桐藤ナギサと御稜ナグサの姉妹ごっこ   作:あばなたらたやた

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二話

 

 湯気の立ち込める浴室は、柔らかな光に霞む。

 トリニティの寮に備えられた白磁の湯船に、桐藤ナギサと御陵ナグサが肩を寄せ合う。湯面に揺れる二人の影は、まるで姉妹のように寄り添い、静かな水音に抱かれていた

 

 ナギサの濡れた髪は月光のように輝き、ナグサの儚げな輪郭は湯気のヴェールに溶けて一層繊細だ。浴室の空気は温かく、どこか時間の流れを忘れさせる。

 

「ナグサさん、湯加減はどうですか?」

 

 ナギサの声は、紅茶を淹れる瞬間の静かな丁寧さで響く。

 

「うん……ちょうどいい。温かいね、ナギサお姉さん」

 

 ナグサの声には、照れと安心が混じる。彼女が口にした「呼び方」は、まるで心の隙間を埋める小さな呪文のようだ。ナギサは静かに微笑み、指先で湯をなぞると、波紋が広がり、浴室の静寂にさざめく。

 

「平和な世界って、どんなものだと思いますか、ナグサさん?」

 

 ナグサは湯船の縁に視線を落とし、湯気の向こうで考え込む。彼女の瞳には、過去の影が揺れる。

 

「平和……きっと、誰もが怖がらずにいられる場所だと思う。アヤメがいた頃の百鬼夜行みたいに、みんなが笑って、誰かを傷つけたり傷つけられたりしない……そんな場所だと思う」

「ふむ。誰もが怖がらずにいられる場所……素敵なイメージですね」

 

 ナギサの目は細まり、湯気の彼方でナグサを見つめる。彼女の声は、まるで夜の湖面に落ちる一滴のようだ。

 

「でも、怖がらないためには、きっと心のどこかで『信じる』ことが必要ですよね。自分を、他人を、世界を」

 

 ナグサは膝を抱え、湯の中で小さく身を縮める。彼女の指先が水面をかすめ、波紋が心の揺れを映す。

 

「信じる……難しい。私、いつも思うんだ。自分がダメだって。失望されるんじゃないかって。アヤメみたいに強くないし、ナギサお姉ちゃんみたいに完璧でもない……」

「完璧?」

 

 ナギサは小さく笑い、湯をすくって手のひらに溜める。水滴が彼女の指を滑り、まるで過去の記憶のように落ちる。

 

「ナグサさん、私が完璧だなんて、随分と過大評価ですね。私はただ、トリニティの皆が笑える場所を守りたいだけ。エデン条約のとき、責任を追いすぎて、逆に大切なものを傷つけてしまった。あのときの私は、怖かったんですよ。失敗や失望が」

「ナギサお姉さんが……怖かった?」

「ええ。怖かった。だから、ナグサさんの気持ちが少し分かるんです」

 

 ナギサは湯をナグサの肩にそっとかけ、彼女の心の鎧を解くように続ける。温かな水が、ナグサの肩を優しく撫でる。

 

「平和な世界って、きっと、怖さを認め合える場所でもあると思うんです。誰かが完璧じゃなくても、誰かが失敗しても、そっと手を差し伸べられる場所」

「手を差し伸べる……私はいつもアヤメに頼ってた。自分で何かを選ぶのが怖くて、逃げてばかりだった。コスプレだって言い訳して、別の誰かになれば、怖くなくなる気がしてた」

「優等生を演じるコスプレは、ナグサさんの素敵な才能ですよ。誰かになることで、自分を見つけることだってできる。ほら、こうやって私のお姉ちゃんぶってる私も、ちょっとしたコスプレみたいなものかもしれません」

 

 ナギサは笑い、湯船の縁に肘を預ける。彼女の笑顔は、湯気の向こうで柔らかく揺れる。

 

「でもね、ナグサさん。平和って、きっと一人じゃ作れないんです。私がトリニティを想うように、ナグサさんが百鬼夜行を想うように、誰かを想う気持ちが重なって、初めて世界は優しくなる」

 

「うん……ナギサお姉さんの言うこと、なんか分かる気がする。私、トリニティにいていいって言ってくれて、初めて、怖くてもいいのかなって思えた。少しだけ」

「少しでいいんです。少しずつでいい」

 

 ナギサはナグサの髪をそっと撫でる。彼女の指先は、まるで壊れ物を扱うように優しい。

 

「平和な世界は、大きな夢じゃなくて、こうやってお風呂で話すような、小さな安心の積み重ねでできてると思うんです。ナグサさんがここで笑えるように、ずっとそばにいますから」

 

 ナグサの頬が湯気と羞恥でほのかに赤らむ。彼女は顔を半分湯に沈め、囁くように呟く。

 

「……ありがとう、ナギサお姉さん」

 

