使い魔のフリーレン ~ゼロからの旅路~   作:お団子

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第93話『勇者の記憶③ ~白の国(アルビオン)冒険記~』

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「じゃあこれと……あと、これとこれも」

「あいよ」

 

 アルビオンの、何処とも知れない村の中。

 当時の勇者ヒンメルは、食料や水といった物資を購入していた。

 ここ、空の大陸に来る前にラ・ロシェールで換金を済ませておいてよかった。おかげで売買に関しては特に滞りなく進んでいた。

 

「まいどあり。……それはそうとあんた、ここいらじゃ見かけない顔だが、もしかして『レコン・キスタ』の者かい?」

 

 ここで店主が、怪訝な表情でヒンメルを見る。

 

「いや、違うよ。ただの冒険者さ」

「ふぅん……まあ、別にいいんだが」

 

 そういう割には、何か言いたそうな顔で、商品をカウンター越しで渡していく店主。

 この村は『レコン・キスタ』の統治下にあるそうで、時折農作物を強引に搾取されることがあるのだそう。

 今はその手の兵が駐屯してるわけではないが……、そういう対応をされるが故に、かの革命軍に良い印象は抱いていないようだ。

 

「あいつらが革命革命と騒ぐことと、私らの収穫を根こそぎ奪っていくことに何の関係があるのか……、ったく、お偉いさんに問いただしてやりてえんでさ……、特に最近は『地震』や『台風』が多い上に、畑が鬼畜生共のせいで荒らされて不作が続いているってえのに。やっこさんら、聞きやしねえし……」

 

 一度口に出すと止まらなくなってきたのか、店主はぶつくさと愚痴を客であるヒンメルに吐き出す始末。

 

「……っと、すまねえ、旅人のあんたには関係のねえことですね。はいこれ、釣銭でさ」

「……僕に何かできることはあるかい?」

 

 

 

「……てなわけで、畑を荒らすトロール鬼の討伐を請け負っちゃった」

 

 村から外れた、程よい広さのある森の中で。

 そこには、先ほど買って来たパンをはむはむと頬張る、エルフの少女がいた。

 流石にエルフを村に連れて行くわけにはいかないため、彼女をここに隠していたのだ。

 

「……もうちっと考えた方が良いんじゃねえか相棒? 人助けは美徳だけど、正直今の俺達にゃ、そんな余裕はねえだろうよ……」

 

 依頼を受けたことに関して、エルフの少女は特に嫌な顔をしなかった。ただ、うんと頷くだけ。

 一方で辛辣にそう答えるのは今のヒンメルの愛剣、デルフリンガー。

 ヒンメルも「分かってはいるんだけどね……」と、零しながらも「でも、そのおかげで買い物をタダにしてもらったんだ。受けないわけにもいかない」と、答えた。

 

 

 ヒンメル、オスマン、デルフリンガーがエルフの少女とともに、ここアルビオンへやって来てから、早くも一週間近くが経過していた。

 もっとも、ラ・ロシェールからアルビオンへ渡る途中で、オスマンとは離れ離れになってしまったのだが。

 とはいえ、彼なら無事だという確信があった。

 一か月以上ともに旅を続けてきたからこそ、オスマンの実力は誰よりも理解している。あの程度の遭難で命を落とすような男ではないと、ヒンメルは微塵も疑っていなかった。

 デルフも、オスマンの心配はそれほどしていなかった。

「どうせどこかで、アルビオンの女に鼻の下を伸ばしているんだろ」などと言っていたくらいだ。

 ただ、それを差し引いても疑問は残る。

 今連れ添っている少女は、敵があちこちに潜む見知らぬ土地で命を狙われている。そんな状況で、人助けをしている余裕などあるのか。デルフは、そういう意味で疑問に思っていたのだ。

 

「ま、俺は所詮剣だから、相棒のやることにそこまで口を出すつもりはねえけどよ……」

 

