魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-32 征伐執行者

 

「うがっ……!」

 

 マフィア風の黒服男の胸を、一本の剣が突き抜ける。

 ──否、それは一瞬のうちに三度繰り返されたようで、男の身体には三つの風穴が

穿たれていた。

 刹那の絶命。地面に崩れ落ちる肉体を見て、倉庫に集まっていた任侠風の男たちと

マフィア一味は言葉を失う。

 沈黙の中に、軽やかな──しかしどこか底知れない──女の声が響いた。

 

「どうも~、皆さん。征伐執行者の天瀬光莉と申しま~す♪」

 

 ゆっくりと歩み出て、眼鏡の奥に、静かに燃えるような光を宿した瞳を光らせていた。

 その視線はまるで、標的の罪を見抜く秤のよう──冷たくも優美で、抗いようのない裁きの意思を湛えている。 

 彼女は静かに、眼鏡のブリッジを中指で一度だけ──コン、と押し上げた。

 

 それはどこか淫靡で、意味深で、けれども彼女にとっては『殺す前の合図』。

 

「う~ん、見た目からして悪どそうな人たちが揃ってますねぇ~……それじゃ、皆さん」

 

 その声色が、ぞわりと変わる。

 

「──征伐、開始です♡」

 

《征伐執行者》、天瀬光莉が慈悲なき地に降り立った──。

 

 

 

 

 

§  §  §

 

 

 

 

 

「ギャーッ!」

「アニキ、先に逃げてくだせー」

「若頭も先に!」

「撃てぇ! 撃てぇ!」

「撃てぇ! 殺せッ!」

「俺の腕が!なく‥‥‥ぶぎゃ」

「うげえっ、逃げろ、殺されるッ!!」

 

「あははははは!」

 

 倉庫の中から、怒号と銃声、そして──女の狂笑が響く。

 隣接する倉庫の屋根、その縁に立つ男は、ため息交じりに言葉を零した。

 

「……あいかわらず、楽しそうだな。光莉は」

 

 ──天瀬光莉。《日本のヒカリ》の名で呼ばれ、正義の象徴として称えられるSランクハンター。しかし裏では、悪を斬ることに快楽を覚える女傑。彼女はこれまで幾多の犯罪組織を壊滅に追いやり、多くの闇を浄化してきた。ゆえに《征伐執行者》の異名を持ち、悪党どもの間で恐怖の象徴として語られている。

 

「あはは! どんどん行きましょう!!」

 

 ……だが、今日の光莉は、いつも以上に狂っていた。笑い声に滲むのは、愉悦。

 まるで、地獄で踊る悪魔のようだった。

 

「まぁ……今回も警察はご愁傷様だな」

 

 そう呟く誠司の視線の先、倉庫の裏手から、黒服のマフィア風の男と任侠風の男──計四人が逃げ出してくる。アタッシュケースを抱え、小型トラックへと走る彼ら。

 

 トラックの前にたどり着く。だが──

 

「なっ……!」

「触れねえ!?」

「なんだこの……見えねぇ壁が……!」

 

 バチィッと火花を散らして弾かれたドアノブに、男たちの動揺が広がる。

 そこに、音もなく降りる一発の銃声。

 

「うがっ」

「っ痛」

 

 マフィアとヤクザのそれぞれのリーダー格が、1発の弾丸で足を撃たれて崩れ落ちた。

 

「おとなしくしていれば、命までは取らない」

 

 闇の中から現れたのは、灰色の仮面──Sランクハンター《灰仮面》。無機質な機械音響く。

 その手に握られたのは、誠司が魔装融合により改良を施した複雑な構造の銃型魔法具だった。

 魔装融合複合兵装【八葉変化《七式魔導銃》】

 

「ま、じかよ……」

「クソが……あのイカレ女だけじゃなく、こいつまで……」

 マフィアとヤクザのそれぞれのリーダー格が激痛を覚えながら呻いている。

 

「最後通告だ」

 

