学院内での打ち合わせで島田教頭や須藤教官たちからその名を聞いていた誠司はゆっくりと振り返る。

 

「ねぇ、聞いてるかなー。その子は単独行動が普通で、誰かと絡むことはほとんどないんだよね。私でも基本は訓練中しか喋らないし……なんで、にいさんが《いろは》を連れてんの?」

 

 鯉口を指でカチリと弾き、綾音の瞳が鋭さを増す。誠司は一拍置いてから、冷静に問い返した。

 

「……いろはの友人か。だが、なぜこの子がいろはだと分かったんだ? 

顔も見えにくいはずだろう」

 

 誠司のその背には、いろはの頭に白いケープに付属したフードがかけられており、彼女の顔は外からは見えない。

 

「えっ、そんなの匂いで分かるに決まってるじゃん」

 

「えっ」

 

 呆気にとられる誠司に、綾音は軽く舌を出した。

 

「……あっ、ごめん。そうか、普通は匂いじゃ分からないよね。でも、この白いケープはね、

あたし2年近く見てるの。いろはが何よりも大切にしてる物の一つだから」

 

 綾音は指差して言う。

 

「モルヴはいろいろ触らせてくれるのに、このケープと腕輪だけは絶対に触らせてくれない。

戦闘訓練でも羽織ってるし、全然汚れないのも不思議なんだよね」

 

 その言葉に、誠司の中で何かが少しだけほどけた。まだ警戒を解かない綾音に対し、言葉を選んで応じる。

 

「……いろいろ見てくれていたようだな。ありがとう。俺は相馬誠司。いろはの保護監督者だ。

君のことは学院から聞いている」

 

 わずかに警戒が緩む綾音。だが手はまだ鞘を握ったままだ。誠司は続けた。

 

「いろはとはダンジョンの探索中に同行していた。だが、魔力暴走で気絶した。

今から医療施設に向かうところだ」

 

「……あたしが言うのもなんですが、いろはは魔力制御がうまい方ですよ。

そんな簡単に暴走なんて……何かしたんじゃないですか?」

 

 真剣な目つきで問い詰めてくる綾音に、誠司は(やれやれ)と内心で息を吐いた。

 

「……このまま医療施設まで向かい、その間に話しょうか?九条御用達の医療機関がありますし」

 

「……いろはのことを心配してくれてるのはありがたい。

でも、医療施設は月城系列に向かう。……たとえ、納得してくれなくてもな」

 

「えぇ、ご理解が早くて助かります」

 

 返す綾音の声色は、まるで“問答無用”と言わんばかり。

 それに呼応するかのように、空気がピリつき始める。通行人たちも、遠巻きにこちらを伺いはじめ──

 

(不味いな、このままじゃ騒ぎになる)

 

 誠司は内心で苦い顔をしつつ、視線を後ろに向ける。

 そして、ため息混じりに一言。

 

「……はぁ、頼む。誤解を解いてやってくれ」

 

「まったく……誠司は相変わらずですね」

 

 ひょい、と音もなく現れたのは、征伐執行者・天瀬光莉だった。

 

 隠匿魔法具で周囲の認識を操作し、声を聞く者すら限られている。

 故に周りは騒ぎになっていない。

 

「綾音、彼は誠司。私や武義の親しい友人で、九条とも月城とも関係がある人物です。

……そして、いろはの保護監督者でもあります。彼女が心配? なのは分かりましたが、ここは月城の医療施設に搬送するのが適切でしょう。刀から手を放しなさい」

 

 言葉に一切の隙はない。

 命令とも、庇護とも取れる一言に、綾音の手がようやく刀の鞘から離れる。

 

「光莉さんと従兄さんのご友人……。なるほど。──相馬さん、先ほどは失礼しました」

 

 不満はあるのだろう。だが、名残惜しそうに刀から手をはなし、綾音は律儀に頭を下げた。

 その後、光莉と綾音には一応、詩織への一報を再度頼み、誠司はいろはを連れて月城系列の医療施設へと向かうこととなった。

 いろははすぐさま検査入院となり、そして──一両日が過ぎた。

 

