世間は夏休みであるが、切札たちスキルアウトが溜まり場に使うこの廃工場は、別段普段と変わらずだらだらとした空気が流れていた。
鼻にピアスを開けた、少年と青年の中間地点ぐらいに位置する男――浜面仕上(はまづら しあげ)が、切札の差し入れたアイスを食いながら唐突に嘆いた。
「だーっ! もう! 暑いっつーの! なんなんだよこの暑さはー!!」
「んなこと言ったってしょーがなくね? だって夏じゃん」
だらだら垂れる汗をバンダナで拭い、スキルアウトの内の一人である服部半蔵(はっとり はんぞう)が軽めなノリで応じた。
もはやただの四角いオブジェと化した冷蔵庫に座り、シャーベットを頬張っている。
いつものジャージを脱ぎ散らかし、ジーパンにタンクトップという出で立ちで、それなりに筋肉のある腕を露出させつつ、浜面が食って掛かった。
「そういうリアルな解答はいらねぇんだよ! 俺はこの、夏だってのに冷蔵庫が使えない現状に文句言ってんだぁぁぁ!」
「言っとくけど、俺に期待すんなよ?」
切札が割って入る。
切札もライダースはそこら辺にほっぽり出し、学校指定のワイシャツを胸元まで空け、だらし無く着崩している。
立場に見合わない大人しそうな顔も相まって、爽やか系高校生といったその風貌は、スキルアウトに似つかわしくない。
「電気出すのだって疲れるし、おまけにこの暑さの中で家庭用コンセントに合わせた電力を演算して供給しなきゃならねえってんだろ? やだやだ。30分で冷蔵庫直せるってんならやってもいいけど」
「頼みの綱が……畜生! 畜生!」
「ちっ……分かった分かった分かりましたよお! あまったアイスやるから」
膝から崩れ落ち、コンクリートの地面を、浜面は何度も叩く。
切札は疲れたように溜め息をつき、半蔵は手を叩いて爆笑した。
と、ふと違和感を感じ、切札が周りを見渡す。
「なあ、そういや駒場さんはどこ行ってんだ?」
あの熊やゴリラと見間違えそうな巨体が見当たらないだけでこんなに広く思えるのか、などと漠然と考えながら、切札は半蔵に尋ねた。
浜面はまだ絶望に打ちひしがれている。
「ん? おお。いつものだよ」
「いつもの……っつうと、あいつか? あの金髪の」
「そーそー。さっきメール来てな? 遊び行きてーんだってさ。切札はガッコー行ってたから知らなかったのか」
半蔵のにやけ面での説明に、切札はわずかに苦笑してみせる。
「っはは。あの駒場さんと、なあ。相手がもう少しでかけりゃ、美女と野獣だぜ。そう、ビューティ・アンド・ビースト。英語で言うとビューティ・アンド・ビーストだ」
切札は脳内に一人の少女を思い浮かべる。
蜂蜜のような黄金色の髪と、ひらひらした服をもっさりと重ね着した少女の姿。
名前は知らないが、外国人というだけで駒場が『舶来』と呼ぶ少女を。
一月に起こった、無能力者狩り絡みのある事件を経て以来、舶来は駒場にとても懐くようになった。
確かに駒場は人望があり、それに見合うだけの性根の持ち主ではあるが、それはあくまでも同じスキルアウトとしての目線である。
故に、切札は当初、あまりのミスマッチ加減に大爆笑したものだ。
舶来の為にサンタの衣装を買おうかどうか、真剣に悩んでいる駒場の姿は、とてもからかい甲斐があったのだ。
「……でもよ。俺たちこのままでいいのか?」
過去の面白エピソードに思い出し笑いしそうになっている切札を横目に、いつの間にやら復活していた浜面が、いつになく真剣な面持ちで呟いた。
虚をつかれた形となった切札と半蔵の二人は、顔を見合わせる。
「そりゃ駒場はすげぇ奴だし、人望もあるって分かる。でもよ、俺たちはスキルアウトだろ? あのガキみてぇな赤の他人助けて、能力者のクズ野郎をぶっ潰して、なんかいいことあんのか?」
「浜面……」
「俺はぶっちゃけると、無能力者狩りに関わんねぇ方がいいと思ってるよ。今はまだ高位の能力者は出張ってきちゃいねぇが、いつ出てきてもおかしくねぇ」
忌々しげに目を眇める浜面だが、切札は嘲笑うように鼻を鳴らした。
「分かってねえな、浜面」
「なんだと?」
「そういう義理に篤いところが駒場さんのいいところじゃねえか。それに、俺たちのリーダーは駒場さんだ。舵取りすんのはあの人の仕事。俺たちはリーダー信じて船漕いでやろうぜ。それに」
年相応の大人しそうなその顔を獰猛に歪め、愉快に素敵に不敵に笑う。
「無能力者狙って狩って遊ぶようなしょっぺえ野郎に、俺らがやられるわけねえだろ?」