それでも僕は生きているー死と化物が跋扈する世界でー   作:抹茶露

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第八話「一緒に生きる為に」

遠くでゴトン、と鈍い音が鳴った。

カーテン一つない部屋に朝の光が差し込み、意識が浮かび上がる。目を開ける。朝だ。

 

のそりと体を起こすと、昨日の暴力による痛みが全身を駆け巡り、意識を一層覚醒させた。

 

(……酷いモーニングコールだ)

 

忌々しい。けれど、時間は平等に流れる。

泣き腫らした目をこすりながら、備え付けのポストを開ける。

 

中には、ビニールに包まれた『国家栄養管理食・version3』と書かれた箱が2つ。

 

探検家、それもルーキーとはいえ貴重な戦力だ。くだらない理由で失うには惜しいから、こうして最低限の物資は支給されるのだろう。

 

箱のひとつを開けると、茶色いバーが2本、無機質に現れる。

 

無言のまま1本を口に運ぶ。

香りはない。味も、必要な栄養素を詰め込んだだけの、薬品と金属のような混ざり合った嫌なものだ。

しかも無理に固めたせいで岩のように硬い。噛むたびに歯が軋み、今すぐ吐き出したくなる。

 

(でも……孤児院にいた頃よりは、マシ……か)

 

思い出したくもない記憶が一瞬よぎる。

それでも、あの頃よりは少しマシだと思えるぶんだけ、マシな朝だ。

 

最低最悪の気分が、ほんの少しだけ持ち直す。

ガリッ、ガリッと硬い音が室内に響き、口の中で割れたバーのかけらが味もなく喉を通る。

 

軽く髪を手ぐしで整え、ドアを開けた。

 

「……行こう」

 

誰に向けたでもない独り言が、誰もいない部屋に落ちる。

2日目の最低最悪が、始まる。

 

役所の空気は、昨日と同じく乾いていた。

無機質な天井、古ぼけた椅子。報告のために並ぶ者たちの、無言の列。

その誰もが他人に目を向けず、ただ自分のことで精一杯といった様子だ。

 

——その中で、ひとりだけ、異質な空気を纏った人物がいた。

 

「あっ、昨日の生き残りだ!」

 

明るい声。軽やかな足取り。血の匂いのしない服。

 

主人公の目の前に立ったのは、一人の少女。

自分とは対照的に、どこか浮世離れしたような清潔さと無垢さを纏っていた。

 

髪は洗いたてのように艶やかに揺れ、ほんのりと甘い香りが漂う。

顔にも体にも怪我一つない。疲れた様子もないその姿が、逆に現実感を薄れさせていた。

 

「私、日向 陽あなたも昨日来たルーキーでしょ? 別の班が生きて帰ってきたって聞いて、探してたんだ」

 

屈託のない笑顔。

まるで別の世界から来た人間のように、澄んでいて、まぶしい。

 

その後ろには、初日に見かけた男女が一組。

そして、おそらく彼らの護衛であろう、ベテランと思しき探検家が立っていた。

男女は少し疲れた表情を見せていたが、ベテランだけは、こちらを値踏みするような視線を向けてくる。

 

「初日、怖かったよね。私たちも最初の一匹倒すのに手が震えちゃって。でも先輩がついてくれてて……あ、うちの家、元々資源課に関わりのある政治家でさ。今回の配属も一番安全なエリアにしてもらって……。あ、朝のレーション食べた? ほんっっっとにひどい味だったよねぇ」

 

(コネ、か……)

 

聞きたくなかった言葉が、耳に刺さる。

 

昨日、誰にも助けられず、壊れた武器を抱えて血まみれで這って帰ってきた自分。

理不尽な暴力、罵倒とも取れる言葉、無関心な役人。

そのすべてが昨日の現実だった。

 

そんな自分と、目の前の彼女が「同じルーキー」だなんて、冗談にもならない。

 

「でね、同じ生き残り同士、一緒に行動しない? お仲間もいたら、ぜひ——」

 

その言葉が、決定打になった。

あからさまな“同情”が、怒りと悲しみ、そして嫉妬の感情を一気に噴き上がらせる。

 

「うるさいッ!!」

 

日向の声が止まり、周囲の視線が一斉に集まる。

 

「……勝手に馴れ馴れしくしないで」

「貴女がどんな環境で育ったかなんて知らない。でもこっちはね、命をすり減らして、やっとの思いで生きて帰ってきたんだ。貴女みたいな“恵まれた奴”なんかと、一緒にしないでよ」

 

絞り出すように吐き捨て、背を向ける。

日向の「え、え……?」という戸惑いと、傷ついたような声が背中に刺さった。

 

それでも、振り返ることはできなかった。

 

怒りのままに役所を飛び出し、気づけばアパートの手前で足を止めていた。

胸の奥で、怒鳴った言葉が何度もリフレインする。

日向の驚いた顔が、焼き付いたように頭から離れない。

 

(……言いすぎた)

 

——でも、あの瞬間の自分には、それ以外の言葉を選ぶ余裕なんてなかった。

 

悔しさも、嫉妬も、寂しさも。

全部まとめて、叫ばずにはいられなかったのだ。

 

だけど今さら、どの面を下げて戻れと言うのだろう。

 

目の奥がじんわりと熱を帯びる。

誰にも見られないように、ボクはその場に立ち尽くした。

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