 湯気の彼方で、二人の笑顔が寄り添う。

 静かな水音と柔らかな会話が、まるで小さな平和の結晶のように響き合う。ナギサの心には、ナグサを導く使命と、自身の傷を癒す祈りが息づき、ナグサの心には、希望の小さな芽がそっと根を張る。

 

 湯気の揺れる浴室に、ナギサとナグサが肩を寄せて湯船に浸かる。白磁の湯船に映る二人の影は、姉妹のように寄り添い、水面に揺れる。

 

 ナギサの濡れた髪は星屑のように輝き、ナグサの儚い輪郭は湯気の帳に溶け込む。浴室の静寂に、穏やかな水音が響く。

 ナギサがふと口を開く。

 

「ナグサさん、愛ってどんなものだと思いますか?」

 

 彼女の声は、紅茶を注ぐような静かな丁寧さで浴室に漂う。ナグサは指先を湯に沈め、波紋を追いながら考える。彼女の瞳には、過去の記憶が揺らめく。

 

「愛。アヤメのこと。彼女のこと考えると、胸がぎゅってなって、でも温かくて、でも怖いんだ。失うのが、嫌われるのが、怖くて」

 

 彼女の声は小さく、湯気の向こうで震える。ナギサは目を細め、湯面に映るナグサの顔を見つめる。彼女の視線は、まるで夜の湖に浮かぶ月のように穏やかだ。

 

「怖い、ですか。愛って、確かに怖いものかもしれませんね。トリニティを想うとき、私もそう思うことがあります。守りたいのに、守りきれなかったらどうしようって」

「ナギサ姉さんは完璧なのに?」

「ふふ、完璧だなんて、ナグサさんは本当に私のことを過大評価しますね」

 

 ナギサは小さく笑い、湯をすくって手のひらに溜める。水滴が彼女の指を滑り、まるで過去の悔恨のように落ちる。

 

「愛って、きっと一方通行じゃないんです。トリニティの皆を愛しているから、私は頑張れる。でも、同時に、皆に愛してもらえないと、私も立ち止まってしまう。エデン条約のとき、そんな自分の弱さに気付きました」

 

 ナグサは膝を抱え、湯の中で身を縮める。彼女の心は、湯気の揺らめきに重なる。

 

「私はアヤメのこと大好きだったけど、いつも彼女の後ろに隠れてた。愛してるって気持ちが、逆に私を弱くしたのかな。自分がダメだって、いつも思ってたから」

ナギサはナグサの肩にそっと湯をかける。温もりが、彼女の心の鎧を溶かすように。

「愛が弱さになることもあります。でも、ナグサさん、愛って弱さを認めることから始まるんじゃないでしょうか。自分を愛せないと、誰かを愛するのも難しい。コスプレで別の自分を演じるナグサさんは、きっと自分を愛したくて、探してるんですよね」

 

 ナグサの頬が湯気と羞恥で赤らむ。彼女は顔を半分湯に沈め、囁く。

 

「ナギサお姉さん、なんでそんなこと分かるの……? コスプレって、別の誰かになれば、怖くなくなる気がしてた。愛される自分になれる気がしてた」

「それは、ナグサさんの愛の形ですよ」

 

 ナギサは柔らかく微笑む。彼女の笑顔は、湯気の向こうで揺れる花のようだ。

 

「愛って、形を変えるんです。紅茶を淹れるとき、茶葉の種類や湯の温度で味が変わるように、愛も人によって、時によって変わる。ナグサさんのコスプレは、自分を愛する一歩。誰かを想う気持ちを、別の姿で表現してるんです」

 

 ナグサは湯面を見つめ、静かに呟く。

 

「愛は変わってもいい……アヤメのこと、ずっと忘れられないけど、トリニティでナギサお姉ちゃんとこうやって話してると、なんか、新しい考えが開拓されていくのを感じるよ」

 

 ナギサはナグサの髪をそっと撫でる。彼女の指先は、まるで壊れ物を扱うように優しい。

 

「新しい考え、素敵な言葉ですね。愛って、きっと失っても終わりじゃないありません。トリニティは、ナグサさんが新しい愛を見つける場所でいい。私の妹として、私を愛してくれるだけで、私も幸せになれるんですよ」

「ナギサお姉さん……」

 

 ナグサの声は小さく震え、湯気の向こうで小さな笑顔が咲く。

 

「ナギサお姉さんのこと、愛していい? 怖くても、いい?」

「はい、怖くてもいい。愛は、怖さと一緒に生きるものだから」

 

 ナギサはナグサの手を握り、温かな湯の中でその感触を確かめる。彼女の指先は、まるで希望を紡ぐ糸のようだ。

 

「私も、ナグサさんを愛します。トリニティで、二人で、愛の形を探していきましょう」

 

 湯気の揺れる浴室に、二人の静かな約束が響く。水音と笑顔が重なり、まるで愛の欠片が湯面に浮かぶよう。ナギサの心には、ナグサを導く使命と自身の傷を癒す祈りが息づき、ナグサの心には、愛への小さな希望がそっと根を張った。

 

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