それでも僕は生きているー死と化物が跋扈する世界でー   作:抹茶露

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第十話「二度目の挑戦」

二度目の探検

 記憶力は悪くないおかげか、地図を開かずとも、洞窟までの道順は頭に入っていた。

 

 歩きながら、矢筒の位置を確認し、小づちをどこに携えれば使いやすいかを思案する。

 ただ歩くだけでは時間がもったいない。自分なりにできる準備はしておこうという意識が芽生えているのを、自覚していた。

 

 やがて数分もせず、目的の洞窟が視界に入る。

 だが、その場で反射的に身を伏せた。

 

 入口前に、あの緑色の化物――ゴブリンが二体、たむろしているのが見えたのだ。

 昨日はいなかった。だが、こちらが奥まで確認せず引き返したことを考えれば、内部にいた個体が“見張り”として出されたのだろう。

 

 とはいえ、彼らの様子はどこか間が抜けている。

 昨日の三体と同じく、自分たちの食い扶持にしか関心がないのだろう。

 見張りという自覚は皆無といった風に、ダラダラと洞窟の前をうろついている。

 

(……こっちには、まだ気づいてない)

 

 今なら、被害なく仕留められる。

 絶好の好機だと判断し、そっと矢筒からボルトを一本抜き取る。

 

 クロスボウのワイヤーを引き、金属同士が擦れるカチャリという音が鳴る。

 一瞬、心臓が跳ねたが、ゴブリンたちはまったく反応を見せなかった。

 今だけは、その鈍さが心の底からありがたい。

 

 息を吸い、一つ整える。

 片目をつむり、クロスボウを構え、照準を合わせる。

 狙うは、最も脆い一点――頭部。

 

 カチッと言う音と共にトリガーを、引いた。

 放たれたボルトは、吸い込まれるようにゴブリンの額を貫いた。

 ゴブリンは短い呻き声を上げる間もなく、ドシャリと鈍い音を立てて崩れ落ち、土煙が舞い上がる。

 

 その音に反応した二体目のゴブリンが、ようやく異常に気づいたようだった。

 目を剥き、慌てた様子で周囲を見回し、何事かを叫びながら騒ぎ始める。

 

「ギャアギャア!」

 甲高い叫び声が洞窟に響く。

 中から仲間が飛び出してくる可能性も否定はできない。

 だが、だからといって自ら姿を晒す理由などどこにもない。

 

 落ち着いてボルトをもう一本装填し、未だ騒ぎ続けるゴブリンへと照準を合わせる。

 だが、動き回っているせいだろうか――狙いは外れ、ボルトは肩に突き刺さり、その場で転げ回り、ゴロゴロと地をのたうち回っていた。

 

(……チッ)

 小さく舌打ちし、三本目のボルトを装填する。

 周囲に新手の気配は、ない。

 

 ならば、やるべきことは一つ。煩い鳴子を、黙らせるだけだ。

 冷静に、狙いを定める。

 トリガーを引くと、放たれた矢は見事に胸を貫き――

 

「ぐぎゃぁっ!?」

 断末魔と共に、ゴブリンは地面に崩れ落ちた。

 今度こそ、完全に沈黙する。

 

(……さて、お次は)

 二匹を仕留めたことに、喜びも、感傷も湧かない。

 昨日一日で理解したが、ここは殺すか殺されるかの地獄だ。一喜一憂している余裕など、あるはずもない。

 

 クロスボウを構えたまま、洞窟の入口を注視する。

 化物が飛び出してくる可能性を捨てきれず、二分、三分と待ち続けるが――

 

(出てこない……? 待ち伏せか?)

 ゴブリンの生態に詳しいわけではない。

 だが、昨日も今日も、彼らは“欲求”のままに動いていた。

 

 ならば仲間が倒されたこの状況で、何も反応がないのは奇妙だ。

 仲間が鉱石の仲間入りをしても、何の気配もない――となれば。

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 クロスボウを腰に提げ、小づちを手に持ったまま、二体の死骸があった場所から鉱物を回収しつつ昨日と同じ、先の見えない洞窟を見つめる。

 

(……まさか、ね)

 確信の持てない仮説が、頭をよぎる。

 だが、それを確かめずに引き返すわけにもいかない。

 

 生ぬるい風も、生臭さは感じられない。

 昨日と同じ乾いた空気の中、足元からじゃり、じゃりと砂の音を立てながら洞窟を進む。

 

 やがて、昨日見た曲がり角の前までたどり着いた。

 松明の灯りが影を揺らしているが――そこに、あの影はない。

 

 慎重にクロスボウを構え、角の先を覗き込む。

 目に飛び込んできたのは、ルーキーの成れの果て。

 蛆が湧き、蝿が飛び交い、生命の痕跡は腐臭とともに沈んでいた。

 

(……涙も、出てこないか)

 二日目にして、この地獄に“適応”している自分に、嫌気がする。

 いや、きっともっと酷い地獄を、すでに味わってきたのだ。だからこそ感覚が麻痺している――そう、自分に言い聞かせる。

 

 そして、視線はさらに奥へ。

 仮説の答えがあるなら、きっとこの先だ。

 

 クロスボウのトリガーに指を掛ける。

 何もいないかもしれない。だが、それでも一歩ずつ、確かめるように歩みを進める。

 

 その先に現れたのは――昨日と同じ広間。

 しかし、そこにも化物の姿はなかった。

 

(やっぱり……か)

 仮説が確信に変わる。

 もう、この洞窟には化物はいない。

 

 そして、広間の中心にはそれを証明するかのように浮かんでいた。

 青白い光を放つ、菱形のクリスタル。

 それこそが――この洞窟の正体なのかもしれない。

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