トリニティ総合学園の控室は、夕暮れの光がステンドグラスを透過し、床に色鮮やかな影を刻む。御稜ナグサは、桐藤ナギサのスケッチブックに描かれたロールケーキを見つめ、胸に微かなざわめきを感じる。
ナギサの情熱——自分の「好き」を迷わず追いかける姿は、百鬼夜行の混沌では見られなかった輝きだ。あの場所で、ナグサはアヤメに寄りかかり、完璧な副委員長の仮面を被っていた。だが、トリニティでは、彼女は自分自身でいられる。ナギサのロールケーキは、その自由を象徴している。
「ナギサ姉さん、個展の準備、いつから始めたんですか?」
ナグサの声は控えめだが、純粋な興味が滲む。ナギサはスケッチブックを手に、静かに微笑む。
「謝肉祭の話が持ち上がった頃からかしら。ロールケーキって、シンプルだけど、作り手の心がそのまま映るの。だから、私の気持ちをみんなに伝えたいと思いまして」
ナギサの言葉は、紅茶の香りのように柔らかく、しかし内に秘めた熱を感じさせる。ナグサは思う。百鬼夜行では、欲望を剥き出しにした者たちが笑い、暴れていた。
ナグサはアヤメの影に隠れ、彼女の明るさに頼り、自分の「好き」を見つめる余裕すらなかった。だが、ナギサの情熱は、ナグサに新たな道を示す。自分の好きなものを、堂々と追いかけていいのだと。
ナグサは空のコーヒー缶を手に、そっと呟く。
「私も好きなもの、ちゃんと見つけたい。トリニティなら、できる気がする」
「ナグサさんなら、きっと見つけられると思います。自分の心と、ちゃんと向き合ってみてください」
その言葉は、トリニティの秩序と自由が交錯する場所で、ナグサの心に深く響く。百鬼夜行での自分——アヤメに依存し、考えることを放棄していた自分。トリニティでは、彼女は自分の正義を、好きなものを、考える自由を得た。
ナギサのロールケーキは、その一歩を踏み出すきっかけだ。
御稜ナグサは、桐藤ナギサのスケッチブックに描かれたロールケーキを眺め、胸に熱い思いが湧く。百鬼夜行の混沌では見られなかった、ナギサの情熱——その「好き」を堂々と表現する姿勢に、ナグサは心を奪われている。
「ナギサ姉さん、ロールケーキの何がそんなにいいんですか?」
ナグサの声は静かだが、純粋な好奇心が滲む。ナギサはスケッチブックを手に、目を輝かせて話し始める。
「ロールケーキの良さですか? ふふ、どこから話そうかしら。まず、ロールケーキって、シンプルなのに無限の可能性があるのです。生地のふわっとした軽さ、クリームの滑らかな甘さ、巻き方の繊細さ——全部が作り手の心を映す鏡です。シンプルだからこそ、ごまかしが効かない。ロールケーキは、気持ちそのもの。素直で、温かくて、誰かを笑顔にしたいって想いが詰まってるの」
ナギサの声は、紅茶の香りのように柔らかく、しかし情熱がほとばしる。ナグサは耳を傾けながら、百鬼夜行での自分を思い出す。
アヤメの影に隠れ、完璧な副委員長を演じていた自分には、こんな風に「好き」を語る自由がなかった。
「それにね、ロールケーキは、誰かと分かち合うためのものなの。謝肉祭でみんなが集まって、笑顔で食べる——その瞬間が、私には宝物。トリニティだからこそ、みんなの『好き』が一つになって、こんな素敵な時間が生まれるのよ。ナグサさんも、そう思いませんか?」
ナギサの笑顔は、まるでロールケーキの甘さそのものだ。ナグサは思う。百鬼夜行では、欲望を追いかける者たちの笑顔はどこか尖っていた。でも、ナギサのロールケーキは、優しさとつながりを生む。ナグサはコーヒー缶を握りしめ、呟く。
