魔装融合士は黒き少女たちとダンジョン最深層を潜る ――異能装備で挑む“ダンジョン”の深淵――   作:藍紫

8 / 36
1-7 沈黙の配役-役割の交差点

 

 誠司は、深く長いため息を吐いた。

 

(いろはの件、ダンジョン試験、会長の孫娘……三つも抱えきれるかっての)

 

 だが、その中で真っ先に整理を始めたのは、いろはのことだった。

 守ると決めた以上、彼女の命と精神の安定は、何よりも優先される。

 試験官として特別クラスに同行すれば、仮にいろはが現地で何か異変を起こしても、即座に対応できる。

 

(試験前までに『斬死体の件』が解決してりゃ、問題ない。だが、間に合わなければ……いろはに何か起きる可能性もある。なら、そばにいる方がマシだ)

 

 もちろん、身内が監督役という構図には抵抗があった。

 公平性の観点から見れば、誤解や批判を招く恐れもある。

 

(……そこも会長の腹積もり次第か。俺が選ばれた時点で、協会内での説明と根回しは済んでるってことなんだろう)

 

 現地試験官として動くのは、いろはのためと割り切ればいい。

 

(会長の孫娘の件は……正直、断りたい)

 

 規律意識が強く、模範的な生徒──建前上はそれで済んでいるが、会長が歯切れ悪く話した時点で、彼女が面倒事を抱えているのは明白だった。

 

(深入りしたらロクなことにならねえ予感しかしない。だが、完全に拒絶するのも角が立つ)

 

 月城会長とは、貸し借りのある関係だ。

 過去に誠司が一方的に受けた恩もあれば、逆に手を貸したこともある。

 あまり無碍にもできない。

 

(だったら……こっちから、線を引いておけばいい)

 

 誠司は、静かに口を開いた。

 

「……いろはの件もありますし、特別クラスの現地試験官としての話、前向きに考えます。いざという時、そばにいられる立場なら、それに越したことはない」

 

 そこまで言ってから、わずかに語気を強める。

 

「ただし、会長のお孫さんの件については……俺は教育者じゃありません。個人的な指導や特別扱いは、お引き受けできませんので」

 

 月城会長は、短く頷いた。

 その顔に、拒絶されたことへの苛立ちはなかった。

 むしろ、その眼差しにはわずかな満足と──どこか企みを秘めた光があった。

 

 月城会長の孫娘──月城紗夜。

 

 月城会長は思う。

 彼女のことを、会長は決して危険な子とは思っていない。  

 だが、あの子の中にある過剰なまでの使命感と制御された感情は、時に他者との摩擦を生みかねない。

 誠司のようなタイプなら、それを真っ向から受け止めずに、あえて距離を取りつつ導くことができる。

 少なくとも、感情でぶつかるような教師とは相性が悪いのだ。

 

(……誠司と、紗夜……あの二人の価値観の衝突は、いずれ何かを生むだろう。そして、彼女のことを考慮し、くだんの件も進めるとしよう)

 

 そんな思いを胸に、会長は静かに口を開いた。

 

「……了承しよう。紗夜の件については、学院側で対応を調整する。君が個人的に指導に関与しないよう、誤解が出ないように進める」

 

 会長の言葉に、誠司は軽く頷く。

 

「その方が助かります。こっちは、あくまで現地での安全確保を最優先に動く。それ以上でも、それ以下でもありません」

 

「うむ。この件の詳細は佐々木君と調整してくれたまえ。頼んだぞ、佐々木君」

 

 佐々木さんが静かにメモを取りながら、話を整理するように口を挟んだ。

 

「承知致しました、会長。現地試験の対象階層は16層から25層入口。生徒たちは学院側で段階的に振り分けられ、補助役となる教官が同行する予定です。試験開始は、5月の第3週目から約2ヶ月内を予定しております」

 

 誠司は短く頷いた。

 

「了解。準備を進めておきます」

 

 月城会長も静かに席を立ち、誠司の肩に手を置いた。

 

「期待しておるぞ、誠司。いろはのこと、頼む。……そして、紗夜のこともな」

 

(結局、そこに戻るんだよな……)

 

 誠司は無言のまま、しぶしぶその手を受け止めた。

 その後、誠司はお茶を飲み干し、月城会長と支部長から退席の許可をもらって席を立った。

 

 廊下に出たところで、佐々木さんが静かに声をかけてくる。

 

「……別室を用意しているので、少し時間をもらえるかしら?」

 

 時計を確認すると、時刻は十九時十五分。帰宅が遅れる旨はすでにいろはに連絡済みだった。

 とはいえ、彼女のことが気にならないわけではない。

 だが、この空気からして佐々木さんが話したいのは、先ほどの会合の続きだろう。

 

「……分かったよ」

 

 二人並んで別室に入る。

 柔らかな照明と静かな空気。

 テーブルを挟み向かい合い座った佐々木さんは、涼しげな目元でこちらを見ていた。

 

 ──佐々木さんは、美しい。

 

 理知的で整った顔立ちに、スーツの着こなしも完璧。

 これが初対面の男なら、九割九分は緊張してまともに話せないだろう。

 残りの一人? まあ、趣味が違うんだろう。

 

 もっとも、誠司にとって佐々木さんは顔だけで動揺する相手ではないのだが。

 