 そう言いながらもぶつくさと文句を続けるデルフをよそに、ヒンメルはその気持ちを理解しつつも、穏やかに口を開いた。

 

「そういうことは、アイゼンやフリーレンにもよく言われたよ。『魔王討伐』という大義がありながら、どうしてそんなにも目の前の面倒事に関わるんだって。……でも、だからこそなんだ」

 

 ヒンメルは、まるでエルフの少女にも言い聞かせるように続ける。

 

「畑を荒らされ、なけなしの作物は『革命軍』に奪われる。そんな彼らにとって、この問題は決して小事なんかじゃない。困っている人がいて、誰も手を差し伸べないのなら、僕がそれをやる。僕の旅路は、振り返ればそういう『繰り返し』で形作られてきたんだ。今さらそれを曲げたら、僕は僕じゃなくなる。それは、僕にとって大事なことなんだ」

 

 それを聞いたデルフは、

「へいへい、俺が悪うござんした」

 と、半ば諦めたように呟いた。

 ヒンメルの真剣な言葉に、少女は呆気に取られたような表情で、彼の瞳を見つめ返す。

 ……まるで、自分のこともまた、その「大事なこと」の一つなのだと告げられたように。

 いや――きっと、ヒンメルは最初からそう言っていたのだ。

 

 

「だから、君も困ったことがあったら、遠慮なく僕に言ってくれていいからね」

 

 

 そう言って、最後にヒンメルは優しく少女の金髪を撫でた。

 少女はその温かみを凄く嬉しそうに思いながらも、その瞳には影が差したようにも見えた。

 自分の事情に、優しいこの人を巻き込みたくないと、そういうかのような……。

 

 

 

 そういうわけで、村の外れにある畑に住み着いた、トロール鬼の住処にやってきたヒンメル。

 人間の血が塗れたこん棒を振り上げ、『ここが俺達の縄張りである』と威嚇しながら畑の上に屯する亜人の化け物。その数、十体ほど。

 嫌いな人間どもから食料を生み出す土地を奪い、ご機嫌である彼らの元に、青髪の人間が一人でやってきた。

 

「楽しそうな所申し訳ないが、そこは村人にとって大切な土地だ。返してもらおう」

 

 ゆらりとやってきた人間の若者にそう言われ、当然ながら『はい分かりました』と対応するトロール鬼など存在しない。

 むしろ、たった『一人の人間になにができる』と、嬉々として叩き潰そうと、青年……、ヒンメルへと迫りくる。

 

「ま、人を叩き潰すのが趣味の単細胞共に『説得』は高尚過ぎて、理解すらできないみたいだな」

 

 青年の背中にしまってあった大剣が、静かに告げる。青年は巨大な人食いの亜人が迫りくるという状況の中でも、全然動じない面持ちで剣を抜く。

 

「そうか……忠告はしたぞ」

 

 青年は、ここで喋る剣を完全に抜き放つ。

 この時点で、トロール鬼たちは察するべきだった。これほどの数に囲まれながら、尚も戦う意思を見せる青年が来たという意味を。

 人間など、『メイジ』と呼ばれる魔法使いさえ気にしなければどうでもいい。そういう固定観念を持っていたからこそ、『ただの剣士』を舐めた。その代償は、あまりにも高くついた。

 

 数秒後、トロール鬼は駆逐された。全てデルフという鈍刀のサビとなったのだ。

 彼の剣技の前では、今更ながら剣が(なまくら)だろうと関係が無いらしい。

 危機を察知し、逃げ出そうとしたトロールも、きっちり仕留める徹底ぶり。

 

「こういう所はきちっとしてるな相棒」

「彼らからは全員、死臭が漂っていた。逃がすわけにはいかなかった。全員仕留めないと、逃れた地でまた悪さをするだろうからね」

 

