魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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 区切りが悪く、少し長くなりましが、ぜひ読んでください。


1-31 友人とのとある日常2

 数分後、二つの丼が同時にカウンターへと置かれた。

 だが、その二杯はあまりにも違っていた。

 

(……なんだこれは)

 

 誠司の前に置かれたのは、煉獄ラーメン──真紅のスープに、唐辛子で色づいた麺と具材が鮮烈に浮かぶ。

 常人には十分すぎるほどの激辛。だが、まだ“人間の食べ物”のようだ。

 

 一方で。

 光莉の前に供された《第零階・煉界王》は、もはや“食”というカテゴリを逸脱していた。

 

 スープは、ただ赤いのではない。

 漆黒に限りなく近い深紅──光を吸い込むような紅蓮地獄の色。

 そこに、表面を覆うように浮かぶ妖しくも不規則な斑模様の緋色と紫黒。

 スープがまるで“鍋に煮詰まった怒りと業”そのもので、微かに虹のような干渉色が揺れている。

 それは化学染料ではない、天然素材でしか出せない“生きた色”だった。

 

 麺は、唐辛子色ではなく、赤銅色に近い焦げ朱(こげあけ)の麺線に、微細な黒粒と燻んだ紫の紋様が浮かび、まるで魔獣の腸線を彷彿とさせる不気味な質感をしていた。

 湯気は赤く、店内の灯りが反射しているはずなのに、どこか青黒い影が滲んで見える。

 

 誠司は思った。

 

(……これは、“食べ物の色”じゃない)

 

 それは──“煉獄”という言葉が初めて、正しく視覚化された一杯だった。

 

「……私が店長です」

 

 ラーメンを渡してきた男が、カウンター越しに深く一礼しながら口を開いた。

 

「《煉界王》。辛さは神話級。……当店の誇りにして、ダンジョン深層すら超えると自負しております。天瀬様……いえ、ラーメン特攻隊長。ぜひ、ご賞味を」

 

 その言葉に、光莉はまっすぐに相手の目を見つめて、小さく頷いた。

 

「ええ、ありがたく。いただきます」

 

 その言葉を合図に、静かだった店内がさらに凍りつく。

 光莉は箸をとり、ふわりと立ちのぼる灼熱の湯気を切り裂くように麺を持ち上げる。

 一口すすると、周囲の空気が、止まった。

 

 そして、咀嚼。

 

 口元に軽く手を添え、続けてスープを一口──

 その間、店内の誰一人として息を飲むことすらできなかった。

 まるで、そこにいる全員が“煉獄”に引き込まれ、言葉も動きも失っていたかのようだった。

 

 

「…………うん、美味ですね」

 

 

 やがて光莉は、ゆっくりと微笑んだ。

 その顔には、驚きも苦しみも、わずかな汗さえ浮かんでいない。

 むしろ、目を細めるその姿は、食の悦楽を満たした一流の美食家のそれだった。

 彼女は、まるで何事もなかったかのように、辛さの暴力を前にして優雅に箸を動かしていた。

 

 

 

 店内のざわめきが、爆発した。

 

「うそだろ……!」

「汗ひとつかかずに、神話級を……!?」

「流石、ラーメン特攻隊長!」

「俺たちは、今、伝説を目撃している……!」

 

 客も、店員も、誰もが目の前のラーメンを忘れ、調理を忘れ、咀嚼さえ忘れていた。

 

 ただ、ただ──天瀬光莉というひとりの女の所作に、息を呑んで見入っていた。

 

 そして、静かに──店長が、泣いていた。

 

「……苦節二十年。このラーメンは……貴方様に食べていただくために私は作り続けたと言っても、過言ではありません……!」

 

 顔をくしゃくしゃにしながら、男泣き。

 その背後で、ベテランらしき二名の店員も、うんうんと涙ぐんでいる。

 

(……いや、重いわ)

 

 隣で静かにスープを飲んでいる光莉を横目に、誠司は内心だけでそう思った。

 ラーメンは熱い。スープも辛い。そして空気が……暑苦しい。

 ふと、自分がまだ何も食べていないことに気づいた誠司は、黙ってレンゲを手に取る。

 隣では幸せそうにラーメンをすすっている光莉。その姿をチラと見て、誠司は(いただきます)と心の中で呟いた。

 煉獄ラーメンの真紅のスープをすくい、一口──

 

