魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵―― 作:藍紫
誠司は、深く長いため息を吐いた。
(いろはの件、ダンジョン試験、会長の孫娘……三つも抱えきれるかっての)
だが、その中で真っ先に整理を始めたのは、いろはのことだった。
守ると決めた以上、彼女の命と精神の安定は、何よりも優先される。
試験官として特別クラスに同行すれば、仮にいろはが現地で何か異変を起こしても、即座に対応できる。
(試験前までに『斬死体の件』が解決してりゃ、問題ない。だが、間に合わなければ……いろはに何か起きる可能性もある。なら、そばにいる方がマシだ)
もちろん、身内が監督役という構図には抵抗があった。
公平性の観点から見れば、誤解や批判を招く恐れもある。
(……そこも会長の腹積もり次第か。俺が選ばれた時点で、協会内での説明と根回しは済んでるってことなんだろう)
現地試験官として動くのは、いろはのためと割り切ればいい。
(会長の孫娘の件は……正直、断りたい)
規律意識が強く、模範的な生徒──建前上はそれで済んでいるが、会長が歯切れ悪く話した時点で、彼女が面倒事を抱えているのは明白だった。
(深入りしたらロクなことにならねえ予感しかしない。だが、完全に拒絶するのも角が立つ)
月城会長とは、貸し借りのある関係だ。
過去に誠司が一方的に受けた恩もあれば、逆に手を貸したこともある。
あまり無碍にもできない。
(だったら……こっちから、線を引いておけばいい)
誠司は、静かに口を開いた。
「……いろはの件もありますし、特別クラスの現地試験官としての話、前向きに考えます。いざという時、そばにいられる立場なら、それに越したことはない」
そこまで言ってから、わずかに語気を強める。
「ただし、会長のお孫さんの件については……俺は教育者じゃありません。個人的な指導や特別扱いは、お引き受けできませんので」
月城会長は、短く頷いた。
その顔に、拒絶されたことへの苛立ちはなかった。
むしろ、その眼差しにはわずかな満足と──どこか企みを秘めた光があった。
月城会長の孫娘──月城紗夜。
月城会長は思う。
彼女のことを、会長は決して危険な子とは思っていない。
だが、あの子の中にある過剰なまでの使命感と制御された感情は、時に他者との摩擦を生みかねない。
誠司のようなタイプなら、それを真っ向から受け止めずに、あえて距離を取りつつ導くことができる。
少なくとも、感情でぶつかるような教師とは相性が悪いのだ。
(……誠司と、紗夜……あの二人の価値観の衝突は、いずれ何かを生むだろう。そして、彼女のことを考慮し、くだんの件も進めるとしよう)
そんな思いを胸に、会長は静かに口を開いた。
「……了承しよう。紗夜の件については、学院側で対応を調整する。君が個人的に指導に関与しないよう、誤解が出ないように進める」
会長の言葉に、誠司は軽く頷く。
「その方が助かります。こっちは、あくまで現地での安全確保を最優先に動く。それ以上でも、それ以下でもありません」
「うむ。この件の詳細は佐々木君と調整してくれたまえ。頼んだぞ、佐々木君」
佐々木さんが静かにメモを取りながら、話を整理するように口を挟んだ。
「承知致しました、会長。現地試験の対象階層は16層から25層入口。生徒たちは学院側で段階的に振り分けられ、補助役となる教官が同行する予定です。試験開始は、5月の第3週目から約2ヶ月内を予定しております」
誠司は短く頷いた。
「了解。準備を進めておきます」
月城会長も静かに席を立ち、誠司の肩に手を置いた。
「期待しておるぞ、誠司。いろはのこと、頼む。……そして、紗夜のこともな」
(結局、そこに戻るんだよな……)
誠司は無言のまま、しぶしぶその手を受け止めた。
その後、誠司はお茶を飲み干し、月城会長と支部長から退席の許可をもらって席を立った。
廊下に出たところで、佐々木さんが静かに声をかけてくる。
「……別室を用意しているので、少し時間をもらえるかしら?」
時計を確認すると、時刻は十九時十五分。帰宅が遅れる旨はすでにいろはに連絡済みだった。
とはいえ、彼女のことが気にならないわけではない。
だが、この空気からして佐々木さんが話したいのは、先ほどの会合の続きだろう。
「……分かったよ」
二人並んで別室に入る。
柔らかな照明と静かな空気。
テーブルを挟み向かい合い座った佐々木さんは、涼しげな目元でこちらを見ていた。
──佐々木さんは、美しい。
理知的で整った顔立ちに、スーツの着こなしも完璧。
これが初対面の男なら、九割九分は緊張してまともに話せないだろう。
残りの一人? まあ、趣味が違うんだろう。
もっとも、誠司にとって佐々木さんは顔だけで動揺する相手ではないのだが。
