見慣れない白い天井、小鳥の囀り、エアコンと空気清浄機から聞こえる機械音。
どれもこの世界に来てからあまり体験して来なかった事。
病院は訪れることはあったが入院や受診はせず、この世界に来たばかりで身元を確かめる為に来た時はメアリーに無理矢理診断されそうになった。
小鳥や野鳥は荒廃した世界に殆ど居らず、熱くてじめつく中鬱陶しさを感じていた蝉の鳴き声も、今になっては寂しさを感じる。
エアコンと空気清浄機はあるにはあるが、今設置されている物より高性能なのか、異音を発せず止まることなく動いている。
夏油たちは今エデンに戻って、ニヒリスターとの戦いの傷や疲れを癒している。
戦いが終わったというのに、表情は晴れやかでは無い。
まるでこれからどうしようかと、考え悩んでいるようであった。
セシル「...あまり深刻そうではありませんね。」
夏油はベッドでくつろいでいる部屋に入ってきたのは、エデンに所属する技術者兼オペレーターを務めているセシルだった。
セシル「ニヒリスターとの戦闘、お疲れ様でした。
大凡の内容はオペレーター通信を介して把握しています。」
漏瑚がニヒリスターに向かって特攻した後、戦場だった火山の岩壁は完全に消滅。
地面から聳え立っていた筈の山は、完全に平地となって蓄積されていたマグマを噴き出す。
噴火が収まり火山の中心だった地には、先程までの熱を感じさせない漏瑚とニヒリスターがいた。
漏瑚「加減したとはいえ、まだ上半身が残っているとはな。
そしてまだその身体を治せる余力も、目を見張る。」
地に立っている漏瑚と、地に伏して肌が焼け解け筋肉組織と骨格が露出しているニヒリスター。
自身の体が崩壊しないように出力を抑えた漏瑚だが、改めてヘレティックの耐久力と再生力に驚嘆と賞賛を贈る。
夏油「ここまで大事になるとはね。」
漏瑚「不満か? 加減しなかった事に。」
夏油「いや...
この結果に夏油と漏瑚は満足しており、被害規模は看過できない程広大だったが現在の力量を測るには十分だった。
身体能力、術式の拡張と強化、そして破壊力、全て比べ物にならない力を獲得できた。
このまま余韻を味わっていたいという気持ちを汲み取っていた夏油だが、それでも嬉々としていた表情を崩し真剣な面持ちに切り替える。
夏油「もう十分だ、戻ってくれ漏瑚。」
漏瑚「...確かに、あの姿となって術式は焼き切れた。
だが呪力操作による打撃でも十分に殺せる、貴様が出る幕は無い。」
背後に倒れているニヒリスターに視線を送りつつ、体に残っている呪力を巡らせ拳を包む。
ナノマシンによる自己修復はまだ機能しているが、度重なる負傷と巨大化によって機能が停滞している。
この状態なら呪力強化による打撃でも十分に殺せる事から、トドメを刺すべく歩き出す漏瑚。
夏油「違う、時間切れだ。」
漏瑚はニヒリスターに向かう足を立ち止まらせ耳を傾ける。
時間切れという単語に察しが付いているのか、夏油の呼びかけに難色を示しながら振り返る。
察している様子だが夏油は構わず話す。
夏油「私たち
夏油の術式や戦闘力を好意的に取れるとは思えない。
ましてや自分たちを利用したドロシーがいる事から、同じように利用されるのは目に見えている。
ならば力は明かさずに秘匿するのが得策だと考え、気に入らないが漏瑚もこの考えに賛同して撤退する事にした。
漏瑚「仕方あるまい...。」
渋々退いた漏瑚と入れ替わるように、パピヨンを抱えて待機していたラピたちが合流する。
感覚を遮断してもなお伝わってくる熱に、手を仰ぎながらその光景を瞳に映す。
異常な熱気に晒された影響か、気絶していたパピヨンが目を覚まし、夢を見ているのか疑っているのか目を擦ったり頬を抓っている。
パピヨン「何があったの...?」
夏油「ニヒリスターが火炎を放射するため、空気を吸入している際に攻撃した。
救急箱にあった消毒用のアルコールがガスになって入ったから、火山が吹き飛ぶ爆破が発生した。」
アークに支給される救急箱の中身をパピヨンに見せて、高密度の消毒用アルコール容器が無いと確認する。
怒号にも等しい声がラピたちの背後から響き渡る。
背後には桃色の長髪を靡かせ、ここまで全速力で来たのか肩で息をしているドロシーが立っていた。
瞳はこちらを睨みつけるように鋭い眼光で、動揺か、焦燥か、憤怒か、後悔か、
彼女の感情は荒波と台風で複雑に入り混じり、大きな渦潮で黒い感情を打ち上げる。
それは夏油が言った説明を虚言と分かっているようだった。
ドロシー「そんな筈無い...この感覚は、あの威圧は...っ!