 困っている人には弱いけど、不必要な甘さは出さない。

 そんな様相で、ヒンメルはデルフにこびりついた血糊を、一振りですべて払った。

 不必要な甘さを出すこと。それが巡り巡ってどんな結果を生み出すか。分かっている風情で。

 一度それで()()()()を味わったとのことだ。

 

(魔王討伐云々は今でも信じられねえが……、やっぱり酸いも甘いもいろいろ味わって来たんだろうな)

 そんな風にデルフが思っていた時だ。

 

「もういいよ、出てきておいで」

 ヒンメルは、近くの木の影に隠していた、エルフの少女に呼びかけた。

 ひょっこりと、少女は茂みの奥から姿を現す。

 

「これで依頼も完了したし、村にこのことを報告しようか……ん?」

 

 ここでヒンメルは、ふと……といった感じで目を細める。

 トロール鬼の屍の山の奥、人間が通れそうな形の空洞が広がっている。

 

「この空洞、中は地下に繋がっているようだ……」

 

 ヒンメルはじ~っと、外から空洞の中を見つめていた。

 完全なる未知の空間。魔王討伐時代、色んなダンジョンを突破してきた冒険者としての血がうずき始める。

 

「……おい、相棒」

「ただの洞窟じゃないな。『何かある』。僕の勘がそう告げている」

「エルフの嬢ちゃん、きょとんとしてるぞ」

「こういう構造は、大体何かしら『隠されている』んだよな。うん」

「報告をしなくていいのか」

「ちょっとだけ、そんな、奥まで行くわけじゃない。すぐ帰るから……」

 

 ああ、駄目だ、こいつ。

 以前、『未踏破の洞窟』を隅々まで探索し、オスマンに散々怒鳴られながらも、結局最後までやり切った時のことをデルフは思い出した。

 

「ったく……ごめんな、嬢ちゃん。相棒の奴はな、この通り滅法強くて頼りになるんだが、同時に底なしの寄り道好き野郎なんだ」

 

 それを聞いた耳長の少女は、少しおかしそうにくすりと微笑んだ。

 ヒンメルに連れられるように、エルフの少女も洞窟へと足を踏み入れる。

 

 

 結論から言えば、この洞窟は思っていたほど深くはなかった。

 確かに侵入者を阻む仕掛けは数多くあったものの、『未踏破の洞窟』と比べれば難易度は低い。なにせ、オスマンがいなくても難なく進めてしまったほどだ。

 

 やがて彼らは、本棚が所狭しと並ぶ一室へとたどり着く。

 室内には簡素な机と椅子が置かれ、壁には無数のメモが貼られていた。

 

 

 そして何より目を引いたのは、部屋の中央に鎮座する巨大な鏡だった。

 

 

 一人を丸ごと飲み込めそうなほど大きなその鏡を目にした瞬間、ヒンメルは思わず目を見開く。

 この装飾、この形状。

 自分がハルケギニアへ来るきっかけとなった『異界の鏡』と、まったく同じじゃないか。

 

「タルブ村で、ササキの奥さんが祀っていたのと同じタイプの鏡か」

「なんでまた、こんなところに鏡があるんだろうな?」

「一つだけ分かることは、意外と僕の世界とハルケギニアは、身近な距離感で保たれているのかもしれないってことかな」

 

 ヒンメルは次いで、机を見る。ヒンメルの世界で広まっている女神の紋章……、聖具が無造作に置かれている。

 手に取ってみたが、特に何か文字などが彫られているわけでもなく、それ以上の情報は得られず。

 図書のように並ぶ文書についても、全てが古い言語で書かれているためか、読むことはできない。

 最後に、鏡自体にも手を触れてみた……が、何の反応も示さない。

 こういう時、魔法使い……、オスマンやフリーレンがいたら何か分かるのだろうか。

 

