桐藤ナギサと御稜ナグサの姉妹ごっこ   作:あばなたらたやた

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 百花繚乱の事務室は、祭りの喧騒から切り離された静寂に閉ざされていた。

 窓の外では提灯の光が揺れ、緑茶の湯気がゆらりと立ち上る。ナグサとキキョウは、湯呑みを手に、過去と現在を隔てる薄い膜のような沈黙を共有していた。キキョウの瞳には、未練と苛立ちが絡み合い、まるで砕けたガラスの破片のように鋭く光る。

 

「トリニティではどんな生活を?」

 

 キキョウの声は、静かだがどこか刺すようだった。ナグサは茶を一口啜り、軽く肩をすくめた。

 

「桐藤ナギサさんの妹になった」

「妹プレイ!?」

「や、そんな風に言わないで」

 

 ナグサは笑い、焼き鳥の串を手に軽く振った。その仕草は、まるで過去の重さを振り払うかのようだったが、彼女の笑顔には、どこか虚ろな影が漂っていた。

 

「あとは正義実現委員会っていう、百花繚乱みたいなことを新人からやり直してる」

「は?」

 

 キキョウの表情が凍りついた。ナグサは窓の外に視線を投げ、遠くを見るような口調で続けた。

 

「これが楽しいんだ。知らない世界ばかりで楽しい。いい人ばかりだし。」

 

 その言葉に、キキョウの瞳が鋭く光った。彼女は湯呑みを握る手に力を込め、声を低くした。

 

「なにそれ、結局、百花繚乱は人間関係が原因でやめたの?」

「まぁ、頼り過ぎだよね。私とアヤメに。」

「……!」

 

 キキョウの顔に、衝撃と痛みが走った。ナグサの言葉は、まるで鋭い刃のように彼女の心を切り裂いた。キキョウは唇を噛み、ナグサを見つめる。

 そこには、かつての先輩への尊敬と、裏切られたような痛みが交錯していた。

 

 緑茶の香りが漂う事務室に、重い沈黙が落ちる。キキョウの震える手と、彼女の瞳に宿る複雑な感情を背に、ナグサは軽く湯呑みを置いた。彼女の笑顔は、どこか虚無を隠すように薄かった。

 

「じゃあね、キキョウ」

 

 ナグサはそう言い残し、事務室を後にした。キキョウの落ち込んだ背中を振り返ることなく、彼女は祭りの喧騒へと再び足を踏み入れた。提灯の光が揺れる中、ナグサの心には、過去への疼きと自由への渇望が交錯していた。

 

 夜が訪れ、百鬼夜行の空を闇が覆った。突如、開始の花火が轟音とともに打ち上がる。色鮮やかな光が夜空を裂き、祭りの熱気が最高潮に達したその瞬間――轟音が響き、屋台の一つが爆発した。

 炎と煙が上がり、群衆の歓声は一瞬にして悲鳴に変わった。暗闇の中から、傘の化物が不気味な笑い声とともに現れ、住民たちに襲いかかった。

 

「……うわ」

 

 ナグサは小さく呟き、焼き鳥の串を地面に捨てた。彼女の瞳には、驚きよりも冷めた好奇心が宿っていた。次の瞬間、彼女の手は百蓮に伸び、銃口が化物を捉えた。

 

 引き金を引くたび、百蓮の特殊な効果が発動し、怪異に実弾が突き刺さる。傘の化物は次々と倒れ、ナグサの周囲にはその残骸が散らばった。彼女の動きは流れるように無駄がなく、祭りの混乱の中でも圧倒的な存在感を放っていた。

撃退は容易だった。だが、ナグサの視線はすでに遠くを見据えていた。

 

「こういうのは、上を倒さないと無限に出てくると思うんだ。だから、探さないと」

 

 彼女の声は、祭りの悲鳴と爆発音に混じりながらも、どこか冷静だった。百蓮を握る手には、かつての百花繚乱の副委員長としての鋭さと、ナギサの言葉に触発された新たな覚悟が宿っていた。

 ナグサは混乱の中心を離れ、化物の源を求めて闇の中へと歩みを進めた。

 

「ナグサちゃぁん、久しぶりですねぇ。情けない情けないナグサちゃん」

 

 闇の中から、箭吹シェロの声が響いた。ナグサの足が止まり、百蓮を握る手が一瞬硬直した。

 

「箭吹シェロ……どうしてここに。いや、貴方が原因か。」

「そうです。手前がここを怪異の舞台にするのです! その前に、ナグサちゃんにはやらなくちゃいけないことがありますよぉ」

「やらなくちゃいけないこと?」

 

 シェロの目が、ナグサの心の奥を覗き込むように光った。

 

 「貴方の心を、みんなに届けることです。貴方の弱くて悲しい気持ちを、みんなに届けましょう。」

 

 次の瞬間、シェロから放たれたエネルギーがナグサの脳に突き刺さった。彼女の視界が揺れ、過去の記憶が、感情が、まるで堰を切ったように溢れ出した。

 

 私は弱い。

 アヤメの隣で、副委員長を演じるだけ。何も彼女に勝てない。勝てなくて良い。安心する。誰かが責任を取ってくれるというだけで、これほど心地良いなんて。

 ミスがあれば全部アヤメのせい。

 全部頼って、全部の貧乏くじを引いてもらいたい。それに私は安心する。アヤメは「勝利からは逃れられない」。

 勝ったのだから、優れているのだから、強いのだから、多くの人の期待と信頼を背負って、負けることのない戦いに赴く貴方に憧れた。

 憧れは理解から最も遠い感情だと言うけれど、アヤメのことを知りたいとは思わなかった。何故なら、知ったら失望してしまうから。こんなものかと、アヤメに頼れなくなる。だから私は盲目的に彼女の凄さを称賛する。