 

 

 

 

 §   §   §

 

 

 

 

 

(剣を抜こうとするわ、殺気は放ってくるわ……)

 

 誠司は綾音の第一印象を振り返っていた。

 

(学院の友人を守るため、という動機はわかる。だが……短慮すぎるな、この少女)

 

 そんなことを考えていると、病室の椅子で無邪気に座る綾音が誠司に向かって笑ってきた。

 

「……いろは、飲み物でも買ってきてくる。九条さんは何がいい?」

 

「あっ……誠司様……」

 

「ありがとうございまーす! 100%リンゴジュースでお願いしますっ!」

 

 どこか遠慮のない綾音の声に、誠司は小さく笑みをこぼす。

 対していろはは、誠司に離れてほしくなさそうな目をしていた。

 

「いろはは、いつもの無糖紅茶でいいかな?」

 

「……はい、誠司様」

 

「了解、じゃあ行ってくる」

 

 ドアを閉めて廊下に出た誠司の目に、黒い影が映る。

 天瀬光莉だった。

 

「昨日のことは助かった。綾音の誤解を解くのも、詩織への連絡も」

 

「詩織さん、すぐに来たらしいですね。……いろはが愛されている様子を見ていると、少し安心できますね」

 

 光莉の表情は穏やかだったが、目の奥にはどこか静かな鋭さがあった。

 

「……ああ、そうだな」

 

「……誠司、いろはの前ではそんな顔をしてちゃ駄目です。頼れる大人ってのは、いつも堂々と

してるもんですよ?」

 

「分かってるよ」

 

「それならいいけど。……いろはの件、あなたが責任持つんですよね?」

 

「もちろん。光莉…………手を出すなよ」

 

「ふふ、それは……あなたたち次第ですね。でも──貸し一つ、です」

 

「ああ、それで頼む」

 

 そう言って光莉に軽く頭を下げた誠司は、ナースセンターでいろはの容体を報告し、

検査時間を一時間ずらすよう調整。

 飲み物を手に戻ったころには、病室から軽快な綾音の笑い声が響いていた。

 それから、1時間近く綾音のトークに、誠司といろははときおり相槌を返して会話をしていた。

 昨日までのあの虚ろな姿を思い出せば、このやりとりに、心から救われる想いがある。

 

 と──

 

 こんこん、とドアがノックされた。

 

「綾音、帰りますよ」

 

 扉を開けたのは光莉。だが──病室の中には入らない。

 その瞬間、いろはの肩がぴくりと跳ねた。

 目に見えて、全身がこわばる。

 そして、静かに──ゆっくりと首を垂れた。まるで、音にすら逆らえない人形のように。

 

(……異様な反応?)

 綾音はそう思ったが、何も言わずに立ち上がり、軽く手を振った。

 

「いろは、残りの連休楽しんで……とは言えないけど、ゆっくり休んでね」

 

「……うん、あやね」

 

「えへへ。じゃあね。連休明け、いろはとモルヴとの戦い、楽しみにしてるよー」

 

 そう言って綾音はドアへ向かい──

 

「お待たせしました、光莉さん」

 

「えぇ、問題ないわよ。綾音、帰りましょう」

 

 光莉は病室には入らず、廊下のままくるりと振り返った。

 

「あぁ、いろは。身体も心も、ちゃんと休めてくださいね。

それと――明日の夜は誠司を借ります。それでは、また」

 

 その言葉に、いろはの唇がかすかに震えた。

 

「……は?、誠司様……どういうことですか……?」

 

 その顔には、普段では考えられないほどの驚きが浮かんでいた。

 

(今日はほんと、表情がよく動く日だな……)

 

 誠司は現実逃避のようにぼんやりと思いながら、それでもすぐに現実へと立ち戻り――

 苦笑いを浮かべつつ、いろはをなだめるために、そっと立ち上がった。

 

 

 

 

 

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