 そんなことを考えていたヒンメルは、鏡の縁にあるくぼみへと目を向けた。そこには、今手にしている女神の紋章がぴたりとはまりそうな穴がある。

 ちょうど机の上に置かれていた聖具と同じ形状だと気づいたヒンメルは、迷うことなくその聖具を鏡の装飾のくぼみにはめ込んだ。

 

 

 ……特に何も起こらなかった。

 

 

「収穫があるようでない……そんな感じの洞窟だったね」

 結局、それ以上進展もなく。ヒンメルとエルフ少女は外に出た。

 

「『無駄骨』って言うんじゃないのか、こういうのって……」

「無駄ってわけでもないだろう。あの鏡がアルビオンにもあるってことが、何かしらの秘密につながっているのかもしれないだろうしね」

 

『未踏破の洞窟』に続き、得られる情報があまりにも断片的。

 だが、こういう冒険そのもの自体に意味があるという風に、ヒンメルは言った。

 それでも……、無駄な時間を使わせたという意識はあるのか、少女に向かって軽く謝罪する。

 

「とはいえ……、こんな大変な時まで、僕個人の好奇心に付き合わせて申し訳なかった。これからはなるべく自重するよ」

 

 そんな彼の謝罪に、エルフはふるふると首を横に振った。

 言葉が使えない代わりに、表情と身振り手振りで「楽しかった」と伝えているかのよう。

 

「さて……、そろそろオスマンを探しに行かないとな」

「その前に依頼報告も忘れずにな」

 

 マメなデルフはそう報告する。

 最後にヒンメルは、洞窟の入り口を見て、不思議そうな顔で思った。

 

(あの本の量。まるであの『鏡』について研究していたような感じだったけど……、だとしたら一体、誰があのような魔道具を作り出したんだろうな……?)

 

 そうしてヒンメルは、少女を伴い、取り返した畑を置いて去っていく。

 一瞬だけ、何か不審な色を覚えたような顔を、茂みの奥の方へと投げかけながらも。

 

 

 

「……見つけた」

 

 そんな二人の背後を、遠くから覗き込み、呟く一人の影。

 影はがさり、と音を立てながら、静かに移動する。

 茂みに隠れてヒンメルとエルフの少女を伺っていたのは……これまた、耳の長い金髪の少年。

 

 そう、エルフだったのだ。

 

 エルフの少年は、そのまま茂みの奥へと進んでいくと、『結界』によって構築された場所へと足を踏み入れる。

 

 

「戻ったか、ビダーシャル」

 

 

 ビダーシャル。

 先程ヒンメル達を遠くから見ていた少年のエルフは、同じく子供のエルフの前へとやってくる。

 

「で、どうだった? ()()()()()()は見つけたのか?」

 

 ビダーシャルの目の前、リーダーのように振る舞う、同じく少年のエルフがビダーシャルに問う。

 その目には『憎悪』が滾っていた。仲間であるはずなのに、その仲間を威圧することに抵抗のないような風情。

 彼らの周囲にいるエルフもまた、少年ばかり。()()()()()()()()

 他の少年たちも、リーダーほどではないとはいえ、敵愾心を覚えた暗い色の瞳を浮かべている。

 

「どうなんだビダーシャル。早く報告しろ」

 

 他の少年からも詰められ、ビダーシャルと呼ばれた少年は……、他の少年とはまた違う、静かな色を湛えた瞳で、やがて答える。

 

「間違いない。確認した。()()も一緒だがな」

「やはりか!!」

「とうとう追い詰めたぞ裏切り者が! 早速『指輪』を回収し、我々の下で裁きを下して――」

「蛮人の方はかなりの手練れだぞ。我の存在に僅かながら感づくほどだ」

 

 釘を刺すように、ビダーシャルはそう続ける。

 それを聞いたエルフの一人が「蛮人一人如き、何を臆する!!」と拳を高々に突き上げ叫ぶも、制するようにビダーシャルは続けた。

 

