山田さんちの利吉くん(フリーの売れっ子忍者)とその相棒(笑)のあれやそれ。

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嘘を言えない天邪鬼

 床下からかすれるような息づかいが聞こえる。

 

「千代ちゃん、しばらく休憩していていいからね」

「はぁい。ありがとうございますぅ」

 

 よく仕事の面倒を見てくれる先輩に笑顔を返し、汲んできた冷たい水で口元を湿らせた。湯飲みで口元を隠したまま、しゅ、と息を走らせる。

 

『仰々しい倉ははったりだ。倉ごと侵入者用の鼠とりになってるらしい』

 

 忍びの間で使われる音の暗号、矢羽音。知らぬ者にはただの音にしか聞こえず、当然ながら意味もわからない。こうして潜入している状況でも、矢羽根であれば怪しまれずに情報を共有できる。

 す、と床下からかすかな音が返ってきた。

 

『やはりか。中途半端な警備だと思っていたよ』

『強行突破する必要がなくて良かったな。本命は城主の部屋、枕の中だ』

『了解。すぐに回収するか?』

『いや、想定より城主の警戒が強い。目標の形状を確認して偽物を用意してくれ。すり替えに成功次第、撤収する』

『わかった。偽物の手配は三日以内に何とかする』

『ああ。早く終わらせて迎えにきてねダーリン♡』

『ぶっ飛ばすぞ』

 

 すっと冗談の通じない野郎の気配が闇に消える。

 湯飲みを口元から離すと同時に、千代ちゃーん、と部屋の外から呼ばれる声。はあいと返事をして立ち上がると、先輩が休憩中なのにごめんねと困ったように襖を開けた。

 

「城主様が千代ちゃんを呼んでるみたいで……」

「わかりましたぁ。すぐ行きますねぇ」

「あの色ボケジジイ、千代ちゃんがお気に入りだから……体調悪いから休んでるって伝えようか?」

「わ、お気遣いありがとうございますぅ。でも大丈夫ですよぉ、本当にお茶を飲むだけですし」

 

 まあその間、舐め回すような視線を浴び続けるのだが。

 このうえなく気色悪いが、俺の女装が可憐すぎるのも一因なのでここは仕方ないと言ってやろう。愛らしい花のような顔、鈴を転がしたような声、計算し尽くした視線と仕草、俺が創り上げた「千代」の前に情報を吐かない野郎などいはしない。まして女中にすら色ボケ扱いされるクソジジイから情報を引き出すなんて、「千代」にとっては赤子の手を捻るより容易かった。

 改めて笑顔をつくった俺は、ひどく嬉しそうな声音で何より、と言葉を添えた。

 

「もうすぐ夫が迎えに来てくれるので」

 

 あとはよろしく、ダーリン(りきち)

 

 *

 

 広いようで狭いこの世界、生きていればそこそこよく見かける顔はある。あるのだが、「初めまして」から「先日はどうも」をとっくに通りすぎ、「よくお見かけしますね」と言う気力も失せて「またお前かよ」に到達するやつはそう多くない。

何で行く仕事行く仕事でこいつと組むことになるんだろう。たぶん雇い主も俺とこいつがセットだと勘違いしている。

 

「雇い主にまた私たちに仕事を頼む、と言われたよ」

「まあ、ひと月と期限を切られていた仕事を十日でこなせばな。三日と掛からず俺に靡いたぞあのクソジジイ」

「……卯月の女装は確かに見事だからな」

 

 あらありがとう、と声色を変えれば、卯月(おとこ)のままでその声はやめてくれと真剣に嫌そうな顔をされた。「千代」の愛らしい声をタダで聞いといて何て顔をしやがるこの野郎。

