魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-3 渋谷ダンジョン26層

 渋谷駅──だったものの地下、その奥。

 

 そこはかつての【駅ナカ】の面影をどこかに残した、広く無機質な空間だった。 

 だが、いまそこに立っているのは通勤客ではない。

 

 採取品の仕分けに追われる者。汚れた装備を拭う者。

 

 100を超える階層を持つS級ダンジョン『渋谷大深層』。その一階層目、駅構内を模した異空間には、20人程度のハンターたちが今日も黙々と身支度を整えていた。

 

 ──その中に、ひとりの男の姿がある。

 

 相馬誠司(そうま せいじ)。

 

 彼は、雑踏にも似た空気のなかで、静かに自分の装備に視線を落とした。

 身に着けているのは、黒革のジャケット。

 

 一見すれば、街中でも着られそうなラフな私服のようにも見える。だが、その表面には魔力を織り込んだ糸が縫い込まれている。

 ただの革ではない。Bランク相当の魔法具──分かる人間だけが気づく仕様の、防御性能を有した灰仮面として使用する特殊スキル【魔装融合】による強化した魔法具だ。

 

 魔法具。

 

 それは、ダンジョンの出現と共にこの世界に現れた、『人類の生き残りの手段』とも呼べる代物。

 モンスターを倒し、異常空間を踏破し、時に命と引き換えに手にするそれらは、いまや戦士たちにとっての『剣』であり『盾』でもある。

 

 誠司の装備は、見た目上そこまで多くない。

 

 左腰に下げた鞘入りの長剣。

 左太ももに装着された拳銃とホルスター。

 左手首には銀色の金属製腕時計。

 右手首には魔力石が組み込まれ複数埋め込められた銀の腕輪。

 そして背中側のホルスターには、掌が入るホルスターポケット型魔法具。

 

 すべての装備に、彼の特殊スキル【魔装融合】の手が加わり強化している。

 ゆえに、彼にしか作れない形での魔法具たちだ。

 

 誠司は、それらひとつひとつを丁寧に指先でなぞるように触れていった。

 確認するというより、確かめる──そんな所作だった。

 

「……装備品に問題なし」

 

 短く、低く呟く。

 

 それは自分自身への起動コマンドのようでもあった。

 ひと呼吸置き、誠司は構内の右端へと歩を進める。

 

 そこには、三つ並んだ奇妙な入り口が待ち構えていた。

 

 透明なパネルで構成されたその『ワープゲート』は、見た目こそエレベーターのようだが、ただの機械ではない。

 淡い魔力の光をまといながら、まるで選ばれるのを待っているかのような佇まいを見せていた。

 

 誠司は、中央のゲートに向かってまっすぐ立つ。

 そこには不思議な気配がある──誘うような、拒むような。

 だが、彼の目には迷いがなかった。

 

 ワープゲートの近くにいるダンジョン協会職員の腕章をしたハンターが近づいてきた。

 

「お疲れ様です、相馬さん。お久しぶりですし、今日は来るの遅いですね? 何階に行かれるんですか?」

 

「よぉ、門番お疲れ様。夕方に協会に呼ばれていてね。ちょっと時間を持て余しているから25層に降りて、26層あたりを散歩してくるわ」

 

「26層を散歩ですか、相変わらずですね‥‥‥了解です」

 

 ふと沈黙が落ちる。誠司はその空気の変化に敏感に反応した。

 

「……ん? まさか、25層あたりで何かあったのか?」

 

 声の調子は軽いが、眼差しは鋭い。

 些細な違和感も見逃さない、ハンターとしての勘だった。

 

「いえ……まだ未確認の段階なんです。そのため、お伝え出来なくて……」

 

 少しだけ言い淀む声。

 やはり、何か感じている──直感がそう囁いていた。

 

「……そうか」

 

 誠司は一拍置いて目を伏せる。

 そして、ゆっくりと視線を戻すと、真剣な口調で続けた。

 

「ダンジョン内じゃ、情報は命より重い。たとえほんの些細な異変でも、聞いておきたいところなんだがな」

 

「申し訳ありません、相馬さん。でも……今は確定できない以上、下手なことは言えません。ただ、警戒だけは怠らないでください」

 