 彼女の『表の顔』も『裏の顔』も、何度も見てきたからこそ、この沈黙がただの間ではないとすぐに察する。

 

 佐々木さんが一枚の書類を、すっとテーブルに滑らせた。

 

「さて、さっきの現地教官の件だけど。三日後の月曜日、15時にハンター学院へ来てもらえるかしら。詳細はその場で詰めるわ」

 

「了解。世間はゴールデンウィークの前半なのに、お忙しいことで」

 

 皮肉めいた調子で言うと、佐々木さんは小さく笑って肩をすくめた。

 

「ハンターって、休日に副業でダンジョンに潜る人も多いのよ。だからこの時期、協会は地味に繁忙期なの」

 

「まぁ、確かに。俺もいろはを連れて潜るつもりだったしな」

 

「ふふ、そうだったの。いろはさんって、今どこまで降りてるの?」

 

「40層だな。基本、俺がついてはいるけど、実際の攻略はほとんどソロでこなしてる」

 

 佐々木さんの目がわずかに見開かれる。

 

「……40層を、ソロで?」

 

「ああ。ただし、今の状況でソロだと45層の小ボスくらいまでが限界だ。それ以上は魔法の制御が不安定だから、無理はさせられない。それに世界を見れば、もっとヤバイ実力を持つガキはいるだろ?」

 

 そう言いながら、誠司はコーヒーに口をつけた。

 

「あと、25層の中ボスはまだ倒させてない」

 

「ふうん……それは意図的に?」

 

「当然。今は制御訓練が優先だ。むやみに進ませても意味がない。とはいえ、実力に見合わない階層で訓練しても身にならないからな」

 

 佐々木さんは口元に微笑を浮かべ、からかうように言った。

 

「じゃあいろはさんは、あなたの階層にワープゲートで一緒に降りてるってことね?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

 にやりと笑う佐々木さん。

 

「なるほどね……いろはさん、愛されてるわ」

 

「……茶化すなって」

 

 誠司は肩をすくめたが、否定はしなかった。

 

「ふふ、ごめんなさい。つい」

 

 佐々木さんはクスリと笑い、話題を自然に変える。

 

「でも、便利よね。ワープゲートって。100層までは5階層ごとに使えるし、長期滞在しなくても目的階層までひとっ飛び。Aランクハンターは重宝しているわね」

 

「確かにな。あれには非常に助けられているだろうな。ただ、知ってのとおり 条件があるけどね」

 

 誠司は一本指を立て、説明を続けた。

 

「まず一つ目。これは協会でも公式に共有されてる内容だが、その階層に応じた『魔力経験値の閾値』を、パーティー全体で満たしていないと、ゲートは起動しない」

 

「それは常識ね」

 

 佐々木さんがうなずく。

 

「長く潜ってるハンターならみんな知ってるわ。階層ごとに最低ラインが設定されてて、それを下回ると転送されない」

 

「たとえば、Aランク級が4人とBランク1人なら、75層も問題ない。でもAが1人で他が全員B以下だと、魔力経験値が足りなくてゲートは反応しない。パーティー構成も戦術のうちってことさ」

 

「で、二つ目の制限が……中ボスの撃破ね」

 

「ああ、それ」

 

 誠司は頷いた。

 

「25層ごとに出現する中ボスを倒していないと、その先のワープゲートがロックされたままになる。だから、仮にいろはは実力的に俺と共闘して45層の小ボスや50層の中ボスを倒したとして到達できても、25層の中ボスを倒してない以上、ゲートは20層までしか使えない」

 

「……だから、あなたが一緒にワープして連れてってるのね?」

 

「そう。俺が条件を満たしてるから、同行者としていろはを引っ張る分には問題ない。40層まではスムーズに移動できる」

 

「中ボス未討伐でも、同行ならOK。いろはさんの魔力経験値も充分だし、あなたひとりでも条件は余裕でクリアできるものね」

 

「まぁね。ただ実際は、あいつ一人でも中堅パーティー並みの魔力量はある。けど、ルールはルールだ。単独でゲートに乗るには中ボス討伐が必須だからな」

 

 誠司は言いながら、別のことも思案していた。

 

(……それに、99層は数ヶ月かけても攻略できない可能性がある。

 100層のボスは強力だし、そこから先はダンジョン側からの救済措置が一切ない。

 本当の意味で選ばれた者だけが進める深層ってわけだ)

 

 佐々木さんは手元のカップを指でくるくると回しながら、感心したように呟いた。

 

「よくできてるシステムよね。抜け道があるようで、ちゃんと制御も効いてる。こちらとしてもありがたいわ」

 

 そして、ふと目を上げると、どこか意味ありげな微笑を浮かべた。

 

「……あなた、本当に丁寧な保護者ね」

 

「……そうか?」

 

「そうよ。あの年齢で40層までソロ攻略させるのもすごいけど、それ以上に止めるべきところでちゃんと止めてる。それができる大人って、案外少ないのよ」

 

 佐々木さんの視線には、安心とほんの少しの敬意が混じっていた。

 

「いろはさんは、特別な子だもの。急がせれば、崩れる可能性だってある。              でも大丈夫よ。あなたなら」

 

「……だからこそ、俺がブレーキ役にならないといけないんだ」

 

 その言葉に、佐々木さんは目を細めて、静かに頷いた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。