そんな物ではなかった!!」
パピヨン「何を言ってるの、アンタ...?」
ドロシーの剣幕に身を引くパピヨン、ラピたちも彼女の感情が荒れ狂っている理由が分からず身が凍る。
パピヨンの声が聞こえないのか、それとも構っている余裕が無いのか、夏油に向かって競歩で近づきもう一度問いただす。
ドロシー「何があったのですか、ここで!」
夏油「嘘も何も、さっき言った事が全てだ。」
夏油の対応に憤慨する様子で、右手に握っているショットガンを夏油に向けるドロシー。
既に正気ではないと分かっているラピたちも、ドロシーに銃口を向けて一触即発の様相を見せる。
ヨハン「そこまでだ。」
ドロシー「っ!?」
ノアのシールドがドロシーの背中を抑え、イサベルが組み伏せてハランの大鎌の刃が首に向けられている。
制圧されたドロシーの鋭い眼光は、地に伏せられてなお夏油に向けられている。
その奥から彼女らを率いているヨハンが現れ、ドロシーに対して憤怒の感情の籠った視線を見せている。
ヨハン「ドロシー、単独行動に我々エデンの指揮を不安定させた。
お前の処分はエデンに戻った後に決める。」
ドロシーを完全に制圧した後、憤怒の視線はひとまず鎮まりドロシーから夏油に移す。
ヨハン「...まさか、本当にニヒリスターを倒すとはな。」
夏油「とはいえ、偶然のような物だけど。」
ヨハン「事実に謙遜も不遜も必要無い、お前と俺が見ている現状が全てだ。」
ニヒリスターを目に映してカウンターズがニヒリスターを倒したと理解し、同時にイサベルに指示を送ってドロシーに手枷を付ける。
拘束を終えたイサベル、ハラン、ノアは倒れ伏しているニヒリスターに向き直る。
ニヒリスター(一体...何が起こっている。)
窮地から目を覚ましたニヒリスターは今の状況に困惑していた。
容易く自分を屠った
状況の確認を後回しにしなけなしのエネルギーとナノマシンを使って、傷付き滅びゆく体を必死になって急速に修復していく。
ニヒリスター(何が何だか知らないが...体を治すなら今しかないな。)
漏瑚の特攻によって消えた下半身が、骨となる骨格、肉となる筋肉組織や繊維、大気に触れないように包み込む皮膚の順に再生していく。
その速度は三途の川を彷徨っていたにも関わらず、衰えている様子を見せず完全な肉体の再生を完了させる。
立ち上がろうとした矢先、修復した肉体に三つの風穴が新たに開く。
体から上がっている同じ硝煙の源には、相手していた
爆発寸前の怒りを抑えながらも、平静を装ってスクっと立ち上がり体についた土汚れをはたき落とす。
ニヒリスター「随分な挨拶だな、エデンのクソ野郎。」
ヨハン「相変わらず焦げ臭いな、それ以上に貴様の言葉は品が無い。」
ニヒリスター「あぁ、ヤッパ無理だな。
ヨハン(化け物...?)
激昂するニヒリスターがこぼした発言に引っかかるヨハン、しかし出力がこれまでの戦闘以上に低下している好機を逃がさない為にも意識を戻す。
ニヒリスターも隣に立っている夏油、もとい漏瑚にも殺意を抱き炸裂する弾丸のような凄味を宿している。
ニヒリスター(認めたくないが、今
万全の状態でも勝てるか分からん。)
自身の戦闘力に絶対の自信を持っているニヒリスターだが、現状夏油と漏瑚を相手した上でエデンと戦える能力は無いと判断。
そしてトドメを刺せる状況にも関わらず、夏油はこちらに攻撃しないどころか仲間と合流するのを待った。
この事からあの力をエデンに明かしていないと結論、エデンを何名か殺して一人を人質にして逃げる算段を考える。
ニヒリスター(先ずは鬱陶しい
エデンの中で一番速度が速いイサベルを、超高速で飛び回っていた漏瑚で慣らした状態でカウンターを食らわそうとしていたニヒリスター。
しかし体制を整えようとした矢先にヨハンに付けられた銃傷の再生が、停止ボタンを押されたようにピタリと止まる。
