それでも俺には未来があった   作:悲劇厨

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3.残酷な現実、大きな油断

 

 

 

 時刻はまだ朝四時。嫌な予感で目を覚ますと、目と鼻の先に——青白い顔があった。

 

「うわああああッ!!」

 

 反射的にそいつを突き飛ばした。同時に、自分でも信じられないほど情けない悲鳴が口から飛び出す。周囲はまだ深い闇に包まれていて、その恐怖は倍増された。

 

 呼吸が荒くなり、心臓は激しく脈打って止まりそうにない。俺はこういうドッキリ系が昔から本当に苦手だ。それが原因で、よくからかわれてきた。

 

 ……クソッ。[危機感知]ってレベル一だと、こんなギリギリじゃないと反応しないのかよ。

 

 俺は震える手でショットガンを構え、突き飛ばした「何か」を正面から見据えた。戦闘態勢を取り、深呼吸。少しずつ心が落ち着いていくのがわかる。

 

 暗がりの中、その姿をようやく捉える。こいつは——グールだ。身なりは図鑑で見たものとは違うが、青白く生気のない肌、それだけで十分だった。疑いようもない、これは死人が動いている。

 

 そしてその顔を見た瞬間、言葉を失った。見覚えが、あった。

 

 昨日、ゴブリンに殺されたあの少年。道端に倒れ、血まみれで、動かなかった——あの哀れな犠牲者の顔がそこにあったのだ。

 

 昨日の今日だ。まじまじと見ていたわけじゃないが、記憶にはっきりと焼きついている。確かに、彼は「死んでいた」。赤い血の中に沈み、もう動くことはなかったはずだ。

 

 ということは……死体が、グールに変わったのか!?

 

 あまりにも救いのない現実に、背筋が凍る。なんだよそれ。理不尽に命を奪われるだけでも酷いのに……死後ですら、こんな化け物にされて、踏みにじられるのかよ。

 

「なぁ……おい、お前……意識は残ってないのか!?」

 

 祈るような気持ちで呼びかけた。だが返事はない。グールは虚ろな目のまま、ただ本能に突き動かされるように、じわじわとこちらへにじり寄ってくる。

 

「……そうか。もう、お前は人間じゃないのか」

 

 ならばせめてもの手向けだ。楽にしてやる。

 

 俺は素早くそいつの腹を蹴り飛ばし、倒れたグールの胸元に足を押し当てる。藻掻く腕を避け、顔に銃口を突きつけた。

 

「じゃあな」

 

 引き金を引いた。乾いた銃声が静寂の空気を切り裂くように響いた。

 

 俺の心は、妙に冷静だった。迷いはない。多分、こういう才能もあるのだろう。

 

 ……知りたくなかったな、こんな自分。

 

  さて——。

 一瞬で終わらせるためとはいえ、ここであんな大きな音を出したのは、正直軽率だったかもしれない。

 

 あの破裂音が、どれほど遠くまで響いたかは分からない。しかし、問題はそれを聞いた「何か」が、こちらに引き寄せられる可能性があるということだ。

 

 普通の野生動物ならば、突発的な大音量に驚いて逃げ出すのが常だろう。だが、モンスターどもは毛色が違う。

 あの異常な残虐性……人間に対する強烈な憎悪のようなものを、奴らからは確かに感じる。

 

 ならば、むしろ人の存在を察知すれば——近づいてくる。獲物を狩るかのように。

 

 ……さて、俺はどうする?

 隠れるか? 逃げるか? あるいは迎え撃つか?

 

 二日前の俺なら迷わず逃げていただろう。でも、今の俺は違う。ゴブリンを倒し、レベルが上がり、武器とスキルを手に入れた。

 ここで逃げるより、迎え撃って奴らを"経験値"に変える方が効率的だ。

 

 ただし——真正面からの撃ち合いなんて馬鹿のやることだ。

 

 幸い、周囲はまだ暗闇に包まれている。ここは奇襲を狙える絶好の状況。真正面から突っ込まず、闇に紛れて仕留める。それが今の俺の選択だ。

 

 隠れるには厳しい場所だが、俺はできる限り壁に身体を押しつけるようにしてしゃがみ込み、ショットガンを構えた。

 息を殺し、闇と静寂の中で獲物を待つ——。

 

 やがて、草を踏む微かな音が耳に届く。複数の足音だ。

 足音の種類や数を聞き分けるスキルは持っていないが、それでも一つだけ確信できる。

 

 ——敵は一匹や二匹じゃない。

 