 その言葉に、誠司は小さく息を吐き、微かに頷いた。

 

「……分かった。無理に聞き出そうとは思わない。けど、何か掴んだらすぐに教えてくれよ。些細なことでもいい。俺たちは、そういった情報でも生き延びることができるんから」

 

 そう言って、ゲート前のハンターに別れを告げて、誠司はワープゲートの入り口に入ると、20人ぐらいが入れる大型エレベータの箱のような空間がある。そのまま正面の壁まで行き、手のひらを壁に付けると正面の壁にいくつもの数字が出てきた。その中で誠司は『25』の数字を押した。

 

 ゲートの扉が閉まり、正面の数字が出ている壁が一瞬青く染まり、元に戻った。

 扉が開くと、そこは25層ボス戦後の部屋となる。

 ここにはモンスターは出てこないのだが、念のため、左手で拳銃のグリップを持ち、あたりを警戒。

 問題ないことを確認し、移動する。

 

 ──ダンジョンとの戦いが始まって、もう30年。

 

 世界各地に突如として現れた異空間。

 人類が“ダンジョン”と呼ぶその領域には、ある一定の法則が存在する。

 

 基本構造は階層型。

 五層ごとに小ボス、25層ごとに中ボスか、ダンジョンの等級により、

 時には『ダンジョンボス』が待ち構えている。

 

 五層ごとのボスは厄介だが、まだパターンで対処できる。だが、問題は25層ごとに待ち構えている奴らだ。

 

 中ボスとは名ばかりで、実際にはそのダンジョンより25層上の階層に出現するはずのモンスターが、前倒しで顔を出す。順当に強くなっていっては、勝てるわけがない。

 

 それでも、人類は攻略を進めた。50層、75層、100層──そして、その先。

 

 100層以上のボスは、もう別格だ。25層上のモンスター、なんて理屈すら通じない。

 あれは、何かがおかしい。

 存在そのものが、異常なんだ。

 

 世界でただ一つ、125層のボスを撃破した記録がある。

 それはアメリカのS級ダンジョン。

 だが、それですら終点ではない。

 150層まで続く可能性があるとされている『深淵の座標』。

 

 ──本当に、あの先に終わりはあるのか?

 

 ダンジョンの救いであり致命的な問題もある。

 100層未満の五層ごとの小ボスや中ボスは一週間から数カ月前後で復活する傾向になっていることが判明している。

 倒したもの者がいれば、ワープゲートでボス後の部屋に移動できるから再戦をせずにすむ。

 

 だが、100層の中ボスやダンジョンボスは違う。

 一度倒されれば、それで終わり。復活しない。

 先着順──倒した者が、その価値をすべて奪い去る。

 

 しかし、今、世界で100層の攻略が完了しているダンジョンは、全部で15ヶ所。

 ここ3年ほどでダンジョン攻略が促進してはいるが、日本だけでも100層以上のダンジョンが想定9か所あるのにたったの、それだけ。

 

 ──この深層の果てに何があるのか。

 

 俺たちは、その答えを、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 思案しているうちに26階に移動した。

 26階からは地下鉄や駅ナカというよりは秘密基地のようなイメージのとなり縦横3mぐらいの無機質な広い通路となる。

 

 あたりを経過していると、砲を持つ50㎝ぐらいのドローンのようなものが来た。

 

 モンスター名:キルドローンTypeⅠ。

 魔力弾を放つ機械型モンスター。

 

「……こいつ、チャージ弾持ちの空中型、キルドローンか。Cランク初見殺しってやつだな」

 頭でそう確認しながら、誠司は左もものホルスターから武器を抜いた。

 

 まぁ、弱点は明確で、チャージ弾もBランクの防具なら、ほぼノーダメージに近い絶妙な威力。また、ドロップアイテムが『魔力石D』と1個最低1万円ぐらいで取引されるアイテムであることから、30層に潜れない程度の実力でも装備がしっかりして弱点対策していれば小金稼ぎができる敵だ。

 

 思案していると3体ほどがやってくる。これで高速なら厄介だが、そんな早くもない。

 

 とっとと片付けよう、左もものホルスターから武器を引き抜く。

 Bランク魔法具:アクアバレット。『水鉄砲』と俺は呼んでいる水魔法が使用できる銃型魔法具だ。

 