 灰仮面の機械音が響くと二人の部下が、一瞬の沈黙のあと、同時に動いた。

 

 一人は低く構えた体勢から、足元に魔力の風を纏い──瞬間移動にも似た速度で、誠司の背後へと回り込む。スキルによる加速術式だ。

 

 もう一人は、その場で地面を蹴り、屋根近くまで跳躍。高所から誠司の頭部へ向け、逆手に構えたナイフを振り下ろそうとする。

 

「死ねえっ!!」

「喰らいやがれ、灰仮面ッ!!」

 

 背後と頭上──死角を突こうとする完全な奇襲だったのだろう。

 しかし──

 

「……残念だ」

 

 機械音のように無機質な声が、灰仮面の下から漏れた。

 だが、灰仮面──誠司は微動だにしない。振り返ることも、目線を動かすこともない。

 

 その静止の中、背後で肉が裂ける音と、空中から落ちる肉塊の鈍い音が重なる。

 鋭い斬撃音。男たちの体が、まるで紙人形のように真っ二つにされ、三分割合計六つの肉塊と化した。

 

「灰仮面、獲物を残してくれてありがとうございます♡」

 

 狂気を纏った女の声が響く。

 その場にふわりと姿を現したのは、雷を帯びた剣を軽やかに振り、

艶やかな笑みを浮かべる光莉。

 

「……こうならないようするために説得をしたんだがな。そいつらは証人だ。殺すな」

 

「うーん、状況証拠さえあれば、よくないですか? 社会のゴミは処分したほうが……」

 

 にっこりと微笑みながら、倒れたリーダー格の二人に殺気を浴びせる光莉。

 その瞬間、誠司の冷たい魔力が返すように放たれる。

 二人の殺気が衝突し、倉庫裏が一瞬、無音に包まれた。

 

 二つの殺気がぶつかり合い、空間で共鳴する。空気が軋み、視界が揺らぐほどの“圧”に、残された二人の犯罪者は言葉を失った。

 ひとりが、うめくように声を漏らし、白目を剥いて、地面に崩れ落ちる。

 

「っが……!」

 

 もうひとりも、逃げるように後ずさりを試みていたが、同じように昏倒した。

 二人は意識を飛ばし、地に伏したまま痙攣すら止まる。

 

「……ふふ、気絶しちゃいましたね。殺してないですよ、……ねぇ、誠司」

 

 渋々と物足りなさが滲んでいた様子で踵を返し、トラックの荷台へと歩く光莉。

 誠司は気絶し倒れている2人の男たちを魔法具で止血処置を施し、逃がさないように拘束した。

 

「灰仮面!こちらに来てください」

 

 すると、小型トラックの荷台から、光莉の声が響く。

 誠司が覗き込むと、そこには──八つの透明な棺。

 中には、眠るように目を閉じた子供たちが拘束された状態で横たわっていた。

 

「合計八人。……想定より、多いですね」

 

 光莉の表情が、今度は真剣なものに変わっていた。

 

「……やっぱり、あの計画は続いてるのですね」

 

 光莉の声には、静かな怒りと悔しさが滲んでいた。

 

「──ああ。だからこそ、あのクズ共は生かす」

 

 誠司が淡々と告げる。

 

「……殺したい気持ちは、よくわかるがな」

 

 誠司は棺の中の子供たちに視線を落としながら、わずかに息を吐く。

 

「……わかってますよ、そんなの」

 

 光莉は眉を寄せながらも、無理やり笑みを浮かべた。

 

「……でも、本当は……殺したい」

 

 その言葉に、誠司は何も返さなかった。

 ただ、灰仮面の下から、機械的な呼吸音だけが──静かに響いていた。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 ウー……ウー……と、遠くからサイレンの音が近づいてくる。

 

「ちょうどいい時間ですね」

 