彼女の『表の顔』も『裏の顔』も、何度も見てきたからこそ、この沈黙がただの間ではないとすぐに察する。
佐々木さんが一枚の書類を、すっとテーブルに滑らせた。
「さて、さっきの現地教官の件だけど。三日後の月曜日、15時にハンター学院へ来てもらえるかしら。詳細はその場で詰めるわ」
「了解。世間はゴールデンウィークの前半なのに、お忙しいことで」
皮肉めいた調子で言うと、佐々木さんは小さく笑って肩をすくめた。
「ハンターって、休日に副業でダンジョンに潜る人も多いのよ。だからこの時期、協会は地味に繁忙期なの」
「まぁ、確かに。俺もいろはを連れて潜るつもりだったしな」
「ふふ、そうだったの。いろはさんって、今どこまで降りてるの?」
「40層だな。基本、俺がついてはいるけど、実際の攻略はほとんどソロでこなしてる」
佐々木さんの目がわずかに見開かれる。
「……40層を、ソロで?」
「ああ。ただし、今の状況でソロだと45層の小ボスくらいまでが限界だ。それ以上は魔法の制御が不安定だから、無理はさせられない。それに世界を見れば、もっとヤバイ実力を持つガキはいるだろ?」
そう言いながら、誠司はコーヒーに口をつけた。
「あと、25層の中ボスはまだ倒させてない」
「ふうん……それは意図的に?」
「当然。今は制御訓練が優先だ。むやみに進ませても意味がない。とはいえ、実力に見合わない階層で訓練しても身にならないからな」
佐々木さんは口元に微笑を浮かべ、からかうように言った。
「じゃあいろはさんは、あなたの階層にワープゲートで一緒に降りてるってことね?」
「まぁ、そうなるな」
にやりと笑う佐々木さん。
「なるほどね……いろはさん、愛されてるわ」
「……茶化すなって」
誠司は肩をすくめたが、否定はしなかった。
「ふふ、ごめんなさい。つい」
佐々木さんはクスリと笑い、話題を自然に変える。
「でも、便利よね。ワープゲートって。100層までは5階層ごとに使えるし、長期滞在しなくても目的階層までひとっ飛び。Aランクハンターは重宝しているわね」
「確かにな。あれには非常に助けられているだろうな。ただ、知ってのとおり 条件があるけどね」
誠司は一本指を立て、説明を続けた。
「まず一つ目。これは協会でも公式に共有されてる内容だが、その階層に応じた『魔力経験値の閾値』を、パーティー全体で満たしていないと、ゲートは起動しない」
「それは常識ね」
佐々木さんがうなずく。
「長く潜ってるハンターならみんな知ってるわ。階層ごとに最低ラインが設定されてて、それを下回ると転送されない」
「たとえば、Aランク級が4人とBランク1人なら、75層も問題ない。でもAが1人で他が全員B以下だと、魔力経験値が足りなくてゲートは反応しない。パーティー構成も戦術のうちってことさ」
「で、二つ目の制限が……中ボスの撃破ね」
「ああ、それ」
誠司は頷いた。
「25層ごとに出現する中ボスを倒していないと、その先のワープゲートがロックされたままになる。だから、仮にいろはは実力的に俺と共闘して45層の小ボスや50層の中ボスを倒したとして到達できても、25層の中ボスを倒してない以上、ゲートは20層までしか使えない」
「……だから、あなたが一緒にワープして連れてってるのね?」
「そう。俺が条件を満たしてるから、同行者としていろはを引っ張る分には問題ない。40層まではスムーズに移動できる」
「中ボス未討伐でも、同行ならOK。いろはさんの魔力経験値も充分だし、あなたひとりでも条件は余裕でクリアできるものね」
「まぁね。ただ実際は、あいつ一人でも中堅パーティー並みの魔力量はある。けど、ルールはルールだ。単独でゲートに乗るには中ボス討伐が必須だからな」
誠司は言いながら、別のことも思案していた。
(……それに、99層は数ヶ月かけても攻略できない可能性がある。
100層のボスは強力だし、そこから先はダンジョン側からの救済措置が一切ない。
本当の意味で選ばれた者だけが進める深層ってわけだ)
佐々木さんは手元のカップを指でくるくると回しながら、感心したように呟いた。
「よくできてるシステムよね。抜け道があるようで、ちゃんと制御も効いてる。こちらとしてもありがたいわ」
そして、ふと目を上げると、どこか意味ありげな微笑を浮かべた。
「……あなた、本当に丁寧な保護者ね」
「……そうか?」
「そうよ。あの年齢で40層までソロ攻略させるのもすごいけど、それ以上に止めるべきところでちゃんと止めてる。それができる大人って、案外少ないのよ」
佐々木さんの視線には、安心とほんの少しの敬意が混じっていた。
「いろはさんは、特別な子だもの。急がせれば、崩れる可能性だってある。 でも大丈夫よ。あなたなら」
「……だからこそ、俺がブレーキ役にならないといけないんだ」
その言葉に、佐々木さんは目を細めて、静かに頷いた。