「先の戦闘にて、数十はいたトロール鬼を、剣一本で薙ぎ払っていた。『精霊の加護』を受けておらぬ我らでは、手に余ると判断していたあの連中を一人で下していたのだ。しかも、まだ底を見せておらぬようだ」

「随分と饒舌だなビダーシャル。本気で蛮人に臆したのか! それでも我ら『鉄血結団党』の一員か!」

「よせ、サルカン」

 

 少年の一人、サルカンを諫めたのは、リーダーとして振る舞っているエルフだ。

『憎悪』を宿しながらも、同時に『冷静』さも残しているかのような風情で、そのエルフはビダーシャルに言った。

 

 

「分かっているな、ビダーシャル。ムニィラ……、お前の妹が()()()()()のは……、奴の一家が大人しく『指輪』を渡さなかったからだぞ」 

 

 

 見た目は十になろうかという少年なのに、この時点で『尊大』さも醸し出し始めている、他の少年たちも、彼が自分たちの長であることに、何の疑問も覚えないかのような様子だ。

 

「奴の所為で、我らの大人たちは蛮人共と、血で血を洗う殺し合いを始め、残ったのは我ら子供のみ。蛮人の治める地など知らぬが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、早急の対応が必要。それはお前も分かるだろう?

 まるで咎めるかのような口調で、リーダー格の子供はビダーシャルに言った。

 

「聞けば蛮人共も、軍を組織して『あの指輪』を追っているらしい。連中に先を越されてはたまらん。……とはいえ、『大いなる意思』に見捨てられた身の我らでは敵わんという、お前の意見を足蹴にするつもりは無い」

 

 そう言うと、少年は背を向け、背中でビダーシャルに、憮然と言い放つ。

 

「当面は奴らを見張るだけで構わん。だが動きがあれば即座に知らせろ。その蛮人と奴が離れる隙があったら、力づくでも奪え。良いな?」

「承知した、エスマーイル殿」

 

 エスマーイル。

 そういったエルフの少年は、大人を模したような口調と態度、不敵な笑みを浮かべて、他の少年も連れて去っていく。

 ビダーシャルはただ、静かな青色の目を瞑り、密かに呟いた。

 

(ムニィラ……)

 

『あの指輪』を使えば、妹も……。

 心の底で抱く『想い』は、エスマーイル達にも悟らせないとばかりに。

 ただ、当面は彼らの言に従おう。ビダーシャルは再び、少年たちが集う『陣』から離れ、ヒンメル達の後を追った。

 

 

 

 さて、こんなことが起こっていた頃と同時刻。

 

 

「おぉーい! 出してくれぇー!」

 

 未来の賢者、将来はトリステイン屈指の大メイジとして名を馳せることとなる、偉大なる魔法使い。

 若きオスマンは今、牢屋に押し込められていた。

 

「悪かったって! 盗賊とはいえ、女湯覗いたのは悪かったって! ごめん! 俺が悪かったから!」

 

 木組みの格子越しに、必死になって叫ぶオスマン。

 彼の周囲を作るのは、土の床と鉱石の壁。

 簡易的な牢獄なので、魔法を使えれば脱出など容易なのだが、当然ながら杖は没収されている。

 

「許してくれって! そりゃあ盗賊だろうとプライバシーは必要だよな! デリカシィにかけたよな! おれが全部悪かった! 反省してますからぁ!」

 

 なぜこんなことになったのか。

 簡潔に言って、自業自得であった。

 

 

 デルフやヒンメルの推測どおり、アルビオンで離れ離れになったあとも、オスマンは無事だった。

 暴風に流されながらも、魔法『飛翔(フライ)』を巧みに使い、アルビオン大陸の生い茂る森へと着地したのだ。

 

「っあああ~~ったく、とんでもねえ渡航になっちまったな……!」

 