それだけではない、体中から力が抜け落ちていくような脱力感、そして銃傷の一つを中心に痛みが広がっていく。
それは内部から硝酸の入ったビンを割られ、体を蝕んでいくような感覚だった。
ニヒリスター「クッ...! うああああっ!!」
焼けるのではない、消える。溶ける。無くなる。
じわりじわりとその場所を広げては痛みと苦しみは倍増していく。
一刻も早く取り除こうとするも、痺れて肉体が硬直する。
ヨハン「アンチェインドの効果を確認。
...全員、一斉射撃。」
ニヒリスターの苦悶の声と体が震えている反応から、アンチェインドは問題なくニヒリスターに効果を発揮していると確認したヨハン。
もう自己修復はできないと推測して、全員に一斉攻撃の指示を送る。
イサベルは両翼に煌めいているフェザーが一層輝きニヒリスターを襲い、ノアのシールドからビームが照射される。
アニス「このまま見続けるのは性に合わないわ。
私たちも行きましょ!」
マリアン「...はい!」
ネオン「...はい! 私が撃たれた部分を集中して攻撃しちゃいます!」
一斉攻撃を始めたイサベルたちに続きアニスたちも攻撃を始める。
アニスは全体的にニヒリスターの体を攻撃、マリアンは攻撃手段とされる竜の頭を破壊、ネオンは脇腹や皮膚を攻撃していく。
ニヒリスターの体が蜂の巣のように穴が開き続け、銃傷を治せず血液を流し続ける。
エデンやカウンターズとも戦いに対し、苦戦しなかったニヒリスターに初めて焦りを見せる。
ニヒリスター「ううっ、チクショウ...! 俺の足元にも及ばぬ虫ケラ共が!!」
ハラン「そろそろ終わらせる時が来たようね。」
集中攻撃している中ハランが前へ踏み出したと同時に、ニヒリスターへの攻撃を止める。
格納していた大鎌を展開して、その鋒をニヒリスターに向ける。
ニヒリスター「やめろ...やめろって。
...やめるなら俺が...お前たちの代わりに殺してやるから。
夏油(クイーン?)
ドロシー(ッ!?)
命乞いにも聞こえるニヒリスターの絶叫、火山があったであろう地から広がり轟く。
その場凌ぎのように聞こえた絶叫は、攻撃を止める十分な理由となった。
ドロシー「...射撃を止めて下さい!」
ヨハンたちの前に手枷をつけた状態のドロシーが、攻撃をしていたヨハンたちの前に立ちはだかる。
ニヒリスターの絶叫、というよりはその内容で体が反射的に動き出し、攻撃するヨハンたちを止めた。
ニヒリスターの絶叫を時間稼ぎの命乞いだと断じるヨハン、その内容に対して聞くべきだと判断したドロシーは無視して尋ねる。
ドロシー「...ニヒリスター。
死にかけの貴方が、どうやってクイーンを殺すというのですか?」
ドロシーたちの最終目標は、あくまでもラプチャーから地上を奪還する事である。
クイーンの側近であるヘレティックの排除は、クイーンを探る手段に過ぎない。
ニヒリスター「俺に...計画がある。ずっと前から考えていたんだ...
リリス、本名リリーバイス。
人類が初めて生み出した始まりのニケ。
ゴッデス部隊を率いるリーダーで、スノーホワイトやラプンツェルたちの仲間。
僅かに残っているデータベースには、現在のニケが総力を上げても対抗できない程、逸脱した単体戦闘能力を持っている。
故に、原初にして最強。勝利の女神として崇められる希望でもあった。
しかし、
そのリリーバイスがどのようにしてクイーンを下すのか、ニヒリスターは乾き、掠れている声で説明する。
ニヒリスター「クイーンの前身であり...地上に残った唯一の未練さ...!
それさえ見つかれば、この手でクイーンを殺してやる...だから...
リリーバイスのボディがあれば、クイーンを直々に抹殺すると明言したニヒリスター。
リリーバイスという単語を聞いたドロシーは眉を顰めて睨みつけるような視線を向けている。
ニヒリスターの叫びがこだまする中、氷海のような深く冷たい煌めきが慟哭を遮る。
??????「うるさい...