 光莉が事前に連絡しておいた『とある協力者』が、警察に連絡を入れていたのだ。

 証拠を残し、罪人を縛り、現場に正義の爪痕を刻む。

 それは、征伐執行者としての顔を保つための段取り。

 そして、彼女が《日本のヒカリ》として振る舞うための、日常的な手続き。

 

「あぁ、そうだな」

 

 返事をしながら、誠司──灰仮面は左手を軽く掲げる。

 暗闇の彼方から、ドローンのような形状の四体の魔法具が音もなく帰還してくる。

 結界を展開し、敵の逃走を封じるための──誠司が魔装融合で作り出した魔法具だ。

 それぞれをキャッチすると、誠司はそれを無言で拡張収納袋へと収めた。

 回収を終えると、わずかに顔を上げ、夜空に目をやる。

 

「……じゃあ、俺は帰るぞ」

 

 サイレンが、少しずつ明瞭に響き始めるなか──

 誠司は、ゆっくりと背を向けた。

 だが、その背中に、甘えるような声がかかる。

 

「えー……もう少し、デートを続けたかったんですけど~」

 

「それとも、やっぱり、今夜は──一緒に夜を過ごしませんか?」

 

 声音は軽く、どこか挑発的。

 だが、その瞳だけは、静かに熱を孕んでいた。

 

「……さっきも言っただろ。いろはが待ってる」

 

 仮面越しに放たれた機械声は、静かだが拒絶の意志を滲ませている。

 

「はぁ~……仕方ありませんねぇ」

 

 光莉は大げさにため息を吐き、目を伏せる素振りを見せた──かと思えば。

 次の瞬間、灰仮面の正面に立ち、光莉はスッと彼の顔に手を伸ばした。

 

 ──カチャ。

 

 滑らかな所作で仮面の固定部を外し、それを静かに外す。

 その仮面は落ちることなく、彼女の左手の中にしっかりと収まっていた。

 そしてそのまま──右手を、くるりと誠司の首の後ろへと回し、

 左手の仮面を軽く握ったまま、彼の背中へと添える。

 

「ん……」

 

 呟くように息を吐いた瞬間、彼女の唇が誠司の唇をそっと塞いだ。

 戸惑う暇もなく、唇の温度がじわりと染み込む。

 すぐさま舌が絡まり、情熱的な、そして濃厚なディープキスへと移行していく。

 静かに、しかし確かに支配するキス。

 唇を通して、彼女の感情と欲望が伝わってくるようだった。

 

 数十秒──

 

 長くもなく、短くもない刻印の時間が過ぎた。

 光莉はゆっくりと唇を離すと、にこりと笑みを浮かべ、彼の胸元に軽く頭を預ける。

 

「……とりあえず、マーキング完了です♡」

 

 そして、誠司の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「いろはとは、今夜……頑張ってくださいね?」

 

 唇に残る、微かな熱──

 

 誠司はひくついた眉を戻すと、ため息をひとつ吐きながら言った。

 

「……やられたな」

 

 だが、その声に怒りも、呆れもなかった。

 あるのはただ、いつものことだという諦観と、ほんの少しの感情の揺らぎだけ。

 そのまま彼は、闇の中へと歩き出す。

 

 待つのは、『不器用な幸福に縋る少女』のもと──

 ──だが、その唇には、確かにまだ、熱が残っていた。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 十台を超えるパトカーのサイレンが夜の街にけたたましく響き渡った。

 

 通報を受けて突入した機動隊を含む警官たち──だが、彼らの目に映った光景は、

もはや戦場ですら生ぬるい、異様な屠殺場だった。

 

 血液由来の鉄錆の匂いと硝煙、焼け焦げた肉の臭気。死体と呼ぶには生々しく、だが人とは到底呼べぬ塊が無数に転がっている。

 

 雷光によって抉られた断面は、まるで白炭のように焦げ、肉の断片すらも美しさを帯びていた。

 恐怖に引き攣った表情のまま絶命した顔。断末魔の叫びが染みついたままの無惨な骸。

 

 ……生き残ったのは、たった二人。

 

