それでも僕は生きているー死と化物が跋扈する世界でー   作:抹茶露

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第十三話「それでも生きているー光を信じてー」

 夕暮れ時が近づく、夜になれば化物どもが活発になる。

 そうなればボクも日向の待つ結末は、震度0で見た亡骸と同じだ。

 タイムリミットが刻一刻と迫る中、痛む体に鞭を打ち、足は走る事を止めさせない。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 息を切らしながらも、何度かベテランの探検家たちとすれ違う。

 皆、怪訝な視線を寄越すだけで、声をかけようとはしなかった。

 リスクとリターンを天秤にかければ当然の判断だ。責める気にはなれない。

 誰だって自分の命が大事だ。

 それなのに――

 

(なんで、こんなことしてるんだ、ボクは)

 名前と顔を知っただけ。たったそれだけなのに、見捨てられない自分が、どうしようもなく腹立たしい。

 

 こんなことはガラじゃない、見捨てろとさっきから自分自身が五月蠅く言い続けているのを自覚しながら、再度息を吸い足に走る力を込めようとした中、遠くからエンジン音が鳴り響く。

 その音はどんどんと近づいていき、後ろを振り返ると、薄緑色のバイクを走らせる教官が居た。

 

「は?」

「乗れ、ヒーロー気取り。送ってやる」

 親指で後部座席を指すと、手短に用件を伝えられる。

 無駄な問答はしない。後ろに座り腰に手を回すと、エンジンが甲高い音を立てて走り出した。

 

「よく聞け、一度しか言わん。夜まで時間はない。さっさとあのお嬢様を拾って戻って来い。夜になれば私も出歩く気がせん。それ位ヤバい、隠れそうなら隠れ続けるのもアリだが、お前らの腕じゃ、直ぐに見つかって終わりだ、分かったな?」

「……はい」

「返事が小さい! ヒーロー気取りならもっと声を張り上げたらどうだ!」

「はい!」

「良いぞ、サバイバー。それと私の腰から拳銃とライトを持っていけ。弾数は8発、無駄撃ちはするな、必ず返せ、わかったな!?」

「はい!」

 いい返事だ、飛ばすぞ!という声と共にアクセル音が瓦礫だらけの街を駆け抜ける。

 数十分後、自分が入った場所とは別の洞窟の姿が見える。

 

 遠目にもわかる――あれは“危険”だと、体が拒絶反応を起こすほどに。

 だが、引き返す選択肢はなかった。

 教官の腰から手を離し、拳銃――コルト・ガバメント――とタクティカルライトを抜くと、そのまま足を洞窟へと向ける。

 

 索敵の余裕などない。陽が沈む前に、少しでも早く――そう思うだけで、足が自然と洞窟へと向かっていた。

 

**********************

 

 背中側から差し込む夕暮れへと変わりゆく陽を背に、タクティカルライト、コルト・ガバメントを構え、一歩ずつ踏み出す。

 震度が0から1に変わったその場所は、もはや洞窟ではなかった。――震度0の自然洞とは比べ物にならない、不気味で重苦しい空気が充満していた。足元は出来上がったばかりなのか、そこら中にひび割れが走っている。その一方で、壁は迷宮らしい模様と石造りの構造で構成されていた。

 

(震度が1上がるだけで、この変貌ぶり……慎重に、慎重に)

 自分に言い聞かせるように歩を進める。

 洞窟の時とは違い、石作りの構造のせいか一歩歩を進めるたびに足音が迷宮内に反響する。

 

 松明もない、息を潜めるような薄暗い迷宮の中――突如、「ガリッ」という硬質な音が鳴り響いた。

 咄嗟に身を捻り、タクティカルライトで後方の通路を照らす。

 

(なにも、いない?)