 貴女は凄い。

 貴女は完璧。

 貴女の代用は誰もいない。

 だからこそ、私達の苦しみを背負って欲しい。

 高貴なる者の義務を強制する。

 優れた者に、嫌なものを押し付ける。

 それを支えるだけの私は、やはり屑なのだろう。

 憧れたんだ……眩い光でみんなを照らす君に。

 アヤメが消えた。

 いつかはこうなる予感はあった。

 重荷を背負い続ければ、誰だって潰れてしまう。それを一緒に持つ仲間がいれば別だろうが、アヤメに仲間はいなかった。私も、仲間ではなかった。

 アヤメに押し付けた「不幸」は、今度は私に降りかかる。

 やめてくれ、頼らないでくれ。

 

 頼れる人間を装っていたのは認めよう。けれど、そこは自分で何とかするのが人情というものだろう?

 頼れる存在に頼りっぱなしで恥ずかしくないのか。

 守るべき人間の価値が薄れていく。

 

 弱い人間の弱さ故の美しさ、弱さ故の醜さ。そういうものが分からなくなっていく。

 世界が色褪せて見えた。

 だけど今さら、実はそこまで強くない、と言う事も出来ない。そうしたいのは山々だが、できない。怖い。これを失ってしまえば、今の私に何が残るというのか。

 

 失望されるのが怖い。関係がなくなるのが怖い。恐ろしい。

 アヤメはどんな気持ちだったんだろう。

 助けて、の一言すら言えないなんて。

 そんな一言で関係が消えると思ってしまう世界なんて。

 ああ、全く。

 本当に、本当に。

 面倒だ。

 光への一歩

 シェロのエネルギーがナグサの心を暴き、彼女の弱さ、恐怖、自己否定がむき出しになった瞬間、ナグサは膝をついた。百蓮が手から滑り、地面に落ちる音が、祭りの喧騒の中でひどく小さく響いた。

 

「ナグサちゃんの弱さをみんなに聞いてもらいました」

「弱さを……みんなに?」

 

 ナグサの声は震え、まるで壊れそうなガラス細工のようだった。シェロは笑い、しかしその笑顔には、どこかナグサを試すような真剣さが宿っていた。

 

「ええ、貴方の考えを、思考を、感情を、みんなに見てもらいましょう。ナグサちゃんがどんな人間か、ちゃんと知ってもらうんですよぉ」

 

 ナグサの胸に、ナギサの言葉が蘇った。

 

『話すことが大切だ。自分の愚かさ、至らなさ、弱さを、仲間たちに打ち明けること。助けを求めること。それが、貴女を強くする。守るだけじゃだめ。守られるだけでもだめ。互いに守り合い、支え合って進む。それが、絆なんだ』

 

 話すこと。弱さを晒すこと。それは、彼女にとってまだ恐ろしい行為だった。だが、シェロの力によって暴かれた心は、隠すことを許さなかった。ナギサの優しくも厳しい瞳が、ナグサの心に灯をともしていた。

 

「私は……弱い。アヤメに頼りすぎて、みんなの重荷を押し付けて、逃げてきた。失望されるのが怖くて、関係が壊れるのが怖くて……」

 

 ナグサの声は、祭りの悲鳴に混じりながらも、確かに響いた。彼女の瞳には涙が滲み、しかしその奥には、ほのかな決意が宿っていた。

 シェロは小さく拍手し、笑った。

 

「いいですよぉ、ナグサちゃん。それでいい。それを、みんなに届けてください! そして絶望の顔を手前に魅せてください」

 

 ナグサは立ち上がった。百蓮を拾い上げ、握り直した手には、かつての副委員長の鋭さと、ナギサの言葉に触発された新たな覚悟が宿っていた。彼女はキキョウの顔を思い浮かべた。仲間たちの笑顔を、アヤメの不在を。そして、彼女がこれまで逃げてきた自分の弱さを。

 

「話すよ。私の弱さを、全部。仲間たちに、ちゃんと届ける」

 

 ナグサの声は、闇の中で小さく、しかし力強く響いた。祭りの炎が彼女の背中を照らし、化物の影が蠢く中、彼女は一歩を踏み出した。

 

 ナグサは闇の中を進んだ。化物の源を求める足取りは、かつての逃走とは異なり、どこか確かだった。彼女の心には、過去への疼きと、未来への渇望が燃えていた。

 

 ナギサの言葉が、シェロの試練が、彼女に教えてくれた。

 

『話すこと。助けを求めること。それが、仲間との絆を紡ぎ、光へと進む道だ』

 

 彼女は百花繚乱の委員会に戻るかもしれない。仮面を脱ぎ、弱さを晒し、キキョウや仲間たちと手を繋いで進むかもしれない。失敗しても、挫けても、何度でも立ち上がり、光を目指す自分を、彼女は信じ始めていた。

 

 夜空に炎が炸裂し、ナグサの背中を照らした。その光は、まるで彼女の心に灯った小さな星のようだった。彼女は呟いた。

 

「話してみよう。仲間と一緒に、進んでみよう」

 

 その声は、祭りの喧騒に飲み込まれながらも、彼女の心に確かに刻まれた。夜の果てに、かすかな光が瞬いていた。それは、ナグサが仲間と共に進む新たな道だった

 

 

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