それでも僕は生きているー死と化物が跋扈する世界でー   作:抹茶露

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第六話「紅の慟哭」

中は薄暗く、暗闇に目が慣れるまでには時間が掛かりそうだった。

そんな状態の洞窟内を一歩進むことにジャリと砂利を踏む嫌な音が足元から鳴り響く。

(次来る時までに足音の消し方を聞いておこう)

 次回までの課題を脳内に止めながら、少しでも音を消すために擦り足で歩を進める。

 生温いだけの風を頬に感じながら、曲がり道の先に灯りが灯っている事に気づく。

 ゆらゆらとした影に、僅かな違和感を抱きつつも、更に歩を進めれば、嗅覚に刺さる錆びた鉄のような。

 そして獣の体臭のような生臭さがボクの警鐘が強めた

 ただ鼻を刺す匂いの一つに心当たりがあった。

 

 ----血の匂い。

 

 心臓の鼓動が耳障りと感じるほど強くなる。

 心のボクがこの先を見るべきじゃない、そう叫びながらも壁づたいにしゃがみこみ、薄暗い岩壁から覗き込む。

 

 光源の正体は壁に掛けられた、松明。

 そして、光源の下には緑色一色の異形の人形の生物が何かを取り囲み、グチャリ、グチャリと音を鳴らしていた。

 

(……食ってる)

 脳が理解を拒んでいたものが、ようやく輪郭を持って姿を成す。

 

 緑色の肌、歪な身体。

 人のようで人ではない――明らかに“人間ではない”存在。

 漫画で見るようなイラストが具現化したような物だ。一番わかりやすく言えば、ゴブリン。

 ただし、そこに描かれていたどこか漫画じみた存在とは違い、現実に存在するこの異形は、臭いも音も生々しい“生物”として目の前にいた。

 

(ボクの、行く場所だった。ここ……)

囲まれていたのは、衣服の破れ具合や体格から見て、おそらく“同じ任務”に就いた誰かの成れの果て。

 

 グチャリ

 骨を砕くような音がした瞬間、恐怖と悪臭の二つからかボクの背筋がビクつき、足が近くの石を蹴り飛ばし音を立ててしまう。不運なことに、その音に気づいた一匹のゴブリンが顔を上げて左右を見渡し始めた。

 

(……まずい)

 足音を立てずに後退するべきだろうか。

 いや、歩いている時に音を鳴らしている以上、更に気づかれるかもしれない。

 

 それとも、物陰に身を潜めてやり過ごすべきだろうか。今も一匹が警戒し始めているというのに……?

 

 それならば、あのボロボロのクロスボウを……使うしか、ない。

 

(冷静に、冷静に)

 カタカタと震える手でクロスボウに矢を装填する。

 もう一度覗き込めば食事に夢中で武器すらロクに持っていない、痩せ細った化物が3匹。

 慎重に構え、狙いを定める。

 

(隠れながら一匹ずつ、ヤるしかない......!)

 覚悟を決めて、クロスボウのトリガーを引いた。瞬間、一匹の脳天に吸い込まれるように矢が突き刺さる。

 悲鳴はなかったが、直後、バチンと何かの破断音と鋭い衝撃が片目の下を貫いた。

 

(っ……痛っ!?)

 反射的に顔を押さえた。左の頬をかすめた何かが、熱い。ぬるりとした感触が指先に伝わる――血。

「弦が……切れた!?」

 クロスボウの弦が引き千切れた音だった。

 一番最初に言われた通り、“この武器は不良品だ”という証拠が今になって証明されたがそんな状況でもボクが放った矢は一匹の脳天に突き刺さったおかげか、死体に突っ伏すように崩れ落ちると、その場から動かなくなる。

 だが、異変に気づいた残る二匹が素早く振り向く。 ぎょろりとした琥珀色の二対の目がこちらを捉えた。

 その化物どもの血塗れの口元に、まるで笑っているような醜悪な表情が浮かんでおり、確かにこちらを認識していた。

 

(……っ!気づかれた!)

