魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

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1-5 沈黙の配役-命を預かる者

 エスカレーターで昇り、渋谷支部の最上階、4階へと足を踏み入れる。

 静まり返ったフロアに、微かに魔力の粒子が漂っているような錯覚──ここが“選ばれた者だけが立ち入ることができるフロア”だと実感させられる。

 

 正面にある強化ゲートへと歩み寄り、ギルドカードを端末にかざす。

 認証音が鳴り、厚みあるドアが静かに開いた。

 

 中に入ると、カウンター付近には見覚えのあるAランクチームが一組、淡々と書類手続き中だ。

 彼らの視線を軽く受け流しながら、誠司は奥へと向かう。

 

(……今日は佐々木さんの先導なしで行くことになるか。さっき2階って聞こえたし)

 

 堂々と進みながらも、カウンターの受付嬢と視線が合う。

 何度か見かけた顔だ──こちらが小さく会釈すると、彼女もぺこりと頭を下げた。

 

(ん、念のためだな)

 

 誠司は歩みを止め、受付へと一言声をかけた。

 

「18時に支部長から呼び出しを受けている相馬です。アポの確認をお願いできますか?」

 

「はい、相馬様ですね。お待ちしておりました。ご案内いたします」

 

(……やっぱり確認して正解だ。勝手に行くのは、ここの空気じゃ無礼だからな)

 

 案内に従いながら、腕時計に目をやる。

 時刻は17時55分。予定の五分前。

 ちょうど良い頃合いだった。

 

 支部長室の前まで来ると、受付嬢が軽くノックを打つ。

 

「18時にお見えになりました、相馬様をお連れしました」

 

「入ってもらってくれ」

 

 中からの落ち着いた声。

 受付嬢がドアを開く。

 

「失礼します」

 

 形式的な挨拶をしつつ、室内に足を踏み入れる。

 何度か来たことのある部屋──だが、今日は空気が違った。

 

 応接ソファには3人の男女。

 

 ソファには、渋谷支部の支部長と、もう一人──誠司が想定外と感じた男がいた。

 

(支部長はいつもとおりのようだが……)

 

 想定外の男へと、誠司の目が向いた。

 

 白髪混じりの精悍な顔立ち。鍛え抜かれた肉体から放たれる、圧倒的な気配。

 かつて『日本初のSランクハンター』として名を馳せ、現在は日本ダンジョン協会の会長にして、巨大財閥・月城グループの総帥 。

 ──月城猛(つきしろたける)

 その男が、ここにいた。

 

(まさか今日お目にかかるとはな……。いろはの件か、それとも──別件か?)

 

 誠司は警戒を隠さず、けれど礼節は忘れずに一礼した。

 

「お疲れ様です。月城会長、支部長。本日は、いかなるご用件でしょうか?」

 

 なるべく早く要点に入りたい。

 そう思っての問いかけだった。

 

「……よう来たな、誠司くん。まあ、座ってくれ」

 

 支部長が軽く促し、その横で控えていた佐々木が動く。

 

「お茶をお持ちしますね」

 

「……ついさっき、3階で別れたばかりなんですが。さすがの先回りですね、佐々木さん」

 

 彼女はちらりと肩越しに振り返り、涼やかな笑みを見せ出て行った。

 

「佐々木君から報告は受けているが、その話は別にしよう。今はまず、会長からのご用件が優先だ」

 

 支部長が静かに制し、誠司の視線が再び月城会長へと向く。

 

 圧倒的な気配。

 いまやハンターを引退し、現役の戦闘者ではないにもかかわらず、その魔力の芯は未だ揺るがず──まるで、座っているだけで場を支配する存在感。

 

(……やっぱり、この人も『生ける伝説』だな)

 

「ご無沙汰しております。会長、ご壮健なようでなによりです」

 

「うむ、誠司。久しぶりだな」

 

 低くもよく通る声が、空気を震わせる。

 

「……いろはちゃんのこと、良い方向に回復しておると聞いている」

 

「そう……なら、ありがたいです。少なくとも二年前と比べれば、多少は前に進めていると、信じたいところです」

 

「……難しい子だ。だがな、誠司。おまえは監視役じゃない。“人間として”彼女と向き合え」

 その言葉には、温かさと、重さと、責任と──なにより、月城猛という人物の本質が宿っていた。

 

「……鋭意努力しますよ。あの子が少しでも、普通の人生に近づけるように」

 

 

 佐々木さんがテーブルにお茶を置き渡ったことを合図に、月城会長がわずかに身を乗り出す。

 

「さて、本題に入ろう。誠司。……『ハンター学院』のことは理解しているな?」

 

 その言葉に、誠司はすぐに頷いた。

 

 ──ハンター学院。

 

 正式には『国家認定・ダンジョンハンター育成高等学院』。

 通称『ハンター学院』と呼ばれる。

 