 聞き間違えではない。たしかに何かを削る音は後ろから響いた。

ダンジョンがまだ変化中なら、もっと広範囲に影響が出ていてもおかしくない。

それがないという事は――

 

(作為的に引き起こした何かがいる)

 ダンジョンの入り口から視線を切れば、音を鳴らした化物に大きな隙を晒すこととなる。だが、こうやって迷っている間にも夜は迫り続けている。

 

(行くしかない)

 覚悟を決める。背後に潜むであろう化物の存在を意識しながらも、ダンジョンの奥へと向けて駆け出した。

 

「日向 陽! どこだ! 助けに来た! 返事をしろっ!」

 相変わらずの一本道。抜け道の見落としがないよう周囲を照らし続け、自分の身を危険にさらしていると理解しながらも声を張り上げて奥へと突き進む。

 時折ガリガリという音も響くが、こちらを襲ってこない以上、意識に留めるしかなが、それでもここは震度1のダンジョンだ。

 目に見えない敵、あとどれだけ時間的猶予が残っているのかという不安が胸を締めつける中、三差路の分かれ道と遭遇する。

 

(こんな時にっ……!)

 余裕はない。だけど、ここで選択肢を間違えれば、ボクも日向 陽の命運は尽きる。

 

(なにか、なにか、ないのかっ!?)

フラッシュライトで三差路の先を丹念に照らす。。

 何かヒントがあれば、それが突き進むための決定打となりえるのに、と焦燥の中、何かが光の中きらめいた。

 

(あれは――)

 と近寄ろうとする前に、持ってきた小槌で入ってきた道へ傷をつける。

 ガンガンと自分から敵を呼び寄せる愚かな行為だと理解しているが、こうでもしなければ、戻ってきたときに道が分からなくなる。

 目印をつけ終えると、先ほど光った何かを拾い上げる。

 

(銃の薬莢)

 銃器に詳しくはなくても金属の筒状が、何によって出てくるか等嫌でも理解できる。

 そして、これが三差路の先に落ちていたということは。

 

「この先か、間に合え……!」

教官から受け取ったコルト・ガバメントを両手で握りしめ、日向 陽がいるはずの先へと駆け出した。

 

ーーSIDE 日向 陽ーー

 

 時間は少しさかのぼる。

 

 数十分、日向 陽は訳も分からないまま、石造りと化した薄暗い迷宮の中を逃げ回っていた。背後から迫るのは、正体不明の“化物”。ただただ本能に突き動かされるままに走り、いつの間にか、どこにも通じていない袋小路の部屋に迷い込んでしまった。

 

 ついに力尽き、その場にへたり込む。

 

 後方からは、「ガリガリ……」と何かが石を削る不気味な音が、ずっと追いかけてくる。それでももう、怖くて銃を構える力すら湧いてこなかった。

 

 一緒に誘った探検家の姿もない。両親が心配してつけてくれたベテランの護衛も、いつの間にかどこかへ消えてしまった。自分がどこにいるのかも分からない。こんな状態の私を、誰が見つけられるというのか。

 

 それどころか――。

 

「軍服の人に無理言って、準備しててもらって……嫌われてても、おかしくないか」

 ぽつりとこぼした言葉が、自分の虚しさに拍車をかける。

 

「あ、あはは……。アタシ、死ぬのかも」

 ほんの数メートル先すら見えない暗闇。手元に残るのは、弾数もわからないグロック一丁だけ。ちゃんとした装備を着ているはずなのに、全身が冷たくて、震えが止まらない。疲労と空腹が限界を告げ、頭の中が霞んでいく。

 

(こんなことなら、来なきゃよかった)

 じんわりと目尻が熱くなる。

 そのとき、不意に思い出す。軍服の女が、きつい口調で言っていたこと。

 

「ここにはな、ヒーローなんざ一人も居ないんだよ」

 

(――ああ、あの人の言葉、本当だったんだ)

 誰も来ない。誰にも見つけてもらえない。

 誰にも助けを求められない。きっとこれは、罰なんだ。

 ヒーロー気取りでこんな場所に足を踏み入れた――その罰。

 

 「20歳になったら、死地へ行け」要約すればそんなおかしな法。

 そんなものを、政治家になる前に体験して、自分が変えるんだーー。

 本気でそう思ってた。そんな傲慢さが、今の状況を引き寄せた。

 

 結局夢は夢なんだと思うと、笑えてくる。どうしようもなくて、バカみたいで。

 涙と一緒に、声にならない笑いが込み上げてくる。

 一通り泣いて、ふと気づく。まだ、手に拳銃を握っていた。

 

(もう、終わらせちゃおうかな)

