風が凪いでいた。
夜闇は辺りを包み、市街地から少し離れたこの地区では、街灯のみが明かりとなる。
つまらなそうな顔をする少年、星噛切札の寝転ぶビルの屋上は、錆び付いた手すりや剥がれたタイル、崩れかけた壁と、人の出入りしている形跡のない、廃墟であった。
あまり綺麗とは言えない場所だが、それでも構わず、切札は大の字になって寝転んでいた。
特に理由はなかった。
強いて言うなら、考え事をする時は大体ここに来るから、だろうか。
「見つけたぜ、ビンゴだ。星噛切札ってのはテメェだな?」
ふと、頭上から明らかにワルぶっている風な、切札当てのメッセージを受信した。
虚空から視線を剥がし、その方を見やると、強面の少年が数人、屋上の入口から出てくるのが分かった。
後ろに控えている少年たちも脱色した髪にピアス、肩にはトライバルのタトゥーの集まり…言われなくても、その集まりがただのサークルなんかではなく、武装した無能力者集団、スキルアウトであることは分かった。
「そうだけど?」
切札は空を見上げたまま答える。
その目にあるのは、大人数に囲まれても平気だという余裕ではなく無関心。
まるで、世界には自分一人しかいないとでも言いたげな。
そんな切札を前にして、話しかけた不良少年は、
「あぶねっ!」
ガギン!と、手にしていたパイプを振り下ろした。
それに気付いた切札が当たる直前に首を振って避けたからよかったものの、一歩間違えれば顔面骨折は免れなかっただろう。
たった今鉄パイプを振り下ろした不良少年は舌打ちし、危機一髪だった切札はその勢いで横に転がった。
「てっ、テメェ!なにすんだよいきなり!?」
鉄パイプで殴られるという、あまりにも身近でリアルな命の危機に、冷や汗を垂らしながら星矢は抗議する。
そんな当然の反応に、不良少年はこう答えた。
「テメェ、実は能力者なんだってな?それでよくも俺たちスキルアウトに紛れ込んでたモンだぜ」
言いながら、背後の集団に目配せする。
それに応えるようにして、決して広くはない屋上に、二十人ほどで作られた人の輪が出来上がった。
そしてその中心にいるのが、言わずもがな、切札である。
「そうそう、まったくふざけてるよな?ナメた野郎にゃ、ちーっとばかしヤキ入れてやろうと思ってよ」
「こちとら能力者って聞いただけで虫唾が走んだよ。そんな訳で、まあ、殺すわ」
「……俺は特に問題ないと思ってんだけどな」
切札は苦笑していた。
なんの危機感も感じさせない、へらへらしたにやけ面、そして。
「まあいいぜ。テメェらが俺を気に食わねえってんならよ。やってやる。能力はつかわねえ」
「あ? 舐めてっと殺すぞボケ」
「舐めてなんかねえよ。目には目を、歯には歯を。能力者には能力を、暴力には暴力だ。駒場さんもそこを評価してくれてる」
駒場。
その名詞に、不良少年達は皆、余すところなく身を凍らせた。
駒場という単語は、スキルアウトにはある種の畏怖があるのを切札は知っていて、そして、先の言葉は嘘ではない。
言いながら切札は、首をゴキリと鳴らし、空を見上げた。
一日の終わり、それを締めくくるように。
「ったくよお。ここからじゃ星は見えねえか」