 表向きは高等学校と同様の教育機関。

 しかし実態は、ダンジョン探索・モンスター討伐・魔法具の取り扱いなど、プロフェッショナルを育てるハンター養成訓練校である。

 

 未だ『死』と隣り合わせの職業──それがハンター。

 世界で誕生してから今年で三十年の月日が経とうとしている現在でも、一部の市民からは「危険すぎる」「アウトローな仕事」などと揶揄されることも少なくない。

 

 だが──強くなれば、得るものもまた大きい。

 

 75階層以降に出現するモンスターの素材は、軍事・医療・高等魔法分野で引く手あまた。

 その換金額は莫大で、時に一度の遠征で一般サラリーマンの生涯年収を超えることもある。

 

(……もっとも、75層以降にまともに進めるのは、Aランク以上の実力を持つ、ごく一部のハンターだけ、なんだけどな)

 

「えぇ、もちろん理解しています。いろはも、一応は通っていますしね。セキュリティ対策も、念のため確認済みです」

 

「ふっ、相変わらず過保護じゃのう。まあ、わしの立場から言えばありがたいがな。……ちなみに、あそこの理事長は、儂の息子だぞ?」

 

 誠司は苦笑を浮かべて、肩をすくめる。

 

「それでも、備えあれば患いなし。何事も事前準備に越したことはありませんから。それで……そのハンター学院がどうかしましたか?」

 

「……要件は三つある。その一つ目だが──いろはちゃんの学校での様子についてだ」

 

 月城会長の声音が、わずかに重みを増した。

 

「彼女、クラスで浮いた状態になっているらしい。担任の話によると、誰とも口をきかず、常に一人。だれかと会話している様子もほとんどないそうだ」

 

「……ああ、やっぱり」

 

 誠司は額に手を当て、深く息を吐いた。

 

「一応、『家では学校どうだった?』 くらいは聞いてるんですよ。でも、『誠司様さえいれば、他にはいらない』とか言い出す始末で。こっちとしては、何をどう返していいか分からない状態です」

 

 それは誇張でも謙遜でもない。

 誠司が帰宅すれば、いろはは必ず玄関まで迎えに来て、手を繋ごうとすらしてくる。精神的な依存傾向──それもかなり強めの。

 

「高校生にもなれば、多少の一人行動は誰にでもありますけど……少人数でも、話せる相手がいるに越したことはない。……正直、俺も学生時代は一匹狼タイプでしたが、それでも誰とも話さないってのは、やっぱり異常ですよ」

 

「うむ。そう思って、貴様に相談したのだ」

 

 月城の瞳が静かに細められる。

 その眼差しには、力ある者特有の冷徹さと、血縁者を思うような情の両方が宿っていた。

 

「彼女の現在の心境を考えれば、無理もないとは思っている。だが、だからこそ、普通の関係性を築かせてやりたい。……あの子がおまえだけを正義だと信じ込んでしまう前に」

 

「……了解しました。そういった状況なら、何か手を打ちます。無理に友達を作らせるのは難しいけれど、せめて、話しかけられた時に、ちゃんと返せるくらいには──」

 

 いろはの人生が『ただの戦力』で終わらぬように。  

 彼女が、誰かと笑い合える未来のために。

 誠司はそう心に誓っている。

 

 

 

 

 

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 しかし、その時、月城猛の声が、低く、まるで刃のように鋭く落とされた。

「──だが、誠司。忘れるな。期限は、残り三年だ」

 

 まるで時計の針が、最後の音を刻むような声だった。

 

「五年。君が『彼女を人として守れるか』を見極めるための猶予だ。だが、その期限を越えても──」

 

 月城の目が、誠司の瞳を真正面から射抜く。

 

「……もし、彼女が『人』ではなく『災厄』と断じられるような存在であるなら。その時は──君が……Sランクハンター『灰仮面』が責任を持って、“処分”しろ」

 

 一瞬、空気が凍りついた。

 その声音に、情けも憐れみもなかった。ただ事務的な、この国の重鎮としての任務命令。

 

「君が守ると言ったのだからな、あの少女を。だから最後まで君が決めろ。わたしは君の判断を尊重しよう……だが、迷うな」

 それは、ただの警告ではない。

 問いでもなければ、意見でもない。

 

 ──誠司……Sランクハンター『灰仮面』に課された、執行命令だった。

 胸の奥に冷たいものが沈んでいくのを感じた。

 

(わかってる……この人は本気で言ってる。もし、いろはが制御不能なら──俺に、その命を絶てと)

 

 自分が助け、守ってきた存在に対して。

 その手を、いつか血に染める覚悟を──今、迫られている。

 誠司は、短く呼吸を整えた。

 そして、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「……了解しました」

 

 その言葉の裏に、どれほどの苦悩と決意があったかを、誰も知らない。

 だが彼の声は、揺るがなかった。

 

 

 

 

 

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