「ごふっ……おっ、ごほっ、ごほっ!!」

 

 突然、喉が焼かれたようにむせ返る。

 一瞬で全身から汗が噴き出し、額どころか背中までびっしょりだ。

 咳き込みながら顔をしかめる誠司に、店内の視線が集中する。

 

「……あはー、辛すぎましたか?」

 

 名前を呼ばず、さりげなくフォローを入れる光莉。慣れている。

 にこやかな表情で、氷水のグラスを差し出してくる。

 

「口の中、冷やしてくださいねー」

 

 受け取ったグラスを一気に飲む誠司。

 確かに一時的に辛さが増す。けれど、体温は少し落ち着いた。

 

「……うっ、ふぅ……煉獄、か……いや、辛すぎだろ……」

 

 そう小声でつぶやく誠司の横で、また店内がざわついた。

 

「やはり普通はああなるか……」

「だよな……普通の人間の感性だとああなるもんな」

「特攻隊長の隣にいるとはいえ、彼は一般枠……か?」

「いや……彼もまた、我らと同じ“地獄”に挑む者だ……!」

 

 誠司の口火に触発されたかのように、客たちの間に微妙な賞賛と共感のざわめきが広がる。

 誠司はそれを背に受けながら、静かに戦いを続けていた。

 汗をかき、咳き込みながらも、少しずつ麺を啜り、具材を口に運ぶ。

 

 そして、スープを──飲まずに残す。

 

(……いや、俺別にラーメン通じゃないし。はしごもあるし)

 

 完食の達成感よりも、これからの行動計画を重視する。

 そう、それが、彼の戦術だった。決して、スープの辛さから逃げだわけではないのだ。

 隣では、光莉が丼を持ち上げ、ゆっくりと、最後のスープを飲み干していた。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 満足そうな顔で言う光莉に続いて、誠司もぽつりとつぶやいた。

 

「御馳走様」

 

 そして──

 

「天瀬様、完食、誠にありがとうございます……!」

 

 再び、店長の声が上がった。

 

「貴方様に食していただき、感謝の極みです……!」

 

「いやー、店長、素晴らしい辛さでしたよ~。私が食べた激辛ラーメンの中でも五指に入ります。……おいしさを加味したら、三指ですね」

 

 光莉は続ける。

 

「辛さだけを誇示する店は多いですが、こちらはその辛さの中に──しっかりと旨味と香りを閉じ込めている。だからこそ、私の中でも上位三指に入るんですよ」

 

 その評価に、店長は再び号泣。ベテラン店員たちも、涙を拭いながら彼女に頭を下げる。

 そして店内。

 この地獄を愛する猛者たちは、光莉の完食に拍手を送り、静かに丼へと向き直る。

 だが、誠司──そして一部の一見客たちはというと、若干引き気味だった。

 

(いや……ほんと、暑苦しいわ)

 

 そんなことを考えていると、涙を拭った店長が、唐突に誠司へと顔を向けた。

 次の“矛先”が、自分であることを──誠司は、悟った。

 

 

 

 

 

§  §  §

 

 

 

 

 

 涙で濡れた頬のまま、店長は誠司をじっと見つめ、深く頭を下げた。

 そして、まるで高貴な存在に謁見するような口調で語りかける。

 

「……天秤様とお見受けいたします。当店のオーソドックスな一品──煉獄ラーメン。

あなたの味覚には……如何でしたでしょうか」

 

 声は低く、真剣だった。

 その瞬間、一部の客たちが反応した。

 ざわ……と、微かな波紋が店内に広がっていく。

 

「……天秤……だと?」

「嘘……まさか……あの人が……?」

 

 一方で、初来店らしき一見客たちは困惑していた。

 

 まるで宗教儀式の途中に紛れ込んだような、あの置いてけぼりの空気。

 

(……はぁ、またかよ)

 

 誠司は内心で嘆息した。

 こういう展開には慣れている。慣れているが、面倒なものは面倒だ。

 誠司はゆっくりと視線を店長に向け、そして隣でにこにこ笑っている光莉を睨みながら口を開いた。

 

「……えぇ、店のコンセプトに合った、非常に辛くて美味しいラーメンだったと思いますよ」

 

 やんわりと、当たり障りのない表現を選んだつもりだった。

 だが、店長はなおも食い下がる。

 