 さてと、銃に魔力を込め、魔法名を唱える。

 

「アクア・スプラッシュ」

 

 銃身から高圧洗浄機のように水が出てきてキルドローンへ順番に当てる。

 キルドローンは回避行動を取ろうとしたが、魔力水が駆動口に食い込み、

 水魔法が当たった瞬間、3体ともふらふらになり、床に落ちて、機械光が消える。

 

「結局のところは防水仕様の脆弱なドローンなんだよなー」

 

 3体のドローンは床でさらに薄い光を放ち、それぞれ1個ずつ黒い石を落とし、消えた。

 誠司は銃は左手で持ちつつ、右手で魔力石を回収して後ろ腰のホルスターポケットに入れる。

 

「さて、3個で3万円っと、次を探しますかね」

 

 そうして誠司は、何事もなかったかのように26層をさらに進んでいった。

 

 

 

 

 §  §  §

 

 

 

 

 

 30分ほど歩くと耳にかすかな音が届く。

 

「……うん?」

 

 壁の向こうから低い唸り声。モンスターのものではない。人間の、誰かの呻きのような音。

 

「誰かいるのか?」

 

 誠司は眉をひそめ、警戒しながら、音の方へと足を進める。

 

 床に、血の跡があった。赤黒いがまだ乾ききっていないそれは、しかし、新しいものではない。だが奥へ進むにつれ、色が鮮明になる。

 

「これは……」

 

 行き止まりの先、そこに人影があった。ボロボロの装備、血まみれの腕、虚ろな目。ハンターだ。名も知らぬ誰か。

 

「……おい、大丈夫か?」

 

 声をかけるが、返事はない。

 

 

 異様な死体だった。

 焦げ付きもなければ、弾痕もない。

 だが、胸元から腹部にかけて深々と刻まれた斬撃──内臓を切り裂いたであろうその傷が、すべてを物語っていた。

 

「……斬られて死んだ、ってことか。……こんな作業の後で、人が死んでる現場に遭遇するとはな」

 

 誠司は静かに膝をつき、懐からスマホを取り出す。

 数枚、角度を変えて状況写真を撮影。確認用と証拠用だ。

 慎重に死体の上半身を調べた結果、即死に近い内臓出血。

 素人ではまず出せない切れ味──いや、これは明らかに“戦闘技術”の結果だ。

 

 首元にぶら下がっていたギルドカードを見つける。

 データを見ると、所属無しのCランクハンターのようだ。

 

「Cランクで26層……俺とは違い、初見ソロか? まあ、無理ってレベルじゃない。でも……斬撃?」

 

 誠司は眉を寄せた。

 

 この階層で確認されているモンスターは、キルドローンTypeⅠ、そして機械型のスプリットスネア。

 それらは基本的に射撃または拘束を主戦術とする。

 斬撃──ましてや人体をこうまで正確に斬るような手段は持っていない。

 

「不審死……か。これだけは、偶然じゃ済まされねぇな」

 

 死体を持ち帰る方法は、今の自分にはできない。

 何より、これ以上この場に踏みとどまるのは致命的だ。

 せめてもの対応として、ギルドカードを回収し、地図アプリで正確な現在位置を記録しておく。

 

 そのときだった。

 

 ──ブウウゥゥゥン。

 

 鈍く震えるような音が、背後から聞こえた。

 聞き覚えのある、あのモーター音。

 誠司はゆっくりと立ち上がる。

 影の奥──暗がりのその先に、光る赤いセンサーのようなものがいくつも浮かんでいるのが見えた。

 

「大した数ではないけど……面倒くせぇな」

 

 ゆっくりと銃を構える。視界に捉えた敵は──1体、2体、3体……5体。完全に囲む気で来ている。

 

 ──だが、上等だ。

 

 指先に力を込めながら、誠司は微かに笑った。

 

「狩るか。全部まとめてな」

 

 静かに、けれど確かに、その場の空気が変わった。緊張が張り詰め、刹那の沈黙を破るように、誠司の瞳が鋭く細まる。

 

 

 

 ──次の戦いの火蓋が、音もなく、切って落とされた。

 

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