 着地するなりそんなことをぼやき、気持ちを落ち着かせたオスマンは周囲を見回した。

どうやらかなり深い森の中へ入り込んでしまったらしく、人里どころか開けた場所すら見当たらない始末だ。

 一応、食べ物には困らなかった。肉ならシカや熊、ウサギ。魚は川へ行けばそれなりに獲れるし、水なら魔法でどうとでもなる。

 

(ったく、ヒンメルの野郎。今頃何してんかね……)

 

 そうして野営を繰り返しながら、森を歩き続ける。

 夜が更け、魔法で作った即席の小屋へ戻るたび、思うのはヒンメルのことだった。

 

 エルフの少女を連れてからというもの、色んな不幸に見舞われ始めているような気がしてならない。あの時は仕方ねえと思っていたが……こんな状況が続くとなると、さすがに心も黒くなるというもの。

 

(どうせあいつも、あの嵐程度でくたばっちゃいねえだろうし……とりあえず再会したらグーパン、もしくは髪引っ張り……いや、両方やろ)

 

 そんな彼が、ふと小高い丘から眼下を見下ろすと、湯気のようなものが立ち上っているのが見えた。

 どうやら森の中に温泉が湧いているらしい。そこには大勢の人影がある。

 

 

 それを見た瞬間、オスマンの中に眠る、抗いがたいスケベ心が爆発したのが運の尽きだった。

 要するに、覗こうと忍び寄ったところをあっさり見つかり、そのまま捕まった――という話である。

 

 

 相手はどうやらただの盗賊。そう高をくくってしまったのもあるのだろう。

 軽い気持ちで向かったのだが、そこへたどり着くまでの罠の数も、敵の質も量も尋常ではなかった。なにせ、メイジが多数いたのだから。

 何とか逃げようとしたのだが、最終的には温泉につかっていた女メイジの一人が操る巨大ゴーレムと、彼女が張り巡らせた数々の罠に引っかかり、この有り様というわけである。

 

「くっそー、今思い出しても腹が立つ! ヒンメルがいりゃあ絶対こんな目に遭わなかってえのに!」

 

 と、やりきれない怒りを牢獄の中で吐き散らかすオスマン。

 ……まあ、ヒンメルがそもそも自分の性癖たる『覗き』に加担するわけがないのだが。

 

(……にしても、住処も牢獄も典型的な盗賊といった集団なのに、このレベルの高さは何なのかね)

 

 気絶させられ気づけばこの牢獄内なので、格子越しでしか判断できないところはあるが……竪穴住居で暮らす盗賊連中が妥当といった感じの壁と部屋だ。

 だが、今思い返してみても、魔法のレベルが皆尋常じゃないくらい高い連中で構成されていた。でなくば自分があっさりと捕まるわけない。

 

 ……貴族崩れで構成された盗賊団なのだろうか?

 

 特に、自分を追い詰めて捕まえた、あのゴーレムを巧みに操った緑髪の女性……ランクはもしかして『スクウェアクラス』はあるだろう。

 

(そしてなによりナイスバディだった。あれと()()()()()()()の二人、遠目で見てもむっちゃ美人だったなぁ……)

 

 と、脱出案よりも『堪能していた時の記憶』を掘り起こし、一人愉悦に入るオスマン。

 ぐへへ……。と、とても人には見せられないような顔を浮かべてにやけていた時、声がかかる。

 

「……なににやついているんだ。気色悪いねアンタ」

 

 呆れたような色を込めた、女性の声だ。

 オスマンははっとして声の方を向く。

 そこには、格子越しに緑髪を揺らした、眼鏡の女性がやってきていたのだ。その左隣に小さな金髪少女、右隣に筋骨隆々の偉丈夫が立っている。

 

「お前たちの『湯舟』を覗いていたという無礼者はこいつか」

「ええ、そうです。ドライグ殿」

「あの時のお姉さま、すごく怖かったです……」

 

 そんな会話を銘々続ける三人。オスマンは格子に掴みついて叫んだ。

 

「なあ許してくれって! ちょっとした出来心なんだって!」

「『レコン・キスタ』の者だと思うか?」

「状況を考えればその線もありうるでしょうが……追い詰めた私からの所感だと、そんな感じは受けませんでした。ただの破廉恥漢かと」

 

 当人の声を無視して、二人の大人はオスマンの素性について話し合っている。

 

(……ってかあの眼鏡女、おれを捕まえたゴーレムメイジじゃねえか!)