「ナギサ姉さんのロールケーキへの愛は凄いね。私も、そんな風に、好きなものを堂々と追いかけたい」
ナギサは優しく頷く。
「ナグサさんなら、きっとできます。ロールケーキみたいに、自分の心を素直に表現してみて。トリニティは、そういう場所てすから」
そういえば。
「ナグサさん、ロールケーキの話、楽しそうに聞いてたけど……あなたって、好きなものって何かしら?」
ナギサの声は穏やかだが、好奇心に満ちている。ナグサは一瞬、言葉に詰まる。百鬼夜行では、アヤメの影に隠れ、完璧な副委員長を演じることに追われ、自分の「好き」を考える余裕などなかった。だが、トリニティの空気は違う。彼女は空のコーヒー缶を手に、そっと口を開く。
「私……は、焼き鳥、かな。串焼き全般、好き」
ナグサの声は控えめだが、どこか熱を帯びる。ナギサが目を輝かせて促すと、ナグサは少し照れながら続ける。
「焼き鳥って、シンプルだけど、奥深いんですよ。火の加減、塩の振り方、焼き手のこだわりが全部味に出る。炭の香りがふわっと鼻にきて、噛んだ瞬間にジューシーな肉の旨味が広がるの。特にね、つくねとか、皮のぱりっとしたやつ。あの、ちょっと焦げた香ばしさと、口の中でほろっと崩れる感じが……なんていうか、心がほっとする」
ナグサの言葉は、百鬼夜行の喧騒を思い出す。
紛争調停委員会で奔走する中、屋台の焼き鳥の香りにふと癒された瞬間があった。あの時、彼女は自分の「好き」を意識せずにいた。でも、トリニティでナギサのロールケーキを見た今、焼き鳥の魅力が彼女の心を確かに掴んでいる。
「それに、焼き鳥って、誰かと一緒に食べるのがいいんです。謝肉祭の広場で、みんなで串を手に笑い合って……そういう時間が、良いと思う。百鬼夜行じゃ、こんな風に『好き』を共有する余裕、なかったから」
ナグサの声には、初めての明るさが宿る。ナギサはスケッチブックを抱え、にこりと笑う。
「焼き鳥、いいですね。ナグサさんのそういう話、聞いてると、なんだか私まで食べたくなっちゃいます。謝肉祭で、焼き鳥の屋台も出してみませんか? あなたの『好き』、みんなと分かち合えますよ」
ナグサは一瞬驚き、頬を赤らめる。
「え、屋台……? でも、うん、ちょっと、楽しそうかも」
トリニティの夕暮れの光の中、ナグサの焼き鳥への愛は、彼女に自分の心と向き合う勇気をくれる。ナギサのロールケーキと、ナグサの焼き鳥。それぞれの「好き」が、謝肉祭の広場でつながる未来を、彼女は初めて想像する。
「ナグサさんの焼き鳥の話、すごく素敵だった。謝肉祭でも、焼き鳥の屋台があったらいいですよね。炭の香りが広場に漂って、みんなが串を手に笑い合うの。絶対、トリニティらしい雰囲気になると思います」
ナギサの言葉は、まるでロールケーキの甘い香りのように温かい。ナグサは一瞬、目を丸くする。百鬼夜行では、屋台の焼き鳥はただの癒しの瞬間だった。でも、ナギサの言葉に、ナグサの「好き」がトリニティの謝肉祭でみんなとつながるイメージが膨らむ。
「焼き鳥の屋台、か。うん、楽しそう。みんなで食べたら、もっと美味しいだろうな」
ナグサの声には、控えめながら新しい明るさが宿る。彼女はコーヒー缶を握り、胸に微かな高揚を感じる。
「ですよね。 私のロールケーキと、ナグサさんの焼き鳥。謝肉祭で一緒に並んだら、最高の組み合わせではないでしょうか?」
ナギサが笑うと、控室に夕暮れの光が一層温かく感じられる。
(それは、どうたろう?)
ナグサは素直に相性が悪そうだと思った。