 あの後、目的の巻物のすり替えに成功したこいつ、山田利吉は「遠方へ出稼ぎに行っていた夫」として堂々と「千代」を迎えに来た。しばらくぶりの感動の再会を演出して周囲の涙を頂戴したあと、さっさと城を後にした。ちなみに「爽やかな美青年」の体でやってきた利吉はしっかり色ボケジジイの心を折っていた。正直よくやった。

 すり替えた本物の巻物はすでに利吉が依頼主に届けているという。それならもう仕事は終わりだろうと女装を解いて茶屋に寄れば、何故か利吉もついてきた。同じくフリーの忍者である利吉は年齢もたぶん同じくらいで、軽く悪態をつける程度には気心が知れてしまっている。忍者的にそれはどうなんだと言われたら肩をすくめるしかない。仕方ないだろこれはもう。

 実力はあるやつなので仕事で組まされること自体は構わないのだが、とかく面倒くさい野郎ではあると思う。率直に言ってプライドの高い弟気質だ。

 

「ところで利吉、次の仕事どこ?」

「言うわけないだろう」

「じゃあ当ててやろっか。馬みたいな顔の城主の依頼で東の戦支度の様子見てこいってやつだろ」

「馬て。……いや、まあ、確かに似ていたかも……ということは、卯月」

「おめでとう、次も仲良く同じ仕事です」

「仲良くはないが?」

「あーはいはい、そうですねえ」

 

 仲良くないが、と鬼のような顔で繰り返す利吉を他所に、追加のお団子を注文する。

ここで「仲良くないと思ってるやつが茶屋に寄るのについてくるのかよ」とか口にしてはいけません。利吉が顔を真っ赤にしてキレだします。

 お待たせいたしましたと差し出された団子を笑顔で受け取る。ぱたぱたと忙しく去って行く店員の背中を見送り、ひと串手に取った。

 

「そういや利吉、近く忍術学園に行く用事ある?」

「忍術学園? 次の仕事の前に一度、父のところに行くつもりだが」

「そっか。俺も行く用事があるから日程ずらそう」

「……ああ、うん、そうだな」

 

 俺の言いたいことを理解したらしい利吉が死んだ目で虚空を見つめる。

 利吉のお父上が教鞭を執る忍術学園には、俺もたまにだが足を運ぶことがある。うちの母がかつて山本シナ先生にお世話になったとか何とかで、折に触れてお中元だのお裾分けだのを届けさせられるのだ。

 別にそれ自体は構わないのだが、以前に学園で利吉と遭遇し、軽口を叩いているところを山田先生や土井先生に見られてしまったのがよくなかった。

 

『何だ利吉、友人が出来たならちゃんと言いなさいよ。そうかそうか、卯月くんがなぁ』

『り、利吉くんに同じ年頃のお友だち……よかったねえ、よかったねえ……!』

 

 そう目頭をおさえる、利吉の父(やまだせんせい)兄代わり(どいせんせい)

 この親馬鹿どもときたら、やめてくださいと叫ぶ利吉にも構わずこの調子でうんうんと頷き続けるものだから、耐えきれなくなった利吉はそれはもう盛大に噴火した。顔を真っ赤にして暴れ散らそうとするのを反射的に羽交い締めにしておさえつけたが、さすがにこれは暴れたくなる気持ちもわかる。

 友だちじゃないって言ってるでしょうと繰り返す利吉をよしよしどうどうと落ち着かせ、事態をおさめたいがばかりに「俺たち別に友だちじゃないんですよぉ」とか俺も言ってしまったのだが、それもまた良くなかった。

 俺がそう口にした瞬間に硬直した、利吉の表情と言ったら。

 

『……えっ何お前自分は友だちじゃないって否定したくせに俺が否定したらそんな顔すんのやめてくんない!? 俺か? 俺が悪いのか? もー俺が悪かったよ泣くなってぇ』

『泣いてない!!』

 