 どうせこのまま、化物に喰われるだけなら――自分の意思で、終わりにしてしまったほうが、少しだけマシかもしれない。

 

 震える指で、ゆっくりと銃口をこめかみに押し当てる。

 

(あ……結局、あの子の名前、聞いてなかったな)

 役所であった灰色の髪をした女性。多分同い年だが、怒らせてしまった、クールな印象を持たせる可愛かった子だが、小さく息を吐く。

 

(仲良く、なりたかったな……)

 そして、トリガーに指をかけた――その瞬間。

 背後から、世界を揺るがすほどの衝撃が襲いかかった。

 

ーーSIDE OUTーー

 

ボクの目が暗闇に慣れはじめ、視界がぼんやりと開けたころ――ようやく、日向 陽の姿を捉えた。

 しかし、そのこめかみに拳銃が押し当てられているのが見えた瞬間、息が止まる。

 

(まずい、間に合わない!)

 言葉ではもう遅いと判断し、反射的に彼女へ飛びかかり、次の動作を止めようとする。

 

 次の瞬間――。

 バン!

 

 火薬の炸裂音が石造りの空間に反響し、続いて「チュィンッ!」という鋭い金属音が鳴り。数舜後にはボクの背中に強烈な衝撃が走った。

 

(ぐぅっ――!?)

 まるで身体の芯を金属の杭で貫かれたような痛み。

 殴られた時とは比べものにならない激痛に、冷や汗が噴き出す。

 

「え……? え、なん、で……? ど、どうして……?」

 呆然とした表情で、日向がこちらを見つめている。

 その顔を見た瞬間、こみ上げてきたのは、痛みではなかった。怒りだった。

 

「ふざけるなッ!!」

 怒鳴り声が自分でも信じられないほど大きく響く。

 日向の胸ぐらを掴み、そのまま無理やり立ち上がらせた。

 

「一緒に行動しようって言っておきながら……少し困っただけで、死ぬのかお前は!!」

 まだ混乱しているのか、彼女はただ困惑したように目を見開いている。

 でも、言いたいことはまだあるからこそ胸ぐらをつかんで、日向と目を合わせて話を続けた。

 

「お前の両親が、お前を生かすためにどれだけ手を尽くしてくれていると思ってる! だったらお前も、全力で生きろッ!!」

 息が荒い。背中は痛む。だけど止まらない。

 

「どんな状況でも生きる事を考えるのが生きてる人間の義務だろうが……勝手に納得して、勝手に満足して、勝手に死ぬな! 残される側の気持ちを、少しは考えろッ、この馬鹿女ぁ!!」

 叫び終えたあと、自分の中の怒りがすっと引いていくのがわかった。

 そしてようやく、現実が日向の中に戻ってきたらしい。目の焦点が少しずつ輪郭を取り戻すが、すぐにその形が大きくゆがむ。

 

「う、うあぁぁぁぁぁぁん!!」

 彼女は大きな声で泣きじゃくりながら、ボクの胸にしがみついてきた。

 

「ご、ごわがっだぁ……ごわがっだよぉぉ!! ありがどっ……助けにぎでぐれで、ありがどぉぉ!!」

 涙と鼻水で衣服がぐしゃぐしゃになりながら、それでも何度も「ありがとう」と言い続ける日向に、ボクはただ黙って胸を貸していたが、まだ終わってはいない。

 

「……まだ逃げ切ってない。夜が近い」

 小さく呟いた声に、日向が「え……?」と顔を上げる。

 

「走れる? 音の正体はわからない。でも、ここにいたらどっちみちボクたち、死ぬ」

「……う、うん」

「目印はつけてきた。あとは……逃げるだけ――」

 言いかけた瞬間、日向の表情が一変した。血の気が引いたように真っ青になる。

 ボクではない。背後にいる何かに気づいたのだ。

 

「う、うしろ……!」

 反射的に振り返った。

 そこには――闇に光る、無数の目が、ボクたちを捕らえていた。




ここまで読了いただきありがとうございます。
大変申し訳ございませんが、5/31(土),6/1(日)は仕事の為、更新はございません。
次回の更新は6/2(月)8時を予定しております。またのご一読よろしくお願いいたします。
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