どうして...どうしてみんな、そんなにおしゃべりが好きなの...?」
戦闘はニヒリスターとは異なるヘレティック、リバーレリオの介入によって終わりを迎えた。
戦闘の続行が不可能と判断してエデンに撤退し、アンチェインドを消耗したという結果となった。
何も結果が得られずに終わった。
セシル「...エデンに帰還して、貴方の仲間に戦いについて詳しく聞きました。」
エデンに帰還してからセシルは通信が途絶されている中、ラピたちに戦闘で起きた出来事を聞いた。
マリアンが自己修復を可能にした事、ラピたちで戦闘不能に出来なかったものの巨大化したニヒリスターを倒した事。
そして
セシル「...特にニヒリスターが行った戦闘前の不可解な行動。
それが私の中で引っかかっているのです。」
セシルが気掛かりだったのは、戦闘に入る前にニヒリスターが夏油を真っ先に狙った事。
好戦的なニヒリスターにしては、弱者を優先して攻撃する事は不可解な行動。
強者と戦い充足感を得る事はセシルがよく理解している。
セシル「という事は、戦いよりも優先する理由が貴方にあると私は推測しました。
そしてその理由に、私は心当たりがあります。」
ニヒリスターが夏油を優先して攻撃しようとした理由にセシルは心当たりがある。
そして現在直面している問題、アンチェインドの入手も解決できると宣言。
夏油「私は何をすればいい?」
セシル「大した事ではありません。今から約1時間、私にその体を貸して下さい。
...一種の健康診断だと思って貰って構いません。」
夏油「...」
恐らく採血やレントゲンなどのごく一般的な検査、この検査で夏油の術式に気付かれる事は無い。
しかし、今まで自身の情報が抹消されていた理由が判明するきっかけが分かる。
夏油「協力しよう、好きに使ってくれ。」
夏油がいる部屋とは別の個室、2人の人物が密やかに会話を交わしていた。
パピヨン「......まっ、仕方ないか。
ゲストって立場だし。ホストがやれって言うならやらないと。」
パピヨンは目の前にいる相手に対して、自分の立場と交わした条件を呑んで受け入れる。
パピヨン「でも大丈夫なの?
あなた随分好き勝手やって行動が制限されたんじゃ無かった?」
しかし、パピヨンは条件を提示してきた相手に信用できるか不信を募っている。
行動制限に関して交渉相手は、碌な枷にならないと言及。
パピヨン「ふ〜ん、そう。
ならいいけど。」
パピヨンは半信半疑ながらも手に入る情報に価値があると判断して承諾。
交渉相手は部屋から出て行き、部屋の中には再びパピヨンのみとなる。
マリアン「......。」
個室にあるベッドに腰を下ろしているマリアン、直下にある両腕をずっと見つめている。
頭の中に残っているのは、自身の精神を狂わせた言葉。
ミール『その体にはまだラプチャーが残っています。』
ミールの言葉が頭にこびり付き、消えずに頭の中で反響し続けている。
呼応するように体が震え続け、蝕まれていく感覚を覚える。
異世界ごはん旅1話のイケメンの声を聞いて真っ先に出てきたキャラクターが...
マリアン「指揮、官...ここ...です。...指揮、官...」
マリアンは傷つき崩れゆく中、これまでの人生を振り返っていた。
マリアン(あの人には会えなかったけど...最後に指揮官みたいな人に出会えて...私は)
夏油「はっ...」
くしゃみと銃声が虚空に響く、弾丸はマリアンのコメカミを貫き動かなくなる。
夏油「ァ...ぁぁ...。」
ラピ「......」
アニス「......」
静かな荒野に通り風が寂しく響き、夏油たちは目元を暗くしどうすればいいのか分からず途方にくれていた。
シフティー「マリアンの処分を確認しました、皆さんお疲れ様です!
さあ、アークに帰還しましょう!」
ネオン「今回の作戦で合流する事になりました、ネオンです!よろしくお願いします!」
新たに加わったメンバーネオン、アニスは急な加入に疑念を抱いていた。
ラピ「このタイミングで増員? 何故?」
ネオン「フッ、フッ、それは私が優秀なスパイだからです!」
アニス「優秀...ねぇ...?
是非とも見せて貰いたいわね?」
自信満々に優秀だと断言するネオンに、アニスは怪しさ全開で見つめその能力について聞いてみる。
ネオン「フッ、脳ある鷲は爪を隠すものですよ、最近ちょっと太ったことが悩みのアニスさん。」
アニス「......ハッ!?」
ネオン「そして、イングリッド社長から直々の命令という事は、何か考えがあると私は推測しました。
夜の宿所に幽霊が出そうで夜な夜なトイレが怖いラピさん。」
ラピ「っ......」
夏油(恐ろしい子ッ!)
発電所に向かっている道中、高圧電流が流れている地帯に遭遇する。
シフティー「無人鉄道の線路に沿って移動しないといけないのですが、高圧電流が流れてます!」
アニス「私たちはいいけど、指揮官様は無理よね...」
ラピ「まずは線路の電流を遮断s」
鉄板がめり込むような音が耳に響き、思わず振り返ると夏油が分電盤に拳を突き出していた。
アニス「...何やってんの...指揮官様...。」
夏油「何って、通るんだろ?」
夏油の行動に思わず目元を暗くし、明らかに身を引いているラピたち。
(ネオンの瞳は輝いている。)
その後、排水路の瓦礫の撤去。
夏油「ふん!」
グレイブディガーの討伐。
拳で解決した。
アニス「もう指揮官様だけでいいんじゃないかしら。」(≖ࡇ≖)
ラピ「それを言ったらおしまいよ。」
ネオン「...筋トレすればできるでしょうか...?」
夏油が発電所に行って、グレイブディガーを倒すまで物理で解決する