手には壊れたクロスボウ。遠距離はもう期待できない。 残るのは小振りのダガーしかない。

 

(っ、どうする、どうすれば)

 一瞬の逡巡が脳裏を過るが、ゴブリンの動きはその身からは想像の着かない程早く突撃し始めた。

 一匹に押し倒され、ダガーを固定してたベルトが体格に見合わぬ筋力で引きちぎられ無造作に投げ飛ばされた。

 

「うぁっ!」

 最後の武器すらろくに機能しないまま覆い被さられ、ゴブリンの握り拳を作った手がボクの体へと降り注がれた。

 

(いたっ、い。いや、だ。やめてぇ)

 咄嗟に両手で顔を守るが、それすらお構い無しに振るわれ続ける暴力にこらえ続ける。

 だがもう一匹のゴブリンの手によって無防備な腹部に強い蹴りが入った。

 

「がふっ」

 血液混じりの体液が口から吐き出されると、両手が力なく土の上へと放り出された。

 瞬間、ゴブリン共は勝利を確信したのだろう。

 ボクの体の上で楽しげに手を叩いていたが、左手に固い何かが触れている事を働かない頭でも気づいた

 

(……これ、は……?)

 土にまみれた左手の下、確かな「木の柄」の感触があった。

 教官に雑に押しつけられた、あの小振りのダガー。

 品質はクソ以下の頼りなく、戦場の道具とは到底思えなかった――でも、いま握れるものは、それだけだった。

(立て、ボク……死にたく、ない……!)

 全身が痛みで軋む。肋骨がきしむたびに、視界がにじむ。

 それでも、身体に、腕に、力を込め――振りぬいた。

 ガンッ――!

乾いた木の音と、骨の砕ける感触が手に伝わる。

目の前にいたゴブリンの一体が、目を剥いて後方へ吹き飛んだ。

(っ……当たった……!)

鞘付きの一撃――それはただの一撃だったが、効いている。

怯んだもう一体が驚きの表情を浮かべ硬直している。

(っは……は……まだ、やれる)

 這うように体を起こし、震える足に喝を入れるようにその場で踏ん張る。

 血と泥にまみれた姿だが、この瞬間を逃す訳にはいかなかった

 ダガーは手にある。 一体は倒れ、もう一体は硬直中、なら。

 

(今なら、まだ間に合うはずっ!)

 激痛につんのめりそうな体を奮い立たせ

 

「うぁぁぁああああ!!!」

 ダガーをゴブリンの胸部へとボクの体重を乗せて、無理やり突き立て地面へと再び倒れ込む。

 

「グゲっ!?」

 さっきのボクと同じように唾液と血が混ざった物が顔に飛び散る。

 だがーーーー

 

「死ねっ! 死ねっ! 死ねぇっ!」

 目の前の生物の生死等関係ない、執拗な程、鞘付きのダガーを付き立て続ける。

 ついにはダガーがボキッと言う音を立てて柄から先が折れた、その音で正気に戻り肩で呼吸をする。

 

(殺せた……?)

 その瞬間、全身に激痛と強烈な眠気が、波のように身体を襲い、意識が飛びそうになる。

 

(駄目だ、こんなとこで……)

 直後、ガブリ、と血の味が広がるほど強く、自分の腕に噛みついた。

 

「ふっ、ふっ……!」

 まるで獣のような吐息を漏らしながら、よろよろと震えてふらつく身体を起こす。

 ここで倒れれば、どうなるか――考えるまでもない。

 そのとき、ブクブクブクと泡立つような、どこか不気味な音が響く。

 

「!?」

 反射的に周囲を見渡すと、さっき倒したはずのゴブリンたちの身体が、赤い泡のような何かに包まれていた。

 

(な、何? 何が起きてる!?)

 理解が追いつかない。

 ただ、目の前で確かに泡がゴブリンの死体を飲み込み、そして――何かを残して消えた。

 そこに残されたのは、黒く小さな鉱石。

 

(……モンスターの鉱石)

 数時間前、お役所で見せられたそれと同じものだった。震える指先で、そっと拾い上げる。

 

(こんな物が……ボクたちの“存在意義”)

 言葉にはならない感情が、胸の内を支配していた。それでも、落としたクロスボウを拾い上げる。

 弦は切れて、もう撃てはしない。それでも――叩きつければ、まだ“武器”にはなる。

 

 ふらふらとした足取りで、洞窟を出た。

 夕陽が、世界を赤く、どこまでも紅く染めていた。

 綺麗な景色だが、胸に残る胸中はこれが続く日数が心を占めていた。

 

(これが……あと1824日)

“終わり”があるとはいえ、生きて帰れる者の方が少ないという現実。

 それが、“国家献上義務”。

 

「こんなことなら……あの日、一緒に逝かせてくれればよかったのに……

 父さん……母さん……!」

 そう言いながらその場で膝をつくと静かな慟哭だけが、夕焼けの洞窟前に、長く、長く、響いた。

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