魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵―― 作:藍紫
──それでも、会話は続く。
一度沈んだ空気を切り替えるように、月城会長は咳払いひとつで場を戻した。
誠司もまた、内心のざわめきを押し込み、静かに顔を上げる。
いろはの話が一段落し、誠司は自然と視線を月城会長へ向ける。
「……いろはの件、了承しました。他には?」
誠司の問いに、会長はうなずきながら言葉を継いだ。
「二つ目も、いろはちゃんに関連することだ。誠司──君に、ハンター学院の3年特別クラスが行うダンジョン試験における現地教官として、協力してほしい」
「……特別クラス、ですか」
誠司はわずかに眉を動かす。いろはも所属している、ハンター学院内で優秀な生徒たちを集めた選抜クラス。
学年ごとの上位者だけが在籍を許されるそのクラスに、確かにいろはは名を連ねていた。
(勉強は文句なし、魔力制御は不安定だがスペックは高い。……ただ、コミュ力が壊滅的なのを除けばな)
もともと他者に興味を示さない少女だ。日常生活では誠司にべったりで、先ほどの話から学校では背景』として存在しているに等しいようだ。
ただし、特別クラスに組み込まれたのも、万一のときにいろはの行動に対応できる者が近くにいるようにという配慮が半分だ。
「……特別クラスのダンジョン試験、ですか。これはまた……なぜ今、その話が?」
誠司は、あえて支部長に視線をやる。
支部長はうなずくだけで、すぐに視線を会長へ戻した。
「──ああ、支部長からも聞いている。例の『斬死体』の件もだな」
月城会長の声がわずかに低くなる。
「現在、26層以降で確認されている斬撃による不審死体。Cランク以上のソロ冒険者を狙った闇討ちの可能性が高い。だが、その付近に生徒たちが踏み込む可能性がある」
「……踏み込む?」
「特別クラスの3年生は、夏以降に25層のボス討伐試験を控えている。形式上の25層のボス討伐試験は卒業試験だが、成績上位の生徒たちは、夏季休み前には到達する可能性がある」
「つまり……優秀すぎるがゆえに、想定より早く危険域に入る、と」
「そうだ。25層までは許容範囲だが、優秀すぎるがゆえに進みすぎた生徒が……偶発的に、26層へ足を踏み入れる可能性がある」
(……なるほど)
誠司は考え込む。
「そういう優秀な生徒は、学院側の教師が担当するのしょうね? 俺のような外部の人間が関われば、反発もあるでしょう」
「当然、あるだろうな。だが、Aランク相当の実戦経験を持つ教員が、今の学院には不足している。だからこそ、私から君に頼んでいる」
会長ははっきりと断言した。
「特別クラスは、全員が才能の塊だ。だが、その中でも、さらに飛び抜けた者に特別な機会を与えるのは、むしろ当然だと考えている。それに加え、いろはちゃんについて監視が必要だ」
「……それは理解しています」
誠司はそう言いながら、内ポケットからカードケースを取り出し、自身のハンターカードを取り出す。
表面には小さく印字された文字──『C+』。
誰が見ても、見た目はただのCランクのカード。わずかに違うその刻印に気づく者は、ほとんどいないだろう。
「……でも、それを踏まえても、今の俺が担当するのは不自然に見えるんじゃないですか?」
「……それについては、こちらでも調整は進めている。だが誠司、『C+』は、ただの特例ではない」
会長の声音に、わずかに重みが乗る。
「『C+』──それは、私が直接認定した特殊スキル保持者に与えている、いわば、ダンジョン協会保証つきの訳ありランクだ。問題はあるが、そのぶんの能力を保証しているつもりだよ」
「いやいや、問題あるって、堂々と言うことじゃないでしょうよ……」
誠司は思わず苦笑する。
『C+』。日本でこのカードを持つのは、誠司を含めてわずか三人。
(……会ったことはないけど、俺以外も訳ありって噂がすごいからな)
「……それで、俺が訳ありのでのまとも枠ってこといいですかね?」
「そういうことになるな」
会長があっさりとうなずくのを見て、誠司は肩をすくめた。
(ま、今さら断る理由もないし……いろはの件が絡んでる以上、どうせ逃げられないんだろうな)
誠司は軽く顎をなでながら、表情を引き締めた。
「……少し考えさせてください。その前に──最後の件を聞かせてもらえますか?」
問いかけると、月城会長は珍しく言いよどんだ。
「うむ……実は、だな……」
この男にしては、妙な歯切れの悪さだった。
誠司はすぐに違和感を察する。
普段なら、必要な情報は一刀両断の調子で伝えてくる男が──今は妙に慎重だった。
「……なにか、まずい話なんですか? いろはの面倒をみているため、あまり重い話は正直、遠慮したいところなんですが」
ため息まじりにそう言うと、会長はわずかに咳払いし、ようやく口を開いた。
「実はな。……特別クラスには、儂の孫娘も所属しておってな。あの娘も、将来を見据えてハンターとしての経験を積ませたいのだ」
「……はあ?」
誠司は思わず、目を細めた。
「さすがは会長のお孫さんですね。……で? 優秀な方なら、私ではなくもっと適任のハンターに依頼すればよろしいんじゃないですか?」
声のトーンに皮肉を込めつつ、誠司は続ける。
「こう言ってはなんですが……俺、教育者じゃないですよ?」
「……それは承知しておる」
それでも、なお言いよどむ会長。どこか言いにくそうな表情をしていた。
(……やっぱ、厄介な相手なんじゃないか?)
誠司はいろはの口からその孫娘の名前を聞いたことがなかった。特別クラス内では多少は顔を合わせているはずだが──
(認識はしてるとは思うが、あの子の場合……人の名前を一切覚えてない可能性もあるな)
そんなことを思いながら、誠司は問い直す。
「……で、そのお嬢さんのこと、少し教えていただけますか? 性格や、実力など、知っておいた方がいいと思うので」
月城会長は、ようやく観念したように頷く。
「……名は、月城紗夜(つきしろさよ)。儂の長女の娘だ。年齢は今年で18となる。学院では成績も上位で、規律意識が高く、模範的な生徒だと聞いておる。本人も将来を見据え、正式なハンター登録を希望しておるようだ」
「……成績優秀、規律意識、模範的。……まさしく、絵に描いたような秀才ですかね」
誠司はあえて冷笑気味に言った。
「ただ……」
月城会長が言いかけて、口を閉じた。続きの言葉を選んでいるのが見て取れる。
「……彼女は、その……少し、自分のやり方にこだわる傾向がある。悪く言えば、柔軟性に欠ける……かもしれん」
「柔軟性に欠ける。なるほど……」
(裏を返せば、扱いづらいってことか?)
誠司はその言葉の行間を読み取りつつ、目を細めた。
「……失礼ながら、なかなか……自己主張のはっきりしたお嬢さんのようで」
それ以上は言わなかったが、目元に皮肉が浮かぶのを抑えきれなかった。
佐々木さんが少しだけ咳払いして、絶妙なタイミングで話題を逸らす。
「……月城紗夜さんは、現在、特別クラス内でも明確なリーダー格ではありませんが、強い発言力はあるようです。担任教師によれば、他の生徒との距離感も適切で、協調性も表面的には問題ない……と」
「表面的には、ね」
誠司は思わず口にした。
(いろはと対極すぎて……逆に面倒な予感しかしねぇな)
会ったことはない。
だが、会長の話しぶりと、佐々木さんの補足、それに月城という名字の持つ影響力を考えれば、そう軽く扱える存在でもないだろう。
成績優秀、規律意識が高く、模範的──言葉にすれば完璧だが、逆に言えば、正しさで人を測るタイプかもしれない。
柔軟性が欠けるという点は、いろはのような突飛な存在にとって相性が悪い。
感情を隠すいろはと、理屈で動く優等生。
どちらも周囲とは違う。
でも、違いの質が違いすぎる。
(会わせるだけでも摩擦が起きる気がする……それが、俺のそばで起きるとなれば、なおさら厄介だ)