素晴らしき哉、メリュジーヌ   作:メリュジーヌ愛護団体


原作:原神
タグ:オリ主 メリュジーヌ
メリュジーヌ小説が少なすぎるので書きました。

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マメール

 僕の父はフォンテーヌを代表する巨匠で、その名声は北のスネージナヤにも届いていたと伝え聞く。一枚の絵に100万モラが懸かることなど当たり前で、中には水神様へ献上したもの――つまり価値が計り知れないものまであった。

 

 僕はそんな父の3人の子供の末っ子に生まれてきた。上の兄弟2人は芸術家として大成したが、僕自身は猛批判をされるようなことこそないものの、2人のように引く手あまたの芸術家というわけではない。細々と絵を描き、時折誰かから依頼が入ってくるような静かな生活を送っている。

 

 というのも、僕はあまり絵を描くのが好きではないのだ。幼少の頃から画家としての素養を叩きこまれたからか、或いは元々そういう才能が備わっていたからなのか知らないが、僕は3兄弟の中でいちばん写生が上手い。写実的な絵を好む父からよく絶賛されたほどだ。

 

 だから小さい頃は本当に色々な人から持て囃された。僕としては、それほど絶賛すべき絵とは到底思えない。事実として、僕がフリーナ様に一度だけ謁見した際、彼のお方は渋い面をしながら僕の絵を遠回しにつまらないと一蹴した。周囲の雰囲気に流されやすいフリーナ様だが、芸術を見る審美眼はフォンテーヌで一番だと僕は思っている。そんな方の評価なのだから、僕の絵はやはりつまらないのだろう。

 

 そう思うと、途端に筆を取る行為自体が嫌になってくる。腕を鈍らせないようたまに窓から見える風景を描いてはいたが、いつしかそれもやめて、僕は写真機を片手にテイワットの各地を放浪するようになった。その過程で防水機能付きの写真機を開発して賞を受賞したり、父の紹介で富豪の娘と結婚したりと、色々なことがあった。

 

 それでも、僕の生活は空虚な灰色のままで変わることはなかった。

 妻の囁く愛も、絹のように美しい肌も、僕の心に色を落とすことはない。

 

 きっと僕はこのまま、何のために生きているかも分からないままにぽっくりと死んでしまうのだろう。もしかしたら死んだことにも気づかないくらい、空虚な人生を送るのかもしれない。

 

 あの日までは、そう思っていた。

 

*****

 

 エリナス島の大自然を原型として、そこに暮らすメリュジーヌの生活を撮影したい。

 

 そう思い立った僕は、その日の晩には写真機のセットと数日分の食糧、短刀を持って定期船に乗り込んだ。足りない分の食糧はエリナスで調達しよう。なにも初めて上陸するわけではないのだから、勝手は分かっている。

 

「こんな時間にエリナスへ向かうなんて珍しいね」

 

 船に揺られながらぼうっとしていると、隣に座るメリュジーヌが話しかけてきた。

 

「うん。写真を撮りたくて」

「急ぎの仕事なの?」

「そういうわけではないけど、無性に眠れなくてね」

「そうだったの。確かに今日のような美しい月の夜は、冒険に行きたくなるわね」

 

 そう言ってはにかむ彼女は、名前をセディルというらしい。マレショーセ・ファントムの一員で、今は休暇で村へ帰っているところなのだという。

 

「へえ、写真家なんだ。どんな写真を撮ってるの?」

「自然の風景だったり、街並みだったりと色々だよ。この間は璃月の港を撮ったんだ」

「そんな遠くにまで行ってるの?」

「もちろん。なんなら、風に靡く青々としたモンドの草原を撮ってこよう」

「ふふ。楽しみにしてるよ」

 

 それからセディルは、僕がテイワット各地を巡った冒険譚を訊ねてきたので、僕はやけに冴えた脳の片隅から記憶を掘り起こして彼女に語っていく。それを熱心に頷きながら聞くから、僕も気分がよくなって色々なことを話した。やがて話題がモンドで有名な蒸留酒の製法に差し掛かったところで、船頭が僕たちに、そろそろ上陸が近いことを知らせに来た。

 

「ここでお別れだ」

「そうね。ねえ、エリナスには何日間滞在するの?」

「実は決まっていないんだ。まあ、気が済んだら帰るよ」

「だったら一度、私たちの村にいらっしゃい。美味しい料理とジュースで貴方を歓迎するよ」

「君たちの村というと、メリュシー村?」

「ええ。貴方はメリュジーヌの生活を撮りたいんだよね?」

「そうだね。是非お願いするよ」

 

