それでも僕は生きているー死と化物が跋扈する世界でー   作:抹茶露

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第十五話「消える燈火、繋いだ命」

「う、うしろ……!」

 日向陽が指さす先には、複眼を持つ節足動物が潜んでいた。

 

 咄嗟に銃を構える。

 だが奴らは、まるで仲間が集まるのを、あるいは、逃げ場のない餌場に獲物が転がり込むのをじっと待っていたかのようだ。

 ギリギリと擦れるような音と共に、カマキリを思わせる鋭利な捕捉肢が姿を現す。

 おそらく、今まで聞いてきた音の正体もこいつらなのだろう。

 

 1体1体は人間ほどの大きさもない。それが唯一の救いだった。

 しかし、目に映るだけでも6匹。今までどこに隠れていたのかと訝しみつつ、タクティカルライトを向けると、ギィッ、と光を嫌がるような音を立てて、一歩、また一歩と後退した。

 その時だった。奴らの体表が、油のような玉虫色の光沢を放っていることに気づく。

 

(……カモフラージュ? まさか、背景に同化してたのか)

 もし本当に周囲の風景に溶け込める性質を持っているのなら、今見えている数がすべてとは限らない。

 だが、ここから抜け出さなければ、僕たちの運命は――あいつらの“餌”だ。

 

 タクティカルライトを左右に振りながら、光を嫌がる節足動物たちに一歩たりとも近づかせないように警戒を続ける。その間にも、背後で震える日向に声をかけた。

 

「なにか、もっと強い光を出せるもの……持ってない?」

 わずかな希望にすがる問いだった。日向は一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに目を見開く。

 

「ある! あるよ、ある!!」

 そう叫ぶと、軍用ベストのポケットから穴だらけの筒状の物を取り出して差し出した。

 

「……なにそれ?」

「フラッシュバン! どうすればいい?」

「どんな代物かは分からないけど、それが本当に強力なら、あいつらの目を潰せる位置に投げて。そしたら、その隙に全力で駆け抜ける」

「わかった! じゃあ、目を閉じて!」

 彼女がピンを引き抜いた瞬間、僕は咄嗟に腕で視界を覆った。フラッシュバンが床を転がり、昆虫の群れの前で停止する。

 

――バンッ!

鋭い爆発音と同時に、石室に反響するような悲鳴が響き渡る。

 

「ギィィィィィィィ!!」

 腕を下ろすと、6匹のカマキリ型の化物が腹を見せてのたうち回っていた。

 

「今だっ!!」

 僕は日向の手を強く握りしめ、進む先にいる化物どもは蹴り飛ばして無理やり敵の群れを突破する。

 タクティカルライトで先を照らしながら、石の床を滑らぬよう走り続けた。

 背中からは掠れた息遣いが聞こえる。日向 陽もこんな場所に一人で居たのだ、体力も限界なのだろう。だが止まるわけにはいかない。三差路に差し掛かるが、少し前につけた目印のおかげで進むべき道がすぐに分かった。

 

(あと少し……もう少しだけ……!)

 背中には絶えず激痛と、生ぬるい液体の感触。気持ち悪さと冷や汗が体温を奪っていく。それでも、この出口を抜けられれば、生きて帰れる――その思いだけが、僕を突き動かした。

 

 そして、外へと飛び出した。

 けれど、そこで見た光景は、希望を冷たく裏切るものだった。

 空はすでに深い群青に染まり、陽は地平線の向こうに沈みかけていた。あたり一面に夜の帳が降りようとしている。

 

 

タイムリミットは――とうに過ぎていた。

膝が、崩れた。かろうじて、両腕で上半身を支えるが教官の姿も、どこにもない。

 

(……見捨てられたんだ。僕たちは……もう)

 肩で息をする僕の隣で、日向も荒く息を吐きながら空を見上げた。

 その目が、じわりと絶望を映す。

 だけど――

 

