それでも僕は生きているー死と化物が跋扈する世界でー 作:抹茶露
「
もし貴女が、国家に特別な利益をもたらす才能を有する者でなければ――拒否は認められません。
貴女の人生を、国家のために献上していただきます」
二十歳の誕生日を迎えた早朝。まだ陽も昇らぬ薄暗い空に、重たく灰色の雲が垂れ込めていた。
まるでこの日の始まりを、喪のように弔っているかのように。
喪服を思わせる漆黒の服を纏った男が、無感情に言葉を並べる。
※「国家利益献上義務」――二十歳を迎えた国民すべてに課される制度。国家が指定する“探索任務”に一定期間従事し、生き延びれば恩典が与えられるという。だが、戻らぬ者のほうが遥かに多い。
「……はい、分かりました。どこに行けばいいですか」
「今から貴女には、近隣の探索区域――通称『お役所』へご案内します。詳しい内容はそちらで。
そこで、貴女には“お勤め”に励んでいただきます。……おめでとうございます」
そう言って男は無表情のまま、一枚の辞令書を差し出した。
視線を移せば、目の前には黒塗りのハイエース。窓はすべてプライバシーガラスで覆われており、中の様子はうかがえない。
「ああ、それと。乗車前に、こちらを着用してください」
差し出されたのは、黒いアイマスクだった。ボクはそれを一瞥し、静かに告げる。
「……逃げる気はありません。もう家族は、誰もいませんので」
「貴女にその気がなくとも、これは“義務”です。……もし拒むのなら、分かりますね?」
男は、静かだが確かな動作で、上着の内ポケットに手を差し入れる仕草を見せる。
「……大変ですね、そのお仕事も」
皮肉とも慰めともつかない言葉を残し、ボクはアイマスクを目元にあてる。
視界は瞬く間に黒一色へと染まり、世界は音と触覚だけのものになった。
けれど、私の手を引くその掌は――意外にも、優しかった。
ハイエースの車内は重苦しい静寂に包まれていた。衣擦れの音、誰かの浅い息遣い。
ときおり、すすり泣く声が耳に届く。
すでに何人かが乗っているらしい。誰もが知っているのだ。
これは、“地獄行き”の片道切符なのだと。
そして――「バタン」と乾いた音が鳴る。
扉が閉まり、遅れてエンジンの駆動音が響いた。車が動き出すと、身体がぐらりと揺れる。 その振動は、まるでボクたちの運命が音を立てて傾きはじめたかのようだった。
これから向かう先に、希望などあるはずがない。
だというのに、ボクは――なぜか、小さく笑ってしまった。