「御身に対し、不敬かもしれませんが……。その、あなたの“味覚”には……如何でしたか?」

 

(うわぁ……本気で聞いてきたよ)

 

 誠司は深く息を吐いた。そして、静かに答える。

 

「……俺の味覚にはマッチしませんね。ただし、激辛好きのコアな客層にマッチした、非常に辛く、美味しいラーメンだったと思います」

 

 その言葉を聞いた瞬間──

 

「くっ……!」

 

 店長が厨房の台を両手で叩きつけた。

 隣のベテラン店員二人は額に手を当て、ラーメン通たちは揃ってうなだれる。

 一見客たちは、意味も分からずざわざわと戸惑っていた。

 やがて、店の片隅でひそひそ声が交差し始める。

 

「……天瀬様の隣にいた男……あの人、何者なんだ?」

「天秤様って、何?」

「あの人はラーメン四天王の5人目だ」

「四天王! でも5人目!? …………まぁ、よくあることか。」

「……でも、“天秤”ってのは何だ?」

 

 ラーメン通と思しき青年が、小声で解説を始める。

 

「『ラーメン界の天秤』。それは、『ラーメン特攻隊長』こと天瀬光莉さんと、時折ともに現れる謎の人物……。その素性や顔写真は、天瀬さんが訴訟を何度も起こして削除させたらしく、ネットではほとんど見られない」

「じゃあどうやって有名になったんだ?」

「彼が、“味覚に合う”と評価したラーメン店は、翌年からラーメン店全国ランキングのトップ10に食い込む。逆に“味覚に合わない”と一言でも漏らされた店は……だいたい、1年以内に閉店してる」

「マジかよ……それ、ただの都市伝説じゃ……」

「そう思うだろ? でも、ラーメン屋って味や話題性だけじゃなくて、信頼で食い繋いでるんだよ。看板背負ってる店主たちは、あの“天秤”に聞かずにいられないんだ。──彼の言葉ひとつで、未来が決まるってな」

 

 重々しく、そんな会話が交わされていく店内。

 

「じゃあ、この店はどうなるんだ?」

「……今回の評価だと、激辛ラーメンとしては上位だな。コアなファンには刺さる。ただし、

万人受けには届かない。いわば、店の看板のとおり、地獄を愛する者のための選ばれし店だ」

「……天秤様、すげぇ……!」

 

 誠司はその会話が耳に入っていながら、氷水を飲みつつ、もう何も言わずにただ天井を見て静かに考えていた。

 

(……そもそも俺、ラーメンって一人じゃ食べないんだよな)

 

 光莉の趣味に付き合ってるだけ。

 ラーメンが好きというほどでもない。むしろ“付き合い”でしかない。

 

(なのに、いつの間にか……)

 

 誠司が「味覚に合う」と言った──

 ただそれだけで、店の売上が跳ね上がったり、逆に「口に合わない」と言っただけで、

 不味くもない店が閉店に追い込まれた。

 

 それは、光莉──“ラーメン特攻隊長”にして“日本のヒカリ”と称される彼女の隣にいたからこそ、勝手に注目され、勝手に重みを与えられてきた結果だった。

 

(……考えてみてほしい。俺は、ただの食事において“万民”の中の一人だ)

 

 料理人でもない。評論家でもない。

 そんな自分の「味覚に合う」が意味するものは──

 “みんなが普通に美味しいと思う味”ということ程度にすぎない。

 なのに、ラーメン界隈ではそれが特別な評価として扱われ、店の未来を左右するようになった。

 

(そのせいで、“四天王の5人目”、“天秤”なんて不名誉な異名をもらって……。

もう、軽率に味の感想なんて言えやしない)

 

 真面目に努力している店に、不用意な一言で影響を与えてしまう重圧。

 それが、誠司の中にしこりのように残っていた。

 

 

 本当に──ラーメン界って、面倒くさい。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 街灯が光る夜の歩道を、帽子を被った光莉が前を歩く。

 背中越しに伸びをひとつ。細身の体がしなやかに弧を描く。

 

「う~ん……お腹いっぱいです。ラーメン三昧って、やっぱり最高ですね」

 

 軽快な声が空に弾ける。

 その直後、後ろから呻き声がこぼれた。

 

「うー……胃もたれしてる気分だ……」

 

 誠司が腹をさすりながらぼやくと、光莉はおかしそうに振り返った。

 