「まだ帰れる。帰ろう」

「無理だ。もう……無理なんだよ」

「なに言ってるの。まだ日は完全に沈んでないんだよ。あと30分くらいは……きっと間に合う」

「……もう動けないんだよ。身体が限界だ。武器は渡すから、貴女だけでも行って。僕は、もう――」

 無理やり立たせようとする日向の腕が、急に止まった。

 彼女の視線が、僕の足元へ落ちる。

 そこには、濃く広がる血の染み。土の上にできた、深い赤の水たまり。

 

「その、傷……」

 日向の声が震える。

 

「君のせいじゃない。ボクが勝手にヒーロー気取って、限界を無視しただけ。ほら、これ持って行って、返さないといけないらしいから」

 そう言って、教官から受け取ったコルトガバメントを差し出す。

 

「僕が餌になれば、少しは生き延びる時間が稼げるかもよ?」

 日向は、銃を見つめながら、小さく、何度も首を振った。

 

「違う……違う……違う……」

 その声はか細くて、だけど確かに、僕の胸を締めつけた。

 最期まで手がかかる子だな、なんて思いながら、そっと彼女の頬に触れる。

 両親が死ぬ前、僕にしてくれたように――できるだけ優しく。

 

「大丈夫。君だけなら、きっと帰れるから。生きて。じゃないと、僕の行動が無駄になっちゃう」

 その言葉に、日向の目から一筋の涙がこぼれた。

 それをそっと指で掬い、彼女の手にコルトガバメントをしっかりと握らせる。

 

「ほら、行って」

 小さくそう告げて、前へ進み出せれるように背を優しく押し出した。

 ゆっくり、でも確実に歩き始める彼女の背中を見つめると、視界が滲み、身体がその場に崩れ落ちた。

 ボクの言う通り日向はゆっくりだけど、確実にその歩を前へと進ませるのと見届ける。

 

「ぼく、しっかり……生きた、よ。遺言どおり……だから、もう……いいよね……?」

 そう呟いて、瞳を閉じた。意識が遠のきかけたその瞬間、ふわりと身体が持ち上がる。

 誰かが――背負ってる……?

 この場に教官はいなかった。ということは――

 

「なに、やってるの……貴女も……死んじゃうよ……?」

「今ここで、あなたを見捨てたら……アタシは、アタシの成りたいものになんてなれない! だったら、アタシはアタシの納得いく生き方をする。だから――あなたも諦めないで!!」

 目を開けば、日向 陽がボクをふらつく身体で、背負っていた。絶望的な状況でも一歩一歩、確かに前へ進んでいく。

 だけど、周囲にはあの獣たちの唸り声――

 

(――これが、ヒーロー気取りの末路、か)

絶望と諦めのなかで目を閉じかけた、その時だった。

遠くから、聞き覚えのあるエンジン音が響いてくる。

 

「あ、あれ……!」

 顔を上げると、まばゆい光を放ちながら装甲車――ハンヴィーが、轟音とともに姿を現した。

 しかも一台じゃない。八台もの車両が列をなして突入してくる。

 同乗していた機銃手たちが、車が止まると同時に周囲の獣どもを追い払うように銃火を浴びせていた。

 そんな中バンッ、とハンヴィーの扉が勢いよく開く音が響く。

 

「よぉ、お嬢様。お父様からのご命令だ。何が何でも救って来い、ってな。修理が終わったばかりのこいつを引っぱり出す羽目になったんだ。あとで謝礼をたっぷりもらうぞ?」

 教官が青筋を立てながらも、ハンヴィーの車内を親指で示す。

 一瞬呆然としながらも、見捨てられていなかったという希望が胸に広がる。

 

「あ! この子、早く、この子をっ!!」

「あん? ――ちっ、マズいな。野郎ども、引き上げるぞ! フラッシュを可能な限り焚け! あいつらを撒くのを忘れんな!!」

あちこちから「了解ッ!」という声が返ると同時に、僕たちはハンヴィーへと押し込まれた。

 

「少し痛いが、耐えろよ、サバイバー」

 そう言って、肩に何かを刺されうめき声が小さく漏れる。

 直後、薬を打たれたのか体を締めつけていた激痛が、じわりと引いていく。

 

(……また、生き延びるんだ、僕)

 そう思ったところで、僕の意識は静かに闇に溶けた。

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