 ……やれるか? 俺。いや、俺ならやれる。

 

 もしあの足音の正体がゴブリンなら、きっと全滅させることは可能だ。暗がりの中で不意打ちをかけ、混乱させれば、いける。

 

 こちらには銃という圧倒的なアドバンテージがある。

 さらに、ゴブリンどもの身体能力はお世辞にも高くない。なぜなら最初に遭遇したときの、ステータスの恩恵を得ていなかった俺ですら、走って距離を取ることは造作もなかった。

 

 あの時の俺に一つだけ誤算があったとすれば——

 それは、奴らの「執念深さ」を甘く見ていたことだ。

 

 足音が、いよいよ近づいてくる。

 

 暗闇の中、小柄な影が複数、こちらに向かって蠢いていた。

 

 ——来た。

 

 俺は壁際に身体を押しつけ、息を殺す。空気すらも動かさぬように、静かに、ただじっと。

 

 一匹のゴブリンが警戒もせず、俺のすぐ目前を通り過ぎた瞬間——

 

 「——ッ!」

 

 音を殺して飛び出し、背後からショットガンの銃口を突き立てた。

 

 轟音と共に火花が散り、至近距離の衝撃がゴブリンの背中を抉る。赤い血を撒き散らしながら、奴は前のめりに崩れ落ちた。

 

 (よし、奇襲成功——! これならやれる!)

 

 だが、その期待はすぐに打ち砕かれる。

 

 「ギギィ!」

 

 鋭い叫びが夜を裂き、残りのゴブリンたちが一斉に展開した。奴らはこちらを視認していたような、そんな不自然さがあった。

 

 (な……なんで……?)

 

 ——このとき、俺は知らなかった。

 

 ゴブリンの能力を。

 

 この世界のモンスター図鑑は、討伐数によって段階的に情報が解放される。ゴブリンの詳細なデータの全貌は、当時の俺にはまだ明かされていなかった。

 

 それゆえに、知る由もなかったのだ——ゴブリンが[夜目]という、暗所でも視界を保てるスキルを持っているという事実を。

 

 「くそっ、どこだ……!」

 

 目を凝らすが、暗闇の中を素早く移動するゴブリンたちの姿は見えない。だが確実に、音もなく俺の周囲を移動する感覚がある。

 

 (囲まれてる……?)

 

 嫌な予感が背中を走った。

 

 その瞬間——

 

 「ッ⁉」

 

 背後から殺気が迫る。反射的に[危機感知]が作動し、身体を無理やり動かす。地を蹴って前へ飛び出すと、直後、背後の空間を刃の風が通り過ぎた。

 

 「ハァ、ハァ……!」

 

 汗が頬を伝う。息が上がる。だが、安堵する暇などない。

 

 すぐにショットガンを構え、反撃しようと銃口を向けるが——そこにゴブリンの姿はもうなかった。再び闇に紛れ、音もなく気配を消していた。

 

 「「「「「グギャギャギャギャギャギャ……」」」」」

 

 耳の奥に響くような、不快な笑い声が周囲からこだまする。まるで、俺の動揺を嘲笑っているようだ。

 

 ——再び、背後。

 

 気配と共に刃が飛んでくる。何とか身を捩ってかわすと、今度は左手側から素早い突きが襲い掛かる。回避の動作が追いつかない。

 

 まるで中あてだ。複数の人に囲まれて、四方八方からボールを投げつけられる。小学生の頃、体育の授業でやったあの遊び。でも、こっちは遊びじゃない。飛んでくるのはボールではなくナイフによる攻撃、避けなければ死ぬ。

 

 (完全に……ペースを持っていかれてる……!)

 

 俺はゴブリンたちを侮っていた。

 

 小柄な体と醜い顔で“雑魚”だと高をくくっていた自分が、今やその“雑魚”どもに追い詰められている。

 

 ——それでも、引けなかった。

 

「くそがっ、ゴブリンごときに……!」

 

 苛立ちと怒りが口を突く。俺の悪い癖——相手が“格下”だと判断した時ほど、プライドが邪魔をする。ゴブリンなんかに背を向けて逃げる? そんなの、俺が俺である理由を否定するようなもんだ。

 

 暗闇を滑るように動く小さな影が視界の端に映る。奴らはまるで影のように、音もなく小賢しく動き、俺の目を欺く。

 

「なら……無理矢理でも、叩き潰してやるッ!」

 

 俺は構え直し、躊躇なく引き金を引いた。

 

 引き金を引く、前床をスライドする、引き金を引く、スライドする、引く、スライド、計三連続で轟音が響く。

 

 だが、全弾空振り。銃声だけがむなしく響き、弾は闇の中を滑って消えていった。

 

「チッ……見えねぇ!」

 

 スキルの許容量を超えた焦燥と怒りが胸を満たす。感情の昂ぶりで呼吸が浅くなり、思考の流れも乱れ始める。     

 

 ——このままじゃまずい。

 

 もう二発、闇に向けて撃つ。

 

 ——外れた。

 

 このショットガンの装填数は五発。もう弾は——

 

「……ッ、弾切れかよ!」

 

 背筋に冷たいものが走る。この状況で丸腰同然? 笑わせるな……!