 

 緑の髪に翡翠の瞳。切れ長の鋭い目は歴戦の女戦士のようにも、格式の高い令嬢のようにも思わせる。若いのに、酸いも甘いも噛み締めてきたのだろうと思わせる佇まい。

 

「だが、油断は禁物だ……おいお前」

「んあ?」

 

 女性の肢体を上から下まで眺めていたため、視界の外からの声に、遅れて反応する。

 浅黒い肌に短く刈り込まれた金髪の偉丈夫。右側の目に大きな切り傷が残っており、またその風格も、そこいらの盗賊では出せないほどのオーラを出している。

 ただの下っ端じゃねえな。内心、ようやく危機感を持ち始めたオスマンは、冷や汗を隠しながらも剣呑な態度を崩さない。

 

「お前、『レコン・キスタ』か? 誰に頼まれ我々の住処を追っていた?」

「はぁ? 『レコン・キスタ』?」

 

 この盗賊共、なぜそこまで『例の革命団』について神経を尖らせる?

 気にはなるが、ここで挑発染みた質問返しで相手の神経を逆なでさせる意味はない。

 故に、冷静にこう答えた。

 

「はっ、おれをそんじょそこらの革命家気取りのミーハー野郎扱いされるたぁ、舐められたもんだな!」

「なんだと?」

「耳をかっぽじってよぉく聞け! おれの名はオスマン! ハルケギニアの賢者を目指す男よ!」

 

 牢屋越しに大見得を切るオスマン。これが彼が今考えた、『相手の神経を逆撫でしないための答え』なのであった。

 

 これを聞いた右目に傷を負った偉丈夫は、額に青筋を立てていた。どうやら彼も相当プライドが高いらしい。

 

「貴様、今のこの状況が分かってるのか……?」

「へっ、確かにアンときゃあ不意を突かれて無様を晒したけどな。杖を持たせりゃあ、てめえら盗賊崩れなんざ、このボロ住処ごとぶっとばせんだぜ! 悔しいと思うなら、おれと『決闘』してみるか!?」

 

 オスマンの挑発に、額どころか身体中に青筋を浮かべるドライグ。顔を怒りで赤らめ、今にも腰に差した杖を抜きかねない状況だ。

(お、いけるか、いけるか? いけちゃうのか?)

 どうやらこいつもメイジ……それも、貴族であった頃を忘れられないタイプの、気位だけが高い男らしい。

 こいつをダシに、杖さえ取り戻せばこの住処から脱出もできるだろう。そんな風に考えていたのだが……。

 

「落ち着きましょう、ドライグ殿。言われっぱなしが癪なのは分かりますけど、ただの破廉恥漢の挑発に乗せられては『勇槍』の二つ名が泣きますよ」

 

 ここで眼鏡の女性がドライグを諫める。

 チッ、と舌打ちするオスマン。

 

「でも……」

 と、少し女性は笑ってこう続ける。

 

「面白いねアンタ。こんな状況で大見得を切るなんざ、馬鹿か大馬鹿野郎のどっちかだろに」

 

 と、意外にも女性の方はオスマンを「面白い奴」だと思ったようだ。

 初対面よりは好印象といった笑みを浮かべる。

 

(この女、思ったより武闘派なのか……?)