 まさかこんなに簡単に行くとは思わなかった。というのも、以前にもメリュジーヌの姿を撮影するためにエリナスへ上陸したことがあったのだが、その時は彼女らの姿を見つけることさえ叶わなかったのだ。セディルの言うメリュシー村の場所なんて分からないし、知り合いもいなかったので八方塞がりとなり、その時は手付かずの大自然を撮影して泣く泣く帰ったのだ。

 

「それじゃ」

「ああ。また今度」

 

 エリナスの砂浜へ足を下ろした僕とセディルはその場で一旦のお別れとなった。彼女は5日後の夜に島の中心にある泉へ来るように言った。メリュシー村へ案内してくれるらしい。

 僕は砂浜から少し移動して小高い丘に登ると、荷物を下ろして一息つく。今日はここで野宿をしようか。近くから枯れ枝を集めて携帯の着火剤で焚火をする。フォンテーヌの木々は水分が多いせいか、白煙がよく出る。

 

「……うん?」

 

 鞄を枕にして横になろうとしたその時、僕の視界に小さな影が入り込んだ。よく見るとそれは子供のようなシルエットで、地面に立てたキャンバスに筆を走らせているようだった。

 

「メリュジーヌか」

 

 砂浜で絵を描いているメリュジーヌ。背景には夜空を明るく染めるフォンテーヌ廷、静かに凪ぐ海面に月明かりが照り、そしてエリナス島の上空には星々が横に広がっている。良い景色だ。僕は思わず写真機をバッグから取り出そうとして――やめた。

 

 実はこの写真機、撮影の際にフラッシュが焚かれるのだ。しかもかなり強い明かりになるから、もしかすると絵を描いている彼女を驚かせて邪魔してしまうかもしれない。そもそもメリュジーヌは人よりも感覚器官が優れていると聞くから、ここで焚火を始めたこともあの子は既に把握しているだろう。これ以上、邪魔をするわけにはいかない。

 

 だったらどうするか。こんな時の為に、僕は鉛筆とスケッチブックを持ってきている。撮影ができないなら描いてしまえばいい。幸い、写生は僕が最も得意とするところだ。生憎絵の具は持ってきていないから、モノクロで描くしかないが。

 

 まずは概形から描き、そして段階的に細部へと移っていく。それは徹頭徹尾作業でしかない。目に映ったものを眼下の紙へプロットしていく。そこに私情は無く、まるで腕の中で歯車が動いているような錯覚すら覚える。

 数時間が経ち、僕の眼下には景色の細部まで完璧に描き切ったモノクロ絵画が出来上がった。気づけば絵描きのメリュジーヌも道具を仕舞ってどこかに行ってしまったようだ。少し寂しい心地を覚えながらも、僕はスケッチブックを片付けて再び横になろうと――

 

「あ、あの」

「っ!?」

 

 僕は思わず跳ね起きた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい! いきなり話しかけて、驚いたよね……」

「君は……」

 

 背後を振り返ると、そこには画材道具一式を背中に背負ったメリュジーヌが慌てた様子で立っていた。明るい緑色をした肌に、小さな白色の四葉模様が触角や尻尾、手の甲など色々な部分に現れている。彼女は絵の具で汚れた服とエプロンを着用し、ネイビーブルーのベレー帽を被っていた。

 

「さっき、そこで絵を描いていた子か?」

「うん。貴方もここで絵を描いてたよね。たぶん……私の」

 

 驚いた。そこまで分かるものなのか。

 

「すっごく強い視線を感じたから」

「確かに、僕は君の姿に見惚れていた」

「みとれっ……!?」

「……ごめん。この景色、と言った方が良いかな」

 

 僕は鞄からスケッチブックを取り出して、先ほど描いた絵を彼女に見せた。

 

「わぁ、とてもきれい! まるで風景をそのまま切り取ったみたい!」

「ありがとう。昔から写生だけは得意なんだ」

「あなたも絵を描くことが好きなの?」

「……どうだろうね。よくわからないよ」

 

 僕の隣を手でトントンと叩くと、メリュジーヌはおずおずとそこへ腰を下ろした。

 

「ところで、君はあそこで何を描いていたんだ」

「木を描いていたの。ほら、あそこに大きい木があるでしょ」

「あるね。でも、どうして木を? なにか思い出でもあるのか?」

 

 僕の問いに、彼女は微笑みながら首を横に振った。

 