 

 俺は跳ぶようにして後方へ退きながら、叫んだ。

 

「[リロード]!」

 

 魔力が脊髄を駆け上がり、指先へ集中する。その感覚と共に、ショットガンの内部で装填機構が作動し、確かな音が鳴る。

 

 ——カチャッ、カチャッ。カチャチャ……カチャリ。

 

 チャンバーに、計五発の弾が確かに収まった。

 

 だが、そのわずかな硬直を、ゴブリンは見逃さなかった。

 

 「ギィッ!」

 

 横合いから迫った一匹が、ナイフを振り上げて突っ込んでくる。

 

 (——まずいッ!)

 

 回避が間に合わなかった。

 

 「ぐっ……ぁああああっ!」

 

 ナイフが脇腹を切り裂いた。鋭く、焼けるような痛みが走る。体が軋む。だが、止まれない。ここで倒れれば、本当に殺される。

 

 血を滴らせながら、俺は反射的にショットガンを構え直す。

 

「上等だ……! ぶっ殺してやる……!!」

 

 その言葉と共に、引き金を引いた。

 

 一発目——直撃。

 

 至近距離から撃ち抜かれたゴブリンの胸部が爆ぜ、叫ぶ暇すらなく吹き飛んだ。

 

 ——お前らのやり口はもう分かった。

 

 薄闇の中、息を切らせながら睨み据える。

 

 「来いよ……全員まとめてぶっ殺してやる!」

 

 二発目。後ろから来るだろうとあたりをつけ、背後から突っ込んできたゴブリンを瞬時に察知し、胸を狙って発射。緑色の皮膚が弾け、骨が砕ける音とともに吹き飛んだ。

 

 が、それを見て怯む気配は皆無。残りのゴブリンたちは逆に活性化されたように動きを増し、一気に三方向からゴブリンが包囲を仕掛けてくる。

 

 三発目。左から飛びかかってきた一匹。ジャンプの軌道を読み、空中で撃ち落とす。腹部が裂け、空中で身体が回転しながら地面に叩きつけられた。

 

 四発目、五発目。後方から迫っていた二匹のゴブリンに素早く振り向きざま、素早く二連射。片方は足を撃たれて倒れ込み、もう一匹は右肩を吹き飛ばされながらも呻き声を上げて前のめりに倒れる。が、それでも死にきれず、苦悶の中でもがいている。

 

 「ハァ……ハァ……! まだだ……!」

 

 目の前、最後の一匹——他のゴブリンとはまるで風格が違った。

 

 そのゴブリンは、腰巻だけの裸同然の連中とは異なり、胸元にはくすんだ革鎧のようなものを纏い、手には歯こぼれ一つのない鉄製のナイフを持っていた。装備だけじゃない。動きが鋭い、眼光が違う。間違いなく、今までの中で最も“戦い慣れている”

 

 (こいつは……雑魚じゃねえ)

 

 唸り声を低く抑えながら、奴は地を這うように接近してくる。その構え、重心の置き方、ステップの踏み方——全部が、他のゴブリンとは違った。

 

 「来いよ……!」

  

 俺はショットガンを構え直し、隙ができないように息を整えながら、叫ぶ。

 

 「[リロード]!」

 

 魔力が流れ、弾が装填される。——この一手で仕留める。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 「——ッ!」

 

 奴の足が地面を蹴る音と同時に、視界から姿が消えた。

 

 (消えた⁉)

 

 そのゴブリンはリロードの硬直を読み切っていた。リロードの瞬間、視界の死角へ潜り込み、滑るような体勢で一気に距離を詰め、俺の懐へ飛び込んでくる。

 

 「クソッ!」

 

 何とか反応し、咄嗟に後退しながら銃口を持ち上げる。しかし、間に合わない。

 

 ナイフの切っ先がシャツをかすめ、皮膚を裂いた。鈍い痛みとともに腹に生ぬるい感触が走る。

 

 (ちっ、やる……!)