 とまあこんな愚かな会話を繰り広げてしまったが故に、それ以来俺と利吉が一緒にいると非常に微笑ましい目で見られるようになったのだ。

 もはや利吉が友だちかどうかという問題でなく、この年齢になって幼子を見るような目で見られるのはさすがに羞恥が勝るというか、お前の父上と義兄上どうにかしろというか、とりあえずもうあのふたりの前で利吉と遭遇はしたくないというか。

 利吉もその点については同感らしく、大人しく学園に向かう日程を調整する。当然の対策だろう。

 

「……父と義兄がすまない……」

「まあそこはいーよ俺も悪かったし。まさか友だちじゃないっつったくらいでお前が泣きべそかくとは露ほども思わず」

「卯月ィ!!」

「はい大声やめようねぇ」

 

 ぐぬぬと赤い顔でこちらを睨みつける利吉に軽く笑い、ぱくりと団子に口に入れる。もちもちと団子を咀嚼する俺の横で、利吉もやけっぱちの様子で団子にかぶりついた。同年代の野郎相手にこういうのも何だが、まあ可愛いもんだと思っておこう。こいつは自分の弟気質に自覚がなさ過ぎる。

 

「……何だよ」

 

 俺の視線に気付いた利吉が、拗ねた顔のままぼそりと呟く。まるでうちの弟や妹たちと同じ表情をする利吉に、俺は笑いを堪えるしかない。

 

「別にぃ」

「……前から思っていたが、お前のその語尾を伸ばす話し方、改めたほうがいいぞ。イライラする」

「お前がイライラしてんのはいつものことだろ」

「させてるんだよきみが! わたしだって普段からこうなわけじゃない!」

「えっじゃあ俺の前でだけ見せる特別な表情(かお)ってコト……? おい待てやめろ、暗器をしまえ」

「ちょうど新しいのを仕入れたばかりでね。使い勝手を試したかったんだ」

「かーっこれだから冗談の通じねえ野郎はよ! 土井先生に告げ口されたくなきゃやめろ馬鹿! あのひとに『利吉くん、友だちに暗器を向けるなんてダメじゃないか。それは喧嘩に使っていいものじゃないよ』って説教されたくないだろ!」

「土井先生はやめろ! あと妙に似てる声真似が気色悪い二度とするな!」

 

 上手いだろ俺の声真似、似ているから嫌だ本当にやめろ、と交わされる言葉はぽんぽんと跳ねるように軽く。そういや俺もこんな風に話せる相手って利吉くらいだなと、気付きたくない事実は再び胸の奥へと押しやった。

 昨日の敵が今日の味方となり、明日もまた敵となりえるのが雇われの忍びの世界。いくら雇い主が俺たちをセットで扱おうともそれは変わらない。利吉もきっとわかっている。

何故だか山田先生や土井先生(あとはシナ先生やほかのひとたちも)妙に俺と利吉のことを「友だち」だと呼びたがるが、少しは空気を読んでほしいものだと思う。

 友だちになんぞなってどうする。

 友だちだなどと言ってどうする。

 いつ敵になるとも知れないのに。

 いつ殺し合うともしれないのに。

 いつかお前が俺の弱みになるかもしれないのに。

 いつか俺がお前の弱みになるかもしれないのに。

 まったく、これでもこっちはちゃんと考えて、間違っても「友だち」なんて言葉は使わないようにしているというのに。軽口を叩く時間がどれだけ楽しかろうと、この一線だけは守っているというのに。

 

「……利吉さぁ」

 

 ず、と乾いた口を熱い茶で湿らせた。

 

「……何だい」

 

 ブスくれたままの利吉にまた笑い、続ける。

 

「もしまた俺が友だちじゃないって言うことがあったとしても、もう泣くなよ」

「あのときも泣いてないし次も泣かないが!? いつまで擦る気だそれを!!」

「あっはっは! 俺が笑えるうちはずっと!」

 

 まあ、やっぱり泣きそうだから「友だちじゃない」とも言わないけども。

 




スパコミの無配でした。たのしく書きました。

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