「ううん。でも、とてもきれいだから」

「綺麗……」

 

 僕は改めて彼女の指した木を観察してみるが、大して特筆すべき部分のない普通の広葉樹だった。綺麗とか汚いとか、そういった評価を下すことも難しい。例えば、道端に転がる石を拾って、綺麗かそうじゃないかを判断するようなものだ。当たり前に存在するものに美しさを見出すのはあまりにも難しい。

 

「……差し支えなければなんだが、君の絵を見せてもらってもいいかな」

 

 だから気になった。

 この子はあの木を綺麗と思った。そんな彼女が描いた絵は、どんなものだろうか。

 

「えっ? べ、別にいいよ。いいけど……」

「嫌かな?」

「嫌じゃないよ! え、えと……それでは、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします……」

「批評するつもりはないんだけどね」

 

 緊張した面持ちと震える手で差し出されたキャンバスを受け取り、その大袈裟な姿に笑いを堪えながら僕は手元へと視線を落とした。

 

「――」

 

 笑みは、すぐに消え失せた。

 僕は──何を見ている? このキャンバスに描かれているものはなんだろう。まるで未知の怪物に対面したかのように、僕の頭は瞬時に様々な情報が行き交い混乱し始めた。

 

「……」

 

 これは、傍から見れば全く子供の落書きに過ぎない。べたべたと縦横無尽に走らされたであろう筆の黒い跡が、恐らくは木なのだろう。しかし、どこからどう見ても、あの木はこんな形をしていない。というか、こんな奇天烈な形の木は世界のどこにも存在しないだろう。

 

 色合いだってそうだ。

 いったいどのような見方をすれば、緑色の葉が血のような赤色に見えるというのか。黒い幹のような部分からキャンバスの外へと向かって血管のような線が隙間を埋め尽くさんと伸びている。はっきり言って気味の悪い絵だった。

 

「どう、かな」

「どうって……」

「や、やっぱり、伝わらないのかな」

「……」

 

 メリュジーヌの何かを期待するような眼差しに当てられて、僕は再び不可解なキャンバスへと視線を落とした。全体を見て、そこから少しずつ細部へと注目していく。しかし、それでも何も分からなかった。

 

「……」

 

 意気消沈した様子のメリュジーヌが何だか可笑しくて僕は笑った。

 

「わ、笑わないでよ。こっちは真剣なのに……」

「ごめん、すごく分かりやすい表情だったから」

 

 僕が出会ったメリュジーヌは人生で数えるほどしかいないが、きっと彼女ほど分かり易いのはいないんじゃなかと思う。でも、そんな彼女が描く絵はことさらに難解で、あまりに自由過ぎるスタイルは鑑賞者を置き去りにしている。僕にはそのギャップがとても面白く思えた。

 

「いつまでも眺めていたいな」

「……え?」

 

 分からないからこそ知りたい。

 彼女が何を思って筆を動かしていたのか。

 彼女の瞳には何が映っていたのか。

 

 もしかしたら、この探究こそがこの絵を理解するのを邪魔しているのかもしれない。

 それなら僕は頭を空っぽにして、どっしり腰を据えてこの絵と全身で向き合おうじゃないか。

 理解はできなくとも、感動することはできるのだから。

 

「ほんとに?」

「うん。こんな絵はフォンテーヌのどこを探しても無いし、真に理解できる人はきっといない」

「うっ……」

「でも、なぜか心惹かれる。本当に不思議な絵だよ」

 

 僕の言葉にメリュジーヌは暫し黙り込んだあと、強い意志の籠った目で僕を見た。

 

「な、なに?」

「貴方の名前を教えて欲しいの。私はマメール」

「……ジョセフだよ」

 

 いつものように偽名を使おうか迷ったところで、彼女――マメールに実名を教えようが何の影響もないことに気付いた。

 

「エリナスにはいつまでいるつもりなの?」

「分からないけど、少なくとも5日後まではいるつもりだよ。メリュシー村に招待されてるんだ」

「そうなんだ! じゃあ私も何かおもてなしの準備をしなくちゃね」

「楽しみにしてるよ」

 

 マメールは立ち上がると、画材道具を背負い僕に手を振った。

 

「それじゃ、またね」

「うん、また」

 

 そうしてマメールは去って行った。

 僕は少し頭がくらくらして、そのまま脱力するように後ろへと倒れ込んだ。

 

 マメール、不思議な画家。

 気づけば彼女の使う赤色が僕の脳裏に染みついて離れなくなっていた。


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