さて。
完全下校時刻も過ぎ、辺りが暗闇に包まれ始めた頃。
夏の熱帯夜にも関わらずライダースを着た切札は、憮然とした面持ちで、第十学区の街角に立っていた。
正直、いい気分ではなかった。
墓地や悪い噂が付きまとう研究所が立ち並ぶこの第十学区は、一説では、学園都市で最も治安が良くない場所だとされているからである。
理由の一つに、この学区にある『ストレンジ』という、スラムのような場所を根城にしているスキルアウトが数多くいる、というのがあるのだが、今回、切札がこの学区にいる理由もそれに関係している。
時間は一、二時間ほど巻き戻り、先程までいた、第七学区のスキルアウトのたまり場でのこと。
突然切札の携帯に掛かってきた一通の電話。
相手は駒場だった。
珍しく焦った様子の駒場に何があったのか聞くと、なんでも、第十学区の特にガラの悪いスキルアウトに追われているとのこと。
だが、駒場にはそのゴリラのような体躯と、安物の革ジャンの下に隠した武器があり、普段ならばそこらのスキルアウトごときに遅れを取る人物ではない。
それを知っている切札は当然、そのことを指摘したのだが、不幸にして、駒場が舶来と呼ぶ少女――名前をフレメアという――も一緒にいるらしいのである。
フレメアは身体も中身も小学生程度の子供であり、スキルアウトとはいえ、小学生を抱えながら闘えるわけもない。
だから、隠れながら逃げるしかない、ということなのだろう。
そこまで聞いた切札は、ちょうど近くにいた浜面に事の次第を説明して、適当な足を調達するよう頼み、半蔵には留守を任せた。
そして切札自身は、無造作に置いてあった黒のライダースを手に取り、それを纏う。
特攻服――と言えるほど大層なシロモノではないが、とある事情から、切札は喧嘩するときは大抵これを着る。
そう、今がたとえ、七月半ばの夏の夕暮れであろうとも。
そんな経緯を経て、短めの茶髪を揺らしながら、切札は第十学区の地面を踏みしめた。
薄手のワークブーツの紐を締め直し、大きく伸びをする。
駒場に電話をかけ、彼の位置を確かめると、その方角に歩き出した。
「さて。こっちのスキルアウトがどんなもんか知らねえが――」
そして、笑う。
爽やかな微笑みなどではなく、顔に似合わない獰猛な、肉食獣を思わせる笑み。
太陽が完全に沈みきると同時に切札の顔には陰影がくっくりと浮かび、切札をよく知る浜面でさえその顔面凶器にどん引きする。
「――ウチのリーダー追っかけ回す程度には自殺願望があるみてえだ」