桐藤ナギサと御稜ナグサの姉妹ごっこ   作:あばなたらたやた

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八話

 トリニティ総合学園の控室は、夕暮れの光がステンドグラスを透過し、床に色鮮やかな影を刻む。御稜ナグサは、桐藤ナギサのスケッチブックに描かれたロールケーキを見つめ、胸に微かなざわめきを感じる。

 

 ナギサの情熱——自分の「好き」を迷わず追いかける姿は、百鬼夜行の混沌では見られなかった輝きだ。あの場所で、ナグサはアヤメに寄りかかり、完璧な副委員長の仮面を被っていた。だが、トリニティでは、彼女は自分自身でいられる。ナギサのロールケーキは、その自由を象徴している。

 

「ナギサ姉さん、個展の準備、いつから始めたんですか?」

 

 ナグサの声は控えめだが、純粋な興味が滲む。ナギサはスケッチブックを手に、静かに微笑む。

 

「謝肉祭の話が持ち上がった頃からかしら。ロールケーキって、シンプルだけど、作り手の心がそのまま映るの。だから、私の気持ちをみんなに伝えたいと思いまして」

 

 ナギサの言葉は、紅茶の香りのように柔らかく、しかし内に秘めた熱を感じさせる。ナグサは思う。百鬼夜行では、欲望を剥き出しにした者たちが笑い、暴れていた。

 

 ナグサはアヤメの影に隠れ、彼女の明るさに頼り、自分の「好き」を見つめる余裕すらなかった。だが、ナギサの情熱は、ナグサに新たな道を示す。自分の好きなものを、堂々と追いかけていいのだと。

ナグサは空のコーヒー缶を手に、そっと呟く。

 

「私も好きなもの、ちゃんと見つけたい。トリニティなら、できる気がする」

「ナグサさんなら、きっと見つけられると思います。自分の心と、ちゃんと向き合ってみてください」

 

 その言葉は、トリニティの秩序と自由が交錯する場所で、ナグサの心に深く響く。百鬼夜行での自分——アヤメに依存し、考えることを放棄していた自分。トリニティでは、彼女は自分の正義を、好きなものを、考える自由を得た。

 ナギサのロールケーキは、その一歩を踏み出すきっかけだ。

 

 御稜ナグサは、桐藤ナギサのスケッチブックに描かれたロールケーキを眺め、胸に熱い思いが湧く。百鬼夜行の混沌では見られなかった、ナギサの情熱——その「好き」を堂々と表現する姿勢に、ナグサは心を奪われている。

 

「ナギサ姉さん、ロールケーキの何がそんなにいいんですか?」

 

 ナグサの声は静かだが、純粋な好奇心が滲む。ナギサはスケッチブックを手に、目を輝かせて話し始める。

 

「ロールケーキの良さですか? ふふ、どこから話そうかしら。まず、ロールケーキって、シンプルなのに無限の可能性があるのです。生地のふわっとした軽さ、クリームの滑らかな甘さ、巻き方の繊細さ——全部が作り手の心を映す鏡です。シンプルだからこそ、ごまかしが効かない。ロールケーキは、気持ちそのもの。素直で、温かくて、誰かを笑顔にしたいって想いが詰まってるの」

 

 ナギサの声は、紅茶の香りのように柔らかく、しかし情熱がほとばしる。ナグサは耳を傾けながら、百鬼夜行での自分を思い出す。

 アヤメの影に隠れ、完璧な副委員長を演じていた自分には、こんな風に「好き」を語る自由がなかった。

 

「それにね、ロールケーキは、誰かと分かち合うためのものなの。謝肉祭でみんなが集まって、笑顔で食べる——その瞬間が、私には宝物。トリニティだからこそ、みんなの『好き』が一つになって、こんな素敵な時間が生まれるのよ。ナグサさんも、そう思いませんか?」

 

 ナギサの笑顔は、まるでロールケーキの甘さそのものだ。ナグサは思う。百鬼夜行では、欲望を追いかける者たちの笑顔はどこか尖っていた。でも、ナギサのロールケーキは、優しさとつながりを生む。ナグサはコーヒー缶を握りしめ、呟く。

 