 

 一抹の不安が胸をよぎるが、なんとかそれを表に出さず堪えたオスマン。

 そんなオスマンに構わず、女性は不敵な笑みを浮かべて続けた。

 

 

 

「私はロングビル。ロングビル・オブ・サウスゴータだ。例えハッタリだとしても、アンタみたいな威勢のいい奴は嫌いじゃない」

 

 

 

 そう言いながら、眼鏡の女性ことロングビルは細身の剣のような杖を振り、牢屋の扉を開く。

 そしてオスマンに出るよう促した。

 

「ついてきな。私らの裸を遠くで覗いていた『代償』について決めさせてもらうよ。私らのリーダーの前でね」

 

 勿論、状況によっては『最悪』を覚悟してもらうけどね。

 ロングビルはそう言って、屈強な体躯のゴーレムを二体召喚する。

 そいつらに片腕をそれぞれ掴まれたまま、オスマンは連行されていった。

 

 

 

 さて、そのままオスマンはさらに洞窟の奥深くへと連れ込まれていく。

 中はかなり広く、途中で何人かの盗賊たちとすれ違う。

 皆、かなり鍛え上げられたような風貌と佇まいをしている。やはり、ただの盗賊団ではなさそうだ。

 

「政争に敗れた連中が、揃って盗賊にでも落ちぶれたってとこか?」

 

 そう言うと、周囲の空気が一段と刺すようなものへと変わった。誰もが一瞬、オスマンを殺すような目で睨みつける。

 ロングビルは、それを周囲へ目配せするだけで押しとどめた。

 どうやら彼女の地位は、この盗賊団の中でも一際高いようだ。

 

「威勢が良いのは結構だけど、あんまり変なことを口走るんじゃないよ」

 

 ロングビルはそう言い含めると、そのままオスマンを連れて別室へ続く廊下を歩いていく。

 

 

「『陛下』。不敬にも御身を覗いていた不埒者を連れてまいりました」

 

 

 一番先頭を歩いていたドライグが扉をノックする。

 え、陛下?

 オスマンは一瞬、彼が何を言っているのか分からず、ぽかんと口を開けた。

 

(『陛下』って、まさかアルビオンの? まさか……そんなわけねえよな……)

 

 オスマンは冷や汗をかきながら、その考えを否定する。

 まさか、あり得ないだろうと。

 だが……ここにいる連中のほとんどがメイジであること。装いが盗賊にしては整いすぎていること。そして、隣に立つ女性は少なくとも、自分を捕らえるほどの実力者であること。

 この世界のメイジは、元を辿れば始祖の系譜を受け継いだ貴族たちであること。

 これらの要素が揃っている以上、それを『嘘』と断定することはできなかった。

 

「入りなさい」

 

 やがて、扉の奥から声が聞こえる。

 

「失礼します」

 

 その声を受け、ドライグが扉を開き、ロングビルとオスマンを先に部屋の中へ通した。

 そこにいたのは、盗賊のような装いをしながらも、貴族としての気品を隠しきれない、凛々しさをそのまま絵画にしたかのような金髪の女性だった。

 

 オスマンがロングビルと一緒に遠くから覗いていた女性である。

 

 あの時は背中しか見えなかったため顔までは分からなかったが、その装いだけで、オスマンは『覗いていた女性』であることと、『途轍もなく高貴な人物』であること、その両方を察したのだ。

 

 

「自己紹介がまだでしたね。私はこの盗賊団の統領にして、アルビオン王国女王、ヴィクトリア・テューダーです」

 左手の薬指に嵌められた『風のルビー』をちらりとのぞかせながら、女性――ヴィクトリアはそう告げる。

 

 

 オスマンはあんぐりと口を開けた。

 まさかまさか、自分が覗いていた女性は、あろうことか本物の、この国の女王だったのだ。

 




この時登場した『鏡』が、実は後々ザイン達が異世界を渡るフラグになっています。

※ムニィラは原作でも名前だけですが出ているキャラです。ルクシャナの母以外に情報が無いですが、ここではビダーシャルの妹ともしています(ビダーシャル‐ルクシャナは原作でも叔父と姪の関係なのは確定)。
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