 

 間合いを取り直す暇もない。奴はナイフを振り抜きながら、今度は俺の足元へと滑り込むように移動。低姿勢で回り込み、真横から切りかかってくる。

 

 咄嗟に横っ飛びに避け、床に転がりながらトリガーを引いた。

 

 一発目。外れた。火花がコンクリートに散り、煙が視界を曇らせる。

 

 「チッ……!」

 

 起き上がる隙すらなく、奴は壁を蹴ってジャンプし、真上から飛びかかってくる。まるで森の中で育った蛮族のような動き。

 

 (避けられない——なら、撃ち落とすまで!)

 

 俺は寝転がったまま銃を上に向け、飛来するゴブリンの胴体へ引き金を引いた。

 

 二発目。爆音とともに着弾。だが、狙いが甘かった。胴の横をかすめ、倒しきるには至らない。

 

 「くそっ、もう一発——!」

 

 すかさず起き上がりながら照準を合わせる。奴は片膝をつきながらも、顔を歪め、なおも突進してくる。

 

 「ここで——ッ!」

 

 三発目。今度は右足を撃ち抜いた。バランスを崩し、前のめりに倒れる。

 

 が、それでも手はナイフを離していない。倒れた体勢から這うように、俺の足元へ突き出してくる。

 

 「くたばれってんだよ……!」

 

 銃口を奴の顔面へ叩きつけるように突きつけて、引き金を引く。

 

 四発目。火薬の爆音とともに、ゴブリンの頭部が潰れるように崩れた。

 

 ——沈黙。

 

 辺りには、俺の荒い息と、焼けた薬莢の匂いだけが漂っていた。

 

 残弾、一発。

 

 俺はその場にへたりこみ、震える両手でショットガンを握り直す。

 

 (やった……やったんだ。だが、こいつは……明らかに、今までの奴らとは違った)

 

 ただの雑魚モンスターじゃない。連携、スキル、装備、戦術。

 

 奴らは正しく脅威だ——そう実感するのに、十分すぎる戦いだった。

 ——沈黙。

 

 あたりに響くのは、俺の荒く乱れた呼吸と、ぽたりぽたりと血が地面を叩く音だけだった。

 倒れ伏すゴブリンたちの死体の上で、俺はぐらりと体を揺らす。頭の奥では、極限状態からの解放による高揚感が脳を満たし、まるで麻薬のような快楽が意識をぼやけさせていた。

 

 「……やった……全滅、だ……」

 

 勝った。勝ったんだ。

 その実感と共に、脚から力が抜けていく。地面に崩れ落ちそうになりながらも、俺はどうにか踏みとどまった。

 

 だが——これで終わりではない。

 

 突然、草を踏みしめる微かな音が耳に届く。

 それは一つではない。複数。しかも、ただの足音じゃない。犬のようなうなり声も混じっている。

 

 (まさか……まだ……!?)

 

 「っ、まだ来るのかよ……!」

 

 血の気が引く。心臓が再び激しく脈打ち始めた。

 俺はがくつく足を無理やり動かし、ショットガンを構える。

 

「なら……もう一回だッ! [リロード]!」

 

 ——しかし、反応はない。

 

 カチャリとも、魔力の気配すら感じない。

 

 「……っ、魔力切れ……?」

 

 一瞬で背筋が凍った。足がわなわなと震え始める。だが、それ以上に強くこみ上げてきたのは——屈辱だった。

 

 「……俺が……逃げるのか……?」

 

 震える声が、夜の静寂に吸い込まれて消える。

 

 でも——それが現実だった。

 魔力は尽き、弾は残り一発。脇腹からは血が滲み続け、動くたびに激痛が走る。

 

 ——死にたくない

 

 その本能だけが、俺を突き動かした。

 

 「……くそっ、くそっ……!」

 

 俺は踵を返すと、闇の中へと飛び込んだ。

 背後から迫る気配が、まるで刃物のように背中を撫でてくる。逃げ切れる保証などどこにもない。

 

 それでも俺は、生き延びるために走った。

 ——情けなくても、泥をすするような選択でも、今だけは命を選ぶしかなかった。

 




 [戦場の心得]はLv1だと心の影響をそこまで抑制できません。
 前話でゴブリンを殺害したときは、ステータスやスキルなどの存在により、現実感が薄れ、そこまで影響が出なかっただけです。
 ちなみにLv3にもなると心も抑制し、戦闘に最適な思考ができるようになります。
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