「あははっ、誠司、まだ若いのに~? 胃もたれなんて早いですよぉ?」

 

 からかうような笑みに、誠司はむすっとした表情で返す。

 

「笑うなって……それにな、お前のチョイス、今日も相変わらず無茶苦茶だぞ。

 

 超激辛《煉界王》、超酸味《酸仙》、で、最後が……岩塩ラーメン《塩界(え~んかい)》? あれ、もうラーメンじゃねぇ。岩塩が“調味料”じゃなくて“主役”になってたぞ! なんで丸ごと一塊入ってるんだよ!?」

 

「いや~、ですよね~。でも、あの岩塩の塊感、私はけっこう好きでしたよ? 

 

 ……ああいうのって、激しい運動のあとに食べると、

 身体にじわ~っと染み渡るんですよねぇ。……ね、誠司?」

 

 光莉はくすりと笑いながら、左手の親指と人差し指で小さな輪をつくり、そこに右手の人差し指を何度も前後にくぐらせる。

 

 どこか──艶やかで、そして狂気じみた仕草だった。

 

「……まあ、普通のラーメンに関して言えば、たしかに言うとおりだな。

 運動したあとなら、かなり旨く感じたかも。

 ……でも正直、今日の三軒目は──ちょっと食いすぎて、味がぼやけてた」

 

 誠司は、自分が頼んだ岩塩が普通の調味料として使用されていたオーソドックスな岩塩ラーメンを思い出しながら、どこか苦笑混じりにそう返す。

 

「ふふっ。誠司、やっぱり分かってるじゃないですか。

 それでは、今から“激しい夜の運動”でも……しませんか?」

 

 光莉はぴたりと足を止め、くるりと振り向いて距離を詰めてくる。

 片手を誠司の首に回し、もう片方の手でそっと顎を持ち上げる。

 そして──その顔がゆっくりと近づいてくる。

 

 15センチ……10センチ……5センチ……

 

 光莉の目は笑っているが、その奥に宿る光は、どこか獲物を前にした捕食者のようだった。

 

(……またこれか)

 

 誠司が静かに息を吐いたそのとき──

 

 ♪ チャララッ、ラーメンエネバ~♪

 

 場違いなCMソングが周囲の空気を引き裂くように鳴り響いた。

 光莉のスマホから、彼女が出演する“ラーメンエネルギーバー”のテーマが流れる。

 ……ダサい。誠司はそう思った。心の底から。

 

「……はい、光莉です。って、あの、なんで電話してくるんですか。

メッセって言いましたよね? ……えぇ、あと少しだったのに……

はぁ? 日本の直線距離より遠いって何ですか、それ」

 

 電話先の相手も、どうやらこの寸止め劇を察していたようだ。

 誠司も内心で強く同意する。

 

「……はいはい、で、要件は? えぇ……そうなんですね。了解しました」

 

「……はい、誠司もいますので、一緒に対応します。……はい、それでは、向かいます」

 

 電話を切ると、光莉はぱっと笑顔に戻った。

 

「うーん、さっきは惜しかったですね? 誠司?」

 

「いや、まったく惜しくなかったぞ」

 

「ひど〜い。もう少しで、恋のラーメンスープが煮詰まるところだったのに~」

 

「……その例え、絶妙にキモい」

 

 そんなやり取りのあと、不意に光莉が一歩、誠司に近づいた。

 

「……誠司。乙女心、わかってませんねぇ?」

 

「いや、ギリギリ乙女……かな?」

 

 ──ゴスッ

 

 誠司の首の皮一枚より前に鋭く叩き込まれる手刀。

 

「誠司……“乙女”ですよ」

 

 満面の笑顔。だが、その瞳は一切、笑っていない。

 

「……お、おう。乙女乙女。超乙女」

 

 そう言うと、光莉はあっさりと手を放し、また前を向く。

 軽やかに歩き出しながら、くるりと振り返った。

 

「それじゃ、誠司。──デートの続きに、行きましょうか」

 

 光莉は、どこか嬉しそうに、甘い余韻を噛みしめるような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 




特定のラーメン屋のラーメンをイメージしたわけではありませんのでご理解願います。
ラーメンのネタは各味覚への限界挑戦をイメージして記載したため、光莉が食べたラーメンは全て一般人だと救急搬送されるレベルだと思っております。
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