 倉庫の外で血だまりを横に拘束されていたマフィア風のボスと、ヤクザ風の大男──『アニキ』と『若頭』と呼ばれていた男たちだけだった。彼らは灰仮面によって、銃傷を止血され、生かされていた。

 

「……まあ、二人残した分、理性は残っていたってことか」

 

 そう呟いたのは、現場を統括する中年警官──通称『ゲンさん』。

 彼の横に現れたのは、光莉だ。

 

「ええ、もちろんですよ、ゲンさん。ちゃんと自白できるようには残しましたから」

 

 冷たく笑うその口元には、死に彩られた征伐者の微笑みが浮かぶ。

 

「……はぁ、いつも通りのようだな。あとはこっちで対応する」

 

「ありがとうございます、ゲンさん。……今回の件、九条家にも情報を」

 

「……わかってる。あのトラックの中身も見た。協会と九条家には報告書を上げておく」

 

「えぇ、ぜひお願いします」

 

 ゲンさんがふと眉をひそめる。

 

「それにしても……今日は、妙に機嫌がいいな。お前、取引物が子供だった時は、いつも機嫌が悪かったはずだが?」

 

 その問いに、光莉はいたずらっぽく笑って肩をすくめた。

 

「ええ、そうですね。内心は不機嫌ですよ? でも今日は──ちょっと、個人的に良いことがあったので」

 

 にっこりと、無邪気に。だが、瞳の奥に潜む残虐の気配は、隠せない。

 

「……そうかい。あと、その胸元の録画データ、例のごとく送っといてくれよ」

 

「了解です。では、ゲンさん、子供たちの件も含めて、よろしくお願いします!」

 

 軽やかに、まるで踊るようなステップで現場を後にする光莉。

 焼け焦げた肉と硝煙、鉄錆のような血の臭いが充満する中──

 それでも彼女の残り香だけは、どこか甘く、危うく、忘れがたかった。

 

 

 

「……よし、各班、実況見分は念入りにな」

 

 ゲンの一声で、現場の空気が変わった。

 警察官たちとりわけ鑑識達がそれぞれの配置に散っていく。

 彼女が対応した現場はいつも事後のため、鑑識を同時に呼ぶことが通例となっていた。

 

 そんな、警官・鑑識達がきびきびと動きを見せるのとは裏腹に、一人の若手警官はその場に立ち尽くしていた。

 吐き気をこらえるように口元を押さえ、青ざめた顔で、床に転がる『何か』を見つめている。

 

「……なんなんだ、これ……これが、死体……?」

 

 それは人とは呼べない、肉の塊だった。

 

 そして──異様だったのは、その断面。腕の切断部も、胴が切断された死体も、断面は白く抉れ焼けただれており、血が一滴も存在しない。

 生を終えたはずの肉塊たちが、無数にあるのにも関わらず、なぜか血液が一切流れていないその光景に、若手はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 そこへ、ゲンが近づいてくる。

 

「お前さん、天瀬の嬢ちゃんは……初めてか」

 

 その問いに、若手はかすかに頷く。

 

「……はい。噂では聞いていましたが、《A案件》、実際に見るのは……初めてです」

 

 ゲンは一度だけ小さく息を吐いた。

 

「そうか。なら、これが現実だ。覚えておけ。あの嬢ちゃんの現場は、いつもこうだ」

 

「……でも、《日本のヒカリ》が、こんな……まるで悪魔のような……」

 

「言っとくが、それはタブーだ。聞かなかったことにしてやる。

 ──一応義理立てて言うが、普通にやれば、骨すら残らんらしいからな。

 しかし今回は、『子供が取引物』だったろ? あの嬢ちゃんが手を抜くはずがない」

 

 若手は黙り込んだ。

 

「……だから《征伐執行者》って異名は、伊達じゃねぇんだよ」

 

 その背中は、すでに戦場を去った狂気の英雄を見上げていた。

 

 

 

 

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