「ナギサ姉さんのロールケーキへの愛は凄いね。私も、そんな風に、好きなものを堂々と追いかけたい」

 

 ナギサは優しく頷く。

 

「ナグサさんなら、きっとできます。ロールケーキみたいに、自分の心を素直に表現してみて。トリニティは、そういう場所てすから」

 

 そういえば。

 

「ナグサさん、ロールケーキの話、楽しそうに聞いてたけど……あなたって、好きなものって何かしら?」

 

 ナギサの声は穏やかだが、好奇心に満ちている。ナグサは一瞬、言葉に詰まる。百鬼夜行では、アヤメの影に隠れ、完璧な副委員長を演じることに追われ、自分の「好き」を考える余裕などなかった。だが、トリニティの空気は違う。彼女は空のコーヒー缶を手に、そっと口を開く。

 

「私……は、焼き鳥、かな。串焼き全般、好き」

 

 ナグサの声は控えめだが、どこか熱を帯びる。ナギサが目を輝かせて促すと、ナグサは少し照れながら続ける。

 

「焼き鳥って、シンプルだけど、奥深いんですよ。火の加減、塩の振り方、焼き手のこだわりが全部味に出る。炭の香りがふわっと鼻にきて、噛んだ瞬間にジューシーな肉の旨味が広がるの。特にね、つくねとか、皮のぱりっとしたやつ。あの、ちょっと焦げた香ばしさと、口の中でほろっと崩れる感じが……なんていうか、心がほっとする」

 ナグサの言葉は、百鬼夜行の喧騒を思い出す。

 紛争調停委員会で奔走する中、屋台の焼き鳥の香りにふと癒された瞬間があった。あの時、彼女は自分の「好き」を意識せずにいた。でも、トリニティでナギサのロールケーキを見た今、焼き鳥の魅力が彼女の心を確かに掴んでいる。

 

「それに、焼き鳥って、誰かと一緒に食べるのがいいんです。謝肉祭の広場で、みんなで串を手に笑い合って……そういう時間が、良いと思う。百鬼夜行じゃ、こんな風に『好き』を共有する余裕、なかったから」

 

 ナグサの声には、初めての明るさが宿る。ナギサはスケッチブックを抱え、にこりと笑う。

 

「焼き鳥、いいですね。ナグサさんのそういう話、聞いてると、なんだか私まで食べたくなっちゃいます。謝肉祭で、焼き鳥の屋台も出してみませんか? あなたの『好き』、みんなと分かち合えますよ」

 

 ナグサは一瞬驚き、頬を赤らめる。

 

「え、屋台……? でも、うん、ちょっと、楽しそうかも」

 

 トリニティの夕暮れの光の中、ナグサの焼き鳥への愛は、彼女に自分の心と向き合う勇気をくれる。ナギサのロールケーキと、ナグサの焼き鳥。それぞれの「好き」が、謝肉祭の広場でつながる未来を、彼女は初めて想像する。

 

「ナグサさんの焼き鳥の話、すごく素敵だった。謝肉祭でも、焼き鳥の屋台があったらいいですよね。炭の香りが広場に漂って、みんなが串を手に笑い合うの。絶対、トリニティらしい雰囲気になると思います」

 

 ナギサの言葉は、まるでロールケーキの甘い香りのように温かい。ナグサは一瞬、目を丸くする。百鬼夜行では、屋台の焼き鳥はただの癒しの瞬間だった。でも、ナギサの言葉に、ナグサの「好き」がトリニティの謝肉祭でみんなとつながるイメージが膨らむ。

 

「焼き鳥の屋台、か。うん、楽しそう。みんなで食べたら、もっと美味しいだろうな」

 

 ナグサの声には、控えめながら新しい明るさが宿る。彼女はコーヒー缶を握り、胸に微かな高揚を感じる。

 

「ですよね。 私のロールケーキと、ナグサさんの焼き鳥。謝肉祭で一緒に並んだら、最高の組み合わせではないでしょうか?」

 

 ナギサが笑うと、控室に夕暮れの光が一層温かく感じられる。

 

(それは、どうたろう?)

 

 ナグサは